・応星の偽物騒ぎ
・出来てる楓応
・幽囚獄のクエで出る偽物の奴
・いちゃいちゃは少なめ
▇◇ー◈ー◇▇
「全く、あの短命種ときたら……」
龍宮の執務室から外の空気を吸いに出た丹楓が、家人の会話を耳に止める。
曲がり角で背を向けているために丹楓の存在には気付いていないようで、箒を片手に家人は揚々と口を回していた。
「龍尊様のお名前を使って好き放題してるなどと不届きにも程がある。どうにかとっちめてやれんものか……」
「しかしなぁ、あの短命種への盲目とも言える寵愛っぷりを鑑みれば、我々がどう苦言を呈したとて、お耳も傾けては下さらんだろうよ」
愚にもつかない雑談であれば意に介しないのだが、『短命種』との語句が耳を引いた。丹楓に関連する短命種と言えば、ほぼ確実に応星の話題で間違いない。言葉の端々に不満と害意が漏れ出ており、違和感を覚える内容でもあったため丹楓は迷いなく家人の肩を叩く。
執務室で黙々と書き物をしていた主人が現れるとは微塵も考えていなかった家人は姿を見た瞬間、瞬く間に顔色をなくして息を呑み、肩を叩かれた家人は大凡、人間の口から発せられたとは思えない理解不能な悲鳴を上げて腰を抜かした。
そこまで驚かれるとは些か心外であったが、丹楓は常の通り表情を動かさず先程の会話の詳細を訊ねた。
最初は混乱の余り、どうにも要領を得なかったが、次第に家人等が落ち付いて話し出す。が、それも聞けば聞くほど不可解であった。
「応星が余の名を出して市井の者に無理強いをしていると?有り得ぬ……」
丹楓が否定を口にすれば、二人の家人は視線を合わせ『ほらな』とでも言いたげであった。自身が良く知る応星の性格からして、他人の権力を出汁に利を得るなど有り得ない。しかしながら、視線は揺るがず嘘を吐いている様子もない。
「移動する。そこでより子細を話せ」
二人の家人を執務室に呼び、牀几に座らせてから詳しい内容を聞いた。
纏めると、
応星が金人港の一角にある酒舗にて、己は工造司頭目の百冶かつ龍尊の親友であるとして店主に圧をかけ、無料で飲み食い。更には好みの女人を隣に侍らせ、接待をさせるばかりか体を触り、肉体による奉仕を求める無体。他の店でも高額な商品を強奪するような真似を繰り返している。と、応星とは思えぬ行動の数々が報告される。
あまりの横暴、龍尊を、百冶の名を穢す行為と憤慨する家人等はその光景をしかと見ており、丹楓に報告するべきかどうか話し合いつつも諦観の念を漏らしていたようだった。
矢張り信じがたい内容では合ったものの、目撃者が居るともなれば無視は出来なかった。
龍宮に従事する持明族は丹楓と酒を嗜みながら月見をする応星の顔は見知っており、多少顔が似た他人と見間違える筈もない。ただ、何事も完璧はないものだ。市井の者も、応星と名乗る男の外見的特徴が似通っていれば信じる者も出てしまうだろう。
有り得るとすれば、応星の名を語る不届き者。
短命種を見下し、侮辱するような差別感情を持つ者は仙舟に多く存在する。応星はそれによって散々ばらに苦汁を嘗めてきた。それでも、彼は自身の足で立ち、毅然と背を伸ばし、己が実力で今の地位を掴んだ高潔な人物である。応星自身を、彼の生き様を丸ごと穢し、貶めるかのような愚行の数々。槍で百万と串刺しにしても飽き足りぬほどの憤怒を覚えた。
「余が調べに出よう。其方等は通常業務に戻るが良い」
半信半疑とは言え、主人が己の言を耳に入れてくれた事が嬉しいのか、家人は安堵の表情を作ると退出し、跳ねるような足取りで戻っていった。
丹楓は腸が煮えくり返るような心地で龍宮を出ると、真っ直ぐに工房へと向かうのだった。
▇◇ー◈ー◇▇
「たんふー、えーっと、おはようございます……」
「痴れ者が……」
床に正座し、目をしょぼつかせる応星を見下ろしながら丹楓が叱責する。
時は昼過ぎ。『お早う』の挨拶には遅すぎる時刻であるが、そこは問題ではない。
「床で寝るなと何度も申したであろう……」
「おふとんは持ってきたから……」
仮眠室から持ってきたであろう布団をもじもじと膝上で弄りながら応星は言い訳をする。
「ならばそのまま仮眠室で眠れば良かろう。わざわざ何故、作業場の床を選んだ……」
「寝過ぎたら困るし、な……?」
徐々に頭が覚醒してきたのか、応星の言葉は明瞭になっていくものの言い訳がましさは変わらない。丹楓は小さく嘆息すると床に膝をつきながら両の手を応星の頬に当てた。
硬質な石作りの床に体温を吸われたのか体は著しく冷えており、肌は白を通り越して青褪めている。
眼の充血、目の下には色濃い隈が張り付き、かさついた唇からは水分の不足も見られるため睡眠、飲食も疎かにしている様子が窺えた。
「納期は……?」
「明後日……」
確認のためとは言え、今日、工房を訪れていなければ明日には応星が倒れた報告を聞く可能性を考え、丹楓は心の裡で胸を撫で下ろす。
「例の百冶代理殿は無能か?其方をこうも疲弊させるとは……」
「いや、俺が勝手に仕事入れてるだけなのもあるから……」
「根を詰めすぎだ」
丹楓は問答無用で応星を横抱きにし、布団を龍尾で巻き取ると、勝手知ったる道として仮眠室まで連れて寝台に寝かせて布団を掛ける。
「あとちょっとだけ作業……」
「ならん。水を飲め」
「ぶ……」
雲吟の術にて水を呼び、小さな水球を応星の口に押し込むと僅かに応星の喉が動く。腔内に水を送られた応星が軽く咳き込み、唇を尖らせるが知らぬとばかりに丹楓は水球を作っては応星に水を与える。
「もういい。十分」
口を閉じても強制的に与えられる水分に根を上げ、枕に顔を押しつける。
「ここ数日、工房に泊まり込んでおるようだな。食事はどうしておった?」
「適当に近場の屋台で買ったり、自宅の管理に雇ってるばあちゃんが作って持ってきてくれたり……?」
「では暫く金人港には行っておらぬのだな?」
「あぁ?一ヶ月くらいは行ってないかな?地味に遠いから時間ある時じゃないと……」
昼夜もなく工房に籠もっている人間の時間感覚はさておき、応星は鍛造に入ると自身に関わる全てを蔑ろにする。人間の三大欲求とされる食欲、睡眠、性欲、全てである。納期が迫っている中で暢気に独り呑みに行き、のんびり飲み食いするなど考え難い。
そも、応星は百冶の名を冠してはいても、工造司頭目の権限を実際に握っているのは補佐として付けられた天人である。
建前としては短命種である応星が雑事に手間を取られず奇物鍛造に集中出来るように。ではあるが、要は仙舟が短命種如きに権限までは持たせまいとした愚劣極まる行いだ。故に、応星が権力を行使して他人を甚振るなど有り得ず、そのような暇があるなら工房に籠もって鍛造をしているような修羅である。
だが、市井にはそれを知らぬ者も多い。上層のいざこざなど下々の者には関係ないのだ。応星が実権を持っていようといまいと百冶である事には変わりなく、権力と言う武器を振り翳されれば萎縮する。
応星を語る不届き者がどこまで知って愚行を繰り返しているのかはまでは知れぬものの、見つけたらどのように処してやろうかと丹楓は思考する。
「独りで飲みに行ってもおらんな?」
「行ってないけどなんでだ?」
「余暇を楽しむ隙も無いほど根を詰めておるなら、もう少し訪問回数を増やすべきか考えておっただけだ」
「俺が怒られる回数が増えるだろ。止めてくれ」
「不摂生をしておらねば余とて何も言わぬ……、そら、手を出せ」
小言を口にしながらも丹楓の表情は柔らかく、応星も素直に手を出し、握り込まれても拒絶しない。
「沁みる……」
丹楓が応星の右手を握り、両目を覆うように掌を当てながら龍気を注いで痛めつけられた肉体の回復を促す。
「万能ではない。あまり当てにするな」
「ん、ありがと……」
程なくして静かな寝息が立て出すと、丹楓は応星の目元に口付けを落とし、愛おしげに頬を撫でた。見詰める藍玉の瞳には慈愛しかなく、腹の底には彼を貶める存在への怒りしかなかった。
▇◇ー◈ー◇▇
納期を終えた応星が珍しく帰宅し、本人曰く効率的な寝だめと称して睡眠を取っていれば何者かに頬を撫でられ覚醒する。
「あえー、たんふー?どしたぁ?」
「少しばかり付き合え」
「いいよぉ……」
勝手に家へ入り込んだ朋友、丹楓に起こりもせず寝惚けて間延びした口調で応星は応え、のろのろと起きると着替え出す。
顔を洗い、寝癖がついた髪を毛先から櫛で梳かして解すと香油を丹楓に手伝って貰いながら塗り、簪で纏める。
「で、何処行くんだ?」
「金人港の酒舗にな、少々用事がある」
「良く分からんが、お前が言うなら行くよ」
出かける準備を済ませ、身だしなみを軽く整えると丹楓と連れたって歩く。
幾分、眠そうでは在るものの三日前に見た頃よりは顔色も良く、銀白色の長髪を靡かせながら歩く白皙の美貌は龍尊と並んでいる事を差し引いても人目を引く。
「矢張り似ても似つかぬな」
応星の横顔を盗み見て、丹楓が独り言ちれば何事かと視線を寄越すも、説明なしともなれば直ぐに興味を無くして追従する。
「ここだ」
金人港の中でも相応の店構えを持ち、賑やかな酒舗に丹楓が足を踏み入れれば、応星が物珍しそうに周囲を見渡す。酒舗が珍しいのではなく、仙舟でも屈指の貴人である丹楓が、如何にも庶民的な店のどこが気に入ったのか観察していただけなのだが、開けた店内を辿る視線がある一点で止まり、何度か目を瞬かせた。
「俺が居る」
言葉通り、応星と瓜二つと表現しても遜色ない男が、小上がりになっている座敷席にて客であろう男を捕まえ、しなだれかかりながら呑んで騒いでいた。
「ふん……」
入店してきた客に従業員が声をかけようとして絶句し、それに気付いた客がまた驚き困惑し、店内は静まり返る。
「え、あ、なんだお前!」
真っ先に声を上げたのは酒を呑んで騒いでいた応星である。
酔っているのか白い肌を上気させながらも丹楓の隣に立つ応星を糾弾する。
「百冶様が……、二人?」
声を潜めながらも当惑する者達が言葉を交わす。
無理もない。声も姿形も変わらない存在が邂逅している様に動揺しない者は居ないだろう。
「其方は、双子の兄弟でも在ったか?」
「兄弟は居ないし、居たとしても親族は全部死んでるぜ?」
「居る訳ないだろ⁉俺の故郷は歩離人に滅ぼされたんだからな!この偽物が!」
丹楓と共に居る応星は飄々と応えるが、酒の匂いを纏わせた応星は憤慨したように叫ぶ。
「偽物か。どちらかが百冶応星を語る者か、見定めねばならんな」
「何言ってんだよ龍尊様。俺が本物に決まってるだろ?俺が納期上がりに独りで呑みに来たからって拗ねてるのか?そんな偽物、さっさと雲騎軍に突き出して呑もうぜ」
酔った応星は馴れ馴れしく丹楓の腕に自らの腕を絡め、甘えるように肩に頬を寄せる。
「雲騎軍に連れてかれるのは貴様だろう。ぬけぬけと抜かすな」
同じ銀白色の髪を鷲掴みにし、素面の応星が苛立たしげに引き寄せ、丹楓との間に割り込み威圧する。
「はっ、どうやって化けたかは知らんが貴様の方こそ、丹楓に馴れ馴れしいじゃないか。この偽物が」
酒酔い応星が反撃するも、素面の応星は口の端を上げ、鼻で笑う。
「どうやって、なんぞ此方が聞きたいほどだ。面白い技術だな。ばらして解析してやりたいくらいだ」
どちらが偽物か、言葉の応酬が続くが誰も口を出さない。否、出せないと言った方が正解か。
何せ、見目、声色、有している己の情報、知識が全て同一なのだ。今は酒酔いと素面の区別があるが、それがなくなってしまえば見分けることは困難だろう。
誰かがこっそりと酒舗を抜け出し、呼んだ雲騎軍の兵士も現場を見て唖然としており、助けを求めるように丹楓を見やる。
「ふむ、口論では決着がつかぬようだな」
お互いに胸ぐらを掴み合い、睨み据えていた双方を丹楓が引き剥がし、椅子に座らせる。
「丹楓!さっさとこの偽物を突き出せよ!お前なら俺だって解るだろ?」
「喧しいなこの偽物。おい、丹楓。貴様が俺を見紛うなら絶縁だ」
それぞれに本物を主張し、相手を偽物と詰る。
周囲の人間はこの顛末を見届けたいあまり、恐怖を抱きながらも場を離れられないでいる。外にも何事かと人が集まり、そろそろ頃合いかと丹楓は鼻を鳴らす。
丹楓は両者を見据え、
「動くな」
一言だけ発すると背後に無数の水槍を顕現させ、焦点を定める。
「え、何やってんだよ。嘘だよな。丹楓?」
「酷いなぁ。そんなもんで貫かれたら儚い短命種の俺は即因果殿行きなのに」
一方は顔を引き攣らせ、一方は冷笑混じりに皮肉る。
この次点で決したように思えるが、より明確な『わかりやすさ』が必要だ。
浮いた水槍が不穏に揺らめき、二人の応星目掛けて飛ぶ。
「ひぃ……!」
酒酔いは文字通り椅子から転げ落ちるように逃げ、素面は泰然と踏ん反り替えって座ったまま微動だにしない。
応星は目の前で霧散した水槍ににや。と、唇を歪め、床に蹲って震える偽物を鼻で笑う。
「貴様は愚かだな。丹楓が俺を傷つける訳がなかろう」
丹楓の目的を理解していた。と、言うよりは丹楓が己を害するはずが無い。との信頼が応星にはある。しかし、偽物は丹楓を知らず。信頼無き故に咄嗟に逃げて蹲って震える。
「あの蹲っている方を連れていけ。無銭飲食、身分の盗用、詐欺、強盗諸々余罪は存分にあろう」
「はっ……!」
丹楓が呆けていた兵士へ偽物を捕縛するように促し、未だ混乱している店主へと近づく。
「騒ぎに巻き込んで悪かった。今日の迷惑料として、この場に居る客全員の飲食代と慰謝料を支払おう。飲食代は龍宮に請求書を寄越してくれれば良い」
「は、はい……。ありがたく存じます……」
龍尊を間近で見る機会など、市井の者にはほぼないと言っても過言ではない。
その尊顔が目の前に迫り、己を労りながら言葉をかける。店主は全身を硬直させながら、辿々しく喋り、壊れた機巧の如く首を縦に振る。
「応星、帰るぞ」
「帰ったら直ぐ寝ても良いか?」
「どうせ食事もせずに寝入っておったのだろう。余の宮へ来い」
「はいはい、嫌だと言っても連行するんだろう……」
「当然だ」
丹楓は澄ました顔で椅子に座って欠伸をしていた応星の手を引き、互いに軽口を叩きながら肩を寄せ合って歩む様に、他者には介入出来ない空気を傍観者達は感じ取る。
丹楓はどちらが偽物かなど考える必要も無く理解していたが、偽物によって貶められた応星の汚名を雪ぐために、一芝居を打ったのだ。これだけ偽物と本物の差を見せつければ自然と人の口から口へと上り、尾ひれはつくにしても横暴は偽物の仕業と自ずと広まる。
中には口さがない者も居ようが、偽物が駆逐された以上、これもまた自然に淘汰されていくはずだ。
▇◇ー◈ー◇▇
龍宮にて遇された応星は、丹楓の閨房にて横たわりながら夢現になっている。
「今日は驚いたな。言えよ……」
「伝えたら嘘くさくなるかと思うてな」
工房に籠もり過ぎ、世間と隔絶されて偽物の跳梁跋扈を許してしまっていた事実に反省はしつつも、何も伝えずに居た丹楓へ文句を一つ。
応星の弟子等も噂くらいは聞いていただろうが、持つ情報に齟齬がなく、あれほど瓜二つなのであれば多少近しい程度では騙されるのか。或いは、小賢しくも工造司の人間からは隠れていたのか。その辺りは詳しい調べが必要である。
「其方は、余の偽物が出ても看破してくれるか?」
「出来るに決まってるだろ?お前が脱鱗したってお前だと判るさ」
己よりも遙かに寿命が長い丹楓の脱鱗後の姿を見るなど、短命種の身では到底為し得ない物事を想定して応星は嘯く。しかし、丹楓は口元を緩め応星へ口づけると眠りを促すように優しく頬を撫でた。
優しい闇が二人を包み、仙舟の空が朝を迎えるまで邪魔をする者は居ない。
翌朝には、偽物が捕縛された情報が一気に報じられ、応星の身分と姿を模して行った悪事が次々と世間に知らしめられた。件の存在は、他人の姿と記憶を模して身分を乗っ取ることで生きる天外の種族であるとも判り、百冶の身分の割に人前に出ず、他者と交流をしない応星は都合が良かったのだろうとも。侮辱なのか擁護なのか分からない情報も流された。
朝の光が差し込む龍宮にて、応星と丹楓が朝餉を取っていれば、仲間の醜聞として周囲には秘され、聞かされていなかった景元や鏡流、白珠が龍宮へと押しかける事態となるのだった。