・会食する仲良し5きし
・愛が重すぎる丹楓
・応星が女性とお付き合いする描写あり(いちゃいちゃしてる描写はないです
・楓応というか丹楓→∞→←応星、な感じです
金人港の一角にある居酒屋。
周囲の喧噪が届かない二階の個室を貸し切り、丹楓、応星、鏡流、白珠、景元の五人が円卓を囲みながら食事を取っていた。
話の内容は他愛ない身の回りで起こった事。
雲騎軍の訓練、遠征の結果、最新の星槎、各々の得意分野が誰からともなく出てくる。
その中で、奇物の作成に長け、よく口が回るはずの匠が実に静かだった。食事や酒に夢中になっている訳でも無く、どことなく話を聞いているようで聞いていない反応を返すばかりで丹楓は眉を顰める。
「また何日も食事を抜いたり、徹夜をしたのではあるまいな?」
隣に座る匠。
応星を自身の方に引き寄せ、丹楓が顔に触れながら瞼の裏、腔内を覗き込み、首で体温を計って簡便な診察をする。
「大丈夫だって、ちゃんと寝てきたし、食事もとった」
「ならば良いが」
「でも、なんだかぼけーっとしてますよね?具合が悪いんですか?」
応星の様子に気付いてはいたものの、顔色が悪いでもなく、眠いだけかと様子見していた白珠が丹楓の行動を切っ掛けに口を出す。
訊ねられた応星は、明らかに困ったような苦々しい誤魔化し笑いをすると、
「何でも無いって……」
それの一点張り。
「何か報告したい事でもあるのかい?誰も揶揄ったりなんかしないから言えばいいじゃないか」
気の利く景元が水を向ければ、応星が呻りつつも『恋人が出来て』と、零すと誰からともなく小さな歓声が上がる。
「なんだ、朴念仁の貴様にはめでたい事だ」
鏡流が一言で終わらせて酒を一口。
大した興味が無いのがありありと現れている。
応星が美人局に遭いでもしたら軍を上げて犯人を追い詰める程度の情はあれど、個人的な範囲であるならば干渉する気は無いのだ。
「酷い言われようだな……。まぁ、相手は長命種だし、俺も恋人らしい事は全く出来ない。誰かを幸せには出来るような人間じゃない。って言ったんだけど、『それでもいい』『貴方を支えたいんです』とまで言うから、それなら……、って……」
自身の意思よりも、相手に強く要求されたが故の関係。
応星も、自身が家庭人に向かないと理解しており、要求に対して困り果てていたのだが、何度断られてもめげない姿勢に折れてしまった。この行動が正しかったのか、仲間に伝えた方がいいのか悩んだ結果、呆けていたようだ。
「相解った。心身が好調ならば言う事は無い」
「でもぉ……、元気が無いように見えます。応星は、その方にどこか不満でもあるんですか?」
丹楓が鏡流に続いて酒を口に含み、白珠は身を乗り出して応星を心配の余り問い質す。
「飯作ってくれるし、俺が無理してたら注意してくれるし、いい人だとは思う……」
不満らしい不満はない。
いい人だと思う。
こんな己であろうと、この人であれば穏やかな家庭を築けるかも。
そんな夢想をした日もあった。
だが、どれだけ考えても、彼女にはもっと相応しい相手が居るのではないか悩む日も多く、些事に気を取られて作業効率が落ちている事が目下の課題か。
「それは君にとって、悩ましい事態だね……」
応星は、歩離人によって故郷を滅ぼされたが故に、豊穣の民殲滅を生涯の目的としている。
彼女の存在は、その目的を阻むほどではないものの応星の人生に干渉し、目的を遅延させる雑音となっていた。無論、応星の短い生涯で成せるとは彼自身も考えてはいない。故に、千年使っても壊れない武器を、奇物を作るのだ。自身の意志を乗せた物を鍛造し続けているのだ。
「このまま、武器もまともに作れなくなったらどうしよう……」
穏やかな家庭のぬるま湯に浸かり、復讐心が揺らぎ、こんな人生もいいか。そんな一番なりたくない人間になるかも知れない不安を机に突っ伏しながら応星は吐露する。
「相手が献身的すぎるから、完全に拒絶も出来ない訳だ……」
「悪かったなぁ……」
「悪くないよ」
景元が応星の背中を叩き、やや同情的な視線を送る。
何が幸せなのか、人生の終焉にならなければ分からないものだ。
彼女と穏やかに在る人生が幸せなのか、復讐に身を焼きながら鍛造に生涯を捧げる事が幸せなのか、『良い人生だった』そう振り返られるのはどちらか、他人に判断は出来ない。
「精々、後悔のない選択をしろ。結果が解っているのであれば、だらだら引き延ばせば伸ばすほど傷が広がる」
鏡流が、空いた応星の酒器に酒を注ぎながら締めくくる。
結局の所、応星が判断するしかない。このままぬるま湯に浸かるにしても、復讐に身を捧げるにしても。
「そうだな……」
応星は注がれた透明な酒を眺めながら口にはせず、指で酒器を弄りながら店にいる間、助言を聞きつつ考え込んでいた。
店の前で解散し、来た時よりも幾分、清々しい表情で帰る応星の背中を白珠が見送る。
「あのう、いいんですか?」
上目遣いに隣に立つ丹楓を見上げて恐る恐る白珠は訊ねた。
「何を?」
「だって……、貴方、応星をとても好んでいるでしょう?良いんですか?恋人って……」
あの場で悋気を起こさず、良く黙って聞いていたものだ。と、白珠の心は戦々恐々としていた。近くに居れば、否、居らずとも多少見ていれば解るのだ。彼がどれだけ応星を寵愛しているのか。
一族を束ねる長として常に平静であるよう訓練されている丹楓が応星の前でだけは喜び、怒り、悲しみ、過剰なほどの気遣いを見せる。丹楓が、応星を愛するようになった経緯までは知らないまでも、感情として好いた相手と共に在りたいと願うのが当然で、横合いから好いた誰かを奪われる事は苦痛である。
「構わん」
「はー、貴方の愛は海よりも深いんですね……」
何よりも応星の幸せを願う丹楓に白珠が感心し、ようやっと胸に手を当てて安堵の吐息を漏らした。
「構わんとも、最後には余の元へ戻ってくるのだからな」
「へぅ……?」
丹楓の言葉の意図が掴めず、不意を突かれた白珠が可笑しな声を上げ、横目で見やれば眼を細めて微笑んでいるようには見えた。ただ、その微笑みは、慈愛と言うにはほど遠く、言い表すならば、戦場で勝利を確信した将が浮かべる不敵なもののようで、白珠は些か混乱する。
「白珠、行くぞ」
丹楓に意図を訊く間もなく、白珠は鏡流によって連れ去られ、その場は有耶無耶になってしまった。
▇◇ー◈ー◇▇
龍尊邸の園林にて、丹楓と並んで牀に座る応星が遠い目をしながら月を眺めていた。
「其方なりに誠実に対しようとした結果であろう。そう落ち込むな」
「そう、そうなんだけど……」
応星には珍しく淀んだ言い方で、頭が徐々に項垂れる。
長命種が幅を利かせる仙舟に於いて、短命種である応星を理解してくれる人間は稀。歩み寄ってくれた彼女の心は素直に嬉しく感じたのだ。故に、彼は真剣に話し合い、己の性格や目的を理解して貰おうとした。献身的な行動へ感謝を伝え、恋人にするであろう贈り物などもしてみた。
彼女の献身に報いようと求めに応じて懸命に納期を調整して時間も作った。仙舟で人気がある歓楽地へ赴いて楽しもうと試みた。が、場所も、会話も、甘味も何一つ興味をそそられず、曖昧な反応しか返せなかった。すると激怒されてしまい、一週間ほど顔を見せないと思ったら買い出しに行った街中で応星が知らない男と腕を組んでおり、別れも告げぬ間に破局していた訳である。
誠実には誠実を返そうと、応星は彼なりの努力をした。しかし、応星の本質は修羅であり、忌み物を屠るための奇物を造る事。鍛造こそが己が使命としている。
睡眠や食事を削ってでも設計や鍛造に没頭する応星を諫め、支えたいと言いながらも自身を優先し、時間を割くように要求する彼女を徐々に煩わしく感じだし、修正しようと試みるも失敗に終わるばかりか、言葉もなく見捨てられれば彼も人の子なのだから相応に傷つきもする。
「其方の気が済むまで何日でも付き合おう」
「ありがと……」
項垂れた応星へ銚子を差し出し、顔を上げるよう丹楓が促す。
傍目には、恋愛で失敗した朋友を慰めているようにしか見えないが、丹楓はこうなる事を予想しており、内心ではうっそりと笑んでいた。
彼女が応星へと懸想したのは事実にしろ、現実と理想があまりにも乖離していたのだ。
百冶として人目に触れる応星は銀白色の髪に白磁の肌、面差しは表情が少ないながらも垂れた目元が優しげで目鼻立ちが整っており、紫水晶のような深い色合いの瞳は相対した者を魅了する。痩せ気味ながらも背が高く、所作も上品で美しいとなれば胸が高鳴る事もあろう。
見目だけであれば、陶器で作られた人形の如き繊細な美しさ。だが、口を開けば長命種と渡り合うために鍛えた口の悪さ、確かな腕を持つ職人としての矜持から来る傲慢な態度、一度製作に入れば食事も抜き、睡眠を疎かにし、碌に風呂も入らず炭や煤で薄汚れる。
美しく名誉もある百冶の夫人として華やかな生活を夢見ていた彼女には耐えられない事象であっただろう。しかも、短命種は淡泊な長命種と違って雰囲気作りが上手く、愛情深いと俗説では語られる。残念ながら、彼を知る者からすれば『応星にそんなものを求める方が間違っている』などと呆れられるだろう。本人とて困惑してしまう。
彼女は『短命種ながら工造司の頭目となった百冶応星』の幻覚に憧れるあまり、本人を全く見ていなかったのだ。破局して当然と言えよう。
「やっぱりさ、俺が誰かと一緒に居るなんて無理なんだよ。気遣っても空回りするし、相手が何を求めてるのかも良く分からん……」
「我等もか?」
「え、いや、お前等は別だよ。そりゃあ……、うん」
他の長命種へは傲慢で横柄に振る舞う応星も、丹楓及び、五騎士の朋友達には甘い顔を覗かせる。今も、照れてしまったのか顔を背けてしまった。
「うむ、嬉しく思う」
丹楓も表情を綻ばせ、応星の簪を外した髪を掬い取りると愛おしげに撫で、ついでとばかりに肩に手を置く。応星もその手を払いはせず、寧ろ小首を傾げながら微笑みかけて甘えるような仕草を見せて丹楓を満足させた。
会話がなくとも互いに酒が進み、穏やかな時間が過ぎていく。
応星は酒器を置くと心を無にして空を見上げる。
この園林では虚勢を張る必要性もなく、無理に会話を繋ごうとせずとも良い。
互いの立場など関係なく、ただ一個の人間として在る時間が心地好く、ぼんやりしていれば日頃の疲労が祟って瞼が下がり、丹楓に寄りかかりながら応星は夢の世界へと呑まれ出した。
「応星、寝所へ行くぞ」
「ぅん……」
丹楓は覚醒させぬよう静かに応星を横抱きにし、心の内に溢れる喜びに口元を緩ませぬよう尽力する。
寝台に横たえれば、最低でも朝になるまで起きないだろう。
完全に安心して無防備に寝入る存在が愛おしく、寝台に腰掛けながら丹楓は頬を撫でて飽くことなく見詰める。
「其方が、一時惑うたとて構わぬ。だが、最後はしかと余の元へ帰ってくるのだぞ?」
人の声に返事をするように応星は呻るも、当然、夢の中。
丹楓は優しく応星を撫でながら、丹念に呪いをかける。
決して己を忘れぬよう。誰かに惑わされたとしても、どこかで迷ったとしても己を追い求めるように。