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スターレイル用

ころころ毛玉の百冶様

・ポメがバース
・応星愛され系(少々差別表現はあり
・前提に楓応
・仲良し五騎士


 ▇◇ー◈ー◇▇

玉殿より帰還し、羅浮の地に降り立つと龍尊、丹楓は人知れず一息吐く。
 航行も含め、たった一週間程度ではあるが、酷く長く感じたのは老獪な天人との腹の探り合いに疲労し、愛おしい相手に会えない心労故か。

 真っ直ぐ工造司へ向かっても良かったが、先ずは旅の垢を落とすべきとの従者の言に従う。薄汚れていると言う意味ではなく、幾重にも重ねた華美すぎる衣装を纏っていたが故だ。
 彼の想い人が、また無理をしている懸念を抱きながら龍宮へと足を向ければ、遠くからでも聞こえていたけたたましい吠える声が近くなる。子供と諦聴が路地で遊んでいるのかとも思えたが、それにしては悲鳴にも似た剣呑な鳴き声である。
「如何した?」
 諦聴程の大きさではあるものの、全体的に灰色の犬が門番に尻尾を掴まれ、ぶら下げられて吠えていた。腕の中に収まる程度の小さな体躯とは言え、細い尾を掴まれて逆さまに持たれる苦痛は相当なものなのか、ぎゃいん、きゃひん、ぐるる。様々な痛みと抗議を訴える声と共に藻掻いている。
「この犬が龍尊様の宮に入ろうとしつこくて!追いかけ回して今捕まえたところです!」
「犬如き放っておけ。それに、そのような持ち方をするものではない」
「あっ、龍尊様……⁉おめし……、もの……、がぁぁ……」
 従者が止める間もなく丹楓は門番から犬を奪い、痛めたであろう尾の付け根を癒やしてから地面に降ろしてやる。人ならざる龍鱗を包む手袋は黒色のため解りづらいが、龍尊の涼やかな美貌を引き立てるような、白色に輝く絹織りに新たな茶と灰色が足された惨状に従者は両手で顔を覆う。
 そんな従者の嘆きに気づきもせず、丹楓は犬を見下ろしていた。直ぐに何処ぞへと逃げるものかと見守っていたが、犬は逃げるどころか丹楓の足の周りを走り回る。
 丹楓が足を動かして移動しようとしても、行動を阻むように前に立ちはだかり、甲高い声を響かせた。
「この中に其方の大事な物でも入り込んだのか?では、余が許可する故入れてやれ」
 丹楓の言に、必死で犬の侵入を防いでいた門番はがっくりと肩を落とし、宮へと通じる門を開くが犬は吠え立てるばかりで動こうとしない。
「余が必要か?」
 きゃん。と、大きく吠えながら尻尾を激しく振り、丹楓は犬を抱き上げて宮への門を潜る。
「あの、龍尊様。先ずはその犬を洗いましょう。お召し物も着替えませんと……」
 丹楓の衣装は勿論、貴人である彼の住居には有りと有らゆる最高級の品々が設置されている。床板一つにしても、市井の者には目が飛び出るような木材が使用されているのだ。薄汚れた犬を歩き回らせるなど言語道断である。
 構うと決めたからには譲らぬ彼の性格を知っている従者は、搦め手から解決しようと試みていた。
「ふむ……」
 自らの衣装についた汚れに今更気がついたのか、呻ると丹楓は従者に犬を渡す。すると、今まで大人しかった犬が小さい手足を激しく動かして従者の腕の中から逃れようと藻掻き、嫌だ嫌だと喚くように吠えている。
「こら、大人しく……!あいたっ⁉」
 腕を噛まれた従者が驚いて手を緩めると、重力に逆らう事なく背中から落ちた犬は地面に打ち付けられ、痛々しい悲鳴を上げて白目を向いた。
 たった数分に間に怪我人が一人と一匹。よもやよもやの大騒動。龍宮の側とは言え、好奇心が抑えられない人々が何事かと遠巻きに集まり、慌てて門を閉めてはいたが非常に目立ってしまっていた。
「わ、わざとでは……!」
「良い。動くな」
 犬を落とした叱責を受けるかと慄いた従者だったが、雲吟の術にて水を呼び、噛まれた傷を洗浄しながら傷を癒やし、犬にも手を当てながら負傷が無いか調べつつ治癒を与えてやる。
「仕方ない、余が風呂に入れてやろう」
 舌をだら。と、垂らして気絶しているらしい犬を抱え、丹楓が浴室へと向かっていく。
「あの、気絶しているならわたくしが……」
「もし途中で目を覚ませば、また暴れてしまうやも知れん。余がやった方が早かろう」
 従者は反論できず、龍尊が薄汚れた犬を洗うなど前段未聞の出来事に、休まず働き続けたかの如き疲労感に襲われ、背中を丸めながらしずしずと歩く丹楓に付き従った。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「起きたか」
 装束を着替え、安楽椅子で寛ぐ丹楓の膝で目を覚ました犬は口を開けたまま室内を見回す。
 丹楓の手によって綺麗に洗われた犬は、美しい白色で長く柔らかな毛並みを持っており、彼の腕の中で大人しく寝息を立てる分には噛まれた従者も可愛らしいと言わざるを得ない愛らしさがあった。
「なんだ、そのように見詰めて」
 丹楓の膝に座り、見上げてくる瞳に薄く微笑んで柔らかく撫でる。
 犬は撫でられながらも、きゅうきゅう。と、切なげに鳴き始め、何事かを訴えているとは理解すれど、
「犬の言語は解せぬ」
 丹楓が詫びるように言えば、より切なげに鳴いた。
 自らの頭を丹楓の腹へと甘えるように押しつけ、落ち込んでいるような様子は犬と言うよりも矢鱈と人間くさい。しかし、手に感じる被毛、肉の感触はこの犬が機巧ではないと、しかと丹楓に伝えている。
「応星の元に行ってみるか。奴ならば犬の言語も解する奇物を作れるやも知れん」
 人の言語を解しているような犬に、丹楓が頼りになりそうな人物の名を上げ、抱えたまま立ち上がると、再びけたたましく鳴き出した挙げ句、興奮しすぎたのか、げひゅ。と、可笑しな咳をし始めてしまったため丹楓が宥めるように背中を撫でてやる。
「なに、其方からは悪しき気配は感じぬ故、悪いようにはせぬ」
 雲吟の術で水を呼び、水玉を犬の口元に寄せると怯えもせずに食らいついて飲み込んだ。
 水玉を出せば水が欲しいのか口を開ける犬が面白くなった丹楓は、星槎で工造司へ向かいながら水を操って犬をあやす。

 丹鼎司と工造司は隣り合っており、移動するにしても然程時間はかからない。
 程なくして停留所へと辿り着き、厳めしい大門の前に行けば、門番は丹楓の姿を見て飛び上がる。
「何か遭ったのか?」
 疚しいしでかしでもあったのか、門番を詰問すれば、
「一昨日くらいから百冶様が行方不明だそうで……、どこの門にも入出記録がなく、皆大騒ぎしております……」
 不穏な状況に僅かながら丹楓の眉根が寄る。
 工造司は仙舟の中でも殊、出入りに厳しく、故に門以外からの入出、不審な浮遊物は即罰則、撃墜対象となる。基本的に、門以外からの出入りはないと考えて良い。ならば、どうして応星は消えたのか。
「捜索の状況はどうなっている?」
 努めて冷静に。
 丹楓は声を荒げる事なく現状の把握を試みる。
「わたくしはここを動けませんから詳細は分かりかねます。百冶様の工房で業衛殿が指揮を執っておられますので、そちらに訊かれた方が詳しく解るかも知れません」
「相解った」
 丹楓が不安そうに小さく鳴く犬の背中を落ち付かせるように撫でながら丹楓が件の工房へと向かえば、見知った男の姿が見える。
「あ、飲月。戻ってきていたのか」
「あぁ、今日な。それで、何事が遭ったか教えてくれ」
 丹楓の来訪に気がついた景元が小走りに駆け寄り、幾分安堵の表情を浮かべる。
 詳細を問えば、何の進展もないそうだった。姿が見えなくなった初日、また何某かを思いつき、素材探しか買い出しにでも出たのかと思われていたのだが、今日になっても帰って来ず、流石に訝しんだ弟子が書き置きでもないか確認しようと執務室に入ると、応星が着ていた服が落ちていた。それだけなら脱ぎ散らかしただけだと思えたが、黒衣に金の彼岸花が装飾された服の前立てはきっちりと締まっており、同じく落ちていた褲を確認しても、脱ぐために緩められた形跡が無い。
 中身だけ失った服を残して消えた頭目に、如何様な怪奇現象かと皆動揺しきりで蜂の巣を突いたような大騒ぎをするばかり。地衡司の役人、雲騎軍の兵士、工造司の職人が最後に見た場所はどこだ。誰か会話をした者を探せ。どこかに怪しい痕跡はないか。各々に手を尽くしながら探しても影も形も見当たらない。
 これだけ探しても見つからないなら誘拐されたんじゃ無いか。いや、最悪。などと言い出す者も現れ、不安を打ち消そうとそれに対して怒り出し、嫌な想像を打ち消す事が出来ずに泣きだす者まで出る始末。
「どうした。そのように鳴いて」
「さっきから気になってたんだけど、何だいその犬」
 吠えるのではなく、ふきゅぅん。と、困ったように鳴く犬の背を丹楓が撫で、動物が好きな景元も手を伸ばして顔を優しく撫でた。
「あぁ、帰還したら宮の前で騒いで……」
 二人で犬をあやしていれば、不意に犬がぶる。と、震え、どこからともなく全裸の応星が丹楓の腕の中に現れて三人共に瞠目して硬直していた。
「センセー⁉どっから出てきたんですか⁉」
 弟子の一人が声を上げれば仕事が手に着かなかった職人達、これとは別に、仕事をして気を紛らわしていた職人も声に引き寄せられて全裸で龍尊に抱き締められている自らの上司を唖然と見詰めていた。
「だ、誰か、服!服を持ってきてくれ⁉」
 景元が職人達から丹楓と応星を隠すように立ち、弟子に服を持参するように頼む。
 いち早く動揺から回復した弟子の一人が仮眠室に走り、数分も経たずして、
「百冶様のお召し物です!」
 と、姿が消えた際にも纏っていたであろう黒衣を持って来る。
「着替えさせるから、他の者は外に出ていてくれるか」
 雲騎驍衛の指示とあらば従うしかなく、好奇心で執務室の成り行きを覗き込んでいた者も追い散らされ、丹楓と景元の背に隠れていた応星が服を受け取って着替え出す。

 程なくして事情聴取とはなるのだが、応星の弟子達が『皆心配していたのだから話を聞きたい』と、譲らず、受ける本人も了承したため一番広い部屋での聞き取りになってしまった。
「それで、なんと訊けばいいのか私も困るんだけど……、何がどうしたのか説明できるかな?」
 聴取用の紙を手に困惑しながら景元が訊ねれば、応星も腕を組んで呻る。
「効果が分からないから解析してくれ。って言われた天外の奇物が発動して犬に……、なって……。さっき、丹楓が抱えてた奴」
「あれ君だったのかい?」
 応星の言葉に、周囲の職人がざわめく。
 大柄な男が腕に納まるほどの犬に変わるなど有り得るのか。質量保存の法則だとか、人間を動物に変える細胞変質がどうとかひそひそ話し出してる。
「成る程、兎に角、余に戻して貰おうと考えて工造司から丹鼎司まであの小さな体で移動してきたのか。大変な移動だったであろう」
 人間を動物に変えてしまうような奇物に興味を引かれつつも、丹楓は先ず応星を労りながら無事であった事を喜ぶ。
「あぁ、足は短いし、視点が低いせいで道が良く分からなくて迷うし、直ぐ疲れるしで中々進まなくて、久々に腹減りすぎて生塵漁ったな」
 ぐったり気絶している間に洗った犬は、数度お湯で流しても落としきれない固まった泥、饐えた匂いのする油で汚れていたため、どんな場所を通ってきたのかと疑問だったが、生塵漁りの衝撃に加え、『久々』などと他でも経験済みらしい科白に丹楓や景元の顔は驚愕に彩られ、周囲に居る職人達も同様で響めきが広がる。
「生塵を漁った事があるのか?」
「え、あ、いいじゃないか、そんな事……、どうでも……」
 朋友、周りの反応から、己が碌でもない失言をしたと自覚した応星が珍しくしどろもどろになりながら話を逸らそうと試みるも、丹楓、及び景元が見据えてくる。
「俺の故郷が歩離人に滅ぼされた時な、彼奴らは人間の食い物には興味が無いようだったが、人間を炙り出すために隠れられそうな場所は壊して回るだろう?だから仙舟の討伐部隊が来るまで、鼠みたいに逃げ回りながら食えそうな物を探し回ってたんだよ。ほら、腐ってなきゃ多少汚かろうが腹壊さないし、最悪、木の皮でも腹に入れば一緒だしさ、ははっ」
 それ以外に、仙舟朱明に移り住んでからも世話になっていた寮では師である壊炎の不在を狙って食事が貰えなかったり、買っても横取り、或いは捨てられてしまい、塵捨て場から食べられそうな物を見繕った事もあるのだが、余りにも惨めであるため、これは伏せておき、幼少時の経験を何でも無い事のように笑いながら語る。

 が。

 軽く白状した事で応星の空気を変えようとした目論見は成らず、人死にが出た現場のように静まり返った所に、空腹を訴える胃袋が腹を鳴らした。すると、同情心の強い弟子が泣き始め、空気は更に重くなり、何とも居たたまれない。
「食事をしに行くぞ」
「うん、そうだね。何か食べた方がいい」
 丹楓が立ち上がり、応星の手を引けば簡単に証言をまとめた景元までもが後押しをする。
「来い」
 応星の手を丹楓が引き、歩き出そうとすれば先程まで犬であったせいか足が上手く着いてこず、たたらを踏み、転びそうになってしまった。それを難なく受け止め、丹楓は応星を横抱きにすると何事もなかったかのように歩き出す。
「おい!これ、はずっ……」
「先程までこうしておったであろう」
「そうだけど!」
 犬と人間の状態では勝手が違う。
 しかし、頑固な丹楓は苦言を呈したとしても詭弁を返し、決して止めようとしないだろう、困り果てた応星は助けを求めて景元を見るも、微笑みながら手を振られて顔を引き攣らせた。弟子の職人等も同様である。

 工造司の門へと行けば、犬を抱いて入った龍尊が、今度は百冶を抱いて帰る様に門番が意味不明の様相で見送り、星槎は丹楓の指示のまま移動する。
 星槎から降り、丹楓に手を引かれながら見た事も無い場所に連れて来られた応星は周囲を見回してばかり。店を装飾する豪奢な作りに、園庭の美しさに目を奪われ、うっかり気を抜いていた。
「この店にある料理を全部」
 個室に通され、着席した丹楓が料理の一覧も見ずに規格外の注文をするものだから給仕係は正に飛び上がるように慌てて厨房へと飛んで行った。
「丹楓、やり過ぎだろ」
「好きな物を食せば良い」
 応星は無茶な注文を撤回させようとするが、丹楓は事もなげに提供された茶を啜り、料理を待つ。当然、撤回が叶わなかった料理は次々と運ばれ、終いには円卓に乗らなくなったため追加の卓が部屋に持ち込まれ、料理は尽きる事が無い。
「あの、もう、無理……」
 応星は懸命に出される料理を胃に詰めていたが、満漢全席とばかりの量に直ぐ様、根を上げる。
「ふむ、そろそろ来ると思うが」
「誰か呼んでたのか?」
 丹楓が玉兆で時間を見れば、程なくしてやって来た鏡流と白珠。
「わー、美味しそう-」
「相伴に預かる」
 白珠がはしゃぐように声を上げ、鏡流が静かに挨拶と共に着席すると大量の料理は女性二人の小さな体にどんどん吸い込まれていく。
 少しばかり遅れて景元も合流し、もう茶も入らずに天井を見上げている応星と、盛んに食べる己が師と友、悠然と食事をする龍尊に苦笑する。

 その後、応星の執務室には毎日、菓子が置かれるようになり、度々弟子からの差し入れが出るようになったため、彼は少々太ってしまったのだった。

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