・火炕(ひかん)=昔の床暖房
・既に出来てる楓応
・イチャイチャ描写は少なめです
・こじふおweekのお題。『雪』です
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羅浮はその日、一歩先も見えないような雪に覆われていた。
譬えるならば白い闇。濃霧に覆われた景色を想像すると解り易いだろうか。
惑星級の巨大戦艦である羅浮でこのような現象は珍しい。
気候、気温は人工的に管理されており、計画的に降雨や晴天を調整しているのだが時折不具合を起こして突発的な嵐や豪雪が起きる。
そうなると都市機能は停止を余儀なくされ、住民は家に閉じこもる以外の選択肢がなくなる。
そんな中で、工造司百冶である応星は自宅ではなく工房に籠もろうとしていたため、朋友である龍尊、丹楓の手によって強制的に拉致されてきたところだった。
「どうせ籠もらなきゃいけないなら別に良いだろ……。火もあるし……」
「ならん」
「横暴だ」
応星は俵担ぎにされたまま、不満をたらたらと漏らす。
どうせ籠もらなければならないなら。と、する思考は理解出来るが、工房には食料を保存する場所、飲食を提供するための設備はなく、買い求めるための露店も休業となれば必然的に応星は食事を抜く。
ただでさえ作業に没頭して飲食、睡眠を疎かにする人間が、只独りで作業するなど病を招くだけならばまだしも、最悪の場合、倒れたまま救助もされない状況が簡単に予見出来るため看過は出来なかった。
嫌な予感がして様子を見に行って良かった。
丹楓は呆れと安堵を同時に味わう。
まだ羅浮が完全に白い闇に堕ちる前。
止める周囲の言を無視し、応星の捜索を強行して良かったと丹楓は胸を撫で下ろしていた。
「あぁ、龍尊様……。お帰りなさいませ」
顔色を真っ青にした家人が安堵した様子で丹楓の帰還を喜ぶ。
「あれは用意してあるか?」
「えぇ、勿論。こんなに雪を着けられて……」
持明の家人は丹楓の髪や顔、服についた雪を手巾で払い、奥へと小走りに移動する間、彼の肩の上では雪を体を乗せたまま、震える応星がくしゃみをして溜息を吐いた。
龍尊の肩に担がれた荷物に対して、清々しいほどの無視っぷりにいっそ感心しながら、応星は怠惰にも丹楓に身を任せて運ばれていた。
「直ぐに体を温めねばな」
見慣れた湯殿への面廊を眺めながら、応星は小さく身震いをする。
「その前に閑所に行きたい」
「あぁ……」
応星は用を済ませ、暖められた脱衣場で衣装を解き、体を清めた後に暖かな湯へ浸かる。
丹楓は応星を湯殿に残し、所用を済ませる。と、どこぞへと行ってしまったため、応星は独り目を閉じて温もりを堪能していた。
時刻はまだ昼ほど。
普段であれば人が活動している時間帯であり、何かしらの声や音がするはずが降り積もる雪が音を吸い、静けさが支配する空間に一人きり。
天井に溜まった湯気が滴となって落ち、床や浴槽の湯を不規則に叩く音と湯の温もりが応星の焦燥感を宥めてくれた。こうやって何も考えない時間があまりにも久しぶりである事に気がつき、応星は久しぶりに深呼吸をした心地になった。
ぼんやりしていれば次第に体が沈み込み、口元まで湯に浸かった頃、
「応星、暖まっておるか?」
機を図ったように丹楓が浴室に入り、応星の意識を呼び戻す。
「あぁ、沁みるなぁ-……」
態勢を直し、受け答えをすれば丹楓が応星の頬を撫で、上がるように促す。
促されるままに応星は湯から上がると、持明の家人が総出で応星の体を拭き、椅子に座らせて髪を乾かしていく。
月見酒をした夜など、二人しか居ない場合は丹楓が高貴な立場に似合わない甲斐甲斐しさでやってくれるのだが、日中であるため家人に任せるが適当と考えたのか。その割に、背後に立って不機嫌そうに圧をかけてくるのは如何なものか。
「御髪はどのようになさいますか?」
「作業出来ないなら纏めておく意味も無いからこのままでいいよ」
腰まである長い髪を流したまま、やや非難がましく言えば、応星。と、小さく諫める声がしたが会えて無視をする。
「寛げるお部屋をご用意してありますので、こちらへどうぞ」
家人に手を取られ、横目で丹楓の様子を確認しながら応星が通された部屋は、通常の寝室とは様相が違った。
室内の半分を占める煉瓦造りの土台に柔らかな敷布団と羽毛布団が置かれており、申し訳程度の小さな机と椅子。壁際の本棚には暇潰し用なのか様々な分野の専門書らしい書籍も用意されていた。
「石の寝台か?珍しい……」
「火炕だ。床を暖め、快適に食事や睡眠が取れるようにした暖房設備になる」
「火炕って言うのか、おぉ……」
寝台の傍で膝をつき、装飾された部分を手で確認していた応星が感嘆の声を上げる。
「どう言う仕組みで温かいんだこれは?」
「ふむ……、過去は下部分に専用の炉を造り、火を炊いて煙突まで向かう熱を空洞になった石作りの土台に通して暖めていた」
「今は違うのか?」
丹楓の説明を真剣に聞いていた応星は温かい土台に耳を当て、内部構造を探っている最中だ。珍しい物に好奇心を押さえられない様子に苦笑しながら丹楓は続ける。
「火を扱うに辺り、一酸化炭素中毒や火事などが発生し易くてな、特に今のような事態に陥ると暖かさを求めて事故が多くなり、徐々に廃れていった。これは熱を伝える機巧は同じでも、火を入れるのではなく湯を流して暖めるように改良されている」
「それで火事や中毒の危険を解消したのか。成る程なぁ」
「火を入れるよりも温まり辛く、湯を沸かし循環させる機巧、熱に負けず防水と保温を両立させる素材に費用がかかりすぎる点が普及しない原因だな」
「成る程なぁ」
水を扱うならば羅浮の持明族にはお手の物だろうが、気候が管理されている羅浮であれば普段は通常の暖房器具でも十二分に機能し、長命と雖も使用回数が限られる物に金銭をかける物好きは少なく商売には昇華出来なかったと見えた。それでも、龍尊邸にあるからには献上されたものであろう。
「珍しいものの相伴に預からせて戴いて幸甚の至りでございます。龍尊様」
温かい上に珍しい物に触れた応星は上機嫌で丹楓に振り返り、極上の笑顔を向ける。それに悪い気はしないまでも、まるで物で釣ったような物言いに丹楓は口角を下げた。
「戯けるな。しかし、気に入ったようで何よりだ」
「うん、いいなー、これ。あー……、あったかぁ……」
程良く暖められ、餅の如く柔らかな布団に倒れ込めば応星の表情が蕩ける。布団が全身を包み込む感触が湯に揺蕩う心地好さを以て過労の肉体を癒やし、抗い難い眠気を誘う。
実際の湯と違い、布団であれば溺れる心配は無いため丹楓も邪魔をせず、静かに室内から出て行った。外はしんしんと雪が降り積もり、音を遮断するばかりか外部からの連絡も機能していない。通信、交通機能を回復させるために尽力している者が居るだろうが、外に出たところで応星に出来る事は無いのだから邪魔をしないよう、引き籠もるが最善である。
眠り込んでしまった応星が、ふと目を覚ませば室内には睡眠の邪魔をしない程度に灯りが灯されており、机には応星の手よりも大きい鉄瓶に入ったお茶と茶杯。温くなった食事が置かれていた。丹楓の姿は見当たらず、部屋から面廊へと顔を覗かせても薄暗く、冷えた空気が肌に触れるばかりで人の行き来もない。
訊ねるための人間も居らず、応星は大人しく室内に戻ると椅子に座り、用意された薬膳粥と艶々と光を反射するような焼き豚、酒蒸しにされた魚を見下ろす。
料理を前にすれば食欲をそそる見た目と匂いに空腹を思い出し、優しい味付けの魚や薬膳粥、味の濃い焼き豚は一口食べれば止まらず、あっという間に食べ尽くしてしまった。
「ごちそうさま」
余りにも静かすぎて、逆に落ち着かずに応星はわざわざ声を出す。
窓を見ても雪が張り付いているのか、埋まってしまっているのか、一面が薄く輝く銀色に覆われて外は見えない。
丹楓を伴っているならば兎も角、龍尊邸を勝手に歩き回ると余計な人物。短命種嫌いの長命種、いわんや龍師辺りに見つかれば、嫌味の嵐どころか外に放り出されかねない。
自身の命に対する扱いが軽い応星ではあるが、別に死にたい訳ではない。この極寒の中、見通しも利かない外に追い出されては家に辿り着く前に凍死してしまうだろう。
「丹楓、どこ行ったー。俺が困ってるぞー……」
声を出してはみるものの、応えはない。
連れてきたなら傍に居る義務があるのでは?等と傲慢に考えてはみるものの、この非常事態に羅浮を鎮護する龍尊であり、医士でもある彼が何かしらの事態に備えて待機しているか、或いはこの大雪を収めるために動いているのか。
食事同様、温くなった茶を杯に注ぐために持ち上がれば、紙が底についてきた。
剥がしてみれば『閑所と洗面所は直ぐお隣にございます』とだけ書かれており、主人不在の中でも気を遣ってくれた家人の誰かに感謝するばかり。
一先ず閑所へと赴き、洗面所では口を濯いで部屋へと戻る。しっかりと機巧が動いているお陰で寒くはないが、何もしない時間が苦痛である応星はせめて。と、興味を引いた書籍を開く。
薄明かりの中、茶を飲みながら頁を捲っていれば、栄養を取った肉体は再び休養を取れと急かしてくる。食器が載った狭い机の上では俯せて仮眠など取れそうになく、床など丹楓が戻ってくれば長時間の説教は不可避。応星は渋々布団に戻り、眠気に抗いつつ数頁ほど読みはしたが、そのまま寝落ちてしまった。
どれ程時間が経ったのか、氷のような冷たいものが肌に触れ、応星は驚いて飛び起きる。
「すまぬ、起こしたか」
「あ、たんふ……。おかえり……」
「うむ、今戻った」
触りたそうに宙を彷徨いている丹楓の手を応星が握れば、それは血が通っているのか疑う程に冷え切っており、先程、肌に触れてきたのは彼の手だったと知る。
「冷たいな……、髪も濡れてるし……」
「今し方まで外におった故」
「お前が出なければならないような何かが遭ったのか?」
応星が不安げに訊ねれば、
「その、『何か』を起こさないようにするためだ」
丹楓は薄く微笑みながら応星を抱き締める。
「あぁ、其方は温かいな……」
詳細は話さないまま、丹楓は疲労が限界に達したのか気を失うように寝入ってしまった。丹楓は体も冷え切っており、術で体温を上げる余裕もないようだった。
応星は慌てて丹楓を一番暖かい場所に寝かせ、しっとりと濡れた衣服を剥ぎ取る。今の今まで外に居たならば、雪塗れになるは必定。
雪に塗れた上衣は脱いだようだが、体に纏わり付いた雪が溶けて染みた水まではどうにも出来なかったのか、現在、衣服は防寒ではなく彼の体温を奪う害でしかない。
丹楓を布団で包み込みながら、応星は自らも熱源として彼に抱きつき足を絡める。生物としての温度を感じない肉体は死体を彷彿とさせ、応星の心へ恐怖を流し込んでいく。それでも、応星は丹楓を離さず体温を渡す。
丹楓の肉体も、呼気も細く震えていた。
彼が龍の末裔と雖も、こうも冷え切っては身体機能も正常に動きはしないだろう。応星は、丹楓の肌に耳を寄せ、ゆっくりとした心音を聞きながら中々体温の戻らない肉体を抱き竦めていた。
お前まで俺の前から居なくなってくれるな。と、願いながら。
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窓に張り付いた雪越しに、薄らと室内に光が差し込み、丹楓は苦しげに瞼を上げる。
直ぐ傍には応星が己に抱きついたまま眠っており、目元が赤くなっている様子から泣いていたのかと心配になった。
上体を起こせば己が全裸である事に気がつき、応星が冷え切った体を温めてくれていたのだと察すると愛おしさに目を細め、指で髪を梳くように撫でる。
耳を澄ませば遠くから朗らかな人の声。
大雪災害は終わったらしいと安堵もする。
異例の大雪を好機と見て犯罪を目論む者が居ないか。
雪の重みで家屋が倒壊しはしないか。
市井の民のため、道を雲騎軍の兵士等は除雪し、屋根から雪を落とすために活動していた。
丹楓の役目は、羅浮の水が凍らぬよう動かし続け、雪を捨てる場所を確保する事だ。そして、水が流れているとは言え、雪も元々は水であり、一気に大量廃棄されれば溢れて洪水となる。
水の流れを止めぬよう、水を溢れさせぬよう、一晩中神経を張り詰めさせていた丹楓は、雪が止んだ報を聞いて己が宮へと帰還した。
これから、雪が溶けて水になれば、再び洪水にならぬよう見守らねばならない。
また、雲騎軍の中には無理をして倒れた者も在るだろう。兵士ではなくとも寒さに凍えて不調を訴える者、慣れない凍った道で転んで負傷する民も居るだろう。丹鼎司が普段以上に忙しくなる。
落ち付くまでは医士等も休養が取れず、不満が漏れ出すは想像に易い。どんな褒美を与えれば幾許かでも解消されるか頭が痛かった。
ただ、今、この瞬間だけは
「応星、其方は温かいな……」
愛おしい温もりを抱き締め、丹楓は目を閉じた。