・刃ちゃんがハンターに加入したばっかりの頃を勝手に妄想した物
・やや流血あり
・まだ名前はない
・特にカプはない
・大事にされる刃ちゃん
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美食の惑星。
その通り名にふさわしく、星核ハンター達の目の前には目にも美しく、食欲を刺激する香りを放つ絢爛豪華な食事が並び、給仕がカフカへ深々と頭を下げてグラスへと赤ワインを注ぐ。
「では、お食事をお楽しみ下さい」
ヴァイオリンが奏でる音楽を聴きながら、ホテルの一室を貸し切っての夕食は邪魔も入らず快適の一言だ。
「美味しそうね」
カフカが静かに微笑みながら目の前に置かれたステーキを小さく切り分けて頬張り、静かに頷き、ホタルが宝石のような輝きを放つ果物を前にして、期待と歓喜の眼差しでどこから手を付けるべきか悩んでいる。
その隣では、大柄な男が物静かに、しかし確実に胃の中へ食物を放り込み、無表情ながらも手は止まらない。
「あの子も気に入ったみたいね。良かった」
艶然とした微笑みを浮かべるカフカへ、男はちら。と、一瞥したのみで返事すらしない。
「あの手づかみはお行儀が悪いと言うか……」
目の前に置かれた一匹丸ごとローストされた鶏肉の塊を切り分ける事なく両手で鷲掴み、口の周りどころか長い髪まで汚しながら『貪る』としか言い表しようのない食べ方をする男へ、ホタルが注意をするが聞こえていないのか、聞く気が無いのか無心で口を動かす。
その大の男がするとは思えないあまりの無作法さに食事を提供していた給仕も呆気にとられたように恐ろしげな視線をくれていた。
「しかたないのよ。この子はずっと独りぼっちでお腹を空かせてたんだもの、私達を警戒して暴れなくなっただけよしとしなきゃ、ね?」
彼女は豊穣の指令の祝福を受けて不老不死となり、魔陰の身に侵されながら屍の如き様相で独り彷徨っていた男を運命の奴隷の命によって説得し、仲間に引き入れた。
魔陰による狂乱を落ち着かせるために記憶を言霊で封じるために試行を繰り返し、身綺麗にするため湯を浴びせて地面に引き摺る程伸びていた髪を整え、眠る寸前の幼児のように大人しくなった彼に服を着せてやる重労働を熟しばかり。
現在の彼は、カフカの言霊によって意識、記憶を制限されており、見目こそ大人であっても殆ど幼児のようなものだ。行儀の悪さなど、人としての理性をしっかりと取り戻せばどうとでもなるのだから。と、カフカは今の彼を容認していた。
「うーん、そうだね……。あ、お水……!」
鶏の中に入っていた米に咽せてしまった男へ、ホタルが水をグラスに入れて差し出すと一気に煽り、小さく咳き込んで再び肉にかじりつく。
「誰もとらないからゆっくり食べていいんだよ」
手近にあった果物や肉、野菜を取り分け、諭すように言う。
自身よりも巨大な銀色の鎧の中から出てきた小柄な少女へ、当初は驚いていた男だったが、一度仲間と認識すれば大人しいもので、切り分けられた食事を手づかみではあるが素直に食べだした。
「この人、名前はないんですか?」
「私は知らないわね。この子も今は忘れてるから、後で訊くといいわ」
「そっか、貴方も色々あったんだね……」
自身の破壊された故郷を思い返しながらホタルが幾分悲しげに微笑むも、男は食べる事に夢中にで何一つ気付いていない。
皆の腹が膨れ、カフカが男の汚れた手を繋いで借りたスイートルームに戻る。
「もう、お風呂は独りで入れるわね?」
頷く男の背を押して脱衣所に入れ、カフカがルームサービスを使って紅茶を頼んでいる間にホタルは室内に入るや装甲を身に纏うとエネルギーを消耗しないよう床に座り込んでいた。
「かふか……」
カフカが届けられた紅茶と共に小説を読みながら寛いでいれば小さい声に名を呼ばれて顔を上げる。
「あら、動かないで、床が濡れてしまうわ」
扉の後ろに隠れながら滴を床に滴らせ、着る服が見つからなかったのか男は困った様子でカフカに助けを求めていた。
彼女は慈母のように微笑み、濡れた男を脱衣所へと押し込んで備え付けのバスタオルで拭いてやる。自身よりも大柄な男性を相手へ物怖じせずに相対し、水滴を拭っていく彼女は余裕たっぷりで、男が襲いかかるなど微塵も考えていない。言霊で抑制している自負と、万が一、彼が襲いかかろうと返り討ちに出来る自信があるためだ。
「さ、これでも着てなさい」
ある程度拭ってからバスローブを着せてやり、カフカは手を繋いで鏡台の前に男を誘導する。
「誰だ……」
「誰かしらね。ゆっくり思い出すといいわ」
男は呆けたように鏡を見詰め、カフカは彼の髪にヘアオイルを塗り込みながら適当に返事をし、オイルを塗り終わるとドライヤーで乾かしにかかる。一八○センチを超える身長でありながら、腰まである長い髪をようやっと後半分ほど乾かすと、男はいきなり呻りだし鏡を拳で叩き割る。
「あらぁ……」
カフカは暢気な声を漏らすが、男は獣のように唸り、鏡の破片で皮膚が裂けて血みどろになった拳を振り上げて再び鏡を殴ろうとする。
「聞いて:座りなさい」
カフカが言霊の能力を使えば男は瞬く間に床に座り込み、瞬きもせず何もない場所を凝視して何をか呟いている。彼には何が見えているのかカフカには解らない。解らないが、落ち着かせる事が先決だとは解る。
「聞いて:何も考えないでいいの。今は眠るだけでいいのよ」
カフカが男に語りかければとろ。と、瞼が落ち、ぐったりと頭を落とす。
「ごめんなさい、サム。この子を浴室まで持って行ってくれない?」
「解りました」
男を横抱きにすると浴室に連れて行き、カフカが傷口に入った鏡の破片をシャワーで流していく。
「なんで急に暴れたんでしょうか?」
「嫌いな人の顔でも見えたんじゃないかしら」
「えぇ?カフカがって事ですか?」
ホタルことサムが驚いたように言うが、カフカは微笑んだのみで答えない。
男の手から流れ出た血は直ぐに止まり、傷を洗い終える頃には完全に塞がっていた。肉から押し出された最後の欠片が浴槽に落ちて硬質な音を立てた。
「これが豊穣の神使の肉体ですか。凄まじいですね……」
「あんな劣悪な環境でも病気にならず、寄生虫にも侵されず、体を欠損しても再生して死んだとしても黄泉還る呪いね」
「羨ましいような、恐ろしいような……」
寿命が短く設定された人造の兵器であるサムが、何とも言いがたい心情を吐露する。
命が短くとも自分の生きたいように生きるか、自己すら見失いながらでも長生を生きるか。
考えたとて無為な事。
抱えた男の手をカフカに拭いて貰い、サムが寝台に横たえさせる。
塗炭の苦しみを抱える彼に少しでも安楽と幸福が訪れるように祈りながら。