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スターレイル用

愛の巣

・刃と応星の親が毒親仕様
・ほぼ刃と応星がメインでそこまでイチャイチャはしてません
・全年齢
・懐は広いが激重彼氏
・メイン恒刃で楓応も出来てる(丹楓は出て来ない)

情緒連綿の恋心の、おまけの話みたいなもの




 時は新しい一年が始まって半月ほど過ぎた平日の昼。
 都心から新幹線で二時間以上、バスも一時間に一本しか来ないような車必須の片田舎に似付かわしくない洋風モダンの一軒家。
 その家の居間で、刃は余所から借りてきた猫のように俯いたまま、応星から取り分けて貰った寿司を頬張っていた。本来は美味しいはずの物であるにも関わらず、一切味が分からないまま咀嚼し、呑み込むだけの作業が苦痛で仕方ない。

「あんたさぁ応星はこんなに親孝行してくれてるってのに、連絡もしない、帰っても来ない、ちょっとは親に顔を見せようとは思わないの?」
「母さん……」
 この席に着いてから約一時間
 日頃どう過ごしているのかに始まり、休日はどう、仕事はどう、収入は。の質問責めが終わったかと思えば、全てを悪い方向へと受け取った悪口雑言が始まった。
 応星が窘めるよう口を挟んでも彼等を比較し、詰り続ける言葉が止まらない。
「応星からも言って上げなさいよ。本当にこの子ったら、頑張ってるあんたと違って適当に仕事して、引き籠もってだらだら生活するなんて自分が情けなくならないのかしら。応星と一緒に生まれたのに、なんでこうも違うのか不思議て堪らないわ」
 この真新しい家は両親の要望で段差を無くし、最新の設備を備えたもので、応星が数年前に建てた家だ。
 家には応星が所属するバンドのグッズやポスターが所狭しと並び、未だ両親にとって応星が誇りであり、何よりの自慢である事実がありありと現れていた。刃の写真は、幼い頃に応星と共に並んで撮ったものだけ。刃が単体で映っている写真は一枚たりとも飾られていない。

 刃は家に入る際も、ただいま。ではなく、お邪魔します。と、言って入った。
 応星は実家なんだからそんなに余所余所しくしなくても。などと苦く笑っていたが、刃にとって血の繋がった他人でしかない人物が住む家は、知らない場所でしかなかった。
「あのさ、母さん達が刃も連れて帰って来いって言ったんだろ?小言しか言わないなら帰るよ、俺」
「やーだ。あんたは気にしなくて良いのよ。あたし達のために家買ってくれたり、援助もしてくれて、本当に良い息子持って幸せだわぁ。後は綺麗な女優さんか、可愛いアイドルと結婚して孫見せてくれたら嬉しいけど、色々忙しいだろうから仕方ないわね」
 応星へは尽きる事のない情愛を注ぎながら、あからさまに刃を貶めて差を付けている認識など微塵も無いのだろう。故に、会いたがっていないとは考えも付かず、両親にとって刃は怠惰で碌に連絡もしなければ顔も見せない親不孝者なのだ。だから親から責められても当然との考えである。

 帰ってきた時も、玄関を開ければ母親が先ず駆け寄ったのは応星へ。刃へは一瞥をくれたのみで名前すら呼ばない。
 先に食卓へ座って居た父はお帰り。とは言ったが、直ぐに応星へと話しかけだして碌に顔も見てはくれなかった。両親が会いたいと言っているから。応星に説得されて実家に帰ってきた刃であるが、針の筵に座っているようで非常に居心地が悪かった。
「あんたは付き合ってる人くらい居ないの?何にもしないなら、せめてさっさと結婚して孫の顔くらい見せてくれたっていいでしょ」
「本当にな。俺が母さんと結婚したのは二四の頃だぞ。もう三十も近い男が独り身でふらふらとみっともない」
 成る程、この話がしたかったのか。
 そう刃は納得し、
「付き合ってる人は居るけど結婚はしない」
 箸を置き、何もなくなった皿を見詰めながらそれだけを伝えた。
「はぁ?結婚もしないで、お付き合いだけ?なんて不誠実な子なの。呆れた。相手のお嬢さんに失礼でしょ。そんな子に育てた覚えはないわよ」
 まともに育てられた記憶もないが。とは言わず、敢えて刃は言い返さない。
 一方的に詰られ、女性を弄んでいる最低の男認定されても、それで諦めてくれるならそれでも良いと思えたが、俯いたままでいたため、応星が不快に顔を歪めている事に気がつけなかった。
「いいだろもう、刃の人生なんだからさ。口挟むなよ」
「全然良くない。この子ったら、子供の頃からぼけーっとして何考えてるかちっとも解んなかったし、育ててやった恩も忘れて親孝行もしないで何やってんの?大体、この子の人生って言うけど、この子の何にも考えてない行動に付き合わされるお嬢さんの身にもなって……」
「まじ、いい加減にっ……!」
「男」
 碌に話もしようとしない刃に苛立ったのか、母親の暴言は増すばかり。刃の恋人であろう女性を慮っているようで彼を貶める言葉の数々に応星が声を荒げそうになったため、立ち上がりかけた応星の肩を刃が押さえ、その存在を明らかにする。
 煩い母親も、呆れ果てた体で酒を呑んでいた父親も、刃の一言に怪訝な表情を滲ませ、ようやっと顔を凝視してきた。
「男。相手。だから制度的に結婚は無理。性別的に孫も無理。帰る」
「おい、どう言う事だ。ちゃんと説明しなさい」
 単語で箇条書きの如く並べれば父親が刃を引き留めようとしたが、刃は無感情な目で一瞥したのみでコートを羽織り、着替えの入ったボストンバッグを持って逃げるように居間から出て行く。
 玄関まで追いかけてきた母親は人語として聞き取れない金切り声でしつこく刃を罵倒し、父親は得体の知れない怪物を見るような視線を刃へ送っている。そんな中、応星だけが今にも泣き出しそうな表情で、刃と両親の背中を見詰める。
「大丈夫、ちゃんと『帰る』から」
「あぁ……」
 応星にだけ声をかけ、両親を無視して刃は玄関を閉めた。
 家の中では応星が賢明に両親を宥めているのだろう。嫌な役割を押しつけてしまった罪悪感に後ろ髪を引かれたが戻る気にはなれず、寒空の下を歩き、目印になるであろうコンビニまで辿り着くとタクシーを呼んで駅まで移動する。

 道中、何も考えないよう頭を空っぽにし、新幹線のチケットを購入すると、時間まで駅のホームでぼんやりと天井を見詰めながら刃は時間を潰す。
「あのー、応星……」
「人違いです。良く間違われるのですが関係ありません」
 目敏く刃を見つけた応星のファンに声をかけられたが、以前よりは神経を蝕まれることなくはっきりと拒否出来た。
 ファンは納得していない様子で、何度も振り返りながら刃の側から離れて行く。ふと、刃の脳裏に丹恒の顔が思い浮かび、スラックスのポケットからスマートフォンを出してメッセージを送る。
『あと数時間もすれば帰れる。何かご飯でも買って帰るか?』
 実家には昼時を目安にして移動したため、ここから帰宅する頃には夕食をとる時間帯に差し掛かりそうで、取りあえず刃は打診してみる。
 直ぐには返信が来なかったため、深く被れるキャスケットとマスクをボストンバッグから引っ張りだし、腰まである長い髪をコートから引き出して適当に纏め、ぼんやりとホームを眺めながら人の雑踏に耳を澄ませる。

 年始の雑踏を避けて遅めに帰郷をしたが、人間、大して考える事は違わないのかホームには案外人の行き来があった。
 大きな荷物を持ってスマートフォンを見ながら相談し合う男女、冷たい空気を少しでも避けるように壁に張り付く女、小刻みに体を揺らして寒さを凌ごうとする男、ホームを間違えたのかキャリーケースを必死に引き摺りながら走り出した男。上げると切りがない程度には人が居て、人の落とした菓子でも狙っているのか暢気に歩く鳩も居る。

 刃は子供の頃から常に動く空や鳥、虫を眺めたり、周囲の音に耳を澄ませて聞く事を楽しめる性質であった。これが母親から意思表示をせず、何もせずに黙っている陰気な子供らしくない子供で気味が悪い印象に繋がったのだろうと自己分析をしてみるが、したところでもう二度と帰らぬと決めた過去に思いを馳せたところで無意味。
 十代の頃は、応星のように愛されようとしてみたが、性格上無理が生じたことと、茫。と、しているようで賢い子供だったが故に早々に両親の愛を求める事は諦めた。
 刃を応星の代替品、ないし付属品としか考えない両親の希望を叶えるなど到底無理な話なのだ。両親の愛を諦める事でどうにか自力で生活を確立させ、紆余曲折はあったが自身にとって最愛と呼べる人間も出来たのだから人生とは判らない。未来は解らないが、今は幸せだと断言出来る。

 思考に耽っているとスマートフォンが振動し、確認すればマスクの下で表情が綻んだ。
『そうだな。久しぶりに中華でも食べたい気分だ。この間一緒に行った店が美味かったな。無理はしなくてもいいが良かったらテイクアウトをしてきてくれ』
 多くは訊かず、ただ受け止めてくれる丹恒の優しさが心地好い。
 早く顔が見たくてそわそわする刃の頭には、既に両親の残像は消えていた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 ただいま。
 そう言って玄関を開けると、明かりは点いているが静かな室内が出迎えてくれる。
 短い廊下を通り、居間へと赴けば、丹恒がソファーに座った状態で真剣に本を読んでおり、集中しすぎて刃の帰宅に気がついていないようだった。
「不用心だな」
 声をかけながら側頭部を突けば、丹恒が弾かれたように顔を上げ、
「お帰り」
 そう言って微笑む。
 刃も再度『ただいま』と、返しながらボストンバッグ放り投げ、持ち帰りした料理の入った袋を座卓に置き、床に座り込むと倒れ込むように丹恒の膝に頭を乗せる。
「本を読んでてもいいぞ」
 刃は丹恒の膝に頭を乗せたまま、本の続きを読むように促す。
 食事を持ち帰ったものの直ぐに食べる気は起きず、少しばかり感傷と幸福を味わった。

 自分が帰る場所はここなのだ。

 丹恒が髪を撫でてくれる心地好さに目を閉じていれば、頬に感じる温もりが眠気を誘い、実家での心労、移動の疲労もあってか刃は寝息を立て出す。
 それに気付いた丹恒が苦笑し、本を畳むと寝入ってしまった刃をソファーへと寝かせ、目元に口付けを一つ。

 今度は丹恒が床へと座り、刃の腕を首に回して脇に頭を乗せる。一見、幼子が親の脇に潜り込んで安心を得る如き体制だが、実際は少しでも触れ合って刃を安心させたい心からだった。
 傍に丹恒の体温を感じるお陰か、刃の寝息は安らかで表情も穏やかなもの。丹恒はその様子に少し安堵の吐息を吐いた。

 刃が帰ってくる前に何があったか軽く応星からの電話で聞いており、酷く傷ついているだろうから、どうか優しく受け止めてやって欲しい。そう言われていたのだ。
 以前、独りで抱え込んで精神的に追い詰められてしまった刃が、素直に傷を曝け出してくれるか不安だったが、帰宅早々に丹恒の元へ駆け寄り、何も言いはしなかったものの甘えに来てくれた事にどれだけ心が高揚したか。
 昔の彼であれば、また『己は不要品である』『生きる価値のない人間だ』『どこにも居場所がない』そう嘆いて、暗がりに身を潜めながら自らを抱き締めるだけだったに違いない。
 己が刃の帰る場所になれている。安心出来る存在となっている。その事実がどれだけの喜びを丹恒に齎したか、きっと彼は知らない。

 丹恒は自然と緩みそうになる顔を引き締めようとし、本の続きを読もうと尽力するが、背後から聞こえてくる寝息と肌に感じる体温が沁み過ぎて、全く内容が頭に入ってこない。
「刃、俺は今、とても幸せだ。お前もそう感じてくれているなら嬉しく思う」
 噛み絞めるように呟けば、ん。と、意図的ではないだろう呻き声が返ってくる。
 それでも、頬が緩むのを丹恒は止められなかった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 刃が応星と共に実家へ帰り、絶縁を決意した翌日。
 二人が同棲する家に応星がやって来て、刃を抱き締めながら無言で撫で回していた。

 両親から愛を注がれなかった分を補填するように、この兄は刃に対して構いたがるが、にしても今日は過剰であった。
「俺が連れてったせいで、ごめんな刃……」
 一通り撫でて満足したらしい応星が刃を開放し、謝罪の言葉を口にする。
「いい。あの人達が俺をどう思ってるのか再確認も出来た。丁度良かったんだ」
 刃は在宅でも仕事が出来る翻訳家であり、応星は芸能人であるため固定の休みなどはない。故に応星さえ時間を作れば大体いつでも会えるのだが、朝八時の訪問は流石に予想をしていなかった。時間的に、実家から始発で帰ってきたようだった。

 一応、大学生である丹恒に会わせるため、刃も早寝早起きを心がけてはいるものの応星の訪問を知り、慌てて顔と歯を磨いただけで寝間着から着替えてすらいない。
「寧ろ、一人で残して済まなかった」
「いや、いいんだよ。俺も腰を据えて話し合う良い機会だった」
 応星が刃を開放し、考え込み出した様子を確認すると丹恒がすかさず珈琲の入ったマグカップを差し出し、言葉を整える時間を与える。
 珈琲を受け取った応星は香ばしい匂いを深く肺へ吸い込み、暖かな湯気を吹き飛ばすように息を吹きかけ、口を付けて少しずつ飲み下しながら小さく息を吐いた。
「家族なんだから、なんだかんだ話し合えば解り合えるって思ってたんだけど、でも、そうじゃなかったな……」
 目を伏せながら悲哀を吐き出すように応星は呟く。
 両親に対する期待を捨て切れず、僅かでも希望を抱いた己の浅薄さを後悔する応星の言葉を待ちながら、刃は心配そうな丹恒と視線を合わせる。
 しかし、応星はカップを両手で包みながら弄り回し、黒い液体を見詰めるばかりで次が出て来なかったため、刃が『応星』と、声をかけると弾かれたように顔を上げた。
「昨日、帰ってから落ち付いて考えてみたんだ。俺は、応星に甘えすぎていた。お前に全部背負わせて目を逸らして、逃げてばかりだった。今度からはそれを俺にも背負わせて欲しい」
 応星は愛されているから大丈夫。
 昨日も、昔も自己完結して刃は応星を置いて家を出た。
 だが、両親の愛は与えて『やった』分を返せと強要するもので、そうなると応星は自慢の息子としての振る舞いが両親の理想にそぐわなければ過剰に責められるか、或いは嘆かれたはずだった。それがどれ程の負担、重圧かは量り知れない。自らの行いを冷静に顧みれば、応星を生贄にして自由を得たようなものだと思えた。
 それを告げても応星は否定し、刃を擁護するだろう。だから言葉にはしないが、カップを握る手ごと両手で包み、真剣な面持ちで語りかけるように告げる。
「あの人達とは和解出来ないと思うが、応星と兄弟で良かったと俺は思っている。頼って欲しい。応星自身が幸せだと思える選択をして欲しい。俺がお前に望むのはそれだけだ」
 刃が言い切り、強く手を握り締めれば応星の瞳に涙が滲み、溢れて頬を伝った。
「悪い。なんか感情がぐちゃぐちゃでな」
「碌に寝てないんだろう。だから余計に不安定になるんだ」
 自身の経験から指摘すれば、応星は苦く笑いながら頷いた。
 親と話し合い、新幹線の始発を待つまで碌に眠れないほど悩み苦しんだのだ。
「俺は、もう大丈夫だ。だから、今度はお前を支えたい。今まで助けて貰った分を返したいんだ」
 応星の顔がくしゃりと歪み、大粒の涙が次から次へと流れ、服に水染みを作っていく。
 時間にして五分ほどだろうか、ひとしきり泣いた後、応星が鼻を啜りながらわざとらしく口角を上げて笑ってみせる。
「俺もさ、男と付き合ってるって言って出てきた」
 そう言うと憑き物が落ちたように大きな声で笑う。
「もうさ、母さん狂ったみたいに怒鳴り出すし、父さんも孫はー、自分達の老後が-。って自分達のことばっかり。もう二度と俺から連絡もしないし帰らない。息子は二人とも死んだと思ってくれ。つっといたわ」
「良かったのか?」
「いいんだ。俺の人気やら、なんかの売上やら、気にするのはそう言うのばっかで、あの人達は俺自身の事はいっさい興味ないよ。話してたら解る」
 刃が座卓の上にあったティッシュ箱を数枚取って差し出せば、応星はマグカップと交換し、涙で濡れた顔を拭き、鼻をかんで手近にあった屑籠へと放る。
「結婚もさ……、丹楓と別れて家庭持つのが正しいのか。とか、悩んだよ。でも、丹楓と一緒に居るより楽しい事って見付からないんだよなぁ」
 偶に喧嘩もするけど、嬉しいことの方が多いんだ。言い終わるや、瞳に水膜が張り、溢れそうになったため刃が掌で拭えば擽ったそうに目を閉じ、くすくすと笑い出す。
 育ててくれた両親の願いよりも自身の我欲を貫いた後悔や罪悪感が少なからず心を突き刺し、刃にまで否定されたら。そんな有り得ない恐怖に苛まれていたのだろう。半身である刃が肯定してくれた事で心の重荷が幾らか剥がれ、ようやっと息を吐けたようだった。
「朝からごめんな、すっきりした」
「いい。帰ったらさっさと寝ろ」
「あぁ、そうする。じゃ、刃、丹恒君と仲良くな」
 邪魔をしないよう、カウンターで区切られた台所で聞き耳を立てていた丹恒に声をかけ、応星が座卓にティッシュ箱を戻して立ち上がる。
「刃、俺もお前と兄弟で良かったよ」
 応星が刃の頭を撫でてから頬を両手で包むと口づける。親愛と、幸せを願う口付けに照れ臭くもあるが、刃も応星へと返し、玄関まで見送った。
「応星さん、大丈夫なのか?」
「丹楓次第だろうな。ここで仕様も無い喧嘩でもすれば別れる可能性がある」
 玄関に立ったまま、丹恒と刃が不穏な会話をする。
 もしも、丹楓が応星の感情と情愛を解せず、蔑ろにしてしまえば一気に亀裂が入りかねない。が、懸念を口にはしたものの、そもそも丹楓は表情少なく誰に対しても興味のないような雰囲気でありながら、その実、かける情は限りなく重い。応星が求めるならば、その十倍、否、それ以上を平気で返してくるような人間だ。
 隣に居る丹恒とても、幼少期からの恋を拗らせに拗らせて想い人を射止めたような男だ。この兄弟、人間性、感性は全く違うが感情の重さは共通するところである。
「なんだ?」
「いや……、お前の所は後継者とかは……、大丈夫なのか?」
 応星と刃、丹楓と丹恒。
 揃って兄弟で恋人になり、同性のため当然子は望めない。
 刃達は一般家庭であるため世襲する名前、財産などは存在しないが、目の前に居る男は大企業の御曹司であり、将来的に後継として仕事をする立場である。
「あぁ、その事は丹楓と話を付けている。周りが煩かったから俺も丹楓も精子凍結はしているが、無関係の女性に代理出産など望んでもいないし、血が繋がってなけば会社が継げないという法はない。どうしてもと言うなら養子でもいいんだ」
「そう、か……」
「また不要になったら捨てろとか言うつもりじゃなかっただろうな」
 刃が気まずそうに目を逸らしながら返せば、丹恒が厳しい目つきになり、じっとりと睨み据える。
 いや。その。刃はもごもごと言い訳をしようとするが、咄嗟に嘘が吐けるほど器用でも、狡知に長けている訳でもない。指摘されて動揺している様子から、完全に思考を看破され、少々苛立ったような溜息に刃の方が跳ねる。
「今日は、本来の予定であれば仕事しないはずだったな?」
「あぁ、そうだな?」
 当初の予定では、実家へ一泊二日を予定しており、今日は仕事の予定を入れていなかった。念のためにノートパソコンは持って行っていたが、自作ならば兎も角、他人の著作物を扱う関係上、新幹線などで仕事をするような真似は憚られ、実家でも時間が作れるかは解らなかったため、応星の休暇と刃の納期に猶予がある時期を選んでいたのだ。

 丹恒はしっかりと確認すると刃の手を握り、引きながら寝室へと移動する。
「学校は……?」
 何となく目的を察した刃が質問すれば、
「必修はないし、お前とじっくり『話し合う』必要が出来たから休む。幸い今日はお互いに時間がある。構わないだろう?」
 実に胡散臭い笑顔と共に寝台に座らされ、丹恒を見上げる刃の顔は強ばっていた。
「十分解っている」
「いいや。解っているなら、俺がお前を捨てるなんて、考えもしないだろう?それとも何か?お前が俺を捨てるのか?」
 人間は心変わりをするもので、だからこの世には愛を誓って結婚しても離婚する夫婦がいる。
 まだ若い丹恒は未来があり、これから様々な出会いがあるのだから、もしも『別れて欲しい』と、言われれば、刃は素直に身を引くつもりだった。刃の考えの至らなさは、丹恒にとってそれは特大の地雷だと言う事だ。
 優に十年以上懸想し続け、ようやっと恋人として隣に立てたのだ。何よりも大事で、愛おしく手放しがたい存在。それを、どんな理由があれば易々と捨てるような真似が出来ようか。
 昨日の事とて、丹恒は平静を装ってはいたが業腹を煮やしており、密やかに丹楓と通じ、彼等の両親をその土地に住めなくしてやろうか画策していたほどだ。流石に、毒となるような親とて刃や応星の心に傷を与えるとして断念はしたが。

「刃、俺はお前を看取るまで傍に居るつもりだ。覚悟しておいてくれ」
 丹恒が刃の頬を両手で包み、至近距離で目を覗き込むようにしながら宣言をすれば、じわ。と、刃の目元が赤らみ、か細い声で肯定の返事が返ってくる。
 丹恒はうっそりと微笑み、刃の頬から首筋へと手を滑らせながら口づけ、寝台へと押し倒す。

 刃を見下ろす丹恒の視線は、すっかり興奮した雄の目をしていた。

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