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スターレイル用

水中遊泳

・応星を死なせかけてめそめそしちゃう龍尊様
・いちゃつき楓応はちょっとだけ
・モブ龍師が出張ります(悪い人ではない
・捏造多数です
・応星がけーちゃんみたいに名前を変えてる設定



 ▇◇ー◈ー◇▇

 気がつけば、何やら暖かい場所に居た。
 目を開ければ母親が微笑んでおり、母の膝を枕に寝入ってしまっていたのだと気がつく。
 寝惚けているせいか風景はどこか白っぽく見えて、離れた場所に父親が居て『□□は甘えん坊だな』と、笑っていた。
 煩いなぁ。生意気な口調で反論しようとしたが口が動かない。

 酷く眠い。頭がぼやぼやとして思考も纏まらない所に母の温かい手が目を覆い、柔らかな暗闇を作ってくれた。
 またこのまま眠っても構わないのだろう。なら、委ねてしまおうかと目を閉じた。

 瞬間。

 喉が詰まって咳き込む。
 息を吸おうとしても上手く吐き出せず、母が戯れに口でも塞いだのかと戸惑いに瞼を上げれば、目の前に在ったのは友の顔だった。
 ここはどこだ。母と父はどこへ行ったのか。飛び起きたくとも体が重くて動けず、状況の理解も困難で目の前に在る白皙の美貌を呆けたまま眺め、ざらざらと流れる雑音を聞いた。
「応星……!返事をしろ」
「はい……?」
 返事をしろと言われたので取りあえず返したが、滅多な事では動揺しない友が表情を強ばらせ、声色もどこか震えているようだった。
「余が判るか?」
「あー……、たんふ……」
「うむ……」
 父母が居た穏やかな情景、何やら安堵している様子の友が居る光景。
 一体どちらが夢か現か、どうにも感覚が曖昧で良く分からないまま、彼の名は思い出せたが故に答えてみる。
「己の名は言えるか?」
「名……、名前?俺の?」
 問われて己の名を頭の中で反芻する。
 □□。違う、この名は捨てた。仙舟で生きる決意をするために。
 仮令、百の年月すら生きられぬとも天上に輝く煌星の一つと成れるよう、新たな名を師である壊炎に命名して貰ったのだ。
「応星……、何だよ俺の名前を忘れたのか丹楓……」
 口の端を皮肉げに吊り上げ、友の名を呼ぶ。
「お……」
「龍尊様の真名を馴れ馴れしく口にするなど、殊俗の民如きが無礼であるぞ」
 丹楓が声を発する前に、聞き慣れない声が遮りながら叱責し、横たわる応星を見下ろしていた。
「えーっと、俺、工房でぶっ倒れてた?」
 どうにも前後の記憶が思い出せず、有り得る可能性を問うてみるも、
「貴様の工房ではない。丹鼎司近くの浜辺だ」
 矢張り丹楓ではなく、謎の男が答える。太陽を背にしているため殆ど影でしかないが、長く尖った耳が確認できたため持明族だろう。
「すまぬ。余が水中遊泳をしようなどと提案せねば……」
「そう、あぁ、そうだった……」
 少しばかり視線を巡らせれば、先程から聞こえていた雑音は波音で、重いのは肉体その物だけではなく水を多分に含んだ衣服のせいもあった。
「龍尊様、殊俗の民は我々と違い、一刻すら水中では過ごせぬのですよ。貴方様と共に水中で戯れるなど出来るよう筈もございますまい」
 丹楓こと持明族の長である龍尊を叱責出来るこの男は、同等の立場にある龍師であろう。
「貴様も貴様だ。水中で呼吸も出来なければ息も碌に止められず、自身の力で水圧にも耐えられぬか弱き種族の分際で龍尊様に同行しようなどと軽率にも程がある」
 叱責の余波が己にも飛んできてしまい、応星は思わず苦笑した。
 時を遡れば昨夜の出来事。持明族の聖地である鱗淵境はこの世とは思えぬ美しさである。そう評されるかの地を一度見てみたいと応星が酔余の戯れとして零した事が切っ掛けだ。
 鱗淵境へは連れて行けぬが丹鼎司の海中でも水は透き通り、色とりどりの珊瑚が群生し、魚が太陽光を浴びて鱗を煌めかせる光景が見られるとして丹楓が誘ったのだ。
 人気の無い場所を選び、丹楓に抱えられながら沈んだ海中は確かに美しく、素晴らしい佳景であると断じられた。が、応星は思い違いをしていたのだ。応星は、丹楓が水中で呼吸ができる術でも持っていると勝手に思い込んでいた。
 息苦しくなりだした頃には時遅く、応星を抱えたまま常と変わりない様子で泳ぐ丹楓に伝える術もなく酸素不足で気絶した。有り体に言えば溺れたのだ。
「貴方様はどちら様で?」
 慇懃なまま、応星は龍師であろう男を誰何する。
「ふん、救ってやったと言うに、まっこと無礼な男よ」
「どう言う事だ?」
 丹楓に水を向ければ長い耳は萎れ、首もすっかり項垂れており、丸まった背中は落ち込んでいるようだった。矜持と自尊心の塊のような男が、このように気弱を見せるなど有り得ぬ事態に嫌な焦燥が湧く。
「私が助けてやったのだ。感謝せよ痴れ者が」
 影が丹楓を睨み、次いで応星を睥睨する。
 詳しく訊けば、溺れて気絶した応星に気がついた丹楓は慌てて海上に上がろうとしたものの、もっと応星に佳景を見せたいと望んだが故に深く潜り過ぎていた。
 昇れど昇れど海上は遠く、そこへ突然、空気を含んだ膜が二人を包み込み、応星はすんでの所で一命を取り留めたのだ。
「愚拙をお救いいただき深謝いたしまする」
 応星は口先だけ達者で命の長さばかりを誇る無能な天人、持明族は基本的に嫌いだ。しかし、命を救ってくれた相手にまで敵愾心を抱こうとは思わない。
 流石にそれは人倫にもとるとして応星は重い体を叱咤しながら取居住まいを正し、両の拳を砂につくと深々と頭を下げる。
「分かれば良い」
「貴方はどうして此方へ?」
 龍師の影の動きから、ちら。と、丹楓を見やり、
「昨夜、貴様と龍尊様の戯れを聞いていた家人が居ってな、私に報告をしてきたのだ。万が一を考えて来てみたらこの有様とは、また教育が必要ですかな龍尊様」
 きつい口調で長の愚行を諫める。
 我の強い丹楓は、基本的に口煩い龍師とは反りが合わず、諍いが絶えないのだが、友を死なせかけたこの時ばかりは唇を引き結び、大人しく叱責を受け入れていた。
「良くここが判られましたね?」
 頭を上げた応星が、素朴な疑問を口にする。
 仮令、家人が聞いていたにしても昨夜は場所まで話していない。
 今日の朝、応星が丹鼎司へ赴いて、そのまま丹楓に浜辺まで連れて来られたのだ。尾行でもしていない限り、今際で救助は不可能ではないかと思えた。
 ただ、龍師は両の手を組み、顎を上げて鼻を鳴らす。
「容易い。この方は幼い頃から不貞腐れるとここへ来ていたからな」
 長命種である丹楓の幼い時分。一体何百年前なのかは判らないが、幼い頃から。ならば成長してからも憤懣が溜まれば海に潜って気を静めていたのだろう。
 朋友と言えど、矢張りまだまだ知らぬ姿があるものだ。応星は無言のまま項垂れている丹楓が気になり、体ごと彼へと向ければ驚愕に仰け反った。
「え、お前泣いてんの……?」
「よもや、其方を害してしまうなど……、己が赦せぬ……」
「死んでないんだから自分を責めるなよ。な?」
 あわや。ではあったが、結果的には無事である。
 応星は懸命に丹楓の頭や背を撫でて慰めるが、余程、己の失態が赦せぬのか、血が滲むほどに手を握り締め、砂浜を凝視したまま瞬きもせずに涙をこぼす。
「ほら、帰ろうぜ。濡れたままじゃ風邪引くし」
「む、そう、だな……。もど、るか……」
 ぬらりと立ち上がり、応星を抱えながら空中を浮遊しようとする丹楓であるが動きがふらふらと覚束ない。
 泥酔した酔っ払いさながらの動きで不安を覚えた応星が止めようとすれば、先に龍師が丹楓の腕を掴み、彼の腕の中から応星をもぎ取る。
「龍尊様は先に宮へとお戻りを、私がこの者を帰します」
 丹楓は応星を奪われ、束の間、抵抗の光が目に宿ったが瞬く間に意気消沈してしまった。
「相分かった……」
 居丈高に、傲岸不遜に振る舞う丹楓が素直に頷き、苦しげに顔を歪める。
 己が何よりも大事にする応星を危うくさせた事実が呑み込めず、自らを捻り潰したいほどの自責に苛まれているのだ。応星自身が赦したとしても、己を赦せない。
 気持ちの整理をするにも、時間がかかりそうである。
「そのように情けない姿を民に晒すなど言語道断。姿を消してお帰りなさいませ」
 消沈に加え、手痛い追撃が龍師により齎される。
 それでも、常ならば一言三言は言い返すだろう言にすら反抗せず、丹楓は薄い霧を発生させ、身を包み込むと姿を消す。文字通り、立っていたはずの場所には何も見えなくなってしまった。
 一般的な持明族であれば目を凝らせば透明な影が揺らめく様が見えるのだが、さしもの龍尊。一切の姿は掻き消え、どこに居るかすら判別出来なくなってしまう。
「さて、貴様の家は工造司であるな」
「そうですが……」
 答えるや否や肩に担ぎ上げられてしまい、驚いて暴れようにも雲吟の術による拘束なのか体が動かず、ざかざかと踏み締められる砂を眺めるばかり。
「俺の家が判るんですか……?」
「ふん、龍尊様の動向は把握しておる」
 要は公務でなくとも丹楓は護衛と言えば聞こえは良いが、監視されているのだろう。
 大なり小なり持明族は雲吟の術が使え、姿を消す術も多数の者が会得していると応星は聞いていた。丹楓が耐えかねた際に水中に潜るのは、美しい景色にささくれ立った心を静めるだけでなく監視を撒くためか。

 長ともなると、心労も多かろう。
 応星は丹楓と同じく長の名を冠するとは言え、名ばかりである。
 工造司頭目である百冶など、応星を仙舟に繋ぐための首輪でしかない。
 何一つ実権はなく、ただ奇物を作る道具に成り下がる。当時は屈辱の極みだったが、今でこそ開き直っているため、真に丹楓の心を思いやってはやれない。頼られ、崇められる存在とは、どれほど窮屈で孤独なのだろうか。
「貴様、把握しておるとは言ったが、任せすぎではないのか……」
 完全に脱力して荷物に徹し、うだうだ考えていれば龍師が呆れたように話しかけてきた。横目で周囲を確認しても、見てはいけないものを見るように逸らされるか、『また百冶様が無理をして運ばれているのだろう』のような視線を投げかけられるばかりである。
「いや、あんた結構、良い奴だろ?短命種の事も良く知ってるみたいだし」
 自身を侮蔑し、丹楓との関係に口を出してくる龍師は決して好まないが、この男は些細な違和感を無視せず救出に向かい、倒れている応星に直接、日が当たらぬように影を作ってくれていた。
 比較してではあるものの、他の持明族よりは応星を気遣ってくれ、優しいと言える。
「私は龍尊様をお守りする立場にある。間違いを起こさせるわけにはいかんだけだ」
 だからとて、短命種の生態を良く知る理由にはならない気がしたものの、深くは踏み込まず、応星は聞き流すに留めた。人に歴史あり。彼にも長い人生で色々あったのだろう。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 水中遊泳から数日が経った。
 丹楓からは一切の連絡が無く、応星は自ら訪ねるか悩み出す。

 龍師の言、傷つき老いれば古海に沈んで転生する持明族の特性から察するに、彼等は水に慣れ親しみ、水中で呼吸ないし長時間息を止められるのだ。丹楓は龍尊たる立場故に、他種族、いわんや殊俗の民とは交流など殆どしていなかったに違いない。
 なればこそ、応星も水中で長く活動出来ると思い込んでいたのだ。無知が引き起こした事故と言える。応星自身も勝手に丹楓がどうにかしてくれると思い込んでいたのだから、誰が悪いとも言い難い。
「信じすぎるのも考え物か……」
 ぽそ。と、感想を漏らし、意思の疎通、伝達は大事なのだと認識を改める。
 全幅の信頼を寄せるのは良いが勝手な期待を抱き、任せきってしまうのは盲目の極みである。盲信して得られるのは先日のような結果だ。

 例の龍師も、命を救って貰ったのだから言葉だけではなく、形でも感謝を示すべきであろう。では何をするべきか。

 応星は悩むが、己の得意分野は奇物、武器の鍛造である。
 答えなどあってないようなものではないか。
 やる事は決まったが、では何を作る。

 雲吟の術を補助する絡繰りが真っ先に浮かぶも、そこは持明族の分野であり、付け焼き刃で身に付けた技術で物を贈るような真似は余りにも無礼である。
 武器も一考したが、既に手に馴染むものがあればただの飾りでしかない。装身具は彼の好みを知らない。悩みに悩み、応星は掌に収まる大きさの機巧獅子を一晩かけて造り出す。

 百冶大煉の試験を些か思い出すが、此度の素材は最高の物。
 小型化軽量化を極め、応星が今持てる技術をつぎ込んだ作品である。
 気に入って貰えなければその時。寝不足の脳に大欠伸で酸素を送り込みながら応星は工房の一角にある簡易浴室に入り、身を清めて新しい服に着替え、肩掛けの鞄を持って丹楓を訪ねた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 丹楓は未だ自責が抜けないようで、執務室に通してはくれたが応星を見るや、苦しげに表情を曇らせる。
「まだ気にしてるのか。ほら、俺元気だぞ」
 些か寝不足を除いて。ではあるが、丹楓の両の手を取り、己が頬に触れさせる。
 手袋越しとは言え、体温を感じて安らぐ心地となったのか、幾分、強ばった表情が緩み、丹楓は応星を抱き締める。
「もう、二度とあのような過ちは犯さぬ……」
「俺も気をつけるよ。お互いに思い込みは止めとこう」
「うむ。余も様々な物を学び直しておるところだ」
「短命種のこととか?」
「そうだ」
 即答されてしまうと、どこか面映ゆい。
 応星ははにかみながら生真面目な想い人の背に腕を回す。
「はは、お前のためにも大往生してやらんとなぁ、下手な死に方をしたら禍根を残しそうだ」
 冗談交じりで笑いながら口にすれば薄らと潤んだ水底のような瞳と視線が絡んだ。
「死なせはせぬ」
「駄目だ。俺はお前等とは生きる時間が違うんだから、きちんと思い出にしろ」
 返ってくる言葉はなく、強く強く抱き竦められ、応星は生きているからこそ感じる息苦しさに微かな喜びを見いだす。持明族は古海に沈んで転生すれば、新生を得るのだ。
「何でも、いつかは思い出になる」
 己が愛する人達を嬲り殺しにされた憤怒、憎悪はいつまでも生々しく鮮血を吹き出し、膿んで癒える事は無い。それでも、失った両親との記憶は優しい思い出となり、応星の心に留まっている。一言付け加えるならば、同時に傷を抉る武器ともなるが。
「丹楓」
 応星が名を呼べば、呼応するように頬に手を添えながら丹楓が口づけてくる。ただ触れ合わせるだけのものが離れれば、僅かながらでも心苦しさが解けたのか丹楓が薄く微笑む。
「お仕事はどうした龍尊様」
「其方の方が優先だ」
 戯れ言をほざきながら応星を横抱きにし、丹楓が部屋を移動しようとすれば、いつかの龍師が扉の前で立ちはだかっており、二人は生唾を飲み込む。
「どちらまで?今日の術の鍛錬は終わっておりませんよ」
 執務室に踏み込み、邪魔をするような無粋はしないまでも、職務放棄は許さぬとばかりに睨み据える龍師に応星が真っ先に諸手を挙げ、苦虫を噛み潰している丹楓の腕の中から逃れる。
「気に入るかは判りませんけど、お礼持ってきたので受け取って貰えるとありがたい」
 この場で行動をを切り替えるとは、大した胆力。と、龍師が応星に対し感心していれば、鞄の中から取り出された桐箱に関心を引かれる。

 箱から取り出した機巧獅子を龍師の掌に載せ、指先で尻を二回叩くと起動して目の前にある物を追ったり、丸まって眠り、終了する際は尻を三回叩くと説明する。
「ふむ、手慰み用の絡繰りか……」
「要らないなら捨てても構いませんよ。飽くまで気持ちですのでね」
「いや、貰っておこう。手入れは必要か?」
「時々、軽く油を差して貰えれば」
「了解した」
 龍師が頷いた事を確認すると応星は丹楓へと向き直り、
「俺、帰るから、鍛錬頑張れよ」
 些か名残惜しげではあるが踵を返して応星は宮を後にする。

 清々しいまでに透き通る青空が投影された羅浮の空を眺めながら、あのまま母の膝で眠っていたら哀も苦も無く眠れていたのか。ほんの束の間、立ち止まって考えてはみるが、運なり人の力なりに生かされている事実を考えれば、暢気に眠っている暇などは皆無なのだ。
 大きく伸ばして強ばった体を解し、欠伸をしながら応星は歩みを進める。

 自身を高めるために努力している丹楓にも何かしら贈って激励するべきか悩みながら工房へと辿り着けば碌に睡眠も取らぬまま作業に没頭し、過労から倒れて仲間全員に雷を落とされるまで二日半である。

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