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スターレイル用

甘やかな酩酊

・チョコが巻き起こす騒動ちょっと
・甘えん坊になる丹楓
・いちゃいちゃ楓応
・全部捏造
・五騎士呑み会





 猫は木天蓼。
 蜘蛛は珈琲。

 人間以外の生物は、人間では有り得ない意外な物で酔っ払う。
 酒の酩酊感と同じなのかは、その生物ではない応星には与り知らぬ事だが、今、目の前に居る存在は酔っていると表しても過言ではないような雰囲気だった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 五騎士の仲間が集まっての懇談会。
 それぞれに役職を持ち、忙しく働いている中で数ヶ月ぶりの再会に各々が湧き立っていた。

 場所は百冶にしては一般人と変わりなく、粗末と言える応星の自宅であるが、五人程度が座れぬほどでもない。応接室に食卓を広げ、椅子を並べ、持ち寄った料理や酒を置けば立派な酒宴の会場である。

 全員が程良く呑み、腹を満たした頃、応星が思いだしたように引き戸から掌よりも大きな箱を取り出した。
「あら、それは何ですか?」
 好奇心が旺盛な白珠が狐族らしい耳をぴくぴくと揺らしながら、卓に置かれた箱を興味深そうに覗き込む。
「長楽天に天外の行商人が来ててな、ちょこれーとと言う菓子らしい。試食したら口の中で蕩けるような食感で美味しかったから買ってきたんだ」
 土産品としたら良い金額がしただろうに、応星は自らが美味しいと感じた物を皆と共有したかったのか、惜しげも無く広げる。
 皆が興味深げに眺めている中、白珠だけが困ったように眉を下げていた。
「応星、ごめんなさい。あたし、これ食べられないんです」
「へ?」
 甘味が嫌いな者など居ない。と、ばかりに持ち込んだ菓子。
 皆が喜んでくれるとばかり考えていた応星は、意表を突かれたように固まり、白珠の顔を凝視している。
「これ、狐族には毒になるんです……」
「え?で……、でも、売ってる奴はそんな事言ってたなかったぞ⁉」
 次は動揺し、どもりながらも箱の裏面に仙舟語で書かれた注意書きと白珠を交互に見やる。
「皆に気を遣わせると思って言ってませんでしたが、例えば葱系の物、葡萄とか、そのお菓子も食べ過ぎると中毒症状が出るんです。ナナシビトとして天外を渡り歩いている時に食べて酷い目に遭って、それで知ったんですよ。羅浮では見かけないお菓子なので忘れてましたが……」
「じゃあ、知らないで買った奴が居たら危ないんじゃないか?」
 応星は短命種差別をしてくる長命種を嫌っているが、だからとて苦しんで死ねとまでは考えていない。考えられる危険性を示唆すれば、さっと皆の表情が険しいものとなる。

 中毒を起こす場合、重症度は体格、体重に比例する。大人の白珠が食べて中毒を起こしたのだから、体の小さな狐族の仔供など覿面ではないのか。
 天外の行商人が狐族の特性を知らずに販売をしていたとしても、問題が起こってしまえば『知らなかった』では赦されない。天舶司には積み荷を精査する機関が設けられているはずで、多くの狐族も業務に従事しているが、誰もその事実を知らなかったのか。
 或いは、見逃して貰えるよう袖の下でも渡したか。
「そう、ですね……。羅浮で一般的な食物なら駄目な物も周知されてますが、今回は天外のお菓子ですし、知らない人も多いかも……。今からでも地衡司に言って、羅浮全体に周知した方が良いかもしれません」
「ふむ、丹鼎司も忙しくなるやも知れんな……」
 白珠が神妙な面持ちで呟けば、丹楓も真剣な眼差しで菓子を見詰めている。
「残念だが、今宵の酒宴はお開きにしよう。白珠は天舶司に報告、私は地衡司へ、丹楓は丹鼎司に戻って持明族にも危険が無いか周知してくれ、師匠は中毒症状を出した物が居ないか雲騎軍に見回りを強化させて、応星も工造司の職人達にこの事実を周知した方がいい」
 もう深夜であるが、急ぎの案件であると察した各々が景元の言葉を受けて、散っていく。
 誠に残念ではあるが、緊急事態であることは間違いない。応星のように、『試食が美味しかったから』と、身近な人間へと贈り物をする可能性も高いのだ。
「皆、酒も入っておる故、慎重に行動するように」
 丹楓が背中を向けた皆を見回しながら注意すれば、頷き会った後に解散した。

 応星も、百冶代理の者を叩き起こして事情を説明すると職人が集まり易い深夜までやっている食堂、酒舗などを回り、そこで丁度食べようとしていた狐族の若者が居たため慌てて止めるような場面もあった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 果たして、朝を待たずして件の菓子を食べた仔が嘔吐した。
 痙攣を起こして倒れたとする狐族が丹鼎司へと駆け込み、大人でも嘔吐や腹痛を訴えて来る物が多数現れた。

 幸いだったのは出展したばかりの露店であり、応星等による周知が当日に行われた事。天外からの輸入品として金額が高かったため多くは広まらなかった事だ。それでも、体調を崩した被害者は数十人どころでは無い。

 朝には該当の店主へと通告がされ、狐族の者へ売らないよう。
 また、狐族の住民へも決して口にしないよう公的に周知もされた。

 無論、それだけで済むはずもない。
 危険性を精査せず、入港、販売を許可した天舶司の担当者は謹慎と減給処分。
 露天商は健康を損なう物を販売したとして営業許可の取り消しを食らったばかりか、被害に遭った狐族から訴えが起これば慰謝料、損害賠償が課せられることは必至。しかも、こういった場合、被害に遭ってないにも関わらず、便乗する姑息な者とて現れるため、その対策も必要となる。

 報告を受け、天舶司は真夜中でありながら緊急会議が開かれた。
 地衡司の人間は問い合わせに奔走し、雲騎軍は休日を謳歌していた者まで夜中に呼び出された挙げ句、街中で倒れている者が居ないか探し回る羽目になった。
 丹鼎司の医士等は中毒を起こした狐族の胃洗浄、嘔吐物の処理に追われ、工造司は隣り合っているためか、手の空いている職人は医士の手伝いに借り出されるなど、全体が散々な夜と相成った。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 騒動が程々に落ち付いた一週間後、丹楓と応星は龍尊の宮にある園林にて杯を交わしていた。

 天井に輝くは煌々と輝く満月。
 それを肴にしながら並び合って牀に座り、互いを慰撫する。
「幸い、命を落とした者はおらなんだが、たかが菓子一つで大騒動だったな」
 忙しすぎた丹楓は気を抜くためか、龍尊の地位を表すような豪奢な衣装ではなく簡素な平服に身を包み、応星も珍しく常の黒服ではない平服を纏っていた。
「珍しい食べ物は気をつけないとなぁ……」
 随分と急だったせいか、人から人に伝わるにつれ羅浮に毒が撒かれた。などとする流言も飛んだが、公的に何度も『狐族のみ』とする告知のお陰で表面上の噂は落ち付いた。
 今後はどうなるか様子見となるが、飲食物の輸入や販売に関しては、今以上に厳しくなるだろうとは想像に難くない。

「露店で珍しい物見つけて買うの結構好きだったんだけどなぁ」
「一般的に毒物ではなくとも、種族によっては毒となる物がある。と、周知する事は多種族国家に於いて決して悪ではない。意図せず他者を害してしまう事故などない方が良かろう」
 丹楓の言に頷きながらも応星は考え込み、杯を嘗める。
「あのさ、白珠の前じゃ絶対に言えんが、狐族と歩離人って元は同じなんだろう?なら、歩離人に対する兵器にはならんか?」
 狐族に影響があるなら、体質の近い歩離人にはどうか。
 大恩ある白珠と、憎くて堪らない歩離人を同一視するような発言は、応星の心を鋼鉄の縄で締め上げるような心境にさせる。自らの種族以外の存在を獲物としか捕らえず虐殺の限り尽くし、血肉を貪る歩離人と慈愛の塊の如き白珠を並べるなど、吐き気を催すほどの嫌悪感が湧くも、抱いた疑問は解消せねば気が済まないのも応星である。
「実のところ、それは余も一考した。しかし、歩離人の自己治癒能力は狐族の比ではない。四肢を切り落とそうと即座に再生し、頭を吹き飛ばしても同様。大量のちょこれーとから毒となる成分を極限まで抽出し、打ち込めば或いは。とも考えたが、その大量確保が羅浮では難しい。現実的ではない」
 丹楓は一通り語ると、口を潤すように酒を煽り、長く嘆息した。
 豊穣の忌み物の殲滅は丹楓も望むものである。殊、応星が強く憎む歩離人のみを殲滅出来る特効武器があるならば利用したい。が、大量確保が容易く、特効と言えるほど効果のある毒が存在するとすれば、現在、歩離人は絶滅しているだろう。
「そっか……」
 明らかに気落ちして丸まった応星の背を丹楓の手が撫で、慰めた。
 口にするのも憚られるような疑問を呈し、与えられた答えは否だったのだ。気落ちもしよう。
「応星……」
「ま、成せない事を考えて落ち込んでても仕方ないな。次を考えよう」
 どう言葉を紡ぐべきか、どうすれば応星の心を支えてやれるか考えていた丹楓は、一人で落ち込み、一人で持ち直した胆力に人知れず舌を巻き、これだから、この男が愛おしくて堪らないのだ。と、口角を上げる。
「応星、今宵は百年熟成させた古酒を用意した。気もそぞろで味わって良い物ではないぞ」
「え、あぁ……」
 応星が手に持つ酒に視線を落とせば、地上を照らす月明かりを反射して琥珀色に煌めき、甘く濃厚な熟成香を放っている。口に流し込めば腔内を刺すような酒精は感じず、とろけるような口当たりで、味わいは甘み、旨味、苦みが複雑に絡み合いながら全てが調和して喉を通り過ぎていく。
「うまい……」
 ほう。と、応星は吐息を漏らし、酒が枯れた杯を名残惜しそうに見詰める。
 先程の科白は、本人の性格を鑑みれば強がりもあったのだろうが、味わい深い酒が気持ちを解してくれたようだった。
「そう嘆くな。まだあるぞ」
 透明な硝子の徳利から応星の杯に酒を注ぎ、飲むように丹楓が促す。
 一口ごとに、うっとりと目を細める様子から、随分と気に入ったのだと察し、贈答用として何本か確保するべきか丹楓は考える。ただ、気に入ったからとて毎度毎度、同じ酒と言うのも面白みに欠ける。なれば、違う年代物を揃えて呑み比べれば楽しんで貰えるだろうか。
 表情が緩んでいる応星を眺めながら丹楓も古酒を舌の上で転がせば、ただ口を潤すためだけに流し込んだ一敗目を惜しんだ。

 互いに注ぎ合って徳利に入った酒が半分を過ぎた頃、
「あぁ、そうだ。これ持ってきた」
 言いながら、応星が上衣の袂から抜き出した物は件の騒動の原因となった菓子である。
「捨てておらなんだか」
「菓子に罪はないと思ってな。今は騒動のせいで毒物みたいな扱いを受けているが、狐族に食べさせなければいいだけだろ?」
「そうだ。短命種は元より、天人、持明にも特に影響はない。しかしだな、全員がそれを遵守出来るとは確約が出来ない中での再販は厳しかろう。貴重な品だ。其方が味わうと良い」
「美味いぞ?」
 応星が箱を開け、中身を摘まんで丹楓の口元へと近づければ、濃厚な甘い香りが鼻腔を刺激する。
「余に食せと?」
「持明族も食べられるんだろう?禁制品となればお前の言うとおり今や手に入らぬ貴重品だ。古酒を呑ませて貰った礼とまでは言わんが、食べない手はないと思うがな、龍尊様?」
 悪戯を思いついた悪童の如く応星がにや。と、笑い、指先を揺らす。
「勿体ないなー?龍尊様が食べてくれないなら溶けて落ちちまう」
 応星の言うとおり、融点の低い菓子は指先の体温で既に蕩け初めていた。
 騒動の渦中となってしまったが、元々は応星が皆と共有したい思いから購入した菓子である。無下に断るのも不憫であり、この悪童に意趣返しをしたい心も湧いた。
「ならば、いただこう」
 丹楓が応星の手首を掴み、指ごと菓子を口に含みながら蕩けた一滴までをも残さず嘗めとってやれば懸命に手を引こうとする。
「なんだ、余に食して欲しかったのではないのか?」
 味がしなくなるまでしっかりと舐り、口を離せば顔を真っ赤にした応星が丹楓を睨む。
「誰がそこまでしろと言った……⁉もうお前にはやらん!」
 自らが仕掛けた癖に、想像以上にやり返された事へ照れたのか、憤ったのか、ただ拗ねたのか。蕪雑となった感情を誤魔化すように応星は声を張り上げ、丹楓に背を向けてしまった。
「そのちょこれーととやら、甘い中にも仄かな苦みと酸味があり、一度食せば直ぐに次が欲しくなるような逸品だ。美味であった」
「そんなに気に入ったなら全部やる……」
 応星は背中は向けたまま、箱を丹楓の膝の上へと放って一人酒を呑んでいる。
 己から仕掛け、反撃を食らって不貞腐れ、やらんと言った直後にやると言うなど何がしたかった逆に訊ねたくなってしまう。
「では遠慮無く戴こう」
 丹楓は応星には気付かれない程度に苦笑し、箱を開いて付属の爪楊枝を手に取り、一口で呑み込めるような固形物を一つ一つを味わいながら咀嚼する。

 酒の肴に甘味を食するのも悪くはない。
 そう丹楓が心の裡で独り言ちていれば次第に胃の腑から熱が込み上げてくるような、全身が火照るような違和感が起きる。

 空になった箱を卓に置くと空を仰ぎ見、首をゆるりと回せば微かな目眩。
 酒とは別に用意されていた和らぎ水を飲めば、冷えた液体が喉を通って体内を冷やす心地好さに息を吐いた。
「どうした?」
 丹楓の様子が可笑しいことに気がついた応星が訝しげに覗き込み、髪を払いながら手の甲を額に当ててくる。
「お前、顔真っ赤になってるぞ……、誰か呼んでくるから待ってろ」
「問題ない」
 立ち上がろうとした応星の腕を掴んで丹楓が止め、上がった体温を外へ出そうとするかの如く大きく息を吐いた。常に泰然としている彼にしては珍しい行動であり、身体の不調を疑うなとする方が無理である。
「でも……」
「いい、座れ」
 やや強引に応星を座らせ、腕を握り締めたまま丹楓は俯いて床ばかりを見詰めている。
 頭がぼんやりとして思考が纏まらず、譬えるなら熱病に冒された感覚が近いだろうか。何をか言おうとしても、思考の言語化が難しい。ただただ応星にしがみつく稚児のような有様である。
「具合悪いのか?横になるならちょっと待て」
 言いながら、応星が丹楓の腰よりも長い髪を片手を以て器用に一纏めにすると、自らの膝の上に頭を誘導する。
「む……」
「少しは楽か?」
 決して柔らかくはないが、膝は温かく包み込みながら丹楓の頭を支えてくれた。
 丹楓が卵から孵って数百年。このような体制になった記憶はない。応星が持った髪束を牀の上に流し、雑な纏め方で乱れた丹楓の髪を梳くように撫でていれば得も言われぬ心地好さに、より思考が蕩けるような感覚に陥る。
 陶然としながら応星の手を享受していれば、髪がある程度纏まったのか動きが止まり、丹楓は閉じていた瞼を上げた。
「応星」
「なんだ?」
「もっと撫でよ」
 言葉短く応じた応星の手を丹楓が握り、撫でる事を要求する。
 応星が可笑しな声を一瞬上げかけたものの、わざとらしい咳払いで誤魔化し、要求された通りに黙って撫でていた。

 どれ程そうしていたのか。
「あの、手が疲れてきたから止めて良いか?」
 時間は計っていないが、応星が根を上げる程度にはぼんやりしていたらしく、心地好さに束の間眠っていた可能性も否めない。
「うむ……」
 寝起きの熊の如く重々しい動きで体を起こし、自身が立ち上がるついでに応星の腹を抱え、肩に担ぎ上げる。
「え、ちょ……、何やってんだ⁉」
「寝る」
 左右にゆらゆらと揺れながらの歩行。
 抱えられた応星はいつ落とされるか気が気ではなく、懸命に丹楓を止めようとするも、いつも以上に耳を貸さない。と言うより聞こえておらず、仕方なく、応星は丹楓の衣服を掴み、落とされないようにしがみつく。
 幸い、丹楓の体幹が優れており、龍尾で上手く調整しながら歩いていたため、応星を落とす。或いは抱えたまま転ぶような無様は晒ないまま無事に寝所へと辿り着き、豪奢な寝台へと応星を雑に放ってのそのそと自身も乗り込む。
「おい、丹楓。お前可笑しいぞ」
「うむ……」
 丹楓が曖昧な返事をしながら応星へと覆い被さるように乗り上げ、うっそりと笑みながら体の上に横たわると、再び人の手を頭に誘導して撫でるよう促す。
「水とか飲んだ方が……」
「もう撫でてはくれぬのか?」
 額を応星の胸に擦りつけ、甘ったるい声色で強請る。
 常の泰然とした雰囲気とはかけ離れた丹楓の様子に、応星の動揺は止まらず、原因を懸命に探るが、例の菓子以外に思い当たる物が無い。
 丹楓は酒を呑んでも姿勢を崩さず、背筋を伸ばしたまま肌の色すら変わらない。単純に酒を分解する能力が高いのか、酩酊を抑える術が在るのかは応星には知れないものの、これは酔った上での甘え上戸と表しても遜色ないのではないか。

 だが、持明族に影響はない。
 そう本人が断言したのだ。
 丹楓は確信がない物事は決して口しない。
 それがどうしてこうなったのか。

「丹楓?」
「応星は温かいな……」
 丹楓が応星の胸を枕にしながら独り言のように呟く。
 龍尾が静かにゆらゆらと揺れている様を見るに、非常に機嫌が良いのだろう。少々重いが、丹楓が喜んでいるのなら。と、応星は現状を受け入れ、黙って頭や背中を撫でていた。
「応星……、出来得る事なら、其方を危険な場になぞ出させたくない。安全な場所で何事もなく過ごして欲しいと常々願っておる」
「なんだいきなり」
「宵闇のような瞳も、絹糸のような髪も、様々な奇物を生み出す手も、高潔な魂も其方を構成する全てが余は愛おしい」
 普段とはあまりにも違う甘ったれた様相、唐突な心情の吐露に『これは確実に酔っている』。応星は確信を持ちながらも、中々に照れ臭い科白の羅列に耳が熱くなってくる。
「龍尊様は俺が大好きだなー」
「あぁ……、余はなにと引き替えにしても、其方を失いとうない。兎角、愛おしくてたまらぬ。いつでもこの腕に納めておきたい。身も心も独り占めにしておきたくなるのだ」
 気恥ずかしさを誤魔化そうと応星が茶化しても、丹楓は酔った心の緩みに任せて訥々と彼への重すぎる愛を語る。
 丹楓は応星の胸に耳を押しつけているため、彼の心臓が緊張からどくどくと強く脈打ち始めた事にも気がついている筈だが、特に言及はせず心地良さげに眼を細めるばかり。
「丹楓、俺はお前の希望には応えられん……」
「解っている。其方から燃えるような願いを奪ってしまえば、余の愛した応星ではなくなる。解っているからこそ、もどかしい」
 応星とて鈍感ではなく、丹楓から並々ならぬ寵愛を受けている事は理解している。
 羅浮の健木を鎮護する龍尊の役割は重く、持明族の長として尊ばれる存在だ。応星とは種族から違う貴人が、肩を並べて語らうばかりか、こうして寝床を共にしているなど、有り得ない事態ではあるのだろう。
「お前から、そこまで情をかけられるのは僥倖って奴なんだろうなぁ……」
「其方と出会ってから、余は役目を全うするためだけの生に安らぎと意味を見いだせた」
「重いなー。俺じゃなかったら振られてるぞ」
「其方でなければ惚れておらん」
 互いの位置が知れる対の腕甲、持明族が転生の際に愛する者を見失わないよう願いを込める玉佩の片割れを贈る。それぞれに似た風貌の耳飾りを着ける。など、丹楓が向けてくる情はいつでも直球であるが、此度は頭が浮ついているせいか言動に遠慮が無い。酔っているとは雖も、普段から考えていない言葉や行動が出るはずもなく、本心である事が容易に知れてしまい、愛の波状攻撃に応星は顔から火が吹き出そうになっていた。
「いいから寝ろ。もう……」
「眠るのが惜しい……」
 程良い酩酊感、温かい応星の体に乗りながら心音を聞き、撫でられる事が余程、心地好いようで眠りたくないようだ。その感情に比例するかのように、龍尾が眠気に抗うが如く動きが大きくなっていく。が、程なくしてぼと。と、音を立てて落ちた龍尾と静かな呼吸音が寝入った事を知らせてきた。
「悪いな丹楓……」
 応星は丹楓の頭を軽く叩くように撫でると、大きく息を吐いて寝台についた天蓋を煽り見る。
 丹楓の願いは、命を削るような鍛造に没頭せず、忌み物への復讐などを考えず、平穏無事に生きてほしいとするものだが、それは応星の生きる意味が失われてしまう。ただ、それは丹楓も理解しており、己のために無為に生きる伽藍の骸となれとは言わない。

 常々、過保護だとは感じていたが、このような葛藤が丹楓の中にあったとは、件の菓子がなければ知れなかった。
「ふん、可愛い奴め」
 滑らかな黒髪を指で弄びながら応星は苦笑とも微笑みともつかない複雑な表情を作る。
 龍尊の立場上、他人に甘えるなどしてこなかった男が見せる甘え上戸に重すぎる情愛、葛藤の吐露。
 全くの無関係な人間であれば『鬱陶しい』と、蹴りつけるものが、情を抱いた相手であればこんなにも愛おしい。

 短命種である己を受け入れ、武器を作る技術を教えてくれた師。否定の言葉を真に受け、挫けそうになっていた己の背中を押してくれた白珠。戦う術を持たなかった己へ剣を教えてくれた鏡流。賢しく生意気ながらも可愛い弟分である景元。情を交わし合う幸せを教えてくれた丹楓。
 皆が居なければ、復讐心に駆られてただ命を消費するだけの悪鬼と成り果てていただろう己が人を愛する気持ちを与えて貰った。忌み物へと復讐する決意は揺るがずとも、生きる喜びを教えてくれた愛する人々を遺して独り先立つ事への切なさは何時までも拭えない。
「一杯思い出作ろうな」
 丹楓の頭を撫でながら、応星は独り言つ。
 どう足掻いても、短命種である応星は皆よりも先に逝く。
 しかし、思い出があれば、少なくとも皆の中で生きていられるのだ。

 まだ老衰するような年齢ではないが、長命種とは違って病に罹り易く、怪我も直ぐに重症化する短命種の肉体である。いつどうなるか判った物ではない。
 鍛造にばかり熱中せず、もっと皆との時間を作ろう。己が行動を省みて反省し、応星は欠伸をすると両脇にある布団を手繰り寄せ、己と丹楓を不格好なちまきの如く包む。
「また明日」
 丹楓の背中に腕を回しながら、応星が目を閉じ、明日、己の痴態を丹楓が覚えているのか。覚えていたとしてどんな言い訳をするのか。覚えていなかったらどう突いて遊んでやろうか思い描きながら眠りに落ちるのだった。

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