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スターレイル用

強く優しく美しく


・モブから見た楓応
・モブさんは善良なタイプです
・丹楓は最後にちらっと出るくらいです

 ▇◇ー◈ー◇▇

 応星を呑みに誘い続けて早数ヶ月。
 俺は隣に座る麗人を眺めて機嫌良く酒を呑む。

 俺は他の舟から来たばかりで、短命種ながら百冶の称号を手にした応星に興味があり、どうしてもゆっくり話がしてみたかった。工房での応星は、常に忙しなく何かをしているか、疲れて果てて眠っている事が多い。話しかければ答えてくれるが、流石にゆっくりとはいかない。
 そこで、呑みの場なら少しは腹を割って話してくれそうな気もしたが、最初の誘いはあっさりと断られてしまった。職人仲間からも、応星は絶対に応じないだろう。と、嗤われた。

 だが、俺はめげずに何度も何度も誘った。
 二人が嫌なら誰かと一緒ならばどうだろうか。そう考えて職人達を誘い、応星も誘ったが矢張り駄目。
 こうなれば意地にもなり、何度も呑み会を企画して、度々迫ればやっとの事で渋々了承してくれ、顔を出してくれた。しかし、酒は舐める程度、料理など箸すら握らない有様。そんなに長命種の相手が気に入らないのか、若しくは飲食に関する事で相当な嫌がらせをされていたのか。応星に好意的な職人仲間から聞いたが、幼い頃から素晴らしい才能を見せる彼は様々な嫌がらせを受け、百冶の称号を得てからも下らない差別は止まなかったそうだった。

 俺は何もしていないのに警戒されている。まるで、痛くもない腹を探られているような不快感もあるが、長命種を嫌う理由が多過ぎるのだから、こうして来てくれただけでも感謝した方がいいのだろう。
「それで……?」
「うん、別の惑星で見た人型の機巧なんだが……、なんと二体で一対になって踊るんだ。機巧の設計も然る事ながら、どんな呪符を入れて設定してあるのか、玉の結晶格子を見せて欲しかったが、機密情報だと教えて貰えなかった」
「踊る機巧か、面白い。戦争真っ只中だとそう言う娯楽じみた物の製作は難しいが、優雅で舞うように戦う金人も美しいだろうな」
 話してみて解った事は、興味のない話は雑な返事で終わらせるが、機巧の話になると真剣に耳を傾けてくれる。
 珍しい機巧の話を聞いた応星は、酒杯を指で弄りながら一点を見詰め、ぶつぶつ独り言を呟いている。きっと彼の頭の中では多種多様な機巧が想像されているのだろう。頭の中を覗ける機巧があれば面白い物が見られるのだろうに。

 しかし、凄まじい集中力だ。
 考え始めてから俺が何を言っても聞こえておらず、視線も固定されたまま動かない。故に顔も眺め放題になる。工房だと金属の屑や墨、油で汚れていたり、疲労から顔色が悪かったりして解りづらいが、この百冶殿は随分と可愛い顔をしている。
 稚児趣味の輩が喜びそうな幼さのある垂れ目で見目も整っているため、宵闇の眼で見詰めながら金持ちへ甘えて擦り寄るだけでも生きて行けそうだが、それを良しとしなかった根性は好ましい。
「帰る」
 応星は杯と金を置いて突然立ち上がり、足早に出口へと向かおうとした。
「え、まだそんなに話してないだろ?」
「設計図を描くから帰る」
 俺の話から、何かを思いついてしまったようだ。
 これでは対話と言うより俺が一方的に話していただけで、応星の鍛造への考え方だとか、どういう物を作りたいだとか聞きたかったのに、なんの交流にもなっていない。
 そもそも、酒すらまともに呑んでいないのだから、交流も何もないか。

「よお、美人に振られたな」
「そうだな。見事に……」
 経過を見守っていた他の職人に揶揄られ、俺は不貞腐れながらやけ酒を煽り、応星から話が引き出せなかった未熟な己を呪う。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 それから暫くして、応星が女遊びに耽っているなどと不埒な噂が飛び交った。
 妓女の元へと通う姿を見ただとか、色町で女を物色していただとか。

 彼とて男だ。
 お気に入りの女でも出来たのだろう。とは思えども、あの高潔な人間が色欲に翻弄され、己が職務を疎かにするような真似をするだろうか。もやもやした嫌な気持ちが湧き、欠伸をしている百冶殿へ胡乱な視線を投げかける。かと言って、彼は納期を遅らせたり、とんでもない失態をするような事は無かったが。

 噂が立ってから数ヶ月経っただろうか。
 応星は、見事な女性型の金人を造り上げ、試運転では鉄扇を武器にして戦う『彼女』が舞うような滑らかな動きで目標を力強く薙ぎ払っていく。
 目の下に隈を貼り付けた応星は満足そうに頷き、俺を横目で視認すると、
「貴様から聞いた話のお陰であれが出来た。また、面白い機巧の話があれば聞かせてくれ」
 なんと声をかけてきたではないか。
 親しげに目を細める様は、『友人』になれたのではないか。そう錯覚しそうになるほど。
 内心浮かれていたが、それ以降はさっぱり声をかけられる事などなく、応星はいつも通り設計図作りや鍛造、呪符をせっせとこしらえていた。

 女性型の金人が正式に認可され、程なくして件の噂は女漁りではなく、『観察』に行っていたのだと知れる。
 応星が通っていた妓女は妓楼の中でも随一の踊り手であり、彼は彼女が踊っている姿をつぶさに観察し、ずっと絵を描いていたそうだった。
 それは彼女の体が空いていない際、他の妓女への対応も同様であり、踊り続ける事は楽ではないものの、褥に入る事もなく、機嫌を伺う事もなく礼として大金を置いていく太客だった彼は大変好かれて惜しまれていたため、女から女へ話が伝わり、妓楼の外まで漏れ出した。
 どうしても応星を貶めたい輩は悪い方の噂を優先し、職人気質の彼らしい噂を否定したが、金人の動きを完璧なものにするための激しくも優雅に舞う姿を研究をしていたとするならば得心出来た。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 また別日、工房に住み着いてると言っても過言ではない応星が珍しく休暇を取って帰宅したと聞き、住所を教えて貰って意気揚々と酒を持って訪ねてみた。
 決して襤褸ではないが、工造司の頭目である百冶に宛がわれた邸宅にしては貧相で、これも嫌がらせの一環なんだろうか。などと考えてしまった。

 応星が造り上げた奇物は軍にも市井にも素晴らしい成果をもたらした。
 才ある者を不当に貶め、冷遇するは不義の行いではないのか。これが上層部のやり方で、長生を誇って短命である殊俗の民を見下して嘲り、差別する姿が仙舟の本当の姿だとすれば、生まれも育ちも仙舟である事が少し恥ずかしくなってくる。

 応星はこんな家で不満はないのか。
 考え込みながら門を叩いて暫く待っていれば中衣を纏い、髪を濡らした応星自身が出てきて驚いた。
 訪問者の顔を見て応星も驚いていたが、とりあえず用件を訊いてくれ、一緒に酒を呑もう。と、言う俺に溜息のおまけ付きだが家に入れてくれた。
 室内は殆ど明かりが点いておらず、薄暗い中を応星は迷いなく歩いて行く。
「主本人が出てくるとは、家人は雇っていないのか?」
「殆ど帰らん家には要らんだろう。昼だけ掃除しに来て貰ってる」
 ほぼ住み着いていると言っても過言ではない仮眠室。
 泊まり込みが多い応星のために併設された簡易浴室。
 工房での応星の行動を鑑みれば、直ぐ様納得してしまった。
 彼にとっての家は帰る場所ではなく、ただゆっくり眠るだけの場所なのだ。そんなものに華美な装飾も、過剰な機能も必要ない。
「今言ったとおり、碌に帰らん家に客を歓待するものなど何もないぞ」
 応星の声は冷ややかで、俺を迷惑がっている様子がありありと伝わってくる。
 手で隠してはいたが小さな欠伸を零している辺り、かなりの疲労が見て取れた。
 仮眠室は所詮仮眠室。防音も施してなければ、誰かがやらかして機巧を爆発させたり、なんなら変な呪符を書き込んだ機巧が暴走して建物自体を転送してしまうのは工造司名物である。限界の状態で巻き込まれれば最悪死ぬかも知れないのだから、帰宅は正しい判断だ。
「俺はただ、また貴方と機巧の話がしたかったんだ」
「あぁ、それは、うん……」
 客間に通され、牀に座ると応星はまた欠伸をして目を擦っている。
 欠伸は脳が眠るまいとする際に酸素を取り込んで覚醒を促す防衛機能らしい。機巧の話となれば聞きたくはあるものの、ただでさえ普段から寝不足なのだから睡魔には抗えないのだろう。
「残念だが帰ろう。眠るべきだ」
「面白い話があるなら……」
 俺が話しかけると半分ほど覚醒し、ふらふらしながらも酒器を出してくれる辺り、心根は素直なお人好しなんだろう。賢く、煽る言葉に関しては矢鱈と口が回るようで、彼にしてやられた者は、あんな性格が悪い奴は見た事がない!などと断じているが、時折、生真面目で押しに弱い部分が見え隠れし、そんな人間くさい部分が俺は好ましいと感じる。
「あー、いいいい。また次の機会に相手をしてくれれば嬉しい」
 浴巾が机に放り出されていたため、随分と慌てて出てきたらしい。
 もしや、誰かが来る予定だったのだろうか。
 それが想定よりも早かったから慌てたとか。
「酒は置いていくから、飲んでくれ。髪は乾かして寝てくれよ。風邪を拗らせたら事だ」
「はいはい、羽虫のような短命種なもんでね」
 やや口煩い翁の如き言葉を口にして、応星が皮肉で返す様子を笑いながら立ち上がり玄関に向かえば心臓が縮み上がった。

 薄闇に浮かび上がる青白く光るもの。
 歳陽か、忌み物かと一瞬思ったが、よくよく目を凝らして見ると仙舟でも屈指の貴人である龍尊だ。
「あ、龍尊様……、ご機嫌麗しゅう……」
 取りあえず挨拶をしてみたが、どう考えてもご機嫌麗しくはない。
 龍尊は俺を睥睨し、背後では
「やっぱり来たか……」
 などと応星が溜息を吐く声がした。
「誰だ貴様」
「えっと、百冶様の部下で、良ければ酒を呑みながらお話がしたいと思いまして……。あ、でもお疲れのご様子でしたので今帰るところです」
「そうか、疾くと帰るが良い。これより応星は余と出かける」
 俺を押し退けるようにして龍尊は応星の元へと移動し、突然抱え上げた。
 流石は龍の末裔と言おうか、細身に見える体躯でも、自身と変わらない成人男性を軽く持ち上げる膂力に度肝を抜かれる。
「出かけると申しましても、相当お疲れのようですし……」
 疲労困憊の人間を連れ回すのは、幾ら応星の友であり、龍尊と雖もあまりな行いではないか。勇気を振り絞って苦言を呈すれば、幼児のように抱えられた応星が諦めきった様子で左右に手を振った。構うなとの事らしい。
「行くぞ。どうせ碌に食事もしておらぬだろう」
「はい、すみませんでしたぁ……」
 龍尊の説教に応星がおざなりな返事をし、数秒後には完全に力を抜いたようでだら。と、手が落ちる。疲労と睡魔が限界に来たのだろう。
 しかし、龍尊に抱き上げられた状態で眠れるとは、何とした胆力だろう。
 俺だったら絶対に震えて固まっているに違いない。

 龍尊について外に出れば、工造司専用の襤褸ではない新品の星槎が停留所で待ち受けていた。
 流石、高位の貴人ともなれば私用で真新しい星沙を使えるのだと舌を巻く。

「いつまでついてくる」
「家がこっち方向なので……」
 疎ましそうに龍尊が俺を睨んでくるが、近かったから『ご近所付き合いで仲良くなれるかも』と、浮かれて家を訪ねた訳で、なにも付き纏いをしているつもりはなかった。
「それでは、良い夜を」
 拱手にて頭を下げ、自宅へ向かいがてら、ちら。と、振り返る。
 龍尊は応星をそれはそれは大事そうに支えながら星槎へと乗り込み、完全に姿が見えなくなった。

 それから一週間ほど応星の姿は見えず、八日ぶりに工房へ出てきたら髪も肌も色艶良く随分と手入れされた様子で、龍尊による徹底した健康管理が行われたのだろうと察するに余りあった。
 親友とは聞いていたが、龍尊は随分と友に対して甲斐甲斐しいのだと知る。

 ただ、色艶が良くなった割に疲れているような様子だったが、また無視されたので詳細は知らない。

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