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スターレイル用

愛は屋烏に及ぶ:後


前編




 造り上げた大小の部品を組み立てれば実に優美な女性型の金人が目の前に現れ、応星は人知れず感動し、喜色満面で頷いていた。理想通りの優雅さと力強さを兼ね備えた金人に満足し、流石は俺だな。などと自画自賛する。
 まだ動作するための情報を入力していないため、この金人は伽藍の人形でしかない。己の手で造り上げた機巧が動く姿を想像しながら、応星は口元を手で隠しながら大きな欠伸をした。

 見目だけでも完成した瞬間、少々気が緩んでしまったようだ。
 応星は犯罪被害者と成った事で現場の記録をとり、被害届を出し、家人の女性にだけ重労働はさせられないと共に片付けに追われた散々な一ヶ月あまり。泥棒騒ぎがあってから、出来得る限り帰宅するようには成ったが、今日は試作品の制作が捗ってしまい、結局、遅くまで作業してしまった。
「んー……、ちょっと寝てから朝一で持って行こうかなぁ……、どうしよ」
 組み立ててから解る不備も在り、試作を重ねてより良い改良を加えていくため造れば終了ではない。これからが完成に向けての正念場だ。ただ、出来得る限り早く試したい気持ちと、納期はまだ先なのだから一仕事終えた安堵感から暫しゆっくりしたい気持ちが鬩ぎ合っている。
 応星は独り言を呟き、しゃがみ込んで金人を眺めていたが、意識せずに瞼が落ちて体制を崩してしまい尻餅をついた。
「駄目だな……」
 胡乱な頭では良い考えは浮かばず、このままでは床で寝て仲間に迷惑をかけてしまう。
 そう判断した応星が尻を払うと立ち上がり、仮眠室へと向かう。以前は、工房で限界に達すると床に寝転がって仮眠とる事も多かったが、きちんと仮眠室を使い出したのは風邪を引いてからだった。
 常々床で寝ると体が痛くなる。睡眠の質が下がる。何よりも応星が特に嫌う非効率に繋がるを理由に窘められてはいたものの、限界まで作業をしてしまう悪癖が祟って結局、病を呼び込んで何日も寝込む羽目になり、丹楓には雲吟の術で怪我は治せても病は治せないからと鼻を摘ままれながら強引に苦い薬を幾つも飲まされ、白珠にはきちんと食べないから虚弱なのだと叱られて口に食べ物を詰め込まれた。
 景元には滋養になる飲み物を差し入れられ、鏡流からは体を冷やさぬようにとやたらともこもこした服を渡された。入れ替わり立ち替わりの仲間の訪問自体は嬉しくも申し訳なさが勝ってしまいやらなくなったのだ。
 
 応星は簪を外し、髪紐も解いて上衣を脱ぐと硬い寝台へと潜り込む。
 誰かが布団を干してくれたのか体を包む感触は意外とふかふかで眠りを誘い、徐々に微睡んでいった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 応星が薄く目を開けると、嗅ぎ慣れた白檀に甘く濃厚な香りが混じった匂いが鼻腔を擽った。
 薄く漂う煙に刺激されて応星がくしゃみをすると、小さく笑う声があり、寝惚けた頭は丹楓の寝所で眠ったのだったか。と、誤認するも、通常であればあり得ない場所に触れる指の感触に心臓が引き攣るような心地がした。
「良く寝てたな。無理しすぎなんじゃないか?」
 当然、応星の耳に届いた声は丹楓のものはなく、労るような言葉を吐きながら頬を舐められ、全身が総毛立つ。
「お、怖い怖い」
 伸し掛かる影に、応星が勢い良く出した手は掴まれ、寝台に縫い付けられる。応星は歯噛みして唸り上げ、下肢に不快な感覚を与える人間を蹴りつけて寝台から落とし、股座に触れれば、ぬる。と、した油のような物が指につく。
「痛いな……、何するんだ」
「それは俺の科白だろうが……!何やってんだ⁉」
 窓から差し込む月明かりに薄く浮かび上がったのは、ここ最近、矢鱈と絡んでくる持明の男で応星の体は岩のように緊張し、心臓の鼓動が痛いほど高まる。
「俺さ、丹楓様みたいに成りたいんだ」
 薄暗がりでも解るほど楽しそうな笑みを浮かべて語る姿はいっそ異様で、さも酒の席で好きな物を語る姿と酷似しているが、やっている事は考えずとも人道に悖る行いだ。
「だから、お前の日誌でも読めば丹楓様の行動やお考えを少しは理解出来るかと思ったのに家は無駄足、工房のは鍛造の事ばかり、がっかりだ……。だからさ、抱いてみれば丹楓様がお前を寵愛するお気持ちが判るのかと思ったんだよ。だからさ、いいだろ?」
 男の主張は意味不明でしかないが、家を荒らした泥棒はこの男だった事と、人を人とも考えていない事だけは理解出来た。応星は込み上げてくる吐き気を抑えようと生唾を呑み込み、迫ってくる男を殴るために拳を握る。
「巫山戯るなっ……!」
「痴れ者が……」
 応星と新たな声が重なり、影が男の背後から首を掴むと暗い空間に光が迸る。
 一瞬の光で見えたのは、酷薄な藍玉の瞳。男は床に倒れ伏して痙攣し、言葉にならない声と泡を口から漏らしている。
「応星、来い」
 しゅる。と、衣擦れの音がして、香を焚きしめられた白い上衣が応星を頭から包むと体が宙に浮き、丹楓が仮眠室を出ると待機していたらしい雲騎軍の兵が部屋へと入っていく。
「何で……」
「其方の周囲に不審な者が在るとして泳がせておった……、が、泳がせすぎだ……!」
 丹楓の声が応星に語りかけるものと違い、視線を外に向けて雷轟の如く激しくも低く唸れば、窓の外から草木の揺れる音がした。
 龍の気が荒ぶっているのか角が普段より太く見え、尾もうねうねと落ち着きがない。外に出て直ぐ置かれていた星槎に丹楓が応星を隠すようにして乗り込むと、直ぐに浮遊感と共に、工房が遠く離れていく。

 応星の心臓は緊張から未だどくどくと忙しなく動いている。
 あの男はもう居ないと解っていても、ぞわぞわと悪寒が全身を這い回り、舐められた頬が、触れられていた場所が全て吐き気を催す違和感として応星は瞬きもせず手で顔を擦り続けていた。
「応星、肌を痛める……」
「きもちわるい……」
 応星の口から出た声は思いの外、掠れて息すらし辛く感じられた。
「あぁ、直ぐに湯を浴びると良い」
 肌を擦る手を握り、丹楓が窓の外へと視線をやれば、丹鼎司が近づいてくる。
 星槎が荘厳な邸宅の前に降り、丹楓が応星を伴って降りる。門戸をくぐり、屋内へ進む足は速く、家人が小走りに追い、脱衣場の扉を慌ただしく開いた。
「あの、丹楓様」
「いつも通り不要だ」
 丹楓が家人を追い払い、応星を床に降ろすと膝をつくと真摯な眼差しを向ける。
「事が起きる前に彼奴を止められず、すまなかった。まして持明の者だ。一族を統率出来ていない余の責任でもある」
「いや、別にお前が悪い訳じゃあ……」
 不審人物を泳がせていた。ならば、決定的な証拠はなかった筈で、逆に事を起こさなければ捕縛すら敵わない。被害者になりたいとは思わないが、致し方ないのだろう。それでも、不快な気持ちは変わらないが。
「結果的には、助けて貰ったんだから俺は大丈夫……」
 丹楓が来てくれなければ応星は男を殴り飛ばし、傷を負わせていただろう。
 ただでさえ立場的に不利な短命種である。誰もが応星の言葉に耳を傾けず、『希少品』である持明族の男を擁護し、最悪、応星は百冶の称号を剥奪されていた可能性も捨てきれない。だとしても、諾々と犯されてやるような真似は受け入れられないが。
「強がるのは其方の悪癖だな」
 流れこそしなかったが、丹楓が睫を濡らした涙を指で拭い、そのまま細い指で乱れた応星の髪を梳く。
「う……、みっともないな、悪い!」
 応星は丹楓の手を払うように立ち上がり、脱衣場から湯殿へと足早に移動する。
 湯を張った浴槽の傍にしゃがみ、手近にあった桶を手に湯をすくって浴びる。暖かい液体が体を撫でていくと気持ち悪さが幾分和らぐも悪寒は消えず、応星は乱暴に体を洗っていく。
「応星、肌が赤くなっている」
 丹楓が服を来たまま入ってきた事にも気づかずに体を擦っていた己に気付き、応星は再度湯を浴びて立ち上がる。
「ごめん、直ぐ出るから」
「湯に浸からずとも良いのか?」
「あぁ、流したしもういいよ。世話かけたな」
 応星はへら。と、笑い、脱衣場に戻るが、着る服がない事に気がつき立ち尽くしてしまった。
「もう休め、疲れただろう」
 丹楓が大きな浴布で応星を覆い、水滴を拭いながら労るも、
「いや、帰ろう、かなぁ……、と。服借りてもいいか?」
 丹楓の優しさを拒絶するように応星は視線を合わせず言葉にした。
「大丈夫だって、嫌がらせされるのは慣れてるし、今回はやたら気持ち悪かっただけで傷ついた訳でもないしな」
「余では其方に寄り添えんか?」
 応星がわざとらしく声を大きく、笑みを浮かべながらした欺瞞の言葉を静かに響く丹楓の声が遮る。その声色は、嫌にもの悲しく聞こえて応星は言葉を詰まらせるばかり。
「いや、本当に……、大丈夫だからそう言ってるだけで……」
 弱みを曝け出す事が出来ずに意固地になる応星に、寄り添いすらさせてくれない切なさが丹楓の心に過る。応星の余計な負担、心配をかけたくない言動は本音ではあるが、傲慢に振る舞いながら繊細な心をひた隠しにし、助けて貰うだけの関係は『対等』ではない。と、厭うあまり、何をされても平気な振りをする上っ面が板についてしまっていた。
 それは、差し出される手を拒絶しているにも等しいのだが、応星は全く気付いていない。
「では言い方を変えよう。応星、余の傍に居れ」
 強制されたから。との言い訳が出来るよう丹楓は命令する。
 応星の態度に傷ついていると言うよりは、無条件に頼って貰えない己の不甲斐なさに丹楓は失望しているのだが、こんな情けない感情は気付いて貰えなくとも良い。丹楓もまた、我が強く矜持が高い。
「帰るな」
「分かったよ……」
 丹楓が腕をしかと掴み、離そうとしないため応星は眉を下げながら頷く。
 俺は大丈夫。そう己に言い聞かせ、丹楓に気取られないよう俯いて唇を噛み締めた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 夜着に着替え、手を引かれて寝所までの間、応星はもやもやと考えていた。
「あのさ、もう一緒に寝たりするの止めた方がいいんじゃないかと思うんだ」
「何故だ?」
「ほら、独り寝が出来ないとか子供みたいだし……、俺は床でもいいし……」
「人に触れられるのが怖いか?」
「怖いとか……、では……」
 思惑を言い当てられた応星は歯切れ悪く顔を逸らし、視界に入っていない方向から丹楓が手を伸ばせば肩を跳ねさせ、目を見開きながら体を強ばらせた。
「悪い、本当に……、お前が悪いんじゃないとは解ってんだけど。助けて貰っといて。とか……」

 視界の端に映る影に嫌な汗が湧く。
 意識せず、心臓がどくどくと脈打つ。
 歪んだ心と欲をぶつけられた悪寒は止まない。

「いやぁ、自分でもこんなに動揺してるとは……、時間が経てば経つほど気分の悪さが増してきて……」
 応星は自らの髪に触れ、気不味そうにしながらもへらへら笑ってはいるが、寝所の薄明かりでも解るほど顔色が悪い。
「迷惑かけるだけだし、やっぱり帰ろうかな……」
「其方が共寝を厭うならば余が床でも良い。今の其方を独りにしはしておけん」
「それこそ無理な話だろ。家の主を床で寝かせるなんぞ……」
 じ。と、藍玉の瞳が無言で応星を見据える。
 この男はこうなると梃子でも動かないと知っている応星は大きく深呼吸をすると薄く微笑みを浮かべ、
「寝るか」
 そう言って、丹楓の手を引いた。
 丹楓も頷き、夜着に着替えて褥に横たわるも寝付けるような心境でもない。
 応星も寝付けず、寝返りを打ち、身体を丸めている。
「落ち着かぬのであれば、矢張り……」
「うー、うん……」
 応星が生返事をすると褥の中で動き、丹楓にぴったりと体を寄せる。
 驚いたのは丹楓で、今し方、触れられる事に肩を震わせておきながら、この短時間でどんな思考の変化があったのか。
「応星?」
「お前にだったら触られても嫌じゃなかったよなぁって……、ずっと他人にびくびくしてもおられんだろ。それこそ俺の足を引っ張りたい連中の思うつぼだ」
「成る程、荒療治か……、其方らしいと言えばらしいが……」
 丹楓が応星の背中に腕を回せば、幾許か体を強ばらせてしまったが、親しくもない輩と比べれば寧ろ安心出来る気もして低い体温に身を寄せる。
「荒療治なら……」
 丹楓の胸元に頭を置き、ゆっくりとした鼓動に微睡みかけていれば頭上から聞こえた呟き。
 応星が身じろいで顔を上げると、
「過激だがより効率的な方法があるな」
 聞こえる鼓動が心なしか早くなり、背中に回された腕に力が籠もる。
「それは?」
「余が其方を抱く事だ」
 頭の隅に、どんな言葉が続くか予想はついたが、無視出来ずに促せば、案の定。
  こうして体が触れ合う以上の荒療治ならそれしかない。
「別に、そこまで責任を感じなくてもいいんだぞ……」
「逆に訊ねるが、余が義務もない、ただ責任感だけでやりたくもない行いをすると思うのか?」
 怯えさせないようにか、丹楓の手がゆるりと頭に触れる。

 応星の知る丹楓は、兎に角、我が強く、持明族の長老である龍師達の言も気に食わなければ耳すら傾けない。ただ責任感だけであれば、別の方法での贖罪を考えるはずで、本人の言葉通り、義務ですらない行いなどするはずも、まして触れる事事態を許容するはずもない。
「いや、治療など詭弁は止そう。余が其方を抱きたいだけだ。我が宝珠に余人が触れた。それだけで頭が悋気にやられて可笑しくなりそうなのだ」
 我が宝珠。
 龍にとっての宝珠は神聖な物。病を治し、禍を避け、ありとあらゆる願いが叶うとされる。何物にも代えられない神器である。要するに、丹楓は応星を唯一無二の宝であると言っているのだ。
「俺、そんな上等なもんじゃ……」
「ほう、謙虚だな。何時もの傲慢な百冶殿はどこへ行った?」
「茶化すなよ。お前と居る時はただの応星でいいんだよ。俺は。お前だってそうだろ」
 丹楓がく。と、喉を鳴らし、よりきつく応星を抱き締める。
「そうだ。故に其方を好いた」

 龍尊ではなく。
 英雄ではなく。
 『丹楓』として、真っ直ぐに見詰めてくれる視線が、言葉が嬉しかった。
 誰彼構わず懐っこい白珠の影響もあったのだろう。鏡流や丹楓の立ち振る舞いを観察し、真似て居丈高に振る舞う姿も愛らしく、瞬く間に成長して気高く、美しくなり、隣に立つようになった喜びを感じれば、遠くない未来を思い、この暖かな体温が消失する事に恐怖した。

 丹楓の言葉に耳を傾けながら、この傲岸不遜な竜王にも恐れるものがあったのか。
 しかも、それが、己に起因するとなれば、応星の口元が緩む。
「そんなに直ぐは死なないだろうに……」
「百にも満たぬ」
「これだから長命種は……」
 悪態を吐けば、そう。と、壊れ物に触れるかのように丹楓の指先が応星の顔に触れ、言葉を止められる。
「して、其方に劣情を感じておる男に抱き締められている訳だが、逃げなくて良いのか?」
「龍尊様にそんなもんがあるとは想像すらした事なかった」
「揶揄での時間稼ぎには乗らんぞ」
「本当だよ……」
 持明族も恋をして、愛する人と共に居たがるとは知っている。
 しかし、持明族には生殖能力がなく、丹楓自身、清廉潔癖とも言える人物なのだ。そんな彼は下卑た欲求とは無縁で、寧ろ穢らわしい。とすらしていても可笑しくはなく、口にする事すら憚られていたのだが、よもや本人の薄い唇が『劣情』などと言葉にする日が来ようとは、人生わからないものだ。

 そんな応星の心の中での弁明は、覆い被さってきた丹楓の口付けによって無にされ、
「逃げんのなら、あの下郎と同じ真似を其方にするのだぞ?」
 同じ言葉を繰り返し、より望みを強調してくる。
「逃げろ逃げろって、逃がしたいのか、抱きたいのかどっちだよ」
「諦める言い訳が欲しいのかも知れんな」
 丹楓が指摘に自嘲するように笑い、応星の肌に手を沿わせて反応を伺うも抵抗はない。
「応星……」
 無体を働こうとする本人が、些か咎めるような声で名前を呼べば、応星はむくれたように唇を動かす。
「逃げないんだから察しろ……」
「ふむ」
 丹楓が一つ呻ると応星の額に口付る。
 緊張して強ばったままの応星を見詰めながら丹楓の眼が緩やかに細められ、藍玉の瞳が揺れる。
「なれば何も考えず、余だけを見ておれ」

 応星は言われた通りに、じ。と、丹楓を見詰める。
 欲の籠もった眼だが、あの狂信者のような嫌悪感はない。
 傍に居られるだけでも良かった。しかし、こうなったら開き直るしかないのだろう。

 応星は手を伸ばして丹楓の服を掴みながら小さく頷いた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 常ならば冷たい丹楓の手が肌を撫ですされば、己の体温が移って熱を持っていく。否が応にも早くなる脈のせいか、肌がじっとりと汗ばんで羞恥から眼を閉じれば、応星の脳裏に狂信者の顔が浮かんで息を詰まらせ、喉が変な音を出す。
「余を見よ。誰が其方を抱いておるのか、しかと確認するがいい」
「たん……」
 詰めた息を吐き出し、名前を呼ぼうとすると口づけられてしつこく腔内を舐られる。
「いき……、でき、な、おぼれう」
 苦しさから視界が滲み、地上で溺れそうになりながら丹楓を見上げると、恍惚とした笑みを浮かべていた。この男の思考回路は凡人には大凡解らないが、息を弾ませて見下ろしてくる様子は愉しんでいるように見える。
「人が苦しんでるのを見て面白がるのは悪趣味だぞ……」
「そうではない」
 咳き込みながら応星がした指摘に、丹楓が片方だけ口角を上げて否定する。
 彼からすれば苦しめたいのではなく、常ならば凜然とした者が、愛おしく想う存在が自らの手中に在り、乱れる姿は際限なく心を湧き立たせて満たしていく。それは、ただただ喜びであり、愉悦である。しかし、丹楓に言葉が多くないため心の全てを応星が知る事はない。

 弾む息を喰らい尽くして溺れそうになるほどの口付けを再びされ、応星が苦しさに身を捩れば強く抱き締められて動けず、肌を愛撫する手は徐々に下肢へと移動して撫でつける。丹楓の齎す刺激によって応星の性器も兆しを見せており、布の上からの緩い愛撫にすら腰が跳ねさせた。
 己ばかりが翻弄されている無様さに目を閉じたくなるも、応星は丹楓の端正な顔から目を背けず、また丹楓も目を閉じずに互いを見つめ合っている。
「はっ、はぁ……!たんふう、お前、ま……っ」
 丹楓が唇を解放すれば、酸欠と執拗に与えられる快楽に眼を回しそうになり、激しく胸を上下させた。それでも、休む間も与えず丹楓が応星の胸の突起を舐りながら指先で擽るように性器を撫でてやれば声を抑えながら直ぐに達してしまった。
 達した事による体力の消耗により、頭は胡乱となり応星は力なく寝転んだまま丹楓を見ているようで見ていないまま見詰めていたが、その涙が溜まった灰簾石の瞳に丹楓が舌を這わせれば舐められた刺激に瞼をきつく閉じ、溢れた涙が長い睫を濡らしながら肌を伝う。その様に丹楓は陶然とし、悶える首筋に顔を埋めて肌を舐り、緩く噛み付き、下着を取り払って性器を刺激しながら事を進めていけば、
「いっ……」
 不意に、龍の爪が応星の肌を搔き、細く裂けた傷を腿につけてしまい、小さな悲鳴と共に薄く血が滲んだ。
 人のものよりも硬質で鋭い爪を応星の柔肌に立てて仕舞わぬよう気をつけていたつもりではあったが、興奮に気をとられ過ぎていた丹楓は自身に舌を打ち、右手の爪に噛み付くと強引に剥がす。
「なに、して……」
「其方を傷つける爪なら要らん」
 爪がなくなった指先から血液が腕を伝い、敷布や応星の肌に落ち、周囲に生臭い匂いを漂わせた。
 丹楓は不機嫌に爪を敷布に吐き捨て、自らが応星の腿につけた傷を癒やしながら舌を這わせ、血塗れの手を寝台につく。
「丹楓、手当しないと……」
「もう血は止めた」
 自らの能力で傷を癒やしても爪までは再生しない。にも拘わらず行為を止めようとしない丹楓へ、応星が声をかけても半ば無視された事に絶句し、でも。と、反抗するも、仄かに鉄の味がする唇で塞がれ、細く筋張った指が臀部を撫でて濡れた感触を伴って体内へと侵入する。
 それでも怪我が気になってしまう応星の足が丹楓の背を踵で蹴れば、龍の尾が絡みついて抑え込まれ、足掻けば足掻くほど拘束は強まりるばかり。

 言葉の端々、行動から愛されているのは重々に伝わってくるものの、爪を剥ぐ暴挙に応星が驚き、愛撫を受けながらも止めようと抵抗するが、龍気が盛んになっているためか薄闇の中でも白々と光る眼と合い、生唾を呑み込む。
 普段、感情が見えない眼が応星だけを捉え、薄らと濡れて極度の興奮状態を伝えている。そも、丹楓が応星を蔑ろにする事は無い。現状、応星を無視していると言うよりも、丹楓自身が己を止められないのだとすれば、邪魔するものは自らの一部すら許せないのだろう。
「丹楓……」
「なんだ……」
 平静を保とうとしているが、掠れた声色。
 羅浮最強の龍が、たかだか人間一人にこうも心を乱されている様が面白く感じられたのだが、告げれば確実に機嫌を損ねかねない。
「俺、お前の事ずっと好きだったぞ、何されてもいいくらい……」
 応星の言葉が、丹楓の鼓膜を振るわすと同時に、足に絡みついていた龍の尾がぎち。と、締まる。愛する者を人ならざる身が、力が傷つけてしまわないよう、興奮が極限に至っても懸命に己を律していた丹楓の箍を応星自身が外してしまった。

 長く筋張った指が応星の太腿に食い込むように握り込まれ、獣の唸るような声を喉奥から出しながら、覆い被さると性器を体内に押し込んできた。
 狭い場所を太い杭に無理矢理広げられ、応星は悲鳴を上げそうになるも奥歯を噛み締めて耐える。
「応星……」
 熱に浮かされたように丹楓が応星の名前を何度も呼ぶ。
 否、実際浮かされているのだろう。応星が首に手を回せば丹楓の肌も異様なほど熱かった。
 体内を異物が暴れ回る感覚を心地好いとは思えなかったが、丹楓がこれほどに求めるのであれば、受け入れる事も吝かではなく、寧ろ喜びになる。

 耐えていれば次第に、体内を擦り上げる感覚に甘い痺れが走り、その感覚に浸りかけていた応星だったが、
「応星」
 興奮に上擦った声が鼓膜を擽り、応えるように応星は頭をすり寄せる。
「もっと奥ま挿れても大丈夫か?」
「へっ……?」
 もう既に腹は限界のようだったが返事を待たず、押し込まれ出したものに今度こそ短くか細い悲鳴を上げた。生殖能力を有しない一族が、何故、こんな立派なんだと文句も言いたいが、当然ながらそんな余裕はない。
「むりっ、むりぃ……!」
「そうか?其方のほとは健気に呑み込んでおるが?」
 丹楓の性器が応星の肉を掻き分け、押し上げ、体内をより深く侵略する。
 ひた。と、肌が触れ合うまで押し込まれると、応星は息も絶え絶えになり、性器が引き抜かれると全身が粟立つ感覚に震えた。
「あっ、ん……ぃあ、まっ……てっ!」
 己から零れた甘ったるい声にも気付かず応星は丹楓の背中に爪を立て、再度、奥まで押し込まれれば意識せずに腰が浮き、より肌が触れ合う。それをどれだけ繰り返したか解らなくなった頃、丹楓が大きく息を吐くと、腹の中がびくびくと痙攣する感覚がした。

 肌も髪も汗でしっとりと濡れそぼり、徹夜での鍛造よりも消耗しているような気がして、応星はぐったりと寝台に横たわっているが、丹楓は覆い被さったまま動こうとしない。もう、目を閉じてしまいたかったが、見詰めてくる丹楓の視線をそらせずにいれば、律動を初めた刺激に声が出た。
「おわりじゃ……!」
「もっと其方が欲しくて堪らんのだ……」
 激しく性器が抜き差しされれば、体内に吐き出された精液が掻き回されて粘着質な水音が部屋に響く。丹楓は応星自身の性器には触れず、耳や首筋に舌を這わせ、薄く脂肪の乗った胸を揉む。なのに、応星は体内の刺激に押し出されるように達して、甘ったるい法悦の声や吐息は丹楓の耳を愉しませた。

 長大な性器に突き上げられる度、応星は体の芯から込み上げる快楽に身悶えて、達しても達しても丹楓の行為は止まらず、いつしか動力切れを起こした機巧の如く意識が途切れてしまった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 応星が目を覚ませば寝所の小さな窓からでも判じられるほど外は明るく、呆けた頭で仕事に行かねば。などと、身を起こすと引き寄せられて背中から抱き込まれる。
「応星、今日は余とここに居れ。どうせ工房は雲騎軍が入り浸って仕事にならんぞ」
 言いながら、中衣の襟から手が差し込まれ、胸を揉む。
 応星は急激に覚醒し、昨夜の出来事を思い出せば全身が朱に染まる。
 昨夜の残滓すら残さず体は綺麗にされており、痛みもない。しかし、ただひたすら気怠い消耗感が如実に行為の激しさを語っていた。
「揉むな……」
「其方は肌に触る程度では余の望みに気付かぬのだろう?」
「薄々とは気付いてたよ……」
 ただの友人が肌に触れ、吸うだろうか。否、待て、住んでいた惑星、種族からして違うのだから、持明族にとってはじゃれているだけで己の勘違いかも知れぬ。人の気も知らないでこの野郎。云々、時折罵倒も交えつつ、悩み考えてはいたのだ。しかし、関係の変化を恐れてのらりくらりと避け、気付かぬ振りをしていた。秘めた恋情を曝け出し、蔑まれでもしたら心が砕けそうで、自己保身でもあった。
 それでも、こうなってみれば随分と好いた相手を生殺しに追い込んでいたのだと反省せざるを得ず、丹楓の情愛と君子ぶりに感謝しかない。が、朝から胸や太腿を撫で回すのは不埒すぎではないか。
「薄々な……」
 不満げな響きに応星が丹楓を顧みれば口付けをされ、舌が入り込んでくる。
 昨夜の激しさで満足出来なかったのだろうか。とすら思える戯れに応星の体も熱を持ち、唇が離されれば吐息が乱れた。
「朝飯はいいのか?用意してくれてるんじゃ……ぁ」
「遅くするよう命じてある故、其方を味わった後で食すとしよう」
 家人が朝から仕込んだ食事が待っているだろう。と、伝えれば用意周到な科白に自ら墓穴を掘ったと応星は自覚する。
 最早、抵抗は時間の無駄として応星は体の力を抜き、丹楓の唇を、欲を受け入れて濃密な朝を過ごして動けなくなったため、龍尊手ずから粥を口に運ばれる羽目になってしまった。

「応星、今晩も抱いて良いか?」
 一度手中に収めれば、欲求に際限がなくなったのか丹楓の言に応星は目を剥き、
「短命種はお前等と違ってか弱いんだから勘弁してくれ」
 と、逃げを打つ。日頃の応星であれば『長命だ短命だと下らん言い訳だ。貴様が無能なだけだろうが』と、吐き捨てるような言葉であるが、長命種の体力と悪い意味での気の長さ、大らかさを思い知らされた今、受け入れたくない訳ではないが控えて貰わねば死んでしまう。そう切実に訴える。

 傲岸不遜を謳われる丹楓とて、何もかもを突っぱねる分からず屋ではない。理路整然と説けば納得してくれるはず。だが、兎にも角にも応星が愛おしく、睦み合う行為が幸せで堪らなかった丹楓は『ゆるりとやれば』『回数を減らせば』『口吸いだけでも』『触るだけ』等々、譲歩案を出し、説得には三時間ほどの時間を要したのだった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 所変わって場所は修練場。
 鼓の音に合わせて規則正しく動く兵を眺めながら、景元と丹楓が隣り合っていた。
「不機嫌だね」
「景元、貴様に借りた雀だがな……」
「あぁ、あれは、もう処分したから安心してくれ」
 多くを言わずに察した景元に、丹楓は鼻をならすのみで応えた。
 応星周辺の監視、護衛として借りた雀は保護対象が短命種とあってかやる気がなかったようで、不審人物の報告も怠惰。一度、気を引き締めるよう叱責したが長くは持たず、応星へ不埒の輩の接近を許した。
 応星の自宅が荒らされた際の報告遅れは、応星の傍居たからだとして不問にしたが、それで調子に乗ったのだろう。と、丹楓は見ている。よくよく隊を見れば、必死の面持ちで最前列を走り回っている姿を視認する。生きるか死ぬかは本人次第、妥当な罰だろう。
「あれの取り調べはどうだ?」
「あの狂信ぷり、十年そこらじゃ落ち着きそうにないかな。寧ろ、孤独にしてしまえばより考えが固執して深みに嵌まりそうだ」
「ではどうする」
 そうだねぇ。と、景元は呻りながら鼓を打つ兵士へ手の動きのみで指示を出し、兵を散開させる。
「脱鱗させるのは簡単だけど、それは持明族にとっては死刑と同等だろう?凝り固まった偶像崇拝を解してやらないといけないね。君がいっそ彼の前で酷くだらしなくしてやれば目が覚めるんじゃないか?」
「余が何故、そのような愚物のために恥を晒さねばならん」
 眉間に皺が寄り、更に不機嫌な面持ちに成った丹楓にも怖じず、景元はからからと笑い、
「応星の前では気を抜いても、一族の前では難しいのかい?」
 実に厭らしい笑みを浮かべて丹楓を揶揄る。
「景元……」
「はは、私が君らの睦事を調べろと命じた訳ではないよ?君が応星と居る時の表情ときたら甘えたの童子だ。人の眼が在る時は引き締めたまえ龍尊殿」
 丹楓が珍しく目元に朱を走らせ、景元を睨み付けるが揶揄る姿勢を崩さずに自身の口角に指を当て、わざとらしく下げてみせる。
「終わったら手合わせするぞ、久々に泣かせてくれるわ小童が」
「おやぁ、お手柔らかに頼むよ」
 にったりと笑う景元に、機嫌を回復しないままの丹楓。
 景元は文武両道とも表せるが、神策と謳われる知謀に比すれば武に秀でているとは言い難い。それでも、丹楓を揶揄り続けて挑発するのは、憧れの人を奪われたほんの少しの嫌がらせである。

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