・短め
・まだ出来てない楓応
・下品な話をする応星
・ほんのりモブ応あり
・DT応星
・DTじゃない丹楓
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思いついたのは唐突だった。
不意に、持明族の女性との会話を思い出し、『此奴に性別の概念はあるのだろうか』と、持明族の龍尊、飲月君を前にして応星は考え込む。
件の女性は、
恋人に浮気された。
酷い。
私も浮気し返してやる。
百冶様、私と浮気して下さい!
等と、泣き喚きながら縋り付かれ、多少の事では感情を乱さない応星と言えど度肝を抜かれてしまった。
相手が仙舟人だから短命種。しかも、お飾りとは言え百冶を冠する工造司の頭目である。仙舟では見下される対象にされがちな短命種でありながら、立場は恋人の仙舟人よりも上であるため、良い当て馬になると考えたのだろう。
実に失礼な話であるが、応星に抱きついて感情任せに泣き喚き、服を脱ごうとする女性は否が応にも目立ち、工房にある製図室へ人が集まりだすは必然。工造司で働いていた例の恋人まで現れてとんでもない痴話喧嘩に巻き込まれて応星は疲弊した。無駄な時間の消費にも辟易した。
「お前、重いんだよ!子供が出来ない持明なら割り切った関係になれると思ったのに……」
浮気した分際で開き直る仙舟人の男を応星は殴り倒し、女性を宥めるために話を聞けば、持明族は子孫が成せないが故に好んだ相手へ一途な情を注ぐ気質らしく、気楽に長い生を満喫したい男には合わなかったようだ。
ならば、きちんと関係を断ってしまえば良い。その程度の筋も通さず、挙げ句に浮気では、裏切られた女性の感情は乱れに乱れもしよう。巻き込まれた事自体は迷惑であるのだが。
この時は、美しい顔を涙で濡らしながら、
「『魔陰に堕ちるまで君だけを愛してる』なんて言った癖に……、嘘吐きぃ……」
と、恨み言をつらつらと語る女性の言葉を『そうかそうか』と、懸命に聞いていただけなのだが、性別を超越したような種族の長に対し、応星は持ち前の好奇心が疼いてしまったのだ。
女性の言葉から、『魔陰に堕ちるまで君を愛する』が『死ぬまで大事にする』とする仙舟最大の愛の告白であり、持明族も所謂、異性と情を交わす行為をするのだと知った。
応星は既に成人済みであるが、今まで特定の恋人が居た経験は無い。故に、夜の行為に詳しくはないものの、朱明に居た際、年かさの先輩に見せられた春画からなんとなくは知っている。飽くまでも、なんとなくだが。
龍尊様も、あんな行為をするのだろうか。
女性の体を抱き締めて、互いの性器を擦り合わせるようなものを。
「何だ。人の顔をじろじろと……」
持明族の龍尊。
丹楓は軽く眉を顰めながら応星を見やる。
彼の邸宅に在る園林にて、言葉少なく杯を交わす事は珍しくないが、無言で凝視をするような不躾な真似は珍しく、流石に気になってしまったようだった。
「どう取り繕っても下品だから直球で訊くが、お前にちんこってついてるのか?」
訊いた瞬間、丹楓の普段から能面のような無表情が強ばった。
龍師や龍尊を崇拝する連中が聞けば、それこそ怒髪天をつくような不敬な発言だろうが、幸い、この園林には丹楓と応星、二人切りである。細かく言えば、園林の入り口に安全を守る見張りとして門番は立っているが、声を潜めたため聞こえてはいないだろう。
応星は酒器を傾け、芳醇な香りを放つ酒を口に注ぎながら丹楓の返事を待った。
珍しく動揺しているのか、丹楓は二の句が継げないらしい。
「はい。か、いいえ。で良いぞ?」
「はい……、だな……」
「ふぅん……」
自身でも、意外な程不満げな声が漏れた。
訊いておきながら返事を貰った瞬間、嫌悪に近い態度を取るなど最悪にも程がある。
「何なのだ、突然……」
ほんの数秒前まで互いの存在を、静かな空間を、天上に浮かぶ月灯りを享受しながら酒を嗜んでいた所へ、唐突に下品な話題が持ち込まれた挙げ句に問うた相手が不機嫌になったのだ。普段、感情が表面に表れない丹楓でも僅かながら動揺が見て取れた。
「んー、そうだなぁ、どこから説明したもんか……」
掻い摘まみつつではあるものの、発言に至った経緯を話せば丹楓は『そうか』と、だけ言って終わらせた。所詮は他人の色恋。特に言及する言葉はないのだろう。
「ま、それで少々気になった訳だ……」
「それで、何故、其方が不機嫌になるのだ」
「別に不機嫌には……」
「余は確かに他者の機微に疎いが、声色が沈んでおる程度、直ぐに解る」
「機嫌と言うか、なんつったら良いか……」
唐突に湧いた嫌な感情の原因を問われても、美味く説明できない己がもどかしい。
丹楓に男性器がついていたから何なのか。
応星は曖昧に呻るばかりである。
「其方は、余が女子にでも見えておったのか?」
「声も低いし、体格もがっちりしてんだからそれはない……、ついてんのかぁ。って……、思っただけ」
どうとも言いようのない感情が煤のように応星の心に膜を張る。
感情的には『なんとなく嫌』が一番近いのだが、何故嫌だと思うのか言語化が難しい。
「恋人とか、愛人とか……、居たりすんのか?」
「歴代の龍尊ではそのような相手を作る者も居たようだが、余に特定の相手は居らなんだな」
「そうなのか。じゃあ……」
「特定の相手は作らなかったが経験はあるぞ。色恋を利用した謀に陥れられぬよう教育の一環でな」
一瞬、何故か安堵し、華やいだ応星の表情は再び沈む。
「あ、そう……」
「経験がある余はつまらぬか?」
「そうだな。龍尊様が童貞だったら面白かったのに」
「ふん、愉悦を得られず残念であったな」
片側だけ頬を上げ、く。と、丹楓は笑い、応星は幼児の如く、唇を尖らせる。
もやもやとした可笑しな感情を飲み干そうと、応星は酒器へと並々に酒を注ぎ入れ、一息に呑み干すがどうにもすっきりしない。自身に性行為の経験が無い故に、丹楓が経験済みな事が気に食わないのか。だが相手は既に数百年生きているのだ。行為が出来る以上、無経験とは考え難い。そう頭は理解しているのに、感情が納得をしない。
男として下らぬ矜持故の嫉妬か。だが、性行為の有無で人間性が決まる訳でも、人間としての格が上がる訳でもない。『なんとなく嫌』が心の内を締めてしまい、このような幼子じみた感情を吐露も出来ずに応星は黙って杯を進める。
「あー、その、お前も遊んだりするのか……?こう、女呼んだりして……」
例の浮気男や、年かさの先輩が溜まっているから。と、性を売り物にする場所へ赴き、女性との行為を楽しむ事を放言していた事を思い出し、尋ねてみる。
「其方は、余程、余に経験がある事が気に食わぬようだな?」
「何と言うか、人より一歩引いてるどころか、天上から見下ろしてるような龍尊様が人間相手に興奮するのが、想像つかないって言うか……」
気持ち悪い。とはでは口にしなかったものの、解り易く顔に出てしまっていたのか丹楓が首を傾げる。
「随分と、余に清廉であって欲しいようだな?」
「だって、ふんふん鼻息荒くしてさぁ、べたべた触ったり……、お前もそういう風にするのかなぁ?っつーか……」
もごもごもごもご。口の回る応星にしては珍しく言い淀みながら、自身の少ない知識を元に零せば、丹楓が音もなく立ち上がる。
「どうした……?」
「応星、誰ぞに無理強いでもされたか?」
丹楓の手が応星の顎にかかり、視線を固定されたまま問い質される。
月明かりが逆光となり、丹楓の表情は良く見えないが白々と燐光を放つ瞳に見据えられ、応星は生唾を飲み込んだ。
「無理強い?」
「容認せぬ相手から、体に触れられたのかと訊いている」
「えぇ、っと……、あ、春画見てた先輩に面白がって胸揉まれたりはしたけど……」
応星は丹楓の質問から、『止めて』と、抵抗しても面白がって触れてくる先輩が嫌で気持ち悪かった。と、記憶の奥底に沈んでいた当時の感情を思い出し、無遠慮に触られる行為に対する忌避感の原因が判明すると共に、だから殆ど性の匂いを感じない丹楓が行為をする事が『なんとなく嫌』だったのだ。などと自己解決していた。
「その先はされたのか?」
「先?俺、男だぞ?」
「ふむ……、相手に知識が無くて良かったな」
応星の頭を一撫でし、椅子に戻った丹楓が酒を口に含み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ごめんって、変な事訊いて……」
「それは構わん」
構わないなら何故、解り易く不機嫌になるのか。
次は丹楓が感情を暗くし、原因が分からないまま無為に時間が経過する。
丹楓が応星を密かに想っている事と、『なんとなく嫌』が無自覚な恋情による悋気だと彼が気がつくまで、もう少々時間がかかりそうだ。