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スターレイル用

とある役人の災難


・モブ視点から見る楓応
・モブが出しゃばりまくってて楓応はぼちぼち
・スマートに護るのもいいけど、泥臭いのもいいよね。って話



 平穏無事な俺の地衡司役人としての人生が終わったかも知れない。
 これだから工造司の職人共は!と、内心ぶち切れながら目の前の工房。いや、工房があった場所を眺める。

「で、なんでこんな事になったんだ?」
「いやー、絡繰りが急に暴走しちゃって」
 失敗を恥じているのか、首を傾げながら頭を掻くこいつの顎を叫びながら殴り抜いてやりたい。赦されるのであれば、半殺しにしてやりたい。そして幽囚獄へと送ってやりたい。
「もう一度訊くが、中に居たのは……、持明族の龍尊と、職人の応星で間違いないんだな?」
「そうですね。応星がここの工房の中で作業してて、龍尊様が訪ねていらして、その後に事故が起きまして」
 あぁ、ほんと、飄々としながら説明するこいつを蹴り飛ばしたい。
 建物が忽然と消えたり、絡繰りの暴走は、ある種、工造司の名物とは言え、龍尊は持明族の長。このままでは仙舟人と持明族の種族問題に発展しかねない上に、応星とやらも最近何かと話題になってる奇物や武器作りの天才の名前じゃないか。しかも殊俗の民だから、万が一があったら殊俗の民を管轄している機関にも『他の職人が嫉妬から悪意を持って排除したのでは無いか』との余計な嫌疑をかけられかねない。仙舟人は殊俗の民を軽んじる傾向があるから余計に言い訳がきかない。
 自分がどれだけの人物を巻き込んでしまったのか、それがどれだけ危うい問題を抱えているのか、自覚していないこいつの頸を差し出すだけで自体が収まるならそうしたい。

 聴取のために持っている筆が震える程度には怒り心頭で、運が悪ければここら周辺を担当している俺の人生も詰む。馬鹿みたいに長い仙舟人の人生。これからどう過ごそうか。なんて悲観的な想像まで始めてしまった。
「座標出ました!」
 一分一秒が一時間にも感じる苦痛の時間。
 磁場を確認してくれていた同僚が高らかに叫び、俺の心は少しばかり軽くなる。
「ど、どこだ⁉」
 仙舟同盟のいずこかであれば行幸。
 だが、それなら直ぐに別の舟から直ぐ連絡が来るはずだから、せめて近辺の安全な惑星であってくれ。との祈りも虚しく、比較的近辺ではあったが巨獣が闊歩する危険な惑星の座標が示されて頭を抱えた。地面と空気がある場所なだけまし。そんな楽観視も出来やしない。
「あ、見つかったんだ。良かったー」
 もうお前黙れや。
 俺の目が血走って拳を握っている事に気がついたのか、へへ。なんて引き攣った顔で笑っているのがまた、腹が立って腹が立って。ぶち転がすぞ。
「早急に雲騎軍と天舶司に連絡して迎えに行くぞ!」
 馬鹿の捕縛は他の同僚に頼み、天舶司へと星槎に乗って走る。

 ▇◇ー◇ー◇▇

 高速船に乗り、辿り着いた惑星は鬱蒼とした樹林が広がっており、至る所に肉食と見られる巨獣の姿が見え、俺の小さな心臓が悲鳴を上げている。
「どうか無事で……嵐様、龍様、彼のお二人をお護り下さい」
 そして、俺の人生もついでに護って下さい。
 窓から地表を見下ろしながら手を合わせて祈り続ける。
 龍尊は相当な武力を有しているのだから、巨獣如きと思わなくはい。しかし、もう一人の方はどうだろうか。職人ならば戦闘は不得手かも知れない。

 ただでさえ短命種を嘲って見下す持明族が面倒を見るとも思えないし前途多難に頭を抱えるが、記憶を探って不意に光明が見えた気がした。なんせ、わざわざ工房を訪ねてるくらいだし、他の持明族はともかく龍尊は案外、殊俗の民に寛容だったりしないだろうか。
「短命種の方、大丈夫ですかね。重力やばいですよここ。舟がめちゃくちゃ引っ張られてる……」
 操舵手が汗を掻きながら操縦桿を握り締め、計器の数値に生唾を呑み込む。
 不朽の力を持つ龍ならばまだしも、仙舟の重力に慣れたただの人間が反重力装置もなく動き回れるような重力ではないらしい。この惑星の生き物は、その重力に適応して体重を支えるために巨大化、骨も太く頑丈で筋肉は分厚く、外骨格を纏った進化を果たしているため、強さは生半可なものではないだろう。
「龍尊もさ、生きてると思う?」
「怖い事言わないで下さい!龍尊になんかあったらまじで内乱起きますよ⁉」
 俺が操舵手に恐る恐る訊くと、悲鳴のような甲高い声で反発が返ってくる。そうだよね。そう思うよね。これは人生終わった。
「あっ、あそこ、なんか水柱……⁉捉えられた座標の近くです」
 操舵手が叫ぶ。
 樹林の境目から、水場もないのに巨大な水柱が見えたらしく、目の前が明るくなった。
 水を操る能力は龍尊で間違いなく、彼が生きてて内乱が起きなければ、もう後はどうでもいい。
「水柱の見えた場所まで全速前進!雲騎軍の方々も戦闘準備をお願いします!」
 船内放送で通達を流し、俺自身も器具をつけ降下準備を始める。
 一役人がここまでする必要があるかは解らないけれど、今が無事でも、『もしも』があれば頸が飛ぶのだからヤケクソにもなる。

 雲騎軍と共に降下し、地表に降り立てば反重力装置をつけてやっと動けるくらいだ。
 俺たちが降り立って直ぐ、何かの咆哮が聞こえ、耳をつんざくような轟音と共に雷が発生し、重い物が倒れる地響きがした後で人間の形をした龍がこちらに近づいてきた。

 険しい表情で酷く汗を掻き、足も限界なのか引き摺っている。
 それでも、しっかりと一人の人間を抱き抱えたまま、放そうとしない。
「龍尊様!」
 慌てて反重力装置を龍尊の腕に装着し、次いで抱えられていた人間にも装着すれば、幾分、荒い呼吸が落ち着いた。
「さ、早く舟へ」
「あぁ……」
 酷く疲労した声。
 重さが何十倍にもなる惑星で、人を抱えながら巨獣を倒した。
 流石は龍尊と言った感想になるが、応星を自分の体に布で縛り付け、更に龍の尾まで巻いて支えながら両腕に抱き込んでいる様子は、さながらおとぎ話で語られるような、自分が死んでも宝物を護ろうとする龍のようだった。

 俺が時折見かけた龍尊はいつでも無表情で、何事もそつなく熟し、道理や義理は重んじれど、この世の全てをつまらないと達観しているような印象だったが、たった一人の人間のために、ここまで必死になれる人物だったとは予想外過ぎた。死なない程度に護ってくれていればいいな。くらいは考えたが。
「た……」
 応星が何かを喋ろうとするが、龍尊が頭を撫でて止める。
「喋るな、骨があちこち折れている」
 自分だって相当な疲弊状態だろうに、語りかける声は穏やかで、見詰める眼も優しい。
 龍尊って、こんなに慈悲深い人だったんだなぁ。今まで誤解してた。

 舟に乗っても龍尊は応星を抱き抱えたまま。
 曰く、治療をしているらしい。
 龍尊の癒やしの能力は聞いた事在るけど、凄い美丈夫だし、あんな風に抱き抱えられて治されたら俺だったら照れちゃう。肝心の応星は骨折の痛みで気絶しているのかぐったりもたれかかって身じろぎもしない。
 龍尊の貴重なご尊顔をじっくり見られる機会に勿体ない奴だ。

 ▇◇ー◇ー◇▇

 例の騒ぎを起こした馬鹿は絡繰りの制作を今後一切禁じられ、反省を促すために五十年ほど禁錮されるそうで、何事もなく済んだから、終わり良ければ全て良し、などとは考えられない心の狭い俺は満足気に微笑みながら天上へ両の拳を掲げた。ざまみろ。
 俺は無事、龍尊と殊俗の民を回収した功績を認められて臨時賞与まで貰えたし、拳を掲げたままくるくる回って小躍りしたいくらい機嫌が良い。

 龍尊様、応星様、生きていてくれててありがとう。
 嵐様、龍様ご加護をありがとう。

「にっこにこじゃんお前」
「そりゃなー、一時はまじで因果殿に行った方がましくらいあったけど、もうこの世の全てが輝いて見えるぜ」
 同僚に揶揄られてもご機嫌な俺はるんるん気分で工造司の担当区域へ問題がないか見回りに行く。

 消えた工房は瞬く間に他の職人達の手によって建て直され、中にあった資材や物資も後から雲騎軍が回収してくれたそうだから、被害は工房一軒分の資材だけとみていい。
 大事になった割に、被害は最小だ。これも俺が機嫌が良い理由の一つ。

 お加減いかがですか?と、ばかりに件の応星が居る工房を訪ねて見るが返事がない。でも鍵は開いている。
「いらっしゃいますかー?」
 不用心だなぁ。一応声をかけながら入るが、矢張り返事はない。
 龍尊がしっかり治療を施したのだから、もう体は万全なはずだが、倒れていたら事だ。

 落ち着け、落ち着くんだぞ俺。

 また俺の小さく可哀想な心臓が緊張から痛み出す。
 深呼吸をしながら奥の扉を開こうとしたら、中から硬い物が倒れる音がして、うたた寝でもして慌てて立ち上がったのかとも思った。
 ここで入るのはあまりにも不躾で、暫し待ってみたが応答はない。頭に疑問符を浮かべながら、やっぱり倒れたのかと様子を伺うために静かに扉を開いて隙間から覗く。目の前に居たら気不味いな。とか思ってたら、龍尊が応星を作業机に押し倒しててびびった。
 応星が足をばたつかせてて、椅子が床に転がっている辺り、さっきの音は暴れて椅子を蹴ったのだろうと予測がつく。
「止めろつってんだろ!工房だぞここ……!それに……」
 応星はご尤もな事を言っている。
 自分の職場で不埒な真似されるのはちょっとな。
 でも、龍尊は構わず応星に口づけて、肉付きの良い体をまさぐっている。

 これは俺が退散すべきだ。

 見なかった事にして、それはもう静かに扉を閉め、
「応星さーん、いらっしゃいませんねー?」
 わざとらしく叫び、玄関扉を大袈裟に閉める。
 私は室内には入って居ません。私は玄関で待っててそのまま帰りました。とばかりの主張をしながら工房を後にする。

 龍尊が殊俗の民に慈悲深いんじゃなくて、応星が本当に彼にとっての宝物だったのか。
 あの頑張りも、丁寧な治療も納得納得。

 短命種な辺りが引っかかるが、応星が居れば龍尊は仙舟を大事にしてくれるだろう。逆に考えると、応星を蔑ろにすれば、間違いなくあの惑星の巨獣と同じ目に遭う訳だ。
 
 くわばらくわばら。

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