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スターレイル用

縁の切れ目は仔で繋がる:前

・中々くっつかない恒刃
・創造物達を好き勝手ねつ造してます
・ちゅーくらいしかしてません
・開拓者が一々絡んできます
・迷子の迷子の子猫ちゃん。の続きみたいな感じです

ーーーーーー

 星穹列車の一角にて。
 ルアン・メェイの創造物である胡麻パイが悲しげに泣く声が響いている。
「ままぁ、どこぉ……」
 共感覚ビーコンを点けていれば切なげに誰かを呼ぶ声が延々と続く。
 食事も限界が来ると美味しくない。などとぼやきながら食べ、泣きすぎて喉が渇くとやっと水を飲む。非常に宜しくない状態である。

 先ず、少しでも刃に対する依存が軽減すれば。と、同種であるゴミケーキとの同時飼育を試みた。
 しかし、ゴミケーキは穹自身を元に作ったせいか自由奔放で、やたら我が強く、何でも食べようとする食欲に加えて好奇心旺盛と来ている。
 同室にした際、気を引きたかったのか、胡麻パイの包帯を巻いた尻尾が食べ物にでも見えたのか、囓ってからはそこはかとなく嫌われてペイストリーの中から出て来なくなってしまった。
 列車の面々が慰めても胡麻パイの『ママ』を求める心は満たされず。終いには喉が枯れて声が出なくなる事態に陥ってしまったが故に列車は慌てて宇宙ステーションヘルタへと跳躍した。

「どう?」
 奇跡的にヘルタへ訪問していたルアンを見つけ、事情を話してヘルタ深層の研究室で診て貰うが、首を横に振られてしまう。
「喉の炎症を治療する以外に出来る事はありません。その保護して下さった方と連絡は取れないのですか?」
 元々他者への情が深い創造物。
 見知らぬ場所で温かく迎えてくれた存在に好意を抱かないはずもない。その理屈は分かるのだが、
「取れなくはないんだけど……」
 穹が言い淀めば事情があることを察し、深くは追わずにルアンは喉に塗る薬と、多少強制でも水分を取らせるように伝えて給水器を渡す。
「大丈夫?寂しいの?歌ってあげようか?」
 胡麻パイの様子を見ていたサングラスにゃんこが診察台の上に乗り、頭を擦り付けながら慰める。穹はこの創造物の元となった人物、カフカを思い浮かべ、彼女であれば落ち付かせられる期待を抱く。
 が、
「ままがいないの……」
「まま?ルアンならここに居るじゃない?」
「ちがう、ままぁ……」
 期待は虚しく、求めて止まない人を想いながら呼ぶ。胡麻パイの高く愛らしい声が酷いしゃがれ声になり、聞いているだけでも余りにも痛々しい。
「まま、ぼくがいらなくなったのかな……」
「そうじゃなくて、もし何かあったらこうやって診て貰えない人達だから、お前の事を想ってなんだよ。捨てたんじゃない」
「じゃあなんで、あいにきてくれないの……」
 ぐずり続ける胡麻パイに、サングラスにゃんこも困ってしまったらしく、眼を細めて寄り添うが精々。ただ、胡麻パイも眼を細めて無理に鳴かなくなり、一匹にするよりは幾分良いようだった。ずっと無視されていたゴミケーキとは雲泥の扱いである。
「サングラスにゃんこも連れてっていい?」
「えぇ、それでこの仔が落ち着くなら構いませんが……」
 ルアンに許可を貰い、穹の自室に胡麻パイとサングラスにゃんこを連れ帰れば、寝台の上で一緒に寝始めたため安堵の息を吐く。これで少しでも寂しさが紛れて元気になるよう祈るばかり。
「おれも一緒に寝たい」
 共に休む二匹を見つけたゴミケーキが羨ましそうな視線で見詰めており、ちらちら穹と二匹を交互に見ては小さく鳴く。
「いいけど、囓ったら駄目だぞ」
「わかったー」
 言いながら、ゴミケーキは遠慮なしに全体重を預けるように倒れ込み、潰された胡麻パイが『みぎゃ!』と、苦しげな声を上げたかと思えば、次の瞬間にはゴミケーキを蹴り飛ばしていた。穹はもしや、己もあれと同等の行動をしているのか気になり、もしもそうであるならば、友人知人の懐の深さに感謝しつつ胸に手を当て皆への愛を深める。

 数日間ほど様子見をしたが、気が紛れていたのは初日だけで、再び胡麻パイは落ち込み、泣いて引き籠もり出してしまった。ただ、引き籠もる決定打となったのは、穹が印刷した刃の手配書をお面にして『ママだよ-』などと、余計な真似をしたせいである。
「参ったわね。あれじゃ衰弱しちゃうわ。そんなにあの彼の所が良かったのかしら」
「胡麻パイは、穹がヘルタに湧いた真蟄虫の始末をしている間、ずっと預けられていたそうなので、最早あちらを家族と認識しているのかも知れませんね」
「泣いてばかりだから、寂しいんだろうってのは解るんだけど……」
 姫子と丹恒が胡麻パイの様子を鑑みながら状況の考察を進めるが、だからと言って解決策は出て来ない。一番求められている人物が列車内に居ないのだから当然と言えば当然である。
「刃ちゃん呼んでもいい?」
 穹が言い辛そうにしながらも、上目遣いに『可愛ければ赦される』とばかりに可愛こぶりながら尋ねる。
「丹恒が心配してる魔陰?の症状はカフカが抑えてくれてるから、早々暴走はしないって……」
「そうだな……」
 穹の進言通り、幻朧と戦う前の波月古海ではカフカの言霊によって制御されており、鱗淵境で再会した際も静かで落ち着いていた。本人も脚本に支障が出るため、自発的に丹恒を害する気は無いとも宣言しており、胡麻パイを安定させ得る為にも彼の協力は必要である。
「監視として俺が常に側につく。それでもいいなら……」
「大丈夫だって」
 直接会話をしているが如き返信速度に疑問を感じた丹恒が、穹の端末を覗き込めば音声認識での文字起こしモードになっており、こちらの会話が全て開示されていた。銀狼と言う天才ハッカーが居る限り、情報を完全に遮断する事は困難にしても、わざわざこちらから差し出すのは勝手が違う。
「穹、今後こちらの会話が筒抜けになるような真似はよせ」
「ふぁい、ごえんなふぁい……」
 穹の顎を鷲掴み、丹恒が淡々と叱りつければ一応、反省はしている。が、喉元過ぎれば。を地で行くのが、この開拓者である。現に、叱られたばかりでも直ぐに切り替えて笑顔を見せるのだから。
「来るのに一システム時間はかからないって」
 肺から疲労を絞り出したくとも耐え、静かな深呼吸で己を制している丹恒が鷹揚に頷く。準備しておく物は特になく、部屋で休んでいる胡麻パイを穹に連れてきて貰うだけだ。

 特に問題はないはずで、最早、刃が現れたとて動揺や恐怖する丹恒ではない。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「刃ちゃーん、いらっしゃい!」
 両腕で抱えるような大きさのコンテナと共に列車に入ってきた刃は、普段の黒地に金の彼岸花をあしらった外套ではなく、以前と同じように簡素な装いでやって来た。普段は流している長い髪も緩やかに編まれて背中で揺れており、ゆったりとした濃い灰色のパーカーに白のワイドジーンズ、白いショートブーツを履いていた。
「なんだその箱は」
「うちでやっていた飯だ。食事も碌にしないと聞いた」
 丹恒がコンテナの中を改めるが、見た目は確かに只の缶詰でしかなく、姫子がドローンを用いて内容物のスキャンを試みても問題はなかった。
「大丈夫みたいね……」
「こちらから缶詰に手を加えるような真似はしていない。うちのにもやっている」
 刃は必要な事項だけを伝えて直ぐに黙り、腕を組んで列車の壁に凭れていた。害意はないとする表現だろうが、丹恒が万が一を考えて傍らに立つ。
「穹、胡麻パイを連れて来てくれ」
「はーい」
 丹恒のお願いを聞いて脱兎の如く走り出し、パムに叱られながら自室へと赴く。穹が居なくなった列車のラウンジにはなんとも言えない空気が流れており、丹恒がまんじりともせず睨んでいれば、
「ママー!」
 と、やや嗄れてはいても愛らしい大音声を発しながら胡麻パイが刃へと駆け寄り、飛びつくと彼は慣れたように柔らかく受け止め、頭を擦り付ける小動物を支えていた。無表情ではあるものの、胡麻パイを撫でる刃の手つきは優しく、預かっていた間も同じように接していたであろう様子が窺える。
「随分と可愛がっていたんだな?」
「飯をやっていただけだ」
「ママはずっと抱っこしてくれてたよ!お姉ちゃんはっ……」
 丹恒が嫌味でもなく純粋な感想を漏らせば、胡麻パイは嬉しそうにハンターアジト内での生活を語ろうとするも、刃の手によって柔らかく口を塞がれる。
「何か不都合でも?」
「別に……」
 胡麻パイの顎下を撫で、蕩けさせながら刃は丹恒から視線を逸らす。
「ずっとママー。って泣いてたんだよー」
 穹が胡麻パイの様子を刃へ伝えれば、小さく『甘ったれめ』と、ぼやきはしたが、胡麻パイを邪険に扱いはしない。
「刃ちゃん、可愛いもの好きだもんね」
「そうでもない……」
「銀狼が刃は胡麻パイを気に入ってるみたい。って言ってたよ?」
「小僧、少しは黙ってられないのか」
「あー、ここでは落ち着かないだろう。場所を移動しようか」
 穹の発言で、徐々に剣呑な雰囲気を纏いだした刃を危ぶみ、丹恒が背中を押して自身の陣地である資料室へと誘導し、一息吐く。
「茶でも淹れてくる。ゆっくりしていろ」
「あぁ……」
 小さな階段に座りながら胡麻パイをあやす刃を尻目に捕らえながらパーティー車両へと移動し、茶の乗った盆を持って戻れば制止する鋭い声が聞こえ、一瞬敵でも現れたのか警戒するが、胡麻パイが刃の服へと潜り込もうとしているだけで丹恒は首を傾げる。
「おい、飲月、この甘ったれをどうにかしろ!」
「あ、あぁ……」
 床に盆を置き、暴れる胡麻パイを刃から引き剥がすと手足をばたつかせながら盛大に泣き出してしまった。
「ままぁー、おっぱいー!」
「お……」
 腹を空かした赤子のように泣き喚く胡麻パイに丹恒は驚き、刃を見やれば目元を赤くし、在らぬ場所を睨んでいる。
「だから来たくなかったんだ……」
 大丈夫。そう返事をしたのはカフカか銀狼か。
 なにはともあれ、刃の意思ではなく押しつけられて来たのだろうと容易に想像がつく。
「そいつも元気なようだし、俺は帰る……。あぁ、腹の所に禿げが出来ていたぞ。ちゃんと見てやれ」
「わか……った……」
 疲れたような表情で刃が立ち上がり、足早に直ぐ列車から出て人混みに紛れて姿を消してしまった。
「ままぁ……」
 胡麻パイが目を潤ませながら呼ぶも、振り返る存在は居ない。
「食事にしようか……」
「あれ美味しくない……」
 しかし、腹は減っているのか抵抗はなく、餌皿に刃が持参した円柱形の缶詰を開ければ飛び上がるように喜んで食いつく。ともすれば、刃が現れた瞬間と変わらない程だ。
「そんなに美味いのか……」
 言葉も忘れて無心で食べる胡麻パイに、些か戦きながら丹恒は缶詰の成分表示を確認する。特に依存性がありそうな可笑しな物質は入っていない。が、一般的に高級と思われる素材が卓越した料理人の手によって作られ、保存料の使用もない拘り抜いた物であるとの記載がされている。
「これを、毎回食べていたのか……」
 列車でも、粗末な食事を与えている訳ではない。
 この缶詰が余りにも高級素材かつ手をかけられた至高品過ぎるのだ。
「美味しい!」
 食べ終えた胡麻パイの尻尾が喜びに打ち震えながら直立し、うっとりと空になった餌皿をいつまでも嘗めている。
 列車で飼育をしているのだから、いつまでも刃に頼る訳にもいかず、通常の手段で手に入れるにはどうすればいいのか調べてはみたが、有りと有らゆる通販サイトを確認しても存在しない缶詰であった。
 困り果てた丹恒は試しに半分ほど残っていた餌を一つまみ口に入れる。
「うまい……」
 味付けは素朴ながらも肉や野菜の旨味が凝縮した食品である。
 栄養を摂取し易いよう野菜が溶けるまで煮詰められた出汁の効いた汁に、噛まずとも解けていくほど柔らかな肉に甘みのある油。本来は人間が食べる想定で作られているのだ。味が薄いのは好みで調整がしやすいようにする配慮。
 宇宙を飛び回る星核ハンターへ、口に美味しい完全栄養食を食して欲しい。との願いから支持者が採算度外視で作り、献上した物とは知らない丹恒は、懸命に再検索を開始する。

 しかし、当然ながら良い結果は得られず、毎回半分ずつ節約しながら与えたとしてもいつかはなくなる未来が確定している。通常の餌と混ぜて嵩増しを試みたが、味の違いに直ぐに感づかれてしまい、そうなると大泣きが始まるため、誤魔化しも通用しない。

 その数日後には更に困った事態が起こった。混ぜ物をした胡麻パイの食べ残しをゴミケーキが食べて味を占め、サングラスにゃんこも興味を引かれて食べれば刃が持ってきた缶詰しか食べなくなってしまったのだ。ゴミケーキに至っては缶詰本体まで食べる始末。――余談だが、ゴミケーキは咬合力、消化力と共に強く、金属片だろうと腹を壊さないらしい――そうなると消費は一層早まり、半月も経たない内に残りは三缶程度。

 丹恒は仕様が無いと知りながらも、缶詰と睨み合い、己が葛藤を乗せて握り締めていた。
「俺が刃ちゃんに連絡しようか?」
 自身の口からは刃に連絡してほしい旨を中々言い出せずにいた丹恒は、珍しく気を利かせた穹に救われた。
「頼む……」
 通常の餌を普段から与え、おやつとして至高の缶詰を与える目論みも失敗し、成分表から同じ物をどうにか作ろうとしても食材からして顔が引き攣るような金額のものばかり。似たような素材を使って作っても『美味しい』とは言うが、日頃食べている半分量も残してしまう。代替品は代替品でしかないのだ。

 丹恒自身、至高の缶詰を一口食べただけだというのに、パムが作ってくれる食事がどことなく味気ないような気がして冷や汗が溢れたものだ。一度上質な物を知れば、他では満足できなくなるのが人間である。
「美味いか?」
 愛らしい笑顔で訊いてくるパムを傷つけたくないがために、丹恒は日頃の感謝と美味である事を伝えたが、頭にあるのは至高の缶詰の肉。幼少期に龍尊として持て囃されていた時代の記憶がなくて良かった。そうでなくては永久追放された後、非文明的な生活などとても出来ずに餓死していた可能性も高い。

 例の缶詰は、そんな振り返りをしてしまうほどの衝撃であった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 穹が連絡してからシステム時間にして一時間にも満たない時間で刃はやって来た。
 髪は下ろしているが、白いニットにデニムパンツ、スニーカーとやはり簡素な装いで、創造物達が求めて止まない缶詰を手にして。
「刃ちゃーん」
「おい、これを貴様の足に落としてもいいんだぞ」
 刃は両手で抱えるコンテナを揺らし、抱きついてくる穹を牽制する。
「ママァーーー!」
 コンテナを床に置けば、胡麻パイが飛び跳ねるようにしながら刃の懐へと飛び込んで愛らしい声を上げる。一度刃に会えた事で精神的な不安定が改善され、食糧事情も改善されたとあって現在は頗る元気になっている。
「ママ、おっ……」
 刃は胡麻パイの頭を撫でる振りをしながら服に押しつけて口を塞ぎ、
「それを口にしたら今直ぐ帰るぞ」
 と、脅す。
 刃に甘えたい胡麻パイは肺一杯に匂いを吸い込み、体の力を抜く事で抵抗の意思がないと伝えた。
「貴様の部屋を貸せ」
「構わないが……」
 厳密には、丹恒の部屋ではない資料室。
 程良い広さで人目につかず、座る場所もあるとあって居心地が良いらしく、今度は自ら要求してきた。丹恒も監視の名目で刃の後へと続き、階段に腰を下ろす彼を扉前で見張っていた。
「ハンターには、案外、休暇があるのか?」
 勤め人ではなくある種の自由業ではあるだろうが、他に良い言い回しも浮かばず『休暇』と、丹恒が表現したものを刃が首を横に振って否定した。
「脚本以外でも依頼は頻繁に舞い込んでくる。カフカが厳選し、割の良いものや使えそうな人脈を選んで俺に渡してくるが、今回はこちらを優先しろと命じられただけだ」
 彼等は正義の味方ではなく、犯罪行為も辞さないため受ける依頼も多岐に渡るだろう。星穹列車に舞い込んでくる依頼ですら、こちらを騙して碌でもない悪事に荷担させようとしてくる輩が居るのだ。最初から手を汚す事を躊躇わないのであれば、依頼金が高額であっても頼みたい連中は山と存在するだろう。
「嫌にならないのか?」
 薄らと取り戻した前世の記憶。
 丹楓が見てきた応星は、決して悪を肯定するような人物ではなかった。己が目的のためであれば無茶をする人間ではあったにしろ、善良な人間を傷つけるような仕事はしなかったはずなのだ。
「俺は、愚かな男の魂の残滓でしかなく、敵を屠るための剣だ。俺の個人的な感情は意味がない」
 そうは言っても、羞恥や嫌悪などの感情はあると胡麻パイとのやり取りから察せられた。人間的な感情を自ら殺している印象を受けた丹恒は意識せずに眉を下げ、苦しげに表情が歪む。
「丹恒、悲しいの?ママは良い匂いがして暖かいよ?抱っこして貰えば?」
 刃に甘えていた胡麻パイが、何を思ったのか刃の側に来るように促し、拒否すれば泣かれて面倒だと思ったのか刃も階段の隅に寄る。

 丹恒が戸惑いながら隣に座れば、胡麻パイの発言通り、どこか甘い香りが漂い、丁寧に手入れされているであろう髪が視界に入った。
「綺麗な髪だな……」
 日頃から、三月や穹に『素敵な物は誉めるもの!』などと躾けられていたせいか、美しいと思った瞬間、口に出ていた。
「手入れを怠るとカフカが煩い」
 胡麻パイをあやしながら、なんの感慨もなさそうに刃が答える。
 未だ、緊張はしてしまうが穏やかな時間だ。刃の腕の中で、胡麻パイがあやされて嬉しそうに鳴いているお陰もあるだろうか。

 殺されかけた際に迫られた事はあるものの、刃の容貌をまじまじと眺める余裕など在るはずも無く、兎に角必死で退けていたため気づけなかった睫の長さや色素の薄い綺麗な肌、薄く色づく唇を凝視してしまう。
「なんだ、欲情でもしたのか貴様」
 燃え盛る炎のような深紅の瞳が丹恒を捕らえ、唇を片方だけ上げて皮肉げに刃は嘲笑にも似た表情を作る。
「する訳ないだろう……」
 余りにも不躾に見詰めていた自身に気がつき、丹恒は視線を床に移す。
「どうだかな。龍尊様は結構なお盛んだったとの記憶があるが……」
「とりあえず、それは俺ではない……」
 刃は言霊で記憶の抑制を受けてはいるが、通常の魔陰の身と違い、記憶が薄れない。故に、余計に厄介でもあるのだが、応星が記憶しているものは刃も記憶していると考えても良く、彼の言う『龍尊』は当然、丹楓の記憶で、応星とは恋仲であったため『良く知っている』のだろう。

 丹恒にとって気不味い沈黙が降りる中、胡麻パイが刃の胸に手を乗せて捏ね出したため、刃が思い出したようにポケットから袋に入ったおしゃぶりを取り出した。
「貴様は乳が出なくても良いのだろう」
 うっとりと眼を細める胡麻パイの口に、袋から出したおしゃぶりを押しつけ、咥えさせると、ぢゅ、ぢゅ。と、吸っている音が聞こえだし、最終的に寝落ちしてしまった。
「では帰る」
 眠ってしまった胡麻パイを丹恒に渡し、刃が立ち上がる。
「済まない。胡麻パイのこともだが、食糧の提供も感謝する」
「俺にとっては仕事の一環だ」
 刃がおざなりに言い放ち、初回と同じように足早に帰ってしまう。
 起きたら刃が居ない事を悲しんだ胡麻パイではあったが、『ママ』から貰ったおしゃぶりを大事に抱えながら夜は眠り、寂しくなると吸っているようで、丹恒の耳元でぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅ。と、煩い夜もあった。

 刃が『乳が出なくても咥えてれば満足する』の結論に至った経緯を考えると、不埒な妄想が湧いてしまうため、耳を塞ぎながら必死で振り払う羽目にはなったのだが。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 縁の切れ目は仔で繋がる:後

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