・甘えん坊龍尊
・一見ドライっぽく見えるけどでれでれ応星
・短文
・読まなくても良いけど『触らぬ龍に祟りなし』の続きっぽい感じ
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触らぬ龍に祟りなし:(モブから見た楓応)
仙舟に住む長命種の殆どは良く言えば大らか、悪く言えば鈍間。
個々の性格にもよるが、時間の感覚が実に悠長に過ぎ、短命種の応星はせっかちだと良く揶揄される。
どれだけ悠長かと言えば、知り合った短命種がいつの間には数十程度歳を取っていた。なんなら鬼籍に入っていた。などと言うほどなのだ。
狐族で三百年。持明族は五百年から千年。天人に至っては千年から三千年は生きるのだから、短命種の百にも満たない年数など羽虫のような寿命に感じるだろう。
だのに、こいつときたら。
応星の朋友であり、持明族の長である丹楓。
この男はたった一週間。日数にして七日程度だ。所用で羅浮を離れていただけで幼子のように応星を羽交い締めにして背中にくっついている。顔も見れない数十時間が余程、寂しかったのか、嫌な事でも在ったのか人を抱き抱えて肩にぐりぐりと頭を擦りつけ甘えてくる。百年以上は優に生きている大の男が。と、思わなくもないが、長である立場上、こうして甘える事など許されなかっただろうと思えば容認してやるのも甲斐性だろうか。
「俺に会いに来たのはいいにしてもさ、いきなり人を抱えて居座るのはどうかと思うんだよなぁ」
応星は覚書用の手帳を閉じ、筆の持ち手で丹楓の頭を突くが返事もしなければ微動だにしない。
いつかも、仮眠をしていたらいつの間にやら征伐から帰ってきた丹楓が同じ寝台で寝ていた。寝ているだけならまだしも、腕、足、龍尾でしかと応星を羽交い締めにして動けなくしている始末。
便宜上、部下となっている百冶代理殿に見られた挙げ句、嫌な釘刺しまでされてしまい、応星は原因を作った丹楓を少しばかり恨んだ。ただ、その際も、忌み物との戦いで相当に嫌な物でも見たのだろうとして慰めるに徹したが、それに味でも占めたのか都度都度、構われたがり甘えに来るようになってしまった。
「あのさぁ、仕事にならんのだが」
抱き締められて、かれこれ一時間。
当然、なんの作業も出来ないままだ。
短命種である応星にとって、時間は貴重だ。
何某かの用があるなら速やかに申し出て欲しい。
「そろそろ仕事させてくれないかなー」
動けない間も、せめてと着想を纏めた簡単な覚書きくらいはしていたが、それももう飽きてきてしまった。
「たーんふーさーん?もしもーし?」
筆で突くのを止め、自身も側頭部を丹楓の頭に擦りつけ、反応を促してみるが声は発さずに抱き締める腕に力が込められた。
要望があるとしても自ら話そうとしないため、何をどうして欲しいのか現状全く判らない。口にしないのならこちらから促して欲しいのか。これも、一種の甘えなのだろう。
実に厄介な甘え方をする御仁です事。と、応星は溜息を吐きたくなるも、単一存在として転生を繰り返す持明族に家族の概念はなく、情深くありながら感情を表に出さぬよう龍師から厳しく躾けられた彼は単純に考えても甘え下手であろうと想像に難くない。
方法がどうであれ、兎にも角にも構ってやれば満足するのか。
このまま放置していても開放はして貰えそうにない。
ならば。
「仕事させて貰えないなら家に帰ろうかなー」
応星の言葉を発せば、丹楓が待ってましたとばかりに立ち上がった。甘えつつ応星が根負けするまで待っていたのか。全く呆れる我が儘ぶりである。
「このまま帰るのか?」
「無論」
やっと言葉を発したかと思えば、応星を抱えたままいそいそと連れ帰る丹楓。
工房に居た部下達は丹楓に抱えられて連れ去られる応星を見ても止めない。『またか』と看過する。寝食を疎かにして命を削るように作業を続け、倒れるか疲労困憊で丹楓の元へと強制送還される応星を、工造司の住人であれば誰もが見知っているせいだ。
そうでなくとも、持明族の龍尊を諫められるような人間など龍師くらいだろう。応星は抵抗を諦め、丹楓に凭れると構って貰えた喜色故かほんのり赤くなった長い耳を見て苦笑する。
表情には出ずとも、感情の高ぶりによる体温の上昇は流石に龍尊と雖も誤魔化せないようだ。
家に着いたら、何を話そうか。
或いは、きつく抱き締めながら頭でも撫でてやろうか。
声に出さないまま口元を緩ませながら、応星は黙って運ばれていくのだった。