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・R18部分があるため高校生以下の方は閲覧不可です
・現パロ
・精神病を患ってる刃
・刃の自殺をほのめかす言動
・開き直って、ぐいぐい行く丹恒
・執着系世話焼き攻め様な感じの丹恒
・応星と刃が双子の兄で、弟溺愛系です
・丹楓も出ますが然程露出は多くありません
・現代設定なので、多少、言葉遣いを変えてあります
・刃がコンプを拗らせまくってるので、丹丹兄弟は案外平和です -
・玉兆=スマホ。腕輪型玉兆=スマートウォッチ。結盟玉兆=防犯ブザー。みたいな認識で書いてる(間違えてたらごめんなさい
・呪符=プログラム(青雀が言ってた
・既に出来てる楓応
・応星なら何でも可愛い丹楓様
・わちゃわちゃイチャイチャしてるだけ
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夏の熱気が薄れ、秋が見え始めた頃。
完全に元通りとは行かないが、胃を圧迫する異物がなくなり、普通に食事を取れるようになった胡麻は随分と回復し、年齢の割に。はつくが、元気に玩具で遊び、良く眠る。
「胡麻、可愛いねー」
景元が一通り猫じゃらしで遊んだ後、疲れて寝転んだ胡麻を撫で回してあやしていると、撫でられる心地好さから眠りだし、そうっと専用のベッドへと寝かせる。
「そろそろ遅いし、帰ったらどうだ?」
刃に促され、時計を見れば既に夜の八時は回っている。
応星は風呂に行き、母親は仕事をしてからそのまま寝ると宣言して部屋に籠もってしまった。今は刃と景元の二人切り。
「刃……」
「なんだ、送って欲しいのか?」
「そうじゃなくて……」
年下故に致し方ないが、子供扱いが過ぎる刃にやや不満を抱えつつも、
「今度、休みの日に二人で出かけない?」
意を決して発言すれば、刃が景元を見詰めたまま考え込む。
「何かやらかしたなら一緒に謝ってやるし、応星が悪いなら俺が怒るから素直に白状しろ」
刃の頭の中では、応星と喧嘩をして、また変な意地の張り合いでもして意趣返しに別行動を起こそうとしている。と、なっていた。日頃の行いの結果であるため言い返す余地がない。
だが、引けもしないのっぴきならない気持ちもある。
「何もやらかしてない。それとも、私と二人で出かけるのは嫌かな?」
「嫌ではないが……」
どこかへ出かけるとなると大体は三人で一組だったため、どこか違和感があるのだろう。
「心配しなくてもいいよ。もう行き先はお母さんに言ってあるし、応星も知ってる。後は刃が一緒に行ってくれるかどうかだから」
「根回し済みか、周到な奴め」
刃が眉を下げて笑い、了承すると次の日曜日、九時から出発だと興奮気味に伝えられる。ただ遊びに行くにしては随分早い気がするが、はしゃいでると考えれば可愛くて、頭を撫でながら刃は了承する。
「本当?絶対だよ!」
景元が飛び上がるように喜び、刃はそこまでか。と、苦笑しつつ帰宅する少年を玄関まで見送った。
▇◇ー◈ー◇▇
お出かけ当日。
刃は動きやすい黒いスニーカー、デニムパンツに白いTシャツ、日除けに薄手のフード付きパーカーと簡素な装いで、出かけた際に不足がないように必要そうな物を一通り入れた肩掛け鞄を持って景元を待っていた。
時間前にどこかぎこちなく出てきた景元は、白いスニーカーにチノパン、黒のハイネックインナー、黒のロングジャケットと白黒で纏めて随分と大人びていた。背も一七○センチ近くはあるため、一見して小学生には見えない。
「どこか良い所に行くのか?着替えた方が……」
刃も清潔感があり、こざっぱりと纏めているが、近所の公園辺りに行くような装いであり、景元はこれから洒落た場所にでも行くような装いである。
「良い所ではあるけど、別に服装を気にする場所じゃないよ」
どこか照れながら景元が刃の手を握り、先導して歩いてバス停まで行く。
行き先を聞いていない刃は素直について行く。
「どこに行くんだ」
「行ったら直ぐ解るよ。これ渡しておくね」
そう言ってバスチケットと電車の切符を渡してくる。
「二つも居るのか?お金はどうしたんだ?」
刃の質問は止まらず、
「行きたいのは私の我が儘だし……、全部用意してるから受け取ってくれると嬉しい」
そうは言われても、年下の景元に奢って貰うのはどうにもすっきりせず、移動費の代わりに昼ご飯でも奢れば良いのか考え込む。程なくしてバスが来ると、矢張り景元は落ち着かない様子で、バスへ乗車する階段でこけそうになったり座席に座ろうとして引っかかったりと周囲が見えておらず、無事に目的地に辿り着けるのか不安になるほどの不注意ぶりである。
「お前、本当に出かけて大丈夫な状態なのか?」
「ちょっと、緊張してるのかも……」
刃がよくよく景元の顔を見れば頬も少しばかり朱く、熱中症や疲労による発熱でもしているのか額に触れると、どんどん体温が上がる。
「なぁ、バスに乗っておいて何だが、帰らないか?熱っぽいぞ……」
「本当に、本当に大丈夫」
念のために持ってきていた叩いて中身を潰す事で冷たくなる瞬間冷却剤を出し、刃が景元の首筋の襟元を引いて項に放り込む。
「つめっ……」
「ほら、水分も……」
「あ、あぁ、うん……」
半分だけ凍らせたペットボトル入りのお茶を景元に持たせ、飲むように促すと体温を確かめるように耳に触れ、手を握る。
かなり丈夫になったとは言え、直ぐに熱を出して伏せっていた応星の世話を恒常的にやっていただけ合って対応は手早いが、残念ながら刃の行動は景元の熱を高めるばかりである。
「体温も高いようだし、顔が赤くなっている。矢張り今日は諦めよう」
「本当に大丈夫。それより、ちょっと擽ったくて恥ずかしい……」
刃の構いように、他の乗客が微笑みながら眺めている事に気がつき、小さく声を上げて座席に座り直し、それでも心配そうに横目で景元を見やってくる。
「ちょっと緊張してるだけだから……」
「今更?」
二人切りは初めてだが、一緒に出かける事自体は何度もやっている。たった一人居ないだけで違和感は強いものの、何を緊張する要素があるのか。
「ちょっとね……」
はきはきしている景元に珍しく口を濁し、膝上で指を遊ばせる。
刃も口数が多い方ではなく、景元も上の空で会話も弾まず、バスが目的の駅に近い停留所に着くと、慌てて降りる。
「また引っかかって落ちるなよ」
「大丈夫だって」
刃に手首を掴まれながらバスを降りる景元の顔はにやけるのを懸命に我慢しているようなもので、刃は具合が悪いとは違う可笑しな様子に内心首を傾げていた。
「えっと、ホーム何番だっけ……」
スマートフォン記していた道順を確認し、再び景元が刃の手を掴んで先導する。
幼少時、出かける際にいつも手を繋ぎ、何処に行っても兄弟扱いされる景元と応星に、兄を盗られたような悋気を発して拗ねた挙げ句泣き喚いた後、ませた景元が虚弱な応星を助けてやっていたつもりであった事実が発覚して感情の置き所を見失った記憶が過る。
今思えば、半身を奪われて独り取り残されたようで寂しかったのだろうとは理解できるが、当時はそれを言語化出来るほどではなかった。
「刃、電車来たから乗るよ」
「あぁ……」
今度は自身が手を引かれているが、景元は果たしてどんな気持ちで手を握っているのか考える。
体温が高く、少しばかり汗が滲んで、初めて自ら計画して行動する遠出に緊張しているが故に、安心を求めて握るのか。ついでに、逸れないようにだろうか。
「何処に行くんだ?」
「行ったら解るよ」
手を握る力が強まり、景元が微笑む。
一度は行った事がある場所なのか、頑なに開示してくれない。
暫く電車に揺られていれば、刃は見覚えのある物が目に留まり、支線が固定される。
「なんだかんだ言って、あれから行ってなかったね」
刃が行き先に気付いた事を察した景元は笑みを深めて白状する。
「あの時は、観覧車に乗れなくて残念だったな」
「尋常じゃなく暑かったからな」
遠くからでも目視できるほど大きな観覧車。
人が乗っているかどうかまでは視認できずとも、ゆったりと動いている様子が確認でき、気候の落ち付いた今日であれば。と、期待する。
「お前は動物に小便を引っかけられて災難だったな」
「あー、あれは吃驚したなぁ」
切っ掛けがあれば思い出話に花が咲き、体感的には瞬く間に目的地に辿り着き、案の定、入場チケットを購入していた用意の良さに舌を巻く。
入場チケットを提示し、記憶よりもやや古びたゲートをくぐれば、日常から切り取られた遊び場が現れる。
「昼飯くらい俺に出させろよ」
「うん、ご馳走になろうかな。荷物重くない?代わろうか」
慣れているため特に重くはないが、景元が差し出した手をそのままに引こうとしないため、荷物を肩から降ろして渡す。
「こんなに何入れてるの?」
「色々だ。飲み物とか、さっきやった冷やす物に電池式の充電器に、ボディーシート、一応シャツも入れてある。これでも厳選した」
「相変わらずだねぇ。旅行に行く時、刃が居たら安心だ」
「誉められてると思っておく」
「誉めてるんだって」
他愛ない話をしながら懐かしさ噛み絞めつつも、新しい物や愛らしい動物を眺めて二人は楽しむ。景元も初めて来た頃のように、動物を見るなり突撃していくような様子はなく、寧ろ小さい子供達が小動物と戯れ、はしゃいでいる姿を一歩引いて眺めていた。
「あの甘えん坊が成長したな」
頭の中で呟いたつもりが、声に出ていたのか、じわ。と、景元の顔が赤らむ。
「そんなに?」
「お前が来て、家にもう一匹猫が増えた感覚だった」
当たり前のように人を背もたれにして膝の上で堂々と寛ぎ、何かとくっつきたがるのは、両親が忙しさの余り碌に家に居らず、幼児に似付かわしくない賢さから状況を理解して、大人に甘えるのを我慢しているが故だと思いついてからは、求められるままに応じていた。
応星が茶化せば引っ付き虫は更に酷くなり、トイレにも行けない耐久戦を何度やった事か。
「出会った頃は懐に収まるくらいのちびだったのに大きくなったな。本当に追い抜かれそうだ」
まだ十センチ近く差はあるが、刃や応星の成長が止まり、景元が伸び盛りになったら最早、解らない。
「ふ、抜かれた時に応星がなんと言うか見物だな」
「それが楽しみで頑張ってるとこもある」
「負けず嫌い共め」
ちび、ちび。と、可愛がり半分、遊び半分で茶化していた己の兄が酷く悔しがり、相対的に得意げになっているだろう景元を想像しながら口元に手を当てて刃が苦笑していれば、景元が照れ臭そうに頬を掻く。
「刃だって、私を全然、名前で呼んでくれない」
「俺も初志貫徹するタイプなんだ。お前が背を追い越したら呼んでやるさ」
景元がいつまでも『ちび』から脱却できないもどかしさを吐露し、これだけ背が伸びても頑なに名前で呼ばない事への不満を伝えれば、束の間の勝利の余韻を味わうように刃が眼を細めて笑う。
「私も、絶対追い越すって決めてるからね」
「精々尽力しろ」
特に目的無く動物を眺めながら歩いていれば、遊園地エリアに近づいてきたのか、最初は遠かった人の悲鳴が近くなり、視線の先には蛇のようにうねりながら空中を駆け回るジェットコースターが見えた。
「そう言えば、前は乗り物に乗る前に帰ったんだったな」
「今日は色々乗ってみようよ」
早速とばかりに長蛇の列になっているジェットコースターに一時間並んで体感、秒で終わった。が、降りた二人は些か顔色を悪くしてふらつく。
怖気が下半身から全身に向かって襲いかかってくる異様な浮遊感、天地が何度も入れ替わり安定しない視界、地面が光速で近づいてくる恐怖、縦横無尽に振り回される中で周囲は悲鳴を上げながらも楽しんでいるが、景元と刃は声も出せずに冷や汗を流して固定バーを握り締めて硬直していた。
もし、この園に絶叫している姿を記念として写真に収めるサービスがあれば、逃げ場のない絶望と恐怖に引き攣った二人の顔が激写されてただろう。
「次は、もうちょっと体に優しい乗り物にしよう……」
景元の提案に刃は遠くを見ながらも無言で何度も頷き、初めての絶叫マシン体験は苦い記憶になる事が確定した。
「どこかで休もう。地図……」
たった数分の体験で半日歩き回ったかのような疲労感を覚えた刃は、近くにあった案内看板に寄って休憩場所を探す。
「少し遠いがあっちだ」
荷物を肩にかける気力も無く、手をだらりと下ろして、よぼよぼとしている景元の手を今度は刃が引き、休憩がてら昼食を取る。
「小さい頃に乗ってたら、大泣きして漏らしてたかも……」
売店で買ったアイスコーヒーをストローで啜り、ベンチで休憩しながら、景元が思い馳せる。文字通り小便臭い餓鬼だな。などと茶化す余裕は刃にもなく、曖昧に返事をする。
「応星だったら……、ジェットコースターの経験は無いはずだが、気に入るんだろうか……」
「想像がつかないや。今度、皆で来たら、応星だけ乗せてあげよう」
自身はもう二度と乗りたくない。とする意志は察したが、反応を見るためだけに独り送り出すのは何の嫌がらせ発想なのか。
指摘する気も起きず、刃は終わりかけのコーヒーを一気にストローで吸い込んで、少々汚い音を立てる。
「少し暑くなってきたなぁ……、次は屋内なんてどう?」
「悪くないな」
近くにあった塵箱に、刃のカップと一緒に自身のものも捨て、売店で貰った園内地図を景元が広げる。
「期間限定でお化け屋敷があるって」
「行くか」
涼しそう。
それだけの認識で向かい、大した待ち時間も無く中に入れば事実、ひんやりとした空気が心地好く暖まった体を冷ましてくれる。
「涼しいし、装飾が凝ってるから面白いね」
景元が楽しそうに室内を見渡しながら感想を漏らす。
お化け屋敷のテーマは殺人鬼が潜む洋館で、壁や家具は斧で叩き割られたような傷がつき、あちらこちらに血糊が撒かれている。廊下に出れば人が倒れており、身体の欠損が見られるため被害者を模した人形であろうとみられた。
「中々の造形だな。応星が見たら喜びそうだ」
刃が人形を覗き込み、殺人鬼に襲われる恐怖の中で絶命した女性の苦悶が秀逸に表現された表情、強ばった肉体を誉める。
「怖がるどころか、じっくりと観察されて評価を受けるなんて、制作者も思わないだろうなぁ」
「ここは応星を連れてきたら駄目だな。良く出来てるから造形や表現を一々細かく見たがって動かなくなる」
喜びそう。ではあるが、施設の迷惑になる行為は配慮してしかるべきである。
「うっかり入ったら、二人で引き摺って移動しないといけなくなるね」
「考えるだけでも面倒だ」
刃が状況を想像して小さく笑い、人形を通り過ぎれば明滅する照明が恐ろしげな雰囲気を醸し出し、どこからか獣の唸るような声が微かに聞こえる。周囲を観察しながら次の間へ続く扉を引けば、斧を手にした殺人鬼が刃へと飛びかかる。が、刃は飛びかかってきた相手の顔面と武器を持った手を反射的に鷲掴みにしてしまった。
返り血だらけで原型が解らないほどの襤褸を纏い、人の生気を感じさせない漆喰のような白い肌に鼻や唇を削られ、歯を剥き出しにした異形。
如何にも悍ましい見目であり、目にした瞬間、人の神経を逆撫でて恐怖を煽るよう設計されているのだが、予想外の展開に刃も殺人鬼も硬直し、見つめ合って数秒。
「悪い……、驚かせて済まなかった」
殺人鬼の頭を撫で、申し訳なさそうな刃と笑いを堪える景元が脇を通り過ぎる。
刃の歩みは早く、周囲を碌に見ないまま幾つかの部屋を通り抜け、屋敷から脱出するや否や、景元は思いっきり吹き出す。
「師範との訓練の成果が良く出てるじゃないか」
「煩い……」
「あれ、絶対、殺人鬼に追いかけられて私達が逃げ回る設定の奴だよ」
思わぬ反撃を受けて呆気にとられて棒立ちになる殺人鬼。怖がりもしなければ施設の設定を根底からぶち壊して気不味そうに謝り、相手を慰めて逃げるように出口を目指す刃。笑うなと言う方が無理である。
笑われている張本人は真顔であるが、頬がほんのりと赤らんでしまっており、涼を求めて入ったはずの施設で返って暑くなって出てきてしまった。
「ほら、丁度いい時間だし食事に行くぞ……」
「解った。何食べようか」
笑いすぎて膝から崩れ落ちていた景元の襟首を掴んで猫の仔のように引き上げ、刃は園内地図を奪うと率先して歩き出す。
「ねぇ、顔見せて」
「断る」
景元の前を歩く刃は園内地図で顔を隠し、頑なに顔を見せようとしない。
刃の照れた顔を見ようと、景元が刃の周りをちょろちょろと煩くしていれば、肩に腕を回され、押さえつけて強制的に俯かされる。
「酷いなー。暴力反対」
「人で遊ぶな……」
「楽しくてつい。もうしないから」
刃が鼻を鳴らして景元を開放し、レストランへ向かう。
時間も昼時と合って人は多かったが、空調の効いた店内は幾らか空いており、二人席に座る。
「何食べる?」
「お前と同じ物でいい」
注文を景元に丸投げし、刃はスマートフォンを弄る。
「どうかした?」
「今日は日差しが強めだから、応星が体調を崩してないか気にしてる」
「師範のお陰で大分、改善はしたけど、気をつけるに越したことはないもんね」
剣道の師範でもある鏡流は髪も肌も白く、眼が鮮やかな朱という刃と応星に似た体質で、肌の負担にならない日焼け止めや、きちんとした落とし方、その後の肌の保湿などを教えて貰い、日差しの下で出来る活動時間は大幅に伸びたが、矢張り長時間ともなると肌や眼を痛めてしまう。
「体質は面倒な相棒だけど、悪い事ばかりでもないさ」
「前向きだな」
「どうしようもないものを思い悩むのは時間の無駄だ。応星の受け売りだけどね」
難儀な体質ではあるものの、だからと言って悲観するでもなく事実として受け止め、言い方は悪いが他人を安易に蔑む人間を炙り出す都合のいい道具とも景元は考えている。
「決めたけど注文していい?」
「あぁ」
パンダを模したパンズが乗ったハンバーガーセットを頼めば、刃がスマートフォンを置き、然程待たずに提供され、景元が豪快にかぶり付いていれば、刃はちまちまと端から囓っている。
「ポテト作り置きだなぁ」
あっという間にハンバーガーを食べ終えた景元が付け合わせのポテトがしんなりしていた事に落胆していれば、刃が自身のポテトを摘まんで景元の前に差し出す。
「俺のは作りたてのようだから、食べていいぞ」
刃の手ずからポテトを食べれば、かりっとした食感に景元は目を輝かせる。
「俺のと交換してやる」
「刃って、しなしなの方が好きだよね。私からすると不思議だ」
「お前は歯ごたえのある物が好きで、俺はそうじゃないだけだ」
簡潔な回答に景元は呻り、交換して貰ったポテトを味わいながらコーラを啜る。
「景元、そのまま」
刃がスマートフォンを手に取り、景元に向かって写真を撮ると、直ぐに画面に触れて操作する。
「何?」
「食事中だと送信しておいたら、写真を送れと」
「過保護……」
刃と二人切りで出かけたい旨を報告した際も、何処に行くのか。何をするのか。お金はどうする。に始まり、計画するに当たって細かく指導が入った。
何せ、未成年だけでのお出かけだ。計画通りに行ってるか気がかりであろう事は理解しても、もう少し信頼して欲しい気持ちもある。
「六時までには帰ってこい。だと」
「えー、待ち時間と移動時間考えたら、乗れて後一つか二つじゃないか……」
「大人びて見えてもお前はまだ小学生だしな。何か遭ったら俺の監督責任が問われる」
年齢を出されると景元は立場上、白旗を上げるしかなく、悔しさに歯噛みするばかり。
「わかったぁ……」
解り易く不貞腐れ、景元がコーラを飲みきり、刃が食事を終えるまで地図を眺めながら待っていた。刃が食べ終え、食器類をカウンターに戻して外に出れば、刺すような日差しに二人は眼を細める。
「帽子かサングラス持ってくるべきだったなぁ」
「仕方ない。あと一つで終わりにて帰ろう」
建物の僅かな日陰に移動し、地図を眺めていれば景元が様子を伺うように施設を指差す。
「これ、乗らない?」
「あぁ……」
景元が指したものは観覧車。
初めて訪れた際に、余りの猛暑に断念した乗り物だ。
日差しは強いが、ゴンドラ内の気温次第では乗れるだろうと判断し、見上げれば確認できる観覧車を目指して歩く。
「頂上から見たら一望できるかなぁ」
「あの高さなら全体を見渡せそうだな」
目的地へと辿り着けば、特に乗車制限はされていなかったが、日差しの強さ故か人は余り並んで居らず、大して待たずに順番が回ってきた。
「おー、案外揺れる」
景元がゴンドラに乗り込み、スタッフの案内に従って刃と対面に座れば、安定感はあるものの、どこか足下が不安になる感覚がした。
ゆったりと昇っていく視界に景元は周囲を一度見渡してから生唾を飲み込み、床に膝をつくとぼんやりと外を眺めている刃の手を取った。
園内を一望出来る景色が見たかったのではないのか。当然の疑問が刃の頭を過るも、真剣な眼差しに言葉が止まる。
「真剣に聞いて欲しいのだけど、私は君が好だ。これから先もずっと一緒に居たい」
「兄弟……」
「そういう家族や親愛の好きじゃない」
餓鬼の癖に。
この小賢しい子供に欺瞞をぶつけた所で容易く躱されるだけ。
少々驚きはしたが、他人でありながら近し過ぎる関係性を思えば、そんな勘違いもして然るべきであろう。刃は真っ直ぐに見詰めてくる懸命な金色を眺めて考え込む。
「答えは今直ぐ必要か?」
「えっ……」
じわ。と、景元の瞳に悲哀が混じり、薄らと滲む。
「結論を急ぐな。お前らしくもない」
「で、でも……」
答える事を拒絶されるとは、恋心の否定に他ならないのではないか。景元の心臓が緊張から鼓動を早め、呼吸が浅くなる。
「お前が、そうだな……。高校まで卒業したらきちんと考える。それまでに、色んな人と出会って、交流して、それでも俺が好きならもう一度言え。安易にその気持ちを受け取るには、俺達は近すぎる」
「そ、それって……、うぁっ!」
決して拒絶ではない科白に、景元の表情が和らぎ、狭いゴンドラ内で勢い良く立ち上がってしまい、足場が揺れて慌てて刃の隣に座る。
「良く聞け。お前が来るまで、俺は応星と自分しか世界に居ないような感覚で居た。一生、二人だけで生きていくのだと考えていた。しかし、そこにお前が飛び込んで来て俺達だけの世界は壊れた。あれは、お互いに依存していたのだと、今なら理解出来る」
思考や感情、答えは一つしか無いと凝り固まった思い込みは、成長と共に学ぶ知識、人と交流して得られる知見によって容易く覆る。
景元も、刃や応星と同じく、限定的な人間関係である。応星は信頼に足る師と工房での新たな出会いにより背中を押されてひたむきに己と技術へ向き合うようになり、景元も鏡流との出会いで視野を広げた。
自身の成長は、中々客観視できないもので、刃は近しい関係であるからこそ関係を深める行動には慎重になるべきだと考えた。
「俺もまだ未熟だ。恋愛的な気持ちが良く分からない。応じるには俺も様々な経験をして、そう言った感情にどう向き合うか、視野を広げるべきだと思う」
「嫌とか、気持ち悪いじゃないんだ?」
「それはないな。気持ち悪いならそもそも手を握られたままにしておかない」
刃ならばこの気持ちを受け取ってくれる。確かにそう思い込んでいた。
故に、拒絶されたとなれば心に深い傷を負っただろう。だが、刃は景元の気持ちを否定せず、互いの未熟さを理由に答えを保留してくれたのだ。
「六年は、ちょっと長くない?」
「そもそも十八歳未満と付き合ったら、俺が捕まるだろうが。法の番人になる人間ならそこも考えろ」
景元の頭の上に、刃が窘めるように手を置く。
たった五年。されど、十代の今では遠すぎる差。まだ未就学児程度であれば甘えるに都合が良かったが、絶対に覆らない生まれ年。年齢的な差が、今ほど憎くなった事はない。
「そう、だね……」
景元が膝に手を置いてがっくりと項垂れ、大きく溜息を吐いた。
「あの、お客様、大丈夫ですか?」
「大丈夫。はしゃいだらゴンドラが揺れてびっくりしただけだ」
いつの間にかゴンドラは地上へと着いており、慌てたスタッフが扉を開けて項垂れてしまっている景元に声をかけるも本人ではなく、刃が答えて降りるように手を引く。
「じゃあ、帰るか」
「はーい……」
門限の夕刻まで時間はあるが、手を引かれながらぐるぐると考え込んでいるだろう景元は、もう乗り物に気を引かれないだろう。やや後ろ髪を引かれながらゲートを抜け、半端な時間とあって人も疎らな駅に着くとベンチに座って電車を待つ。
「刃、私が高校卒業するまで待っててくれるんだよね?」
何やら考え込んでいた景元がようやっと顔を上げ、告白以上に真剣な、剣呑と表現しても良い雰囲気で刃へと詰め寄る。
「一応な。でも、別に他に好きな人を作るなとは言わんぞ」
近しい年上への憧れを恋愛感情と勘違いした結果であるなら、それはそれで構わない。それを伝えたつもりだったが、景元の顔は険しくなるばかり。
「刃は、誰か好きになる?」
「それは……」
「誰のものにもならないで待っててよ。私は絶対、心変わりなんかしない。いい男になって迎えに行く」
「確約出来ない未来を語るものじゃない」
刃と応星の互いだけが居た世界が景元によって壊されたように、当時は永遠だと感じていても、結果を見れば刃と応星は別々の道を歩み出した。景元も、今は自身の感情を永遠だと、変わらないと断じられるだろうが、未来は解らない。
そう諭した筈が、上手い具合に呑み込めていないようで刃は頭を掻いて頑なな子供を見やる。
「約束。絶対待ってて……」
「そう言うのは自縄自縛って言うんだぞ」
刃だけでなく、自らをも縛り付けて選択肢を狭めるだけの行為。
伝えたい事が十分の一すら伝わってなさそうな現状に溜息しか出ず、詰め寄る景元を宥め、差し出された小指に自身のものを絡める。
「もし破ったら……」
罰則は特に考えてなかったのか数秒程、言葉が止まり、
「浮気者。って大声で泣き喚いてだだこねてやる」
刃が最も嫌がるであろう行動を宣言する景元は座った目をしており、本気のようだった。
「仕様も無い自爆技を使うな……、あぁ、もう知らん。好きにしろ」
「約束ね」
にっこりと、実にわざとらしい笑顔を作って景元が刃に抱きつく。
このような約束を迫り、今後の出会いで他に好む相手が出来てしまえば苦しむのは景元本人である。所詮は子供の口約束とするには決意が固そうで、今から気が重い。
妙に顔が緩んでいる景元と、疲れ果てた様子の刃は無言で電車とバスを乗り継ぎ、一旦各々の自宅前で解散する。
「お帰りー。デートどうだった?ちゅーでもされたか?」
応星は景元が刃に告白するつもりであったと知っており、弟を揶揄るつもりで軽口を投げるも、次の瞬間には頭を叩かれていた。
「刃が……、俺を殴った……⁉」
応星は、常に味方で居てくれた存在の反抗に多大なる衝撃を受けたようで、対して痛くもない癖に、鈍器で殴られたかのように頭を抑えて倒れ伏す。
「刃、刃が、俺を……」
「応星、お前、景元を煽ったな?」
「う……」
幾分、怒りが滲んだ声色に応星が肩を振るわせ、頭を抑えながら仁王立ちをする刃を上目遣いで見やる。
「お前だって、彼奴を嫌いじゃないだろ?」
「幾ら頭が良くても、彼奴はまだ中学にも上がってないんだぞ。対象として可笑しいとは思わないのか」
「だって、俺もお前等がずっと一緒に居てくれるなら嬉しいなって思ったし、景元ならしっかりしてるから変な女に騙されるより安心出来るからさ……、援護しようかと……」
「なんで俺が騙される前提なんだ……」
「お前さ、あんまり喋らないから怖がられたりするけど親しくなったら面倒見良くて優しいし、矢鱈、素直に人の事信じるから……、大丈夫かなこいつ。って偶に心配になる……」
因みに、母親も同意見であると教えられてしまい、刃は気が遠くなるような心地となった。
己としては、体が弱い応星を支えながら自立していると考えていたのだが、端から見れば他人を気遣いすぎて心配になるらしかった。身内の贔屓目もあるとは言え、よもや景元よりも案じられていたとは夢にも思わず、刃に殴られた応星よりも心に衝撃を受け、ふらふらと自室に籠もってしまった。
その夜の刃は天岩戸状態になってしまい、
「悪口じゃないんだって。心配なだけで-」
と、応星が幾ら扉の前で呼びかけても応じず、景元とも顔を合わせなかった。
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告白を受けても景元と刃の関係は大きく変わらず、特に過剰な接触をするでもなく、愛を囁くでもなく今まで通りと言えた。
そのまま翌年に景元は中学に上がり、勉強に部活にと忙しいようで、食事後に刃へ甘える行動も減っていく。環境の変化によって、心にも変化が起きたのだ。
刃としては、矢張りこうなった。と、なっていたのだが、七月に差し掛かると、
「私ね、今度司法試験の予備試験受けるんだ」
夕食時に、景元がとんでもない発言をして皆が目を丸くする。
「そう言うのって、大学とか卒業してからやるんじゃないのか?」
「母さんに聞いたら年齢制限はないし、最年少合格者は十七歳だってさ。私が受かったら更新されるね」
応星が当然の疑問を尋ねれば、景元は得意げに胸を反らして答える。
「随分な自信だな」
「過去問で試したら、いいとこまで行ったんだよね。落ちるにしても受かるにしても、挑戦は早いほうがいいと思うんだ」
「はぁ……」
応星よりも忙しない生き様に、刃が曖昧に返事をすると景元が笑みを深めて見詰める。
「さっさと飛ばせる所は飛ばして就職できた方が、プロポーズする時に箔もつくし、安心だろ?」
「あらまー……」
景元の科白に母親が口元に手を当て、感嘆の声を上げる。
尊敬や親愛、憧れを混同した子供の恋心と侮っていたものが、現実味を帯びて刃は背筋に詰めたいものが流れる。
「予備試験に合格できたら、次の年には司法試験に挑戦できるし、一発合格が無理でも、高校生の内に取って卒業に間に合わせたいな。ね、刃?」
「あ、お、ぉ、そう、だな……?」
具体的な未来構想を語る景元の目に迷いは無く、可愛がっていた仔猫が、いつの間にやら獅子に成長していたのだと認識を改め無ければならなくなった。
そして、最早、どのような言い訳をした所で逃げる道は存在しないのだとも。
余談ではあるが、数年後には僅かとは言え身長も追い越され、応星共々呼び名を改めさせる羽目になったのだった。 -
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数年間の努力の結果。
各々の努力の甲斐もあって体力はついてきたが熟考の末、鏡流から景元は『剣の才はない』と、断言されてしまい項垂れながらの帰り道。
「師範も言ってただろう、心と体を鍛えるものだと」
「そうなんだけど……」
景元も高学年になり、長年の訓練もあって勝率は悪くない。しかし、師匠である鏡流からして、相手の動きや癖を観察して隙を突く奇策を弄しているだけであり、それは剣の腕よりは知略だと断じた。
打てば点が入る試合では勝てても、実践となると力負けや、手練れが相手になれば敗北を喫する可能性が高い。努々隙を作らないように尽力するべし。とのお言葉を貰った。
「刃は悪くない。だっけ……?」
「良くもないって意味にも取れるぞ?」
兄弟ならではの軽薄さで応星が揶揄れば、刃は無言で小突く。
「いいなぁ、背も高いし……」
「お前も伸びてるだろ?」
「そうだけど……」
既に一八○センチをそろそろ越えそうになっている刃と応星を見上げて景元は眉を下げる。あれだけ大きくなると豪語していたが、中々二人を追い越せない己にも失望していた。とは言え、景元よりも五歳年上の刃と応星は高校生。一番の伸び盛りである。
景元も同学年の少年よりは上背があり、焦る必要は無いのだが、本人としてはもどかしさを感じていた。
「俺等が格好良すぎるからって羨むな」
応星が景元と肩を組み、身長を誇示するように顔を押しつける。
「君よりは勝ち星多いから羨んでない」
「相変わらず生意気だな……、俺は剣より造形や工学を極めるから強くなくてもいいんだよ。続けてるのは体力付けるため。先生にも体は鍛えて置いた方がいいって言われてるしさ」
応星がわざ髪を掻き混ぜるように景元の頭を撫で、体を離した。
その手には竹刀を握り込んで分厚くなった竹刀ダコ以外にも、刃物での切り傷や火傷の痕などもある。それは、十三歳の頃に行った刀工や工芸品を扱った展示会ですっかりその道に魅了され、勉強のために工房通いの日々を送っているからだ。
「はいはい、応星大先生はご立派ですねー」
「あー、もう可愛くないなぁ。俺が人間国宝になったら見てろよ」
「国宝か。その時までに、応星の作品を大量に確保して、高値がついたら売り払おうかな」
「売るな、保管しとけ。永遠に崇め奉れ」
「神様にでもなる気かい?」
「おー、それもいいな。創造神名乗ってやるわ」
「なれるといいねー」
「気持ちが籠もってないぞ糞餓鬼」
「先生はお口が悪いなぁ、そんなんじゃ弟子が逃げてしまうよ」
「そんな軟弱者じゃあ俺の弟子は務まらないな」
「パワハラで告訴されても知らないよ?」
「その時はお前が俺を助けろよ。未来の検事様」
「えー、どうしようかな?私は犯罪者を有罪にするのが仕事なんだけど……」
冗談混じりでじゃれ合う二人の仕様も無いやり取りを一歩離れて見守る刃は密やかに嘆息する。幼い頃から似たようなやり取りを続けて飽きないのか。との気持ちと、互いに真っ直ぐ打ち合う言葉遊びが楽しいのだろう。との気持ち。そして、羨ましさがほんの少し。
彼等と比すれば口下手に該当する刃では半分も言い返せないで応酬は直ぐ様止まってしまうだろう。唯一無二の兄を他人に盗られたようで、二人の仲の良さを羨んだ時期もあったが、可笑しな嫉妬で悩んでも意味が無いと理解してからは開き直ることにした。
「刃、俺と此奴、どっちが悪者見えると思う?」
「急になんだ」
応星が振り返り、やにわ刃に質問を投げた。
どうも、刃が呆れて思考を飛ばしている間も応酬が続き、どちらが悪人っぽいか。の、話になったようだ。
「悪者……、まぁ、腹黒そうなのはちびすけだな」
「えっ、こんなに愛くるしい私が腹黒⁉」
「ほら見ろ、お前の方が悪巧み得意そうだしな」
「悪巧みと言うか、此奴は、戦略ゲームが得意だろう?相手の取るだろう行動を何パターンも考えてそれに合わせた行動を先んじて起こせる。知略を要する物に対しては物凄く強いから見方によっては。と言う意味だ」
応星と取っ組み合い擬きをしていた景元は、膨れていた顔を晴れやかにし、刃に飛びつく。
「やっぱり刃は私を解ってくれてるよねぇ」
猫のように景元が刃の首元に擦り寄り、癖のある柔らかい髪を顎に押しつける。
剣の才はない。と、断言されたものの、幼い頃から片鱗を見せていた賢さは周囲の群を抜いており、この国に飛び級制度があれば瞬く間に大学まで行けただろう頭脳の持ち主である。
「ずっと一緒に居るんだから当たり前だろう。応星だって巫山戯過ぎているだけで解ってる……」
「やったー。お兄ちゃん達大好き」
巫山戯っぷりは景元も負けていないが、年下特有の小賢しさにて年長者から学習しているだけであり、要するに応星が悪い見本なのだ。意固地な部分がありながらも努力家で気が優しく、周囲をよく観察している彼は方々から慕われており、悪人とは縁遠い人間だ。
「腹黒は言い方が悪かった。寧ろ、小さい頃からきちんと目標があって凄いと思う……」
景元は幼い頃から両親に憧れて検事を目標としている。
応星も夢に向かって行動し、懸命に学んでいる最中であり、三人の中でただ一人、夢も目標もなく、ただ無為の日々を過ごしているのは己だけ。
応星は手先が器用で刃はどことなく不器用、成績事態は特に悪くないものの景元のようにずば抜けてはいない。二人と比べて体力はあるが、本格的に運動競技や武道を学んでいる者と比べれば果たしてどうか。現に、師範である鏡流相手に一度も勝ち星はない。
他人と比べる必要は無い。自分は自分だ。などと綺麗事を言われたとて、自身が何もかも中途半端に思えて、劣等感や自己嫌悪に陥ってしまっている。
「刃、何か落ち込んでる?」
巫山戯てじゃれつくのを止め、景元が真剣な面持ちで刃の顔を覗き込む。
相変わらず聡い。
「え、お兄ちゃんにも言えない悩み?」
応星まで刃の肩を抱き、夏場に大柄な人間が絡み合って暑苦しいことこの上なく、二人を引き摺るように歩を進める。
「来年には進路を出さないとだろ?お前達と違ってやりたい事もないし、どうしたものかと……」
無駄に隠すと隠しただけ長びくのだから、察知されたのなら素直に白状するが得策。身を以て知っている刃は素直に真情を吐露し、左右に目配せをする。
「そっかぁ……、解らんじゃないけど。俺も壊炎先生に会うまでは特にやりたい事もなかったしな」
「じゃあさ、警察官とかどう?最初の交番勤務だけど、その内、刑事課に異動して、検事の相棒になって悪者を追い詰めていくんだよ。刃が異動出来る頃には私は検事になってるはずだからさ、一緒に働こうよ」
「なんの本を読んだんだ?」
何に影響を受けたのか苦笑する刃に『真剣に言ってる』そう、景元は不満げに鼻を鳴らす。
「刑事課は、所謂殺人だろう?グロテスクな物をわざわざ見たくないんだが……」
「それは、凄惨な現場がトラウマになって、辞める人も居るらしいから……、強制は出来ないけど……」
「警察は、体鍛えるために剣道習うんだろ?刑事になるかは置いておくとして、お前体格いいし合うんじゃ無いか?」
又聞きの話を景元が思い出し、応星は当座の目標としても遜色ないと勧める。
「公務員だしな、一考の余地はあるか」
「一緒に働けるといいねぇ」
「そういう機会が出来たらな」
現実的で悪くはない選択肢に思え、刃が考え込んでいると、景元がごく自然に手を繋いでくる。賢いとは言え、まだ十二歳程度。甘えたいのかと放置していれば、互いの家が近づいてくる。
「一回風呂入ってから、うち来るか?」
「そうするかなぁ、だらだらしてたら寝そうだ」
応星に促され、景元が自宅に入ると家政婦の女性が迎えてくれる。
この女性も、長年、我が家を支えてくれている一人で、仕事とは言え良く辛抱して面倒を見てくれていた。
「剣道着は置いてていいですよ。洗っておきますので」
「あ、いつもすみません……」
「いいえー」
まだ幼い時分は、もっと厳しかったように思えるが、景元が応星達の家で世話になるようになって負担が減ったからか、一気に優しくなった。
「お風呂入ったらあっち行くんで……」
「はい、もうお風呂は溜めてありますよ」
準備の良さに舌を巻きながら、景元は汗を流して碌に髪も乾かさないまま、胡麻に与えるおやつを握り締めて応星達の家に向かう。
「お邪魔しまーす」
いつもなら、玄関で声をかければどちらかが出迎えてくれ、そのまま上がり込むのだが、返事もなく静かで不信感を抱いた景元が音を立てないよう靴を脱ぎ、拳を固めながら恐る恐ると居間へと向かう。
「どうか、した?」
果たして、二人とも居間の床に座り込んでいたが、景元の声に振り向いても不安に包まれた表情は晴れなかった。
「胡麻が、ご飯をほとんど食べてないみたいで……」
「え、夏バテかな……、ほら、おやつだよ。大好きだろ?」
景元が知る限り、胡麻は偏食の気はあるものの食用旺盛な猫である。特に美味しいおやつに関しては、寝ていようが取り出す音が聞こえただけで即座に飛び起き、大声で鳴きながら駆け寄ってくるほど。それを期待して猫用の寝床で丸くなっている胡麻へ、景元がペースト状になったおやつを見せる。
一週間ほど前だったか、景元が食べさせた最後の日は美味しそうに食べていた。それが、ちら。と、見ただけで溜息を吐きながら寝床に伏せる。
「お母さんに連絡して、病院連れて行こう」
「いつも行ってる病院に向かうバスが都合よくあるかどうか……」
「私が貯めてるお小遣い全部持ってくるから、最悪タクシー使おうよ」
応星が提案し、刃が懸念材料を口にして景元が解決策を出す。
三人で見つめ合い、互いに頷くと応星がスマートフォンを出して母親と連絡を取り、刃がキャリーバッグを出すために動き、景元は家に戻って特に使い道も無く、長方形の紙箱に貯めておいたお金を箱ごと握って蜻蛉返りをする。
三人でバス停まで走り、折良くバスが来たため、人が降りるのを待ってから飛び乗る。
帰宅時間とあって乗車している人間は多く、大きなキャリーバッグを抱えて通路に立つ景元等を睨む者もあったが、胡麻が普段と違う景色に不安を覚えたのか、小さく鳴く声に溜息を吐いたのみであった。
「最近、ご飯あんまり食べてないのか?」
「あぁ、もう十三か十四歳くらいだし、食べる量は減ってたけど、こんなに食べてないのは初めてだ」
主に世話をしているだろう刃に景元が小声で訊けば、胡麻の体調不良に気づけなかった自責を感じるような声色で返す。人間で言えば既に七○歳前後の年齢で、体力や食欲の減退も有り得る事だ。身内は誰一人として刃を責めはしないが、自分で自分が赦せないのだろう。
「私達は次で降りるから座って良いよ」
仲の良さそうな赤髪と栗毛の少女二人が結い上げた長い髪を揺らしながら颯爽と立ち上がり、キャリーバッグを大事そうに抱える刃を座席に押し込み、
「けいちゃん、スタバ寄ってこー」
「いいねー」
そんな軽口を叩きながら停留所へ着いた瞬間、一陣の風のように素早く降りていった。
刃が座る席の隣も空いたため、応星に座らせて景元は二人の少女等を眼で追う。本来は降りる停留所ではないはずが、気を遣わせてしまったのか考えたものの、じゃれ合いながら弾けるような笑顔を見せる少女等からは窺い知れない。
程なくしてバスが出発し、景元の視線はキャリーバッグを抱き締めて俯いている刃へと注がれる。応星自身も、落ち着かなくはあるだろうが刃の背中を宥めるように撫で、どうにか平静を保っていた。
病院で診て貰って、直ぐに元気になればいいな。
胡麻も心配だが、悲しそうな二人を見ているのも辛い。
そんな希望的感傷を抱きながら、流れる町並みを眺めて景元は出てきそうな嘆息を堪え、お金の入った箱を握り潰す。せめて財布に移してくれば良かったかとは思えど、それではバスに間に合わなかった可能性も考えれば、こんな一時の恥など無いにも等しい。
バスが目的の停留所へと着き、応星と刃は定期で、景元はお金を払って降りる。
いつも通っている病院は人が多く、数時間待つのも当たり前なのだが、受付で刃が症状を伝えると直ぐに奥へと入り、二十分も待っていれば順番が回ってきた。
「前回より体重が落ちてますね。いつもきちんとお座りしてるのに、今日は伏せてしまってますし、相当具合が悪いようなので、血液検査と、お腹に異物が無いかレントゲンを撮ります」
「はい……」
病院の診察室は決して広くはなく、医士と助手が必要な場で大男が三人も居ては邪魔になるかと景元と応星が外に出て、刃が主となって医師の話を聞く。
待合室の隅で立って待つ二人も落ち着きがなく、もぞもぞと足を動かし、視線を彷徨わせて壁にあるポスターを読んだりと忙しない。
「軽い夏バテならいいなぁ……」
「うん、まぁ……、遊んでても直ぐ疲れて寝始めたり、走り回ったりしなくなってたから年齢的にも。とは思ってたけど、実際こうなるとしんどいな……」
「うん……」
景元も毎日、胡麻に会って可愛がってはいたが、最近よく寝てるな。程度で深く考えてはいなかった。或いは、あり得る未来から無意識に目を逸らしていたものか。
硝子戸越しに見える診察室の空気は重々しい物で、血液を採るために毛を剃られ、痛いのか悲鳴じみた声を短く上げながら逃げようとするも、押さえつけられている胡麻が見える。
検査のためとは言え、本猫的にはただ痛い思いをさせられているとしか考えていないだろう。採血が終わっても、物悲しげに鳴く声が扉越しに聞こえて心が沈んでいく。
更に十分ほどが経ち、胡麻をキャリーバッグに入れた刃が診察室から出てくる。
「後は待っててくれだって」
むぅ。と、小さく鳴く胡麻を慰めるようにキャリーバッグの中に手を入れて刃が撫でる。
それから三十分ほど、誰も口を開かないまま再度呼ばれ、三人はレントゲンを見せられた。
「胃に異物が見えるんだけど、さっき触った感じ硬い物ではないみたいだから、食べた物が上手く消化できていないか、毛が溜まってるんじゃないかと思います。食欲不振だけでなく軽い脱水も見られるので、消化を促進させる薬を入れた輸液をしておきます」
異物を取り除く手術も考えたが、年齢的に落ちた体力で麻酔や手術に耐えられるか疑問で在るため、推奨は出来ない。医師がそう締めくくり、胡麻は再び診察台の上に召喚され、痛い思いをしたため不機嫌で、具合の悪さも手伝って唸っていた。が、医師はものともせずに背中に針を刺し、助手と交代すると奥の部屋へと入っていった。
「皮下点滴なので、暫く背中がぽっこりしてますけど徐々に吸収されるので心配しないで下さいね。後、皮膚を引っ張って、余り伸びなかったら脱水サインなので細かく確認して上げて下さい。嫌がるかもしれませんが、スポイトやシリンジで口に餌や水を与えるのも有効です」
「解りました」
神妙に刃が返事をすると、看護師は唸る胡麻の頭をそっと撫でる。
俺は不機嫌だ。そんな訴えをする胡麻だが、元々の気の優しさから撫でる手を引っ掻く、噛み付く、暴れるなどの行為はしない。
「んー、頑張ったね。終わりだよー」
点滴の中身がなくなると、直ぐに針が外され、胡麻は診察台に置かれたキャリーバッグの中にいそいそと逃げ込むと、『もう、帰ろう』そう言いたげにむぅむぅ鳴いていた。
点滴を片付ける助手の女性に感謝を伝え、待合室で再度待つ。
自身が払うなどと豪語はしたが、果たして足りるのか別の不安が景元を襲いだし、何度も無意味に箱の中をちら見する。
「あの、いつも来てる病院だか、理由を言えば支払いは待って貰えるかも……」
「私も胡麻のために何かしたいんだよ。やらせて」
刃が気遣いの言葉をかけるも、長年、特に使いもせずに貯めていたお金はこのためにあったのだ。動物病院が幾ら高いとは言え、万が一のために貯めていたお金は少なくはない。
「悪いな。少しずつ返すから……」
普段、喧嘩友達と表現してもいい応星までもが神妙になり、景元はむず痒い心地となる。
「私は君達と血は繋がってないけど、兄弟同然だと思ってる。胡麻だって大事な家族なのに、こう言う時ばっかり仲間はずれにしないでよ」
景元の言葉に、応星は息を呑み、
「そうだな……、お前も大事な弟だよ」
やや場に似つかわしくない、はにかんだ笑顔を見せた。
「なら安心して任せてよ」
刃と応星が頷き、景元は胸に溜まっていたものが流れ出ていくような心地となった。
程なくして受付に刃が呼ばれ、揃って受付に並べば心配そうな面持ちで診察代が提示され、財布ではなく箱からお金を出す行為が少々気恥ずかしく感じつつもお金は十分で景元は胸を撫で下ろす。
「胡麻、少しは楽になってると良いけどな」
「そうだなぁ、腹に何入れてんだよ、お前……」
「出てくるといいが……」
動物病院を後にして、夕焼けに照らされながらバス停までぷらぷらと歩きながら思い思いに語り、停留所で座ってバスを待っていれば、
「あ、母さんだ」
応星のスマートフォンから呼び出し音が鳴り、事の詳細を母親に伝えていく。
診察代を景元が支払った事実に驚いてはいたものの、応星が彼の言葉を伝えれば納得したようで、『解った』それだけを返した。
「車で迎えに来るから、日の当たらない場所に避難してなさい。だってさ」
近くの大型店舗に移動し、軒先を借りて三人は母親を待つ。
程なくして母親の車が到着し、三人は涼しい車内で一息吐いていた。
「帰ったら何食べたい?ピザでもとって食べる?」
まだ自立していない少年達だけでやや無謀ではあれど、自ら何が適切かを考え、行動を起こすようになった子供等の成長に喜びながら家に着くと涼しい場所に胡麻を連れて行く二人を尻目に景元を呼ぶ。
「けー君、お金代わりに出してくれてありがとね。返すから金額教えてくれる?」
「でも……!」
「けー君の気持ちは判ってる。これはね、あの子達がお金を出しててもやった事だから、素直に受け取って欲しいな。子供にお金出させて知らん顔は大人として出来ないわよ」
完全に納得は出来なかったが、『子供にお金は出させない』主張をされれば頷くほか無かった。
景元が診察の領収書を渡し、受け取った母親は微笑みながら頭を撫でる。
「大きくなっても優しいままの君でいてくれて、私は嬉しいよ」
「応星や刃が居てくれたから……」
二人に出会うまで、景元は余りの賢しさに気味悪がられ、或いは揚げ足とりばかりの小賢しい子供と敬遠されてきた。大人とも、同年代の子供等とも上手くいかず、孤立していた。ある種開き直ってはいても寂しさは付き纏うもので、受け入れてくれた二人が居なければ、周囲を見下しながら思考が偏り世を拗ねた人間になっていた可能性もある。
「私は、皆が大好きだから、役に立ちたい……」
「役立つとか、立たないなんて二の次で良いのよ。家族なんでしょ?一緒に居て楽しい。幸せ。だけでいいの」
母親が景元の汗で湿った髪を掻き回し、背中を押して二人が居る今へと送り出す。
動物病院でのレントゲンに血液検査、輸液。
母親の手にある領主書は大人でも息を呑む金額になっている。
それを、まだランドセルを背負っているような年齢の子供が覚悟を持って支払いをしてくれたのだ。報いなければと思う。
ポストに入っていたピザ配達のチラシを持ちながら、胡麻を囲んでいる三人の元へ行き、何を食べるか聞きながら微笑むのだった。
▇◇ー◈ー◇▇
家でも看護をしながら三~四日に一度は病院に行き、脱水を防ぐために輸液をして貰にいくも、一ヶ月近く経っても胡麻はこれといった改善が見えなかった。
医師も、悩みながら栄養剤の投与など、あの手この手で対策はしてくれているものの今日のレントゲンでも胃で頑なに鎮座する異物は小さくなる事も無く、このままであれば腸閉塞を起こす可能性もある。しかし、体力が落ちた状態では麻酔だけでも危険が伴い、手術は患畜の体力を大きく奪ってしまうため成功したとしても後の保証が出来ない。と、沈痛な面持ちであった。
「胡麻、おやつだよー」
病院で疲れた胡麻へ、大好物であるペースト状になったおやつを景元が差し出せば、指に掬い取った分だけを嘗めて直ぐに伏せてしまう。
「もっとあるよ……?ほら」
棒状の袋を差し出しても、匂いを嗅ぐだけで目を閉じる。
体重もこの一ヶ月で半分近く減り、触れれば被毛の直ぐ下に骨の硬さを感じた。
「胡麻、食べないと死ぬぞ」
刃が声をかけながら景元からおやつを受け取り、やや強引に口の中へと押し込む。むちゃむちゃと咀嚼はしているが、呑み込むまでにも時間がかかり、疲れたように大きく息を吐く。
「胡麻、ほら……」
刃が再度、食べさせようとするも、胡麻は前足で顔を隠して嫌がる。食い意地の張った胡麻が食事、ましておやつを拒否するなど、今までならば有り得ず、刃は無言で項垂れて手を硬く握り込んだ。
薄らと刃の視界が滲み、温い水が頬を伝う。
きつく引き結んだ唇が微かに震え、景元の前で在る事を意識して涙を止めようと尽力しても止まらず、次々と溢れて胡麻の寝床を濡らしてしまった。
まだ死んだ訳ではないのに情けない。そう一笑に付してしまおうとしても、喉が引き攣って声が出ず、呼吸が乱れるばかり。景元の顔も見られずに、俯いてれば温かい手が顔を拭い、髪を撫で、背中に置かれる。
「すまん……」
「ごめん……」
絞り出すように刃が謝罪を口にすれば、景元の抱き締められ、同じように謝りながら鼻を啜る音が聞こえた。徐々に命の灯火が消えていく様を見て、心が苦しくならない者は居ないだろう。それが、身近な者で在るならば尚更。
刃が景元と同じように背中を撫で、互いに慰め合う。
「ただいまー」
玄関から声が聞こて二人は慌てながら離れ、買い物袋を下げて居間へ入ってきた応星と母親を見やる。
「何買ってきたんだ?」
「新しいエネルギー食?」
少しでも栄養を取らせようと、水分が多い物や、高カロリーの療養食を胡麻に与えていた事は応星も知っている。
「今からべそかいてるお前等に言うのもなんだけど、余所の国じゃ大事な家族の最後に、とびきり美味しいものを上げたりするんだって。本当は食べさせちゃ駄目な奴とか。それはちょっとどうかと思ったから、めちゃくちゃいい牛肉買ってきた」
涙ぐんでいる景元と刃を茶化す応星も、説明しながら瞳は滲んでおり、一息に言い切ると思い切り息を吸い込んで逃げるように台所へと向かう。
「母さん……」
「どんなに悩んでも行動しても、どうやったって後悔は来るから、せめて思いつく限りの事はしてあげようと思ってね」
目を擦る刃と景元の頭を母親はそれぞれに撫でていれば、ものの数分で応星が戻ってくる。手には、胡麻が呑み込み易いように出来得る限り小さく切って焼いた肉が紙皿に乗せられていた。
「とびきり美味い肉だぞ。一口でも食べてみないか」
応星の呼びかけに胡麻が目を開け、差し出された肉の匂いを嗅ぐ。興味は持っているようで、小さく口を開けた隙に腔内へと放り込むと、ゆっくりとだが味わっているようだった。
「いっぱいあるからな」
次の肉を準備し、呑み込むまで皆が見守る中、胡麻が唐突に立ち上がると、全身を震わせて嘔吐く。
「ごっ……、だ……」
突然の動作に肉が駄目だったのか、もう最後なのかと応星が青ざめていれば、酷く餌付いた後、胡麻は口から大きな塊を吐き出し口の周りを嘗めながら息を吐いた。
「なんだこれ……」
刃が吐き出された物をまじまじと見詰め、首を傾げる。
茶色い欠片は今し方食べた肉。どろっとした色つきの物はおやつだろう。一見、真っ黒な極太のソーセージにも見える物体を八つの眼が真剣に眺める。
「毛か、これ……」
「嘗めた時に呑み込んだ毛が胃の中で絡まって、塊になって出て来なかったのが今出てきた。って事かな……?」
人間達が自らが吐き出した物で真剣に議論する中、胡麻は応星の持った紙皿を叩き落とし、床にばらまかれた肉を美味しそうに咀嚼する。
「食ってる……」
「食べてるな……」
応星と刃が、胡麻が夢中で肉を食べる姿に声を震わせ、その後ろで景元や母親も唖然としながら見守った。
「まだ食べたい?あ、おやつあるよ」
景元が試しにペースト状のおやつを絞り出せば、以前と同じように食らいつき、半分ほどを食べると顔を洗いながら口の周りを満足そうに何度も嘗めてる。
吐き出された胃の内容物はビニール袋に入れて保管し、翌日、柔らかくふやかした物ではあるが、以前と同じように食事をする胡麻の様子に一同感動する。
体調を見て病院に連れて行けば、胃の中にあった異物は見事に消えており、吐き出された毛の塊を見て医師も驚いていた。
「こんなに大きい塊、良く吐き出せたね」
診察台の上で香箱を組んでいる胡麻の頭を優しく撫で、語りかける医師。吐き出された塊は、資料として預かるとの申し出があり、胡麻の毛とは言え、消化液まみれの物など捨てる以外の選択肢がないため快く提供する。
「まだ油断は出来ませんが、食事が出来るようになったなら様子見で大丈夫でしょう。心配ならビタミン剤を投与して輸液をしておきますがどうされますか?」
「うーん、水は飲んでるけど……」
「まだ前ほどは食べられてないので、お願いします」
医師の言葉に皆が安堵の吐息を吐き、輸液が終わって診察台にキャリーバッグを置いても入らず、胡麻は近くに居た応星によじ登ると腕の中で満足の鼻息を鳴らす。
「甘えられるくらい元気になったんですね」
「不調だった時期を取り戻すみたいに甘えてきます」
刃の科白に医師は表情を綻ばせ、甘えたいのに可哀想だが。を前提にしてキャリーバッグへ入る事を促す。待合室に出れば大男二人とその陰に立つ男子の集団に驚く待合室の面々を尻目に気の抜けた表情で待ち、お金を払うと駐車場で待っていた母親と合流する。
刃や応星、景元が代わる代わるに報告をし合い、耳を傾けながら微笑んでいた。
「よーし、今日はお財布痛い痛いデーって事で、奮発して家で焼き肉しよっか。胡麻にも分けてやれるしね」
母親の宣言に息子等は湧き、スーパーへ行くと応星が母親から財布を預かり、刃がカートを押しながら、景元がタレや具材など必要な物を入れていく。
「応星、あの時、胡麻にやった肉って凄く良い肉だよな?」
「うん、なんか俺の作品買ってくれた人が居て、それで滅茶苦茶、高いの買った。シャトー何とかって言う。掌くらいの大きさで万する奴」
籠に入った肉を見て、三人は無言になる。
決して粗末ではないものの、一般的な肉の価格でとんでもない高級品ではない。
「胡麻、食べるかな?」
「一度味を占めたら戻れないんじゃないか?」
「確かに美味そうに食べてたな……」
最後と思っていたのが思わぬ延命効果を得られ、喜ばしい出来事であるが、そんな高級品を食べた後に普通の肉で満足するのか。誰も言わないが、心の片隅に引っかかるものを感じながらスーパーを後にした。
結論を言えば、最初こそ小さく切り分けられた少量の牛肉に飛びついたものの、首を傾げつつ『なんかこれじゃないな』感を出しながら完食だけはした胡麻であった。
【その四】
