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スターレイル用

昼想い夜夢む月星

・サバイバーズギルト感強めの応星
・R18
・重めの愛情、丹楓様
・やや不穏?



 工房を出た瞬間、応星は肺に溜まった空気を吐き出すように大きく深呼吸すると家路へと歩き出す。
 溜まっていた仕事を片付け、特にやりたい事も思いつかない彼にしては珍しい隙間時間である。泊まり込みの間、世話になった仮眠室と浴室に暫しの別れを告げ、何日かぶり帰宅する気になった彼はぼんやりとしながら慣れた道を歩く。

「ただいまー」
 門扉をくぐり、玄関の鍵を開け、返事をする者が無い屋内へと入れば空気がひんやりと冷たかった。きちんと掃除と換気がされた清潔な部屋にほんの少し応星の口元が緩んだ。
 大きく体を伸ばし、見る者も無しとして応星は髪を纏める簪を抜き、居間の机に置くと服を脱ぎ散らかしながら左手側にある狭い脱衣所が併設された浴室へと向かう。

 応星の自宅は決して広くない。庭付きの戸建てではあれど、飾りもない簡素な一階建てで部屋数も必要最低限。一人暮らしに可不足ない程度の設備と広さがある程度。百冶の称号を持つ応星にしては粗末とも言える家屋である。
 本来であれば家人が幾人も滞在する屋敷に住んでいても可笑しくない立場であるにも関わらず、応星は年の半分も帰宅するか判らないような自宅を豪華にするよりも、鍛造や制作に必要な予算を増やせと交渉した結果である。
 長としての実権を与えずとも、応星の才を有用と見なした上層部により要望は聞き入られ、大幅な予算増に彼は諸手を挙げて喜んだ。補佐官とは名ばかりで事実上の実権を持つ仙舟人の男は失笑していたが、応星の願いに家屋の充実などは無用の長物なのだ。

 風呂など汚れが流せれば良し。
 寝床は寝られれば良し。

 そんな思考であるため、今の家でも特に困った事は無い。
 ただ、不潔を好む訳でもないので、掃除をしてくれる管理人は一人だけ雇っていた。その者は真面目な気質なのか、応星が居ないからと管理に手を抜くような手合いではなく、いつ帰っても清潔な部屋が出迎えてくれた。
 例に漏れず、狭い風呂も丁寧に掃除されており、体を流して清々しい心地になりながら、応星は髪を乾かし寝室へと入ってきちんと日干しされた布団の中へと転がり込んだ。

 後は眠るだけ。
 横になれば柔らかな感触を肌へ返す寝具に包まれて泥のように寝入るはずが、妙に眼が冴えてしまっていた。
 原因は分かっている。仕事に集中している際には感じなかったものが、開放感と共に現れ、体を浮つかせて眠らせようとしないのだ。
「あー、くそ……」
 応星は何度か布団の中で寝返りを打つと目を閉じていても眠れない己の体に毒吐き、渋々下着の中へ手を伸ばす。
 人差し指と中指の間で陰茎の竿部分を緩く撫で、込み上げてくる感覚に溜息を吐きながら指先を先端に当てて自慰を試みる。が、面倒だな。との心が底にあるせいか今一、昂ぶらない。
 ゆるゆると性器を扱き、吐精を促しても体は応えてくれず、脳裏に浮かびそうになる者を懸命に振り払いながら両手を使ってどうにか欲を吐き出した。それでも、体の奥の灯った熱が出て行かない。
「あー、もう……。寝たかったのに……」
 自慰をしても体が落ち付くどころか余計に不快感を覚え、徒労感しか得られなかった応星が苛立を吐き出すように長嘆しながら汚れた手を洗うために寝室から出ると、居るはずのない人影に応星が飛び上がるほど驚く。
「なんで居るんだ⁉」
 よくよく見れば、こんな粗末な家屋には相応しくない佇まいで背筋を伸ばしながら鎮座する羅浮龍尊の姿が浮かび上がり、応星は思わず声を荒げる。

 怒鳴られた本人はと言えば、意に介さず腕を組んで涼しい顔をしている。
 応星がようやっと工房から出てた知らせを聞いて訪ねれば、不用心にも鍵は開いており、取り込み中のようだったから遠慮してやったのだと嘯くまであった。

 応星は自身の顔に血が上り、熱くなっていく事を自覚せざるを得えなかったが、丹楓の配慮は的確だった。事実、最中に踏み込まれたら声を荒げるだけでは終わらず、羞恥が憤怒に変わって枕を投げつけ、丹楓の頬を一つ張るくらいはしていただろう。
「それで何の用だ」
 しかし、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
 応星は口角を下げてぶっきらぼうに対応するが、丹楓は不躾な態度に怒りもせず微笑みを浮かべる。
「どうせ碌に食事もとっておらぬだろうと思ってな、顔を見るついでに軽食を持って来た」
 丹楓が悠然と組んでいた腕を解いて背後の食卓を指差せば、携帯用の重箱が置いてあり、それを見た瞬間、応星の胃袋が空腹を思い出したかのように音を出す。
「冷めても美味しく食べられる物を腕によりをかけて作り、詰めておいた。と、家人が申しておった故、食してやるが良い」
「ん、ありがとう……」
 子供じみた不貞腐れを見せた応星と違い、丹楓は目を細めて優しい声色で諭すように告げる。

 台所の小さな洗い場で手と顔を洗ってから応星は丹楓の隣に座り、重箱をあけると前菜として見た目にも華やかな飾り切りをされた野菜の煮付けや一口で食べられる大きさの点心が入っており、そのまま食べられるよう味付けもしてあった。
 最早、食べ出したら止まらず、直ぐに一段目を食べ終えて二段目を開ければ口水鶏と東坡肉が入っていた。程よい酸味と辛味でより食欲が増す口水鶏。甘辛くしっかりと味付けをされた東坡肉は酒が欲しくなる。
 応星は棚に仕舞いっぱなしだった酒を思い出して引っ張り出すと、丹楓にも提供しながら二段目も平らげ、三段目は笹に包まれた菜肉焖饭を開く。優しい味付けをされた飯は舌休めにもなり、酒も進む。

 丹楓が来なければ、酒を思い出す切っ掛けは苛立ちで、味わうことなく酔うためだけに一気に呑んで倒れ込むように眠っていただろう。
「美味かったー。お前の所の料理人って腕いいよな」
 すっかり平らげた重箱を元の形に戻し、酒も最後の一口を飲み干すと応星は満足の吐息を漏らし、持ってきてくれた丹楓に礼を言う。腹も満たされ程良い酩酊感に応星の口元は緩みっぱなしだ。
「満足したなら何よりだ」
 鷹揚に頷く丹楓だったが、彼は応星を見詰めたまま動かない。丹楓がなにを求めているのか察せず、窮していれば、自らの袖で応星の口元を拭い、体を引き寄せて口づける。
「ふむ、複雑な味だな」
 職人が粋をこらして作り上げた上衣を汚したばかりか、人の咥内を舐めまわして味の感想を零す丹楓に応星が顔を真っ赤にして文句を言おうとするも、言いたいことがあり過ぎて言葉が紡げず口を開け閉てする。
「ふん、食後の運動と洒落込むか?」
 初めての口付けでもあるまいに、初々しい反応を示す応星に気分が上がった丹楓がくつりと笑って言えば、
「どこで覚えた⁉そんな下品な言い回し!」
 応星の口からやっと出て来たのは丹楓の貴人にあるまじき口振りを咎めるもので、それにもからからと笑う。
「さてはて、どこぞの賢しく口の悪い殊族の民の影響であろうか?」
「俺はそんなのお前に教えた覚えはない!」
 すっとぼける丹楓に、仔犬が吠え立てるが如く応星が喚くも楽しそうに笑うばかり。
「お前っ……!」
 応星が更に言葉を連ねようとすれば、丹楓に淑やか声色を以て名を呼ばれて止められる。
「其方とこうして諧謔を弄するも愉悦ではあるが、他にしたい事はないのか?」
 応星の意気は瞬く間に消沈し、視線を彷徨わせ、及び腰となりながら胸の前で手を合わせて指を弄る。自慰を見られていた事を思い出し、再び羞恥が湧き出したのだ。
 この羞恥は怒りを呼ばず、ただただ応星は体を縮こませる。
「応星、余が恋しくはなかったのか?」
「それはぁ……」
 短命種である己を嘲る長命種等へ、どこまでも小賢しい悪口雑言を撒き散らす口は鳴りを潜め、幾許かの逡巡後、ぐ。と、唇を引き締めると応星は洗面所へと飛び込み、咥内を洗浄すると直ぐに丹楓の傍へと戻り、広げられた腕の中に飛び込む。
「あのさ、激しくされると吐きそうだからお手柔らかに……」
「余が其方を乱雑に扱った事があったか?」
「ないけど……」
 大柄な一人前の男を、まるで壊れ物を扱うように抱き上げながら丹楓は微笑み、明かりのない寝室へと入って行った。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 応星。と、甘やかに呼ぶ声。
 丹楓の膝に乗せられ、愛撫を受けながら呼ばれれば鼓膜まで擽ったくなり、心臓がどくどくと激しく脈打った。
「心地好くないか?」
「う、いや……っ」
 寧ろ、己と手と丹楓の手、何の違いがあるのか疑問が湧きそうなほど込み上げてくる悦楽に、奥歯を噛み締めていないときゃんきゃんと煩い仔犬のような声を出してしまいそうで、応星は懸命に耐えていた。

 丹楓の手が背筋を撫でるだけで、腹の奥底が期待に熱を持つ。項に唇が触れれば体が勝手に震えて縋って仕舞いそうで、応星は思わず体を硬くする。
「幾度も褥を共にしておきながら、其方はどうしてそう初々しさがなくならぬのか」
「そん……、ぁ、んぐ……」
 揶揄を含んだ声色に、応星が反論しようとするも後孔へと濡れた指が潜り込み、弱点を熟知しているような動きに上擦った声が漏れそうになったため、慌てて口を閉じた。
 それが面白くなかったのか、丹楓が応星の後孔を弄りつつ勃ち上がった陰茎を擽るように撫でながら戯れに耳朶へ吐息を吹きかければ、応星の喉から引き攣ったような声を漏れ、大袈裟に肩を揺らしてなんとも言えない表情で丹楓を睨みつける。
「俺で遊ぶな……」
「愛らしくて、ついな」
 返ってくる反応を楽しむように煽り、茶化しつつも丹楓は決して応星を粗雑に扱うような真似はせず、時に冗長に感じながらも、しなやかな手によって齎される刺激と温もりは心地好い。
 応星は丹楓へと凭れるようにして頭をすり寄せ、自らも髪や頬に触れる。

 応星は丹楓を好いている。
 愛していると言い換えても遜色ない感情を抱いている。故に、丹楓と抱き合う事を厭うている訳ではないが、一つだけ問題があった。

 復讐に身を捧げる生を誓いながら成すべき事も成さず、愛の甘さに溺れ、安らぎを覚える己が赦せないような衝動が湧き、情けないような、泣きたいような心地となる時がある。微睡むような心地好さに応星が身を委ねようとすればするほど、それとは裏腹に心臓が氷の杭で刺し貫かれたような、感情が消え失せて真っ黒な穴へ呑まれそうな感覚に陥ってしまう。
 穴からぞろ。と、這い寄ってくる暗闇。そこから聞こえてくる亡霊の声に応星は精神を乱された。己の内に巣くう亡霊が『まだ敵を取ってくれないのか』と、急かす。早く、早く。と、幸せを感じた瞬間に亡霊が頭の中で囁く。『貴方の生きる意味は私達の敵討ちでしょう?』『他人に現を抜かしている暇があるのか』『愛される喜びなどお前に一番不要なものだろう』亡霊は代わる代わる応星を叱咤する。

 この瞬間、束の間の安息すらも赦さぬとばかりに薄ら寒い焦燥がじわ。と、応星の肌に寄り添う。
「たんふ、もういい……」
 表皮を嘗めるようにぞろびく悪寒に、応星が一度だけ身震いをすると宵闇の瞳に水膜が張る。自身の良くない兆候を感じ取った応星が丹楓の手を引き、跨がりながら伸し掛かる。
「ごめん、やっぱ滅茶苦茶にしていいよ……」
 応星から丹楓へと口付け、自ら舌を差し込みながら既に兆しを見せている股間を撫で付けて煽る。
 薄い唇から音を立てて身を引き、ややこしい丹楓の衣服を器用に解いていけば猛々しい雄が現れ、応星は迷うことなく手を添えながら身を落とすと感じ入った声を上げた。

 丹楓の怒張を奥深くへと誘い込めば、酷い圧迫感と共に目も眩みそうな悦楽が脳を焼く。頭が白むほどの快楽を求めて応星が艶めかしく腰を揺らすと柔らかい粘膜の擦れ合う水音が狭い空間に猥雑に響いた。
「丹楓、気持ちいいか?」
「あぁ……」
 応星が褥の中で積極的になる事は極々稀で、日頃は勢力満点でしつこい丹楓を押し止めようと尽力している。応星自身、このようになるのは只の気まぐれと誤魔化すが、長命種等と張り合うために傲慢と闊達の仮面を被る彼の不安定さに気付かない丹楓でもない。

 様子を見に来て良かった。
 丹楓は応星を見上げながら、心の内のみで独り言つ。

 快楽を追い求めて腰を揺らす応星の瞳は潤み、瞬けば長い睫を濡らして今にも滴が零れ落ちそうになっており、縋るように合わせられた掌。震える声で名を呼ぶ様は、恐怖に追い立てられる幼子のようで如何にも憐れを誘う。
「応星」
「ん……」
 丹楓が熱の籠もった吐息を零し、名を呼べば応星が愛おしげに眼を細め、唇を合わせてくる。その背に腕を回し、体を反転させると丹楓は応星の髪を撫でながら深く口付け、ゆるゆると挿抜を繰り返せばきつく肉が締まり、性感を高めていく。

 深く奥を穿てば応星の腰が跳ね、感じ入るように背を反らして丹楓の腕を握り込む。職人として槌を振るう応星の握力は相当のもの。快楽の波に浸って加減が利かぬ握力は丹楓の肌に赤く手の痕を残す程である。
 常人であれば、骨まで軋むような力ではあるものの、この程度で壊れるような丹楓ではなく、寧ろ内出血如き、簡便に消せる能力がありながらも応星の残した痕を惜しんで消さぬ程度には彼に血道を上げている。
「応星、独りで抱え込むな。余は其方の望みならば、どんな望みでも叶えて見せよう」
 体内からの刺激で達して茫とする応星の耳元で、丹楓は囁く。

 心からの愛と、執着を以て。

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