・調子こいて墓穴掘る系男子応星
・ここぞと乗っかる系男子丹楓
・ちゅーくらいしかしてないです
羅浮龍尊の住まう邸宅の園林にて。
月を眺めながらの小さな酒宴が行われていた。
時折、樹木が葉を揺らして闇夜を震わす以外の音はなく、一つの長椅子を共有して肩を並べる静謐な空間。
応星が酒精の籠もった呼気を吐き、天上を見上げながらも目を伏せる。
「眠いか?」
「いや、気持ちいい時間だと思ってな」
常ならば自身を短命種と侮る相手には傲慢に振る舞い、煽るような言動をする応星も、己を飾る必要が無く、言葉がなくとも互いの存在を許容し合える丹楓であれば、心を空にして素直な感情の吐露をする。
「其方が心安らかであるなら善き事だ」
ふ。と、丹楓が表情を緩め、目を細めれば応星が上体を寄せて表情を覗き込む。
先程までの静かさが嘘のように目を輝かせ、〃また〃仕様も無い事を思いつきでもしたのだと察さざるを得ない。
「いつも思うんだが、口調硬いよな」
「致し方あるまい。世に生まれ出でてから、永らくこの口調で過ごしておるのだから」
丹楓が片眉を上げ、何を今更。とでも言いたげに応星を見据えて鼻を鳴らす。
「俺相手なんだし、もっと砕けてもいいだろうに」
「不快か?」
「いや?単に市井の人間のように話す龍尊様が見てみたいだけだ」
酔いも手伝っているのだろうが、丹楓が茶化そうとしてくる応星に呆れて視線を逸らすと嘆息する。
以前は艶やかに伸びた丹楓の髪を弄り回した挙げ句、何とも形容しがたい独創的な髪型にされた経験から、相手にすれば興に乗って増長するのだから話半分で付き合う程度が良いと既に学んでいる。
「俺と居る時くらい気を抜いてもいいだろうに?ほら、手始めに一人称を『俺』にしてみたらどうだ?」
「せん」
「いいじゃないか」
応星がにじり寄り、丹楓の上着の袂を握って引っ張る。
「どうせ聞いてるのは俺だけなんだからさ」
無下に断っても応星はめげずに丹楓に甘える。
余人が見ていれば龍尊に対する不敬と怒りを露わにするだろう態度と言葉。
しかし、仲間内でも応星が柔らかく表情を崩し、幼子のように強請ったりする行動は丹楓相手に限り、それを思えば聞き入れてやりたくもなる。
「痴れ者めが……」
「なんだよ」
罵倒されて口を曲げる応星の髪を撫で、
「『俺』。ほら、言ってやったが満足か?」
極限まで力を抜いて額を弾き、寄せてくる体を離す。
不満を露わにしていた応星の表情は一気に好転し、額を弾かれても機嫌良く歯を見せて笑う。
「まだまだだな。『俺は丹楓』。ほら、繰り返す繰り返す」
「俺は丹楓。自己紹介をさせたいのか?」
従ってやれば応星は楽しくなってきたのか、長椅子の中央に置いていた卓をわざわざ退かして詰め寄ってくる。
「まさか、『応星は俺の大事な友達』。な?」
応星は良くも悪くも日頃から言葉少ない丹楓に、自身を『特別な存在である』と、認めさせる言葉を吐かせたいとして遊んでいる。丹楓が応星を蔑ろにした記憶は無いのだが、行動で示すばかりではなく、言葉も欲しているのか、実に強欲である。
「応星……」
「あぁ?」
応星は今か今かと丹楓の口から望む言葉が出てくるのを待っている。
ただし、丹楓は矜持が実に高く、我も強い。幾ら寵愛する愛し子の願いと雖も、諾々と従ってしまうのは面白みに欠ける。
「俺は、応星を誰よりも大事に想っている。愛してると言い換えてもいい」
筋張った手が間近にあった応星の顎を掴み、目を合わせながら愛を告げる。
使い慣れぬ口調ではあるが淀みなく言い切り、唇を合わせてやれば、目を見開いたまま体を硬直させている応星へ愉悦が湧く。
「ばっ、おまっ……!」
数秒の制止を経て、応星が口元を押さえながら勢い良く体を仰け反らせて声を荒げようとするも、賢い頭が上手く回らないのか言葉を詰まらせて紅葉を散らしたように赤面していた。
「なんだ?」
くつくつと丹楓が喉を鳴らして笑い、したり顔で居れば、茶化してやるつもりが、やり返されたのだと理解した応星は、悔しさに歯噛みする。
「じょ、冗談でこんな真似をするな……!性質が悪い……」
応星が勢い良く立ち上がり、背を向けて逃げるように出て行く。
けたたましい足音をさせて廊下を走り、扉を開けたのだろう音を聞きながら丹楓は、口元を歪める。
「ふん、冗談でなければ良いと……」
冗談だから性質が悪い。とするならば、本気ならば良い。などと恣意的解釈をした丹楓が、翌日から応星へ迫る姿が度々目撃されるようになった。