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スターレイル用

龍を変じさせたる者


・楓応というか楓→応
・モブ→応もある
・まだ威霊の挽章~、飲月同行やってない上での妄想になります。齟齬があっても笑って流していただければ幸いです
・ショートアニメは見ました。最高でした
・戦場で戦う丹楓様にときめき思いを馳せた結果
・若めの応星
・五騎士捏造だらけです
・初恋に振り回される人外は好
・当然だけど捏造だらけ



 雲騎軍に所属する五騎士。
 彼等は仙舟同盟の最高戦力であり、不倶戴天の怨敵と対するに、比類する物なき兵器と表現しても過言ではない。

 その背には誰も追従出来ず、神技の如き光剣を手に最強の名を擅にする剣首、鏡流。
 神機妙算、剣首の弟子にして謀に長け、大軍を手足の如く操る雲騎驍衛、景元。
 名の通り流星の如く現れ、天才との言葉でも足りぬほどの奇物、武器を作り出す職人、応星。
 星槎を縦横無尽に操作するに彼女の右に出る者は居らず、戦場を駆け巡り、道を切り開く、白珠。
 神の怒りが如き水を、哮る厳つ霊を用いて瞬く間に敵を灰燼に帰す龍の血族、丹楓。

 この五騎士の幕下に入る事を志願する雲騎軍兵士は数多く存在する。
 その中でも、志願が特に多いのは龍の血族であり、持明族の龍尊、飲月君の尊号を持つ丹楓である。

 ただ、残念ながら人望故ではない。
 兵が手を上げる理由の大半が、丹楓自身が兵を殆ど必要とせず、彼が率いる部隊の生存率が高いがため、戦闘に積極的でない者が集まり易かったのだ。
 戦場に在る彼が、あまりにも強過ぎるが故に。

 水が存在しない土地であっても猛る津波が全てを呑み尽くし、荒れ狂う厳つ霊が瞬く間に敵を炭に換え、蟻の一匹すら逃亡を赦さぬ水槍が大軍を深淵へと誘う。
 彼が兵を用いる場合、それはほぼ後始末のためであり、兵は危険を味わう事なく、仕事を禄にせずとも武功が入り込んでくるため丹楓の幕下に所属したがる。

 繰り返すが、丹楓自身も兵を当てにして居らず、対した敵軍を片付ければ、即帰陣し、部下へ労りの言葉をかける事もない。
 そうやって戦う事が、丹楓にとっての『当たり前』であったが、職人である応星が五騎士に参入してからはどうにも勝手が違ってきた。

 兵士になったからとて誰しもが武力に優れている筈もなく、それが戦闘に消極的になる理由の一つでもあったのだが、応星は彼等に奇物や武器を与え、戦う力を授けた。手ずからの品であるため量産は出来ないにしろ、それでも飛躍的な戦力の向上となり丹楓の助けた。

 強力無比を誇る龍尊と雖も、無限に戦えはしない。
 厳つ霊を降らせ、津波を起こし、水の槍での掃討により大軍を屠る戦い方は、体への負担が大きく、あまりにも消耗が激しすぎるのだ。敵を屠った後、即帰陣する行動は言葉も発せないほどの消耗のため。
 龍尊、飲月君としての矜持が、役割が彼の背を丸める事を許さぬが故に、その消耗を今まで誰も知らなかった。
 それを、見抜いたのも応星である。

 職人としての繊細な観察眼が、丹楓の僅かな変化を見逃さなかった。
 傲岸不遜で気難しいとされる持明族の長へ怖じず踏み込み、説得して能力の研究を開始し、参考にしながら撃雲と言う至高の武器を創り上げたばかりか、応星の説得もあって徐々に丹楓が仲間との連携を考えるようになり、兵士も疎かにしなくなった。他者を護る方法を考えるようになったのだ。
 負担を分ける事で余力が残るようになったため、兵に目を向ける余裕が生まれ、現在では、ぎこちないながらも一人の将として、旗下兵士等と相応の関係を築けているようにも感じられるようになった。

「来ておったのか」
「あぁ、この陣の金人はあまり損傷してないけど、一応、調整しとかないとな」
 後方支援を担う職人達が集う陣から、金人の調整に来た応星が朗らかに返せば、丹楓が側に寄る。
「お前のとこはしっかり手入れしてくれてるな。いいこった」
 静かに佇む金人の冷たい肌を叩きながら応星は快活に笑い、腰に巻いた工具入れの中に道具を仕舞うと手にした掌ほどの用紙に文字を書き込んで満足気に頷いた。
「今日は終いか?」
「んー、また後方の陣に戻ったら色々やる事あるから、終いって訳でもないな」
 言い終わると応星は眠そうに口元を隠しながら欠伸を噛み殺し、薄く涙の浮いた目を何度か瞬かせる。
「疲れているようだが……、休息はとっておらぬのか?」
「戦場だし、みんな疲れてるさ。俺だけじゃない」
 それにしても、応星は働き過ぎである。
 人の消耗には気づき、改善すべきと声を上げられる男が、自身の消耗は軽んじるなど可笑しな話だった。
「暫し休んでいくが良い。余の幕舎が近くにある……」
「龍尊様の幕舎なんて畏れ多くて無理無理ー」
 丹楓が眉根を寄せ、休むよう促しても戯けて返す応星に嘆息しそうになる。
 常なれば、長であるが故に他者と肩を並べて歩かない丹楓が同じ位置に立ち、彼の動かない表情が応星を前にすれば良く動き、静かな口が小言を吐く。その特別さに応星は全く気づかず、再度欠伸を噛み殺しながら兵士の幕舎の前を通りがかれば、女性の婀娜なる声が響き、驚きに息を詰まらせ咳き込んだ。
「え、悲鳴?なに?」
 声のした幕舎に視線をやり、応星は狼狽えた。
 女性の啜り泣き、悲鳴のような声であるが、この陣を統括する将である丹楓が顔色一つ変えていないため、何が起こっているのか量りかねて混乱したためである。
「何を迷っておる。商売女が陣を訪ねる程度、然程、珍しくもあるまい?」
 殊更、戦闘後の興奮した状態であれば実入りが良いのか、男性に抱かれる事で金銭を稼ぐ商売に従事する者が陣を訪ねるなど至極当然の認識でいれば、
「しょうばいおんな?」
 丹楓の言葉の意味が把握出来なかったのか、応星が曖昧に笑みながら言葉を繰り返した。
 はた。と、丹楓は気づく。見目こそ成長の早い短命種故に立派な男子であるが、鍛造、開発に打ち込むあまり色事に疎い応星が、性を売り物にする商売に詳しい筈がないのだ。
「構わずとも良い」
 丹楓が応星の背に手を回して押し、陣の入り口へとやや強引に移動させる。
「え、本当にいいのか?なんか……、えっと……、どう言ったら良いか解んないけど……、んん……」
 応星の頭の中では、幕舎の中で女性が酷い目に遭わされているのではないか。などと想像が巡っているのだが、丹楓が問題ないと言い切るのだから。との考えがぶつかって、普段は回る言葉が不明瞭になる。
「あれは其方が気にするようなものではない」
「なら、いいんだけど……」
 まるで戦いの場から逃がすが如き様相で小型の星槎に応星を押し込み、後方の陣へと早く戻るよう促して丹楓が見送るも、あちらこちらの幕舎から漏れ出る享楽の声があまりにも耳障りで堪らなくなり、
「声を抑えよ、聞き苦しいわ!」
 と、兵士の幕舎へ向かって大声一喝。
 碌に褒めもしないが怒りもしない龍尊の大なる声に兵士達は一気に萎縮し、艶めかしい声も、ざわつきも瞬時に静まり返り、陣の周辺は風が木々を揺らし、砂を撫でる微かな音のみとなる。

 敵の密偵でなければどうでも良い。とばかりに商売の許可を出したのは丹楓自身であるが、応星の惑う顔を思い浮かべれば、奇妙な不快感が胸の内から込み上げる。
 今の今まで、このような些事を気にかけた経験は皆無であり、不快に声を荒げるなど卵から孵ってより記憶にすらない。
 応星が関わる物事となると、意識せず気が昂ぶってしまう己を自覚せざるを得ず、戦場に於いて戦い以外に意識を回すような真似をしでかす自身に小さく舌を打つ。

 突如、丹楓が怒鳴ったせいで兵士達、特に無関係の者達が硬直していた。ともすれば、今後の戦闘に支障が出る可能性も考えれば頭痛までが湧く。
 大幅に改善されたとはいえ、簡易的に得られる娯楽、気晴らしを禁じれば、ただでさえ戦闘を怖じる兵が多いこの陣では逃亡者、被害者が続出しかねない。
「あぁ、盛り上がるのは構わぬが、他陣の者が来訪している際は配慮忘れるな、と伝えよ」
「は、はっ……!」
 やや表情が険しくはあるが、平静を装いながら丹楓は近くに居た兵士に伝達を指示し、自らの幕舎へと戻ると深く呼吸しつつ体を浮かせ、蓮華座を顕現させると片胡座を組みながら丹楓は瞑想する。

 ここは戦場。
 兵を預かる将たる者、いついかなる時も冷静沈着、臨戦態勢で在れ。
 このような些末な事柄で平静を欠くべきではない。

 自らを律する思考に切り替えようとはするが房事に疎く、惑う応星の様子が脳裏から離れないばかりか、あの無垢に快楽を教え込めばどのように花開くか。そのような年頃の童子が妄想するような像が脳に湧き出す。
 白く滑らかな肌を己の手でなぞり、体を開いて性感を極めれば、あの闊達な表情、態度の変化は如何なるものか、柔らかく穏やかな声はどのように濡れるのか。雑念が交ざりすぎ、瞑想の体をなしていないが、外見だけは厳粛な雰囲気を纏いながら佇む。
「あ、あのう……」
 女の声に丹楓が目を開けば、中衣を羽織っただけのやや乱れた髪の女が幕舎の布を少しばかり開き、覗き込んでいる。
「何用か」
「わたくし、女達を纏めております者にございます。この度は寛大なる龍尊様がご不快な思いをなされたようで、せめてものお詫びにこの身でご奉仕をと……」
「不要。去ね」
 丹楓は無下に返し、再び目を閉じる。
「そ、そのような訳には……!」
 女は判りやすく焦り、幕舎の中に敷かれた絨毯を膝で這いずる微かな音が丹楓の耳に捉えられる。
「お慈悲を……、どうか……」
 丹楓が片目だけ薄く開いて視認すれば女は地面に手をつき、微笑みながら懸命に媚びを売っていた。
「其方等の生業に口を出す気はない。先の言葉は五騎士の来訪に際し、陣の有様が醜悪だったが故である」
 商売自体は、彼女たちの生きる糧。
 丹楓は戦の動向に支障がない限り、兵士等が酒色ふけようと問題なしと判じていた。此度も来訪者が応星でなければ、声を荒げるような真似はしなかったはずだ。故に、これは自らの失態が招いた面倒事である。
「寛大なお言葉感謝いたします。わたくしの身でなど、僭越でございますが、是非……」
「不要と申したであろう」
 丹楓をうっとりと見上げながら、女は一夜の情を請う。
 飲月君の怒りを買ったと恐縮しながらの訪問であったが、想像していたよりも温和な態度と、人ならざる美丈夫ぶりに心酔してしまったのだ。一度だけでも肌を合わせれば、女はそれを我が身の宝とする心にすらなっていた。
「わたくしではお気に召しませんか……?」
「気に入る気に入らぬではない。不要である」
 女のしつこさに辟易した丹楓は瞑想を解くと指先を女の額に当て、微量の電流を脳に流し昏倒させる。無益な問答を繰り返すほど、無駄な時間もない。

 絨毯の上に転がった女を見下ろし、請うて来たのが応星であれば。などと浮かんだ己の脳みそに落胆し、目元に手を当てて長嘆する。
「無様……」
 短命種の凡人一人に斯様なほど心を乱されるとは、以前の己であれば唾棄するが如き有様であり、あまりにも無様でしかない。が、応星を想えば心の安らぎと、高揚があった。これを知ってしまえば、手放すなど出来ず、想いは時間が経てば経つほど濃縮されていく。

 丹楓は女の腰を抱え、幕舎を出ると見回りをしていた兵を呼び止め、
「他の女の元へ戻してやれ」
 と、静かな寝息を立てる女を渡して直ぐさま幕舎へと戻り、瞑想を再開する。

 龍の力を全身に循環させながら丹田に溜め、蟲の一匹すら後方の陣へは送らぬ決意を固めながら。

 ▇ー◇ー◇ー▇

「気にしておらんのは承知で言うが、貴様の陣は少々乱れすぎだ」
 歩離軍を退けた後、仙舟に帰還した五騎士による戦果報告、将軍と上層部を含めた会議が神策府にて行われ、帰り際に鏡流が丹楓へ、兵が放任に過ぎると苦言を呈する。
「む……」
 先日の出来事もあり、流石に多少は律するべきか頭を悩ませていた所に鏡流の言は丹楓も思う所があったため、呻りつつも傾聴に徹する。
「貴様の陣は男の兵が中心だからな、そう成り易いのも理解せんではないが、あの陣へ行くといつも女が啼いておると噂だ。貴様まで性に奔放な性豪の龍などと噂されている始末よ」
 鏡流が腕を組みながら、眉根を寄せて丹楓を見上げる。
 陣全体が『そう』であるならば、それを許す将も『そう』であろう。当然の推測である。
 事実としては異なるのだが、良いものよりも悪い噂を面白可笑しく信じるのが人という生き物。まして、持明族は気位が高く、横柄な態度をとる者も在るため一部の仙舟人からは反感を持たれている事実は否定出来ず、毛嫌いする者の醜聞は誰しもが軽い口で語るだろう。
「規律を正さねばならぬな」
 丹楓も腕を組みつつ、右手の指を眉間に当て、寄りそうになった皺を解しながら考え込む。
「そうしろ、潔癖な古い友人が悪し様に言われておるのは、どうにも気分が悪い」
 潔癖。他者に興味を持たず、触れもしないのであれば、そう見えるのだろう。と、丹楓は会議で撥ね付けられた予算増額を今後如何にして通すか頭を悩ませている応星と相談に乗る景元、その横で無責任に頑張れ。などと応援している白珠を横目で見やる。

 規律を正すと言えど、今まで放置していたものを急に締め付ければ反発も起きる。
 妥協点と改善すべき点を整理し、通達の仕方にも工夫が必要で、面倒ではあるが放置していた付けが回って来たのだと自己を顧みるしかない。
「それと……」
 鏡流が丹楓の腕を引き、しゃがませると長い耳へ唇を寄せ、
「あまり応星を貴様の陣へやるな……、来たら必ず側に付け。不埒な輩がおるようだ」
 などと、聞き捨てならぬ言葉を告げた。
 鏡流から身を守るだけの剣を学んだとは言え、職人である応星は前線で戦う他五騎士と比べれば戦闘能力に欠け、ましてや味方である兵士に声をかけられれば警戒なく誘われるだろう。性格自体は賢しく気が強いものの、白色の長い髪を揺らし、闇夜を映した瞳で月の宮人を思わせる美貌と上品な佇まい。加えるならば仙舟では見下され易い短命種。色事が許された陣で、邪な思考を巡らす者が居ても然程、違和感はない。
「どの輩か」
「誰とは言えん。虱潰しに兵を詮索して不興を買っても立場が悪くなるだけだ。戦に支障がなければ良しとしてきた貴様の不始末でしかあるまい」
 鏡流の言は一々尤もで、丹楓は口閉じて恥じ入るばかり。
「景元の陣ではどうしているか訊いてみると良い。参考にはなろう」
「そうしよう」
 素直に頷く丹楓に満足したのか、鏡流はにや。と、笑むと激励するように背を叩き、訓練所へと足を伸ばす。

「景元、少し良いか、相談がある」
「なんだろうか?」
 ちら。と、丹楓が応星と白珠を見やり、年若い初心そうな二人の前で話すような話題でもないため景元を視線で誘導し、離れ部屋にて件の相談を持ちかければ、
「やっと対策する気になったのかい?私や師匠が幾ら言っても『兵がどう在ろうと余が敵を屠れば良かろう』なんて、どうでも良さそうだったのに」
 半端な真似事をしながら景元が薄笑いで丹楓を茶化す。
 景元曰く、独りで抱え込むがあまり、他者から見た丹楓の陣の有り様は相当に無残なもので、応星の参入により、ようやっと改善の兆候が見られた事に皆が喜んでいるそうだった。
「やっと危機感を持ったって所かな?」
「あれにだけは、幻滅されたくない……」
 今までの己が言動を振り返れば尊大に過ぎ、自身でも呆れて片手で目元を覆った丹楓が、ぽつ。と、漏らせば景元は破顔し、無礼なほどに腹を抱えて大笑いする。
「沈められたいと見えるな小童」
「ははっ、嫌だよ」
 半ば呼吸困難になりながら景元が笑いすぎて出てきた涙を指で拭い、そうだね。と、提案を出す。
「囲師には必ず闕く。逃げ場を作るべきだ。もう君の陣では慣例になっているのだから、女性を呼ぶのは止めさせられないよ」
 緩かったものを急激に締め付けた場合、発散出来ない欲求を雲騎軍の女性兵士や近隣の人家を襲って発散しかねない者が出る可能性を考慮しなければならず、現時点での徹底排除は不可能であるとは丹楓とて理解済みである。
「陣の隅にでも女を呼ぶ用の幕舎を作るか……」
「そこが妥協点かな。後は、そうだな……、はっきりと明記した条文の作成は必要だね。君の伝え方は当たりが強いから、私が作って上げるよ」
「恩に着る」
「あぁ、存分に着て、私を助けてくれ」
 景元が機嫌良く声を弾ませながら丹楓の能力を当てにする発言をする。
 少し前までは鏡流の弟子、賢しい小童としか認識していなかったが、穏やかそうに見せながら強かで立派な偉丈夫になったものだと感心する。

 後日、丹楓が訓練場にて旗下の兵を集め、戦時に於いての有って無かったような規律の改定を伝える。
「以上だが、異議の有る者は?」
 景元がしたためた条文が書かれた巻物を巻き直しながら丹楓が兵士等を見回せば、そわそわと落ち着かない者が多数であるものの、奔放にすぎた環境を抑える程度で完全に禁止された訳でもないため、周囲の反応を伺うのみに終わっている。初手としては上々であろう。
「尚、買った女とは言え加虐する者、それ以外を邪な感情を持って触れる者在らば、余が捨て置かぬ。黒焦げ如きでは済まぬと知れ」
 新兵には理解出来ぬが、古くから丹楓に付き従う兵士は、この言葉に身震いを覚えた。

 過去に歩離人を捕虜として丹楓が捕らえ、拷問をした。
 厳つ霊で身を焼き、水槍で肉を貫く、歩離人の卓越した治癒能力を凌駕する加虐。そして龍尊には龍脈よって傷を癒やす力があり、丹楓はそれを用いて死にかけた歩離人を癒やし、再び加虐を繰り返す無間地獄にも等しいやり方で情報を引き出した。

 表情に一切の動き無く、冷徹な眼差しで淡々と繰り返される行為。
 最終的に捕虜の歩離人は発狂し、用をなさなくなったと首を落とされた様子は警備に当たっていた兵士の精神を蝕み、病ませるほどの惨たらしさであったと語り継がれている。
 それを思えば、一切、兵を顧みなかった丹楓がこうして向き合うようになり、事前に忠告してくれるだけ如何に寛大で温和になったのか。

「異議は無いようだな。では解散する」
 兵士達は背筋を正し、丹楓は伝令を担当する兵士に条文を渡して訓練場を去る。
 出て行く間際、簪で止めた長い髪を揺らしながら駆け寄る応星へ、丹楓が微笑みかける姿があった。それは如何にも愛おしげで、兵士の幾人かは最後の忠告が彼のためであると察する。

 一つ付け加えるならば、幾人かの兵士の中には、完全な失恋に涙する者も在ったが、それは誰も知らぬ物語である。

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