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スターレイル用

情緒纏綿の恋心3


▇◇ー◈ー◇▇

「お早うございます」
 刃が寝室から出ると、丹恒が微笑みかけてくる。
「お早うございます……」
「ご飯出来てますよ」
 ソファー前の座卓に置かれたお粥は、全体的に緑で材料を聞けば、葱を入れて煮込んでしまったせいだと照れ臭そうに言った。
 かき玉入りの味噌汁と蒸した野菜が置かれ、実に人間らしい朝食である。
「味は美味しいですよ」
「そこは疑ってない」
 無駄にごねれば食事介助されると学んだ刃は大人しくソファーに座り、匙を取って食べ終えればバスローブから着替えるよう下着や服を渡される。
「病院か……?」
「いえ、少しだけお散歩します。この建物の周りを一周程度」
「ね、ねて……」
「少しだけですから。俺もついてます」
 外への恐怖心がじわりと心の裡に広がり、拒否しようとするとバスローブの紐を外され、剥かれそうになったので寝室で着替える事にした。裸を見られても今更ではあるのだが。
「じゃあ、行きましょう」
 着替えた後は髪を整えられ、丹恒に手を差し出されるも刃はソファーに座ったまま膝の上で手を握り締め、動かない。否、動けなくなっていた。
「どうかしましたか?」
「かお、顔を、隠したい……」
 刃がぼそぼそと言えば、丹恒は思い出したかのように鍔の広い遮光帽子を被せ、もう一度手を差し出す。
「マスクは……」
「呼吸が浅くなるので、マスクは無しにしましょう。人に話しかけられても俺が止めます」
 帽子の鍔を弄りながら、まだ抗おうとすると丹恒は待つのを止めて自ら手を握り、刃の手を引いて玄関まで行く。
「靴はそのクロックスで」
「うん……」
 刃は覇気なく返事をし、靴を履く。
 強引。だが、丹恒の行動によって人間らしい生活が出来、僅かながら体調に改善が見られるのも事実だった。従った方が賢明なのだろう。確実に自身よりも年下の彼に正面を任せ、俯いて手を引かれる己が何とも情けないが、独りで居る時よりは安心できた。
「今日は天気がいいですね」
 マンションの共通路で丹恒が外へ意識を向けるよう刃を誘導する。
 彼の言葉通り空は青々と晴れ渡り、春の日差しが通路にも差し込んで暖かく全身を包みながら涼やかな風が通り抜けていく。通路から見下ろした町並みは闇に瞬く儚い星ではなく、活力溢れる人々の活動拠点である。
「こんなにきちんと景色を見たのは久しぶりだ」
「お出かけできるようになったら、色んな場所に行きましょうね」
 刃は人目を避けるために出来得る限り暗くなってから外出し、昼間に出ても帽子を目深に被り、顔をマスクで覆いながら俯いてばかりで人や町並みには目を向けずにいた。
 世界はこんなにも力強く輝いていたのか。

 新鮮な感動だった。
 ぼんやり眺めていれば握られていた手が緩く引かれ、意識を戻せば丹恒が僅かに目を細めた。
「行きましょうか」
 刃は無言で頷き、エレベーターを使って地上へと降り立つ。
 石造りのエントランスに設置された自動ドアを潜れば緊張から心臓がどくどくと脈打ち、意識せずに握られていた手に汗がにじみ、力を込めていれば更に強く握り返され、丹恒が一歩踏み出す。

 丹恒が出入り口である、もう一枚の硝子戸を押して開け、三段しかない階段を降りる。
 アスファルトで舗装された歩道に出れば朝のためか子供を車に乗せる親や、今から出勤だろうスーツの人間の脚が見えた。ひそひそと誰かが己を見ながら話してないか、気になるのは被害妄想でしかない。それでも手が震え、全身から汗が噴き出し、呼吸が浅くなり目も眩みそうになる。
「俺の背中だけ見てて下さい」
 立ち止まった丹恒が、振り返って刃へと告げる。
 頷いた事を確認すると丹恒は再びゆったりと歩き出し、マンション周辺を一周し終える五分後には刃の儚い体力は尽きていた。
「歩いてみてどうでした?」
「疲れたが、悪くない……、かも……」
 エントランスの機械に鍵を入れ、部屋番号を押して自動ドアを開き、エレベーターまで行けば刃が軽く息を切らしながら壁に凭れる。丹恒の背中を注視し出してからは視界が遮られるお陰か動悸や幻聴が収まりだし、歩くだけに意識を集中出来た。
「出来るだけ毎日やりたいですが、やれそうですか?」
「君が言うなら……、でも……」
「申し訳ないとか、負担が、とかなら気にしなくていいです。俺が好きでやってます」
 言いそうな科白を先回りで封じられてしまい、刃は口を薄く開けたまま何も言えなくなった。
「こう言う時は、『宜しくお願いします』でいいんです」
「よろしくおねがいします……」
 そのまま復唱すると、丹恒は刃の両手を握り、深く頷いた。
「こちらこそ宜しくお願いします」
 刃の摩耗した精神でも、『これは言質を取られたな』と、理解できた。
 西遊記で孫悟空が山を駆け、空を駆け、何処まで行っても釈迦如来の掌の上でしかなかったように、どれだけ逃れようとしても最初から出口などはなく、順調に逃げ道を塞がれていたのだと確信を得た朝である。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 丹恒は、朝の短い散歩を終えると刃のために昼食を作ってから学校へ行く。
 朝夜二回の薬は壁掛けピルケースとカレンダーが共に並べられており、カレンダーには一日ごとに二本の線が引いてあった。朝飲めば一本線を引き、夜も飲めば二本となる。丹恒の勤勉さが良く知れるものだ。

 入院してからと言うもの、一階分の階段程度で息を切らすほど体力が落ち、今までの不眠が嘘のように暇さえあれば眠る過眠になってしまった刃にとってはありがたいが、丹恒がここまで自身に執着する理由も意味も分からず、得も見当たらない。
 訊ねても『好きでやっている』ばかりで、要領を得ない。

「また寝てしまった……」
 丹恒が学校へ行く背中を見送り、申請するように言われた書類に目を通そうと居間でノートパソコンを開いたが、一時間もせずに目も眩むような眠気に襲われ、ソファーに凭れれば運の尽きとばかりに意識が落ちた。
 気がつけば床に転がっており、目の前に落ちていたスマートフォンの時計を表示させると昼の一時過ぎ。電源を切り損ねたノートパソコンは充電が切れていた。床で眠ってしまったせいか、どことなく体が痛く、頭重が酷い。
「じゅうにじ、すぎたらごはん……」
 食事をしなければ。
 義務感だけで台所へと行き、一人暮らしには似付かわしくない大型の冷蔵庫を開けると梅粥と野菜スープが盆に置かれて入っていた。粥とスープをレンジで温め、移動が億劫でそのまま床に座って口に運ぶ。
 丹恒が大学生だとすると、少なくとも五歳以上は年下だ。年下、しかも学生に世話をされる二十代後半の男。情けないどころの話ではない。
 際どいとは言え、最低限の自活はできていた自負も崩れ落ちていく。
「早く、元に戻らないと……」
 シンク下の戸棚に背を預けながら、刃はぼやく。
 せめて、仕事が出来ていた時期程度には回復したい。
「くすり……」
 薬を大量に飲めば治るのでは。そんな壊滅的な思考が浮かんだ瞬間、慌てて打ち消し刃は深呼吸を繰り返す。過剰摂取したとしても回復は早まるどころか遠くなるばかり。
 入院中も過剰摂取に関しては厳重に注意されてはいたものの、応星の家に居候していた際に悪夢を見て、不安を誤魔化すために大量に飲んだ後で間が良いのか悪いのか、帰ってきた応星が包装シートの山を見て状況を察し、強制的に吐かされた。
 抵抗しても台所まで引き摺られ、水を無理矢理飲まされながら指を喉奥に押し込まれる苦しさ、鈍った味覚ですら吐き出す際に感じた強烈な苦み。出す物がなくなり、吐瀉物まみれになった顔と服ごと抱き締めて『俺を独りにしないで』などと号泣していた応星が忘れられない。

 刃は、抱き締められながらも、
『応星の周りには沢山人が居るのだから独りになんてなる訳が無い。俺なんて居なくなった方が、楽になるのに』
 考えているのは独りよがりな妄想ばかり。
 先ずは、自罰的な考えを止めるべきだ。が、染みついた思考回路は直ぐに同じ答えを出そうとし、自ら不安を煽る。

 呼吸が震え、心臓が痛むほどの動悸に刃は服の胸元を両手で握り締める。
 過呼吸を引き起こし、上手く息が吐けず、膝に置いたお盆をひっくり返してしまい、片付けなければ。と、焦るほど息は苦しくなっていく。
 耳が詰まったようで聞こえづらいが、遠くから電話の呼び出し音が鳴っているような気がするが、スマートフォンはソファーの傍に置きっぱなしにしていたはずで、音の出所を探す余裕もない。
 刃がのたうち回っていれば、どこからか丹恒の声が聞こえ、寝る時のように丸くなり、ゆっくり息を吐けと言う。藁にも縋る思いで頭を抱えながら蹲っていれば次第に呼吸が楽になり、丹恒の姿を探すも声ばかり。
『刃さん?返事をお願いします』
「あ、う、うん……?」
 自身の手首から人の声がして、凝視していればスマートウォッチから流れているようだった。現在、受話器のマークがついている。
「これ、電話?」
『通話機能もついているスマートウォッチです。様子が可笑しかったので電話しました』
「お陰で、もう大丈夫だ……」
『そうですか。まだ帰れそうにないんですが、待っていられそうですか?』
「多分……」
『出来るだけ早く帰ってきます』
 固い声色で丹恒は宣言し、通話を切る。
 彼は千里眼でも持っているのか、刃は不気味さを感じながら落としてしまった器を片付け、キッチンペーパーで床を拭き、最低限の礼として洗って乾燥台に伏せておく。

 二時間もすると丹恒が帰ってきて、ソファーにぼんやり座っていた刃を見てあからさまな安堵の表情を浮かべる。
「何かありましたか?」
「何もない。俺が勝手にパニックになっただけだ」
「抱き締めてもいいですか?ストレスや不安が解消されるらしいです」
 刃が大人しく見上げていると、丹恒は壊れ物に触れるように頬に触れ、振り払われも避けられもしないと確信すれば抱き締めてきた。

 走って来たのか鼻先に感じた汗の臭い。
 背中に腕を回せば掌に微かに感じる高めの体温と早い鼓動。
 不安を抱えているのは、一体どちらなのか。自宅で誰かが死んでいたら、誰しも困るだろうから判らなくもない。
「顔色悪いですね。温かい物でも淹れましょうか?水分は取りましたか?」
「スープは飲んだ」
「ココアでも入れましょう」
 丹恒が刃の目元を撫で、痛ましそうに眉を下げた。
 鏡は見ていないため分からないが、余程やつれてでもいたのか。自らも顔に触れてみて指先が酷く冷えている事に気がつく。手に温度を感じるからには体温はあるのだろう。しかし、身が伽藍の骸の如く空っぽな気がしてくる。
 この皮膚の下には、本当に血が流れているのか。腕に伸びた爪を立ててみる。強めに引っ掻いてみれば朱い筋がつき、微かな喜色が湧く。
「ココア、入りました。飲み易いよう温めです」
 腕をがりがりと引っ掻いていた刃の手を取って温いココアが入ったマグカップを渡す。
「ダニかなにかですかね。皮膚が剥けてますから薬を塗っておきましょうか」
 救急箱を持ってきた丹恒が、刃の腕につけた傷に軟膏を塗り、大袈裟に包帯を巻いていく。
「自分では外さないようにして下さい。割れたら痛いでしょうし爪も切っておきましょう」
 包帯を巻いた細い腕を両手で包みながら丹恒は刃の目を真っ直ぐに見て伝えてくる。見詰めてくる真剣な眼差しに刃は頷き、丹恒はティッシュをソファーの上に一枚敷くと、マグカップを持っていない左手を握りながら丁寧に爪を揃えていく。
 音のない空間に、ぱちん。と、爪を切り揃える音が響く音を聞きながら、刃はココアを啜る。
「右手の爪も切るので、コップを持ち替えて体ごとこちらを向いて貰っていいですか?」
 素直にコップを持ち替えてソファーに体を預けながら右手を差し出す。右手が終われば右足、次いで左足、やすりがけまでされて綺麗になった爪先を見詰めながら滑らかな感触を楽しむように指で触る。
「ありがとう……」
「いいえ、家に居ると忘れがちになりますよね」
 丹恒はティッシュにくるんで切った爪を片付け終え、ゴミ箱へと捨てに行きながら目の着く場所に合った刃物を回収し、救急箱の中にしまっていく。
「おやつでも作りましょうか。ホットケーキは好きですか?」
「あれば食べる」
 すっかり冷えたココアをようやっと飲みきり、のろのろと刃が台所へと来る。
「あぁ、コップ貰いましょうか」
 棚の中から粉を出していた丹恒が手を差し出すと、刃はマグカップをシンクに置き、
「なにか、出来る事はあるか……?」
 言い辛そうに申し出る。
「そうですね。では一緒に作りましょうか」
 丹恒がボウルに粉と卵、牛乳を投入し、小ぶりな泡立て器で刃に混ぜるよう頼む。その間に自身がフライパンを用意し、バターを引いて鍋を加熱すると混ざった生地を流し込むように指示をすれば刃は困惑した眼差しを丹恒に向ける。
「小分けに焼くんじゃないのか?」
「いっぺんにやった方が楽ですからね」
 刃の薄い記憶では、小ぶりのホットケーキを応星といくつも焼いていた。丹恒は作り方が違うようだ。生真面目な神経質に見えて雑な性格が伺え、矢張り人は見かけによらないな。などと思う。
「そんなものか」
 刃も習ってボウルから雑に纏めてプライパンに流し込めば蓋が閉められる。
 丹恒が火を緩め、スマートフォンを取り出してタイマーをセットし、皿を用意していた。手際の良さに感心しながら、刃はカウンターに設置された調味棚で見つけた蜂蜜を手に取る。
「そうだ。これは勝手に通話状態になるのか?」
 蜂蜜を取る際、左手を伸ばして視界に入ったスマートウォッチを指して訊ねる。
「いえ、流石にそこまでの機能はありませんから、偶然なにかが通話ボタンに触れて繋がったんでしょうね。繋がらなかったら学校飛び出してるところでした」
「俺なんかのためにそこまでしなくても……」
 過呼吸になったとしても、呼吸困難になって死ぬ訳ではない。
 酷い動悸、目眩や頭痛、上手く呼吸が出来ない苦しさから悶え苦しんだり、死ぬかも知れない恐怖は湧くが実際、息の吸い過ぎが原因の一次的な症状でしかない。放っておけば一時間もせずに治まると刃は経験から知っている。
「何回も言いますが、俺がやりたくてやってるので」
「せめて、ここの家賃を払うとか……」
「ここは元々兄と住んでたので、名義も兄です。貰っても俺のお小遣いになるだけですね」
「ならお小遣いを……」
 刃も独りで暮らしていける相応の給料は貰っており、買う物と言えば適当な簡易食ばかりで高い買い物は家電やパソコン程度。多少、金を払った程度でなくならない自信はあった。
「お小遣いは、不自由してないので……」
「そうか……」
 マンションの一室を丸ごと貸し与える程だ。彼の兄である丹楓は、自身のクレジットカードくらい弟に渡していそうである。
 刃が何も出来ない己に落ち込んでいれば、丹恒のスマートフォンが振動し、蓋を開けるとホットケーキの蕩けた表面が幾分乾いてポツポツと湧いた気泡が破裂しては穴が空いていた。丹恒がフライ返し一本で器用に大きな一枚をひっくり返すと綺麗なきつね色の焼き目が出来、表面は艶々と輝いている。
「半分こしましょうね」
「あぁ……」
 はにかむような笑顔を見せ、蓋を閉めてタイマーをセットしている丹恒を見ていると、不意に、『そうだ。彼は応星の親友である丹楓の弟なのだ』と、思い至った。言動の端々から生真面目さは知れている。住屋から学費、私生活の全てを世話になっているならば丹恒は兄からの頼みを断れないだろう。
 僅かな情を風船のように膨れさせ、大きく見せて『好きでやっている』などと己を納得させてやるしかないではないか。
「すまない……」
「どうしたんですか?」
 唐突に謝罪を口にした刃に、丹恒が目を丸くする。
 独りで考え、結論を出し、根幹を見せずに枝葉を言葉にしても相手には何も伝わらない。悪い癖が出てしまった。
「何と言えばいいか……」
「焼けたので食べながらゆっくり話しましょうか?」
 刃が考え込んでいれば、丹恒がフライ返しでホットケーキを一口大の細切れにし、皿に盛っていく。良い所のお坊ちゃんな割に、本当に雑だ。
「蜂蜜とバターはたっぷりが良いですか?」
「ほどほどで」
 丹恒は切り分けられたバターを二個、刃の物には一個置き、蜂蜜をかけるとフォークを添えて居間に行く。
「それで、急にどうされたんですか?」
 刃と隣り合って座り、皿に膝に置きながら角切りのホットケーキを頬張って丹恒は訊ねる。
「俺は、君の献身に報いる物を何も持ってない」
 丹恒に習って刃もフォークに突き刺して持ち上げてはみるも、口までは運ばない。一緒に居て楽しませるような言動もとれず、金銭的な援助も無意味、面倒ばかりをかけてしまっている現状が心苦しい事を伝える。
「どれだけ気にしなくていいと言われても、自分の不甲斐なさが嫌になる……」
「そうですねぇ。応星さんからも、貴方は自分に厳しくて人に頼るのが苦手だとは聞いてます」
 うだうだと同じ話ばかりを繰り返す男に鬱陶しくなり、いっそ手を放してくれればとも願うが、丹恒は食べ終わった皿を机に置き、刃の手に合った皿とフォークを奪うと当然のように口元に差し出してきた。
「なら、甘える練習をしましょう」
 丹恒は手を払うどころか距離を詰め、刃が提案と差し出した物を食べるまで待っている。
「甘えると言っても……」
「だから、意識して甘える練習をするんです。手始めにこれを頑張ってみましょうか?」
 刃が躊躇えば、生温いホットケーキが唇に触れ、口を開けるよう催促される。食べるために口を開けば提案を受け入れる事になるのだろう。年下相手に。と、思わなくもないが、丹恒は引かない。
「はい、良い子ですね」
 口を開いてホットケーキを含めば誉められた。
 良い子とは小児科の医師に言われて以来記憶にない。
 刃は今年で二七歳である。飲み込んでから子供扱いを咎めようとすれば次が押し込まれ、皿が空になる頃には諦めが勝ってしまった。
「お茶でも淹れてきます」
 二人分の皿とフォークを持ち、丹恒が立ち上がると刃も追従しようとする。
「それくらい自分で……」
「甘やかされて下さい。練習ですよ」
 体力が酷く落ちて手早く動けない己では邪魔か。との思考になりかけたが、甘える練習を名目にされると矢鱈くすぐったい心地となり、刃はソファーに戻ると膝を抱えて縮こまる。

 彼が居ない間に出て行けば良かったのか考え出すが、暖かい牛乳を差し出されると安堵する心が否定できず、刃はそっとマグカップに口を付けた。

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