前:
兎注意報
・ぼんぷ刃ちゃん再来
・わちゃわちゃ騒がしい感じ
・カプは一応、恒刃です一応
・ぼんぷに勝手に名前付けてます
・私が楽しいだけの一品です
・刃ちゃんはあんま出て来ない
・ちょっと子供っぽい姫子&ヴェルト
・全て捏造です
星穹列車のラウンジ。
本来なら来客を迎え入れるか、皆が思い思いに寛ぐ憩いの空間となる筈の場所だ。
しかし、そこは現在、不穏な相手から不審な贈り物が届いたために、張り詰めた空気が漂っていた。
「これ、開けて大丈夫な奴?どっかーん!ってなったりしない?」
なのかが自撮り棒を使って約、縦九〇センチ、横七〇センチほどの黒い地に、赤い飾り紐を用いて花のように美しく装飾された立体物を突く。
そんな中、穹の持っていたスマートフォンから通知音が鳴る。
「あーっと、『ハーイ、こんにちは。贈り物は無事届いたかしら?先日、お世話になったお礼よ。可愛がって上げて頂戴ね』だって」
「何のつもりなのかしら、あの女は……」
とても額面通りに受け取れない姫子が苦虫を噛み潰したような面持ちで顎に手を当てながら呟く。その隣では、ヴェルトも万が一を考え、杖を手に箱を睨み付けていた。
「開けてみていい、かな?」
「俺がやる」
穹が申し出れば、ヴェルトが皆を庇うように前に出て、箱を封じる色鮮やかな赤い飾り紐を解き、開封する。
緩衝材取り払い、中から現れた物は見た目で解り易い爆弾などではなく、見覚えのある二足歩行の兎に似た形をした物体。ピノコニーに於いて仮面の愚者が起こした騒動を踏まえ、人形の姿をした何某である可能性を考えれば油断はならなかったが、ヴェルトは同封された手紙をそっと開いた。
これは献身的に色んなお手伝いをしてくれる知能機械よ。
教えれば教えるほど学習して優秀な助手になってくれるわ。
龍の子が気に入って可愛がってくれてたみたいだから、見た目も性格も刃ちゃんに似せておいたの、是非可愛がって上げて。
起動コードは『起きて』。知能機械を終了させる中断コードは『また会う日まで』よ。
座らせておけば充電できる機器も同封してあるから、充電は忘れないように宜しくね。
ヴェルトが淡々と読み上げ、星核ハンターの一員である刃に似た見目の兎を険しい目つきで眺める。以前見た物とほぼほぼ変わりないようだった。
一つ違う点を上げれば、有機生命体ではない所だ。この兎には口が無く、顔の部分は液晶モニターのようになっており、刃が姿を変えられた状態の物とは幾許か違う。
「起きて」
「こら、穹っ⁉」
背後で佇んでいた穹が起動コードを口にし、ヴェルトを慌てさせた。
ヴェルトは星核ハンターが完全な敵ではないものの、決して諸手を挙げて歓迎するべき相手ではないと認識している。だが、星穹列車の面々よりはカフカと親しい穹からすると、性質の悪い悪戯はしても『脚本を乱すような行動は決してしない』と、知っている。故に、愛らしい二足歩行の兎を躊躇無く起動させた。
「ンナ……」
真っ黒だった画面に、大きく丸い紅の目が点灯し、何度か瞬いた。
兎は周囲を不思議そうに首を傾げながら見回し、ヴェルト、姫子、丹恒、なのか、穹、パムを認識すると立ち上がって頭を下げた。
「ンナン」
「挨拶してるのかな、可愛い~」
穹が躊躇無く兎を抱き上げ、顔に頬ずりをする。
「ンー……」
ただ、兎は穹の頬ずりを嫌がるように背を反らし、眼を閉じて不服そうな声を上げる。
「なぁ、刃に似ているのなら、あまり構われるのは好まないんじゃないか……」
「そうかなぁ、刃ちゃん、丹恒には大人しく抱っこされてただろ?」
「あれは眠ってたから、仕方なく抱えていたんだ」
背中にやや嫌な汗を掻き、丹恒は少しばかり事実に脚色して誤魔化す。
穹は丹恒の言い訳に納得はしないまでも、兎に嫌がられている事実はあるため渋々と床に降ろし、頭を数度撫でるに留めてヴェルトや姫子といった場を仕切る大人達を交互に見やる。
「本当に安全なの?」
姫子は未だ信用出来ていないようで、訝しげな表情のまま兎を睨み付け、機械を好むヴェルトは表立って肯定はしないまでも見慣れない最新機器に瞳を煌めかせていた。
「ふむ、先ず可笑しな信号や機巧がないか俺が調べてみよう。おいで」
兎は己が信用も信頼もされていない会話に顔を俯かせ、上目遣いで不安げな様子を見せたが、ヴェルトに手を差し出されて素直に掴み、抱き上げられる。
「暫く俺の部屋には近づかないようにしてくれ」
そう言ってヴェルトは兎と共に部屋の中へ引き籠もってしまった。
システム時間にして十時間ほど経った頃、一通り調べ終わったのか晴れやかな上機嫌でヴェルトが兎と共に部屋から出てラウンジまでやってくると、『危険は無い』との宣言がなされた。
「これは実に素晴らしいな。繋ぎ目すらなく、伸縮性豊かで柔らかい皮膚を作る技術といい、組み込まれた機械の緻密さもさることながら極限まで軽量化もなされている。機体の知能を決定する論理コアには膨大な学習プログラムが書き込まれている事からも、これを作った人は天才だな、カンパニーにこの機械は登録されていないようだったが、どんな天才がこれを作ったのか……、調べても調べても調べ尽くせない……」
「本当に大丈夫なの……?」
ヴェルトの興奮についていけない姫子が溜息を吐いて半眼で見やる。
「あぁ、この子は武器らしい物は一切、持たせられていないようだな。簡単に言うとお手伝いロボット兼、愛玩用と言ったところか」
「完全に危険は無いんですね?」
「あぁ、物理的な危険はないと保証する。なんならもっと調べさせて貰いたいんだが……」
ちら。と、足下に居る兎をヴェルトが見ると、兎は耳を萎れさせ、一番近くに居た丹恒の後ろに隠れてしまう。
どのようにやったかは知れないが、壊れてもいないのに長々と体や脳の中身を見られ、弄られていたようなものだ。機械としても感情があるとしたら、気持ちいいものではないのだろう。兎にとって、ヴェルトはほんのりと嫌がられる存在になってしまったようだった。
「何かあったら俺に言ってくれ。簡単な修理も請け負おう」
「ンナ……」
実際、何と言っているかは解らないが、端的に『嫌』と、兎が言ったように聞こえて緊張感のないなのかが吹き出していた。
「まぁ、危険が無いなら良かったじゃん。新たな可愛い列車の一員って事でさ」
「本当に?盗聴や盗撮等の危険は無いの?」
楽観的ななのかの科白に反論するような形で姫子が苦言を呈する。
記録を保存するための記憶素子はあるにしても、厳重なプロテクトコードが幾重にもかけられており、他人には早々覗けないはずではある。が、ヴェルトがふ。と、何かを思い出したように声を上げる。
「あちらには凄腕のハッカーお嬢さんが居るんだったか、矢張り返品するか?」
「えぇー、返しちゃうの?こんなに可愛いのに!」
穹が抗議の声を上げ、長いものに巻かれがちななのかはどちらにつくか判断しあぐねており、丹恒は足に纏わり付く兎をやや眉を下げて困ったように眺めていた。
「返すと言っても、ハンターの連中が今どこに居るか解ってるんですか?」
「それは……」
丹恒の言葉で、姫子を筆頭に皆が眉根を寄せる。
星核ハンターが、宇宙のどこを彷徨っているかなど誰も知らない。
穹がメッセージで問いかけてもそれだけは教えて貰えないのだ。
「宇宙に放り出す訳にもいきませんし、資料室に置いておきましょうか……。あそこの情報なら全てに開かれているので、機密情報となるものもありませんから」
「そうね、そうして貰えると助かるわ……」
姫子の部屋やパムの車掌室等、ラウンジや資料室以外は星穹列車に関する大事な情報や記録が存在している。
生き馬の目を抜くような世の中である。星穹列車に秘するようなやましいものはないが、つけこまれる弱点と成り得る情報など、不利になるものを外部に流す訳にはいかない。
丹恒の提案が無難として姫子は頷くも、『あの女は、うちを何だと思ってるのかしら』などと内心ぼやいていた。
「あたしの部屋でもいいけど!」
「俺も!」
なのかと穹も見られて困るものはないとして声を上げるが、穹は既に過剰な接触行為を嫌がられ、なのかは以前に兎となって来た刃への行動を思うと却下せざるを得なかった。
「前も丹恒が独り占めしてたのに、ずるーい!」
同じ科白を同じようにきゃんきゃんと喚く二人へ疲れたような眼差しを向け、丹恒は考え込む。以前、兎が来た時は生き物を好き勝手扱う事を良しとしなかったが、今回は機械だ。だが、感情があり、思考が出来、学習能力も高いとなるとスクリューガムや、スクリュー星のオムニックなどが頭に浮かんでしまう。
肉体を構成する物質に相違があるのみの有機生命体と機械生命体の違いはなんなのか、実に難しい問題となる。
サイエンスフィクションを描いた作品に頻出するような恒久を生き続ける機械などは存在せず、部品は動けば動くほど摩耗し、記憶媒体にも劣化はある。要するに寿命があるのだ。どれほど頑丈だとしても何らかの形で終焉は訪れる。
無論、機械は部品、記憶媒体を交換し続ければ半永久的に存在を維持する事は可能であるが、交換をし続けた結果は、果たして『それ』は過去と現在に於いて、同一個体と言えるものなのか。そんなテセウスの船問題が発生してしまう。
ぐるぐる機械と生命の定義を考え出し、思考が逸れてしまった事に気づいた丹恒が切り替えるように、意味の無い『うん……』との声を発し、なのかと穹は益々膨れっ面となる。
「うんってなに、独占宣言⁉」
「狡いぞ丹恒!」
「違う、聞け。手紙にあったように、この者には感情、思考能力、学習能力がある。接し方も解らないうちに弄り回して嫌われたいのか?それとも玩具のように扱われる事を機械なのだから容認しろ。などと強要するつもりか?」
やや詭弁混じりではあるが、兎が怯えるように丹恒の背後に隠れている姿を見て罪悪感が湧いたのか、二人とも押し黙り、互いに視線を交わすとしゃがみ込んで兎を見詰める。
「兎ちゃん、あたし達は別にあんたに意地悪しようってんじゃないの、友達になりたいの」
「そうそう、俺達と遊んでくれると嬉しいな」
「ンー……、ナン」
兎は小さく頷くと、丹恒の足下に隠れつつではあるが穹と握手を交わし、友誼は結べたようだった。
根本的解決にはなっていないものの、一先ずは落ち着いた問題に、姫子は疲れたように珈琲を飲みに行き、ヴェルトは観察記録でも取っているのかメモ用紙になにかしら書き込んでいる。
「資料室に充電器を設置しておくから、暫く遊んでいるといい。玩具にするなよ」
丹恒が厳しめに釘を刺してラウンジから出て行き、穹が兎を膝に乗せながら過剰にならないように気をつけつつあやしていると、次第にぴん。と、立っていた耳が萎れて体が傾いてくる。
「どうした?」
「ンナ……」
顔の液晶部分に内部電池の残量を示すメーターが表示され、エネルギーが切れかかっている事を教える。
「ありゃー、今日は文字通り充電切れって奴だね」
「資料室に連れて行くか」
なのかと穹が資料室へ兎を連れて行くと、丹恒がアーカイブの整理をしており、萎れた姿を見て無言で部屋の隅を指差す。
コードが繋がれた四角の板に兎を乗せると兎の目が閉じられ、板の小さな液晶に充電中を示す絵が出てくる。兎は今スリープモードと言ったところだろうか。
「じゃあ、また明日ね兎ちゃん」
「またなー」
なのかと穹が兎の頭を撫で、休みの挨拶をしたかと思えば、
「ずっと兎ちゃんじゃ味気ないね」
「じゃあ、刃ちゃんで良くない?」
「それ星核ハンターの人の名前じゃん。別のにしようよ」
などと話し合いだした。
刃に似た創造物に、穹は胡麻パイと名付けたが、ならばこの兎は何と名付けるべきなのか、二人は頭を悩ませた。
「ねぇ、丹恒ならなんて付ける?」
「名前か……」
急に話を振られはしたが、聞いてはいたので丹恒は難なく会話に入り、目を伏せて考え込む。
名前とは個を決定する大事なものだ。『生まれて一番最初に与えられる贈り物』である。決して安易な名付けは出来ないが、さりとて良い案も浮かばない。
丹恒は、己で名前を『恒に丹心の如く』を略した言葉にした。
この名を自身で付けた頃は前世の記憶も無く、覚えの無い罪で糾弾、追放され、『自分は一体何者なのか』自身に問い続け、己の存在意義が解らず常に迷っていた。
多くの名付けには、付けた本人の願いを反映するものが多いものだが、刃はどのような思いで自らを『刃』と名付けたのか。
「そう言えば、ハンターの連中が付けた名前はないのか?」
「あ、それ考えてなかったな、ヨウおじちゃんに訊いてくる」
「あたしも行く-」
姉弟のようにくっついて回る二人を尻目に、丹恒はアーカイブ編纂をしていた端末を棚に置くと、兎の前に胡座を掻いて座る。
「お前は、どんな名前がいい?」
声に反応したのか、閉じられていた目が開いてまん丸の目が丹恒を見詰めた。
「ンーン?」
何を訊かれているのか解らないのか、兎は口元、と言っていいのか解らないが、顔の中心部分に手を当てて首を傾げた。見目こそ似せられているが、あの寡黙で常に不機嫌そうな刃が絶対にやらないだろう動作で、丹恒の口元が思わず緩み、優しく顔や頭を撫でた。
「ンナ!」
微笑んだ丹恒に、兎も微笑み返すように目を細め、撫でて貰えて嬉しいのか元気に鳴いた。
本当に、刃の性格を模してあるのか疑問が湧いて苦笑が出そうになるが、どうにか収めて黙って撫でる。
紅く発光している目を眺めながら、刃の紅い眼は柘榴のように深く、鮮やかな色だった事を思い出す。
柘榴はどこぞの神が娘を攫って強引に妻にした際に、冥界の果物である柘榴で黄泉戸喫人をさせ、地上へ返さないように食べさせたものや、子沢山の人食い鬼が子を失う苦しみを知り、人を食わないと誓った際に人肉の代わりに食べるようになったものだとか柘榴に関する不穏な話は多いが、豊穣と繁栄、永遠の愛などを象徴したりもする。
全て聞きかじりの知識ではあるものの、様々な要素が入り交じる複雑さが刃らしいようにも感じて、最早、『柘榴』と名付けてもいいような気もして丹恒は呻った。
あまりの安直さに、『でもなぁ』と、悩んでいれば、
「丹恒、特に名前なかった。って!」
嵐のように飛び込んできた穹に驚き、兎を撫でていた丹恒の手が止まる。
「あ、一人で可愛がってる」
非難する響きを持って穹が口を尖らせ、いそいそと膝を抱えて丹恒の隣に座る。
「名前、考えてきたのか?」
「ぜーんぜん、なぁ、お前は自分で名乗りたい名前とかあるか?」
穹が両手で兎の顔をもみくちゃにしながら訊ねるが、返事をする余裕など兎にはなく、丹恒も同じ質問をしたが、そもそも言葉が通じないのだから訊いても答えようがないのだ。その内、言語を覚えたりするのだろうか。などと、考えながら丹恒は兎を揉みしだく穹を止めて考え込む。
「いざ名付けるとなると難しいな……」
「ぱっと思いついたものでもいいからないのか?」
「無くはない……」
丹恒が珍しく歯切れ悪く喋る様子が面白かったのか、穹にしつこく思いついた名前を問い質され、あまりにもしつこかったがために折れて、刃の瞳に感じた部分は端折って色味の事だけ伝えた。
「柘榴か、オッケー、なのにも伝えてくる。柘榴、また後でな」
意気揚々と立ち上がった穹が、来たときと同じく嵐のように去って行き、隣の部屋の扉が激しく開く音がした。あの男はなのかが着替えていたりしたらどうするのか。呆れた心地になりつつ丹恒は穹の激しさに驚いて固まっている様子の兎の頭を再び撫でた。
「あー、お前は、柘榴でいいのか?名前」
「ン?」
首を傾げる辺り、良く分かっていないようだ。
呼んでいれば自分の名前だと覚えてくれるだろうか。
今はただ撫でて貰うことが嬉しいのか、うっとりと眼を細めていたため、スリープモードに入るまで何となしに撫で続けていた。
▇◇ー◈ー◇▇
「お前はよく手伝ってくれるな」
「ンナ」
柘榴と名を付けられた兎は小器用に色んな手伝いを熟し、車掌のパムを満足させていた。
「お前が居てくれるお陰で掃除効率も二倍じゃ」
二匹でモップを持ってせっせと床を拭き終わり、晴れやかな笑顔のパムに褒められて嬉しいのか、柘榴も笑顔で跳ね回る。
「どう考えても刃ちゃんって雰囲気じゃないよね-」
「お前もそう思うか?」
表現するなら、いっそ手伝いしたがりの幼児に近い。
褒めたり撫でられるのが大層嬉しいらしく、初手の印象が最悪だったヴェルトを除いて柘榴は列車の面々にくっついて回る。最早、刃に似ているか似ていないかはおいておくとして、大層、可愛らしいことだけは間違いない。
「初日以外は充電なくなりそうになると自分で資料室に行って座ってるし、柘榴が自分の名前って直ぐ気付いたしさ、ほんと賢い機械だな」
「そうだな。いつも大人しいから手も掛からない」
「え、そうかな?丹恒には大人しいのか?」
「俺がアーカイブ編纂や本を読んでいる時は膝に乗ったり、脇腹の辺りにくっついて大人しく座っているが?」
「へー、そうなんだ。可愛いね」
穹がテーブル席で淹れて貰ったお茶を啜りながら所感を呟き、面前に座る丹恒が肯定する。星核ハンターが送りつけてくるからには、どんな厄介事が持ち込まれるのか不安に思っていた心は半ば和らいでいる。
無論、姫子は未だ警戒を解いてはいないが。
「いいなー、俺も膝抱っこしたり、一緒に寝たいんだけど」
「お前は寝返りで潰したり、ベッドから蹴り落としそうだから駄目だ」
「俺そんなに寝相悪くないけど-」
なのかが時折、柘榴に可愛らしいフリルだらけの寝間着を着せて一緒に寝ている事を羨ましがった穹の発言を丹恒が一太刀の元に切り捨てる。
実際、丹恒は穹の寝相がどうかなどは知らない。が、例を挙げるならブローニャによる宣誓が成されたベロブルグのゲーテホテルへ世話になった挨拶に行った際、泊まり客の一人が箪笥に隠れ顰み、従業員を脅かした事件が発覚した。客の特徴、部屋番号を聞けばどう考えても穹本人である。
他にも、好奇心から柵を嘗めて舌がくっついてしまい、助けを求める羽目になった事、フックを含めた子供達と隠れん坊をすると言い残して三日も行方不明になった挙げ句、ナターシャの病院に担ぎ込まれた等、幼児並みの好奇心と行動力、そして無駄にある決断力と忍耐を柘榴が高い学習能力を以て真似るようになっては困るため、丹恒は目を光らせているのだ。
「丹恒、なんか俺にばっかり厳しくない?」
「お前は自分の奇行を自覚してくれ」
「そんな変な事してないって」
理不尽に叱られたとでも思ったのか、穹はお茶を飲み終えて柘榴の元へと小走りって行く。
「柘榴ー、追いかけっこして遊ぼう」
「ンナ!」
穹の誘いに諸手を挙げて喜ぶ柘榴。
おいで。と、言いながら逃げる穹。
それに鬼の形相となるパム。
「こらー!お前等、掃除したばかりで埃を立てて汚す気か⁉」
叱られた一人と一匹は泡を食いながら散開して逃亡し、柘榴は丹恒の膝の上に逃げ込む。
「遊ぶのもいいが、程々にな」
「ナン……」
「柘榴、車内は暴れる場所では無いぞ。いいな!全く、あやつにも後でしっかり灸を据えておかねば……」
「ンナァン……」
ぶつぶつ愚痴っているパムが遠ざかると、柘榴が慰めて欲しそうに額を丹恒の胸に擦りつける。甘やかしすぎても良くはないが、矢張り甘えられると嬉しいもので、丹恒は柘榴の背中を撫でて要望通りに慰めてやった。
「充電しに行くか」
撫でていればじっと動かず、スリープモードに入ったようだったため、茶器を片付け、丹恒は柘榴を抱えて資料室へと移動する。
「ゆっくり眠れ」
出来得る限り衝撃がないよう静かに充電器の上に柘榴を置き、丹恒はいつも通りにアーカイブの編纂をにかかった。そして、どの程度の時間が経ったのか、充電が終わった柘榴が立ち上がり、丹恒の腕を引くと布団を指し示す。
「あぁ、休めと……」
時間を見れば、数システム時間は経っており、首や肩が凝っている。
自身の手で肩を揉み、肺の中にある空気を一滴残らず吐き切ってから息を吸う。集中しすぎて呼吸すら浅くなっていたようで、喉が詰まったような感覚が薄まった。
上着を抜いて柘榴に手を引かれるまま煎餅布団へ俯せに倒れ込む。少し前から、首や肩を解すためのネックマッサージャーがどこかへ消えたため、寝る前の寛ぐ時間が無くなった事が悔やまれる。
夢中になっている間は気付いていなかったが、肩や首が中々痛い。
「椅子と机でも買うべきか……、しかしな……」
飽くまでもここは資料室であって自室ではなく、私物で占有してしまう事は避けたい。
丹恒は以前、常に何かに追い立てられ、逃げ回っていた。星穹列車にも長くは留まるまいとの意識の元で、資料室を間借りするつもりでしか無かったが、今は刃とも殺し合う立場ではなくなった。逃げる必要がなくなったのだ。
長命種である己が、どこまで彼等と時間を共有できるか解らないが、自室を作ってもいいのだろうか。だが、今更過ぎて言い辛く、アーカイブの編纂をするに当たり、疲れたら直ぐ側に寝床がある楽さは何物にも代えがたい。
「ンッンー」
「解してくれてるのか?はは……」
柘榴が背中に乗ったかと思えば、小さい手を使って懸命に揉んでくれている。
それだけでも十分に癒やされそうだが、効率を考えると拙いと言わざるを得ない。
「そうだな、背中を歩き回ってくれると嬉しい」
「ン⁉」
成る程!とばかりに柘榴が立ち上がり、とことこ背中を歩けば、程良い重みと足先の小ささが程良く背中を刺激してくれて随分と心地好かった。
とろとろと丹恒の意識が微睡み、瞼が落ちる。
▇◇ー◈ー◇▇
丹恒が目を覚まし、手に柔らかい感触を知覚すると抱き寄せる。
柘榴が隣でスリープモードになっていたようだった。
眠ってから然程時間は経っていないのか、耳を澄ませても食事を用意している音はしない。
これ幸いと柘榴を抱き締めたまま、丹恒は再度目を閉じて眠っていた。
「丹恒、ご飯じゃぞー」
「あぁ……」
起こされて目を覚ますと、柘榴は充電器の上でスリープモードになっており、いつの間に移動したのか残念な心地となった。機械故に充電が必要な事は理解していても、何となしに寂しいものだ。
「早く来るんじゃぞ」
「分かった。ありがとう……」
肩を撫でると思ったよりは痛くない。
懸命に背中で歩き回ってくれていたお陰か寧ろ快調だ。
「ありがとう」
充電中の柘榴を起こさないよう頭を撫で、朝の支度を終えてラウンジへ赴く。
「おはよー」
ぼさぼさ頭の穹が寝惚け眼で目玉焼きを突いており、洗顔すらしていないようだった。
また銀狼と徹夜で通信対戦でもしていたものか。
「ゲームも程々にしておけ」
「ついマルチで盛り上がっちゃってぇ……」
丹恒はゲームをし慣れていないため、画面に向かって腰を据えながらキャラクターを動かす楽しさが今一分からないのだが、見方を変えれば通信端末を持って画面を操作する姿に関しては穹と丹恒は然して変わらず、目標を達成するために一つ一つ作業を終わらせ、するべき事を積み重ねていく工程自体は変わらない気もしてくる。
丹恒が、文章を読んで知識欲を満足させ、編纂を終わらせていく工程をある程度楽しんで居るからこそ成り立つ視点であるが。
「柘榴の話とかもするんだけど、あの兎って特別性でさ、感覚同期モードにして外部から操作もできるんだってさ」
「それは、星核ハンターが柘榴と感覚同期をして列車内を見て、触れられると言う事か……?」
「あ……、あぁ、まぁ、そうなるな……」
「なんですって?」
丁度、穹の衝撃発言が出た所で姫子が身支度を終えて食事に来たため、真っ直ぐに資料室へと歩いて行き、柘榴の首根っこを捕まえ、ぶら下げて戻ってくる。
「穹、丹恒、なのか、貴方達には悪いけれど、この子は処分させて貰うわ。何のために送ってきたのかと思えば、こちらの監視でもしてたのかしら?不快だわ」
声色に細やかとは言えない怒気が混じっていた。
星核ハンターを一切、信用などしていない姫子からすれば、悪さをするための隙を伺っていたとしか思えないからだ。
「ン、ンーナァー……」
「姫子さん落ち着いて」
「落ち着いていられるものですか……⁉」
丹恒が促せど、ぶら下げられた柘榴が悲しげな響きで鳴きながら小さな手足をばたつかせるも、怒り心頭の姫子には届かない。
彼女には星穹列車を護る責務がある。なればこそ、他の面々よりも神経質にならざるを得ず、万が一、星穹列車が危機に陥った場合、緊急時にこの機体を使ってハンター達が妨害工作を行う可能性が1%、否、それが小数点いかであろう許容はし難かった。
「の、のう、通信が入っておるぞ」
「誰から⁉」
「今、繋げる……」
パムが慌てて通信を繋げるとホログラムが形作られ、カフカが姿を現し、遠くからスマートフォンを背中に隠した穹が不安げに様子を伺っていた。
『姫子、そんなにピリピリしないでよ。別に何にも悪さなんてしてないのに』
「あんた、こんな物送って何のつもり⁉」
玲瓏な声が車内に響き、威嚇する猫の如く毛を逆立てている姫子を煽るような真似をする。
『何のつもり。って、メッセージで送った通りよ?お世話になったお礼。あとは、そうねぇ、銀狼が偶には直接、穹と一緒に遊びたいって言ってたし、刃ちゃんも龍の子に会いたがってたみたいだから、可愛い部下達の望みを叶えて上げたかっただけよ?ねぇ、柘榴ちゃん、何にも悪さなんてしてないわよねぇ?何なら記憶素子のプロテクトコードを外して上げるから、見てみたら?』
姫子の前にしゃがみ込み、柘榴にも話しかけながら、ころころとカフカは笑う。
『子供達が可愛がってるから、気になってても対処できなかったんでしょ?君って優しいのね』
「煩いわね、さっさとプロテクトを外しなさい」
『はいはい、銀狼、お願い」
遠くから返事が聞こえ、柘榴から電子音がしだすと顔の液晶が数秒ほど黒くなり、突然光り出した。
『感覚同期する時は、柘榴ちゃんの論理コアがスリープして、一瞬だけ画面が暗転するから解り易いわよ。じゃ、楽しんで』
一方的にカフカは通信を切り、柘榴の顔からは何かの映像が流れているようで姫子は慌てて自室へと連れて行き、明かりを落として壁に投影する。
柘榴が星穹列車にやって来てから一月程度ではあるものの、確認のために視聴するとなると相応の時間が掛かりそうで、考えるだけでも疲労感が増した。
姫子は珈琲をかぶ飲みしながら自身は映像の確認を進め、解析はヴェルトに頼み、不審な映像の除去、情報の送信が無いかを確認して貰っている。
定期的に柘榴を充電しながら倍速、早送りをしながらほぼ休まず一週間度で映像を見終えて、姫子は大きな溜息しか出なかった。
結果は白。銀狼が繋いだと思われる時は穹とボードゲームなどオフラインでしか楽しめないゲームで遊んでいただけで、遊び終わったら接続をあっさり切っていた。刃が繋いだと思われる時は、ただ丹恒の膝の上にじっと座っていたり、眠る彼の頭を撫でたり、腕の中に潜り込んでいただけだ。
個人の行動はどうでもいいのだ。大事なのは星穹列車を探り、害するような行動の如何である。
否、油断させる罠では?などと、疑おうと思えば幾らでも疑えるのだが、疑わしきは罰せずとも言う。
「皆と遊んだり、パムの手伝いをしたり、甘える行動は柘榴の固有行動のようだ。今の所、悪意はないようだが……」
「どうしたらいいのかしら……、頭が痛いわ」
疲労と過剰なカフェインの取り過ぎもあるが、悪意のない可愛いだけの映像を疑念を持って見続けた精神的負担の重さは半端ではなく、それは姫子をだらしなくソファーに沈み込ませていた。
「まだうちの情報は漏れていないし、一番は返却だな」
穹、なのかは大いに騒ぎ嘆くだろう。
丹恒は賢さ故に理解は示しても、解りづらくも矢張り可愛がっていたため隠れて悲しむだろう。
「感覚同期をなくせば……、許容範囲、じゃないわね。向こうから操作してたわ。ほんっとあの女は面倒事ばっかり持ち込んでっ!しかも、面白がってるし!」
両手で顔を覆って姫子が足をばたばたと動かす。
心労と心配と疲労の極限状態で、少々幼児返りをしている。
「姫子、落ち着け。あの子達が悲しむだろうが、こちらがコードを弄る権限がない以上、この子は列車から降ろすしかない」
姫子がずるずるとソファーから床に落ち、
「少し寝るわ……」
とだけ言って目を閉じた。
若い三人には決して見せない姿である。
ヴェルトが姫子を抱え、寝台に横たわらせて柘榴を抱き上げた。
「お前は何も悪くないんだがなぁ、すまないな」
「ン……」
ぺた。と、耳を下げ、全てを理解しているらしい柘榴が小さく返事をする。
皆に説明するとなると気が重い。ヴェルトは大きく背伸びをすると経緯を説明するためにラウンジへ移動した。
三人の反応は大凡、ヴェルトの予想通りで、パムも星穹列車を何よりも優先するために何も言いはしなかった。それでも、可愛い弟分のように扱っていたため、気落ちはしている。
「穹、この子を近くの惑星に置いていく。彼等も船は持っているのだろう?三日滞在して、それでも引き取りに来なければ置いていく」
非情な決断ではあるが、致し方ないのだ。
丹恒と穹となのか、三人を説得していると、ヴェルトに抱えられて萎れきった柘榴の耳が突然、ぴん。と、張った。
「あー、あー、穹、聞こえる?なんか揉めてるんでしょ?」
「銀狼?」
柘榴の眼が紅から透明感のある紫に変わる。
話し合いの結果を報告すると、銀狼は直ぐに納得し、
「仕方ないねー」
と、あっけらかんとしたものだ。
柘榴の列車滞在が長続きするとは端から思っていなかったようである。
「心配しなくてもフル充電にして、適当な場所に下ろしてくれたら救援信号出して迎えに来て貰うから大丈夫」
「お嬢さん、それで本当に大丈夫なのか?」
「平気、そんなに柔な機体じゃないから」
銀狼は親指でも立てているのか、皆の前に片手を突きだしてふんぞり返っていた。
送りつけた本人がそう言うのならば。そう判断し、星穹列車をあまり発展していない雰囲気を思わせる場所に臨時で降り、直ぐに飛び立つ。
ハンターは全宇宙に指名手配されているのだから、目立つ関わりは持たない方が無難である。
▇◇ー◈ー◇▇
「柘榴……、もっと可愛いお洋服着せて撮りたかったぁ……」
「俺ももっと遊びたかったな」
柘榴をハンターへ返却してから数日。
姫子とヴェルトは疲労が祟って昏々と眠っていた。
なのかと穹はヴェルトの想像通り、解り易く落ち込み、パムは何かに急かされるがごとく懸命に列車通常業務をこなし、丹恒は資料室から一切、出てこなくなった。彼等なりに気を紛らわしているのだろう。
ぴろ。と、穹のスマートフォンから通知音が鳴り、のろのろ取り出す。
「あ、柘榴、あっちでちゃんと可愛がられてるみたい」
穹が声を上げ、送られてきた写真を見せると、なのかが笑顔になる。
「えー、なに、可愛い-」
「丹恒にも送ってやろ」
二人で騒ぎながら、丹恒の端末へと写真を送りつけてた。
銀狼から送られてきた写真はペンギン、猫、犬と様々な着ぐるみを着せられた柘榴で、カフカには膝に乗せて撫でられ、ホタルとはおやつ作りを、銀狼とはゲームをする様子が送られてきた。
因みに、写真は全て刃の端末から送信されている。恐らくだが、本人はスマートフォンを奪われているだけで、一切触れていないだろう。
「パムー、着せ替えごっこしない―?」
「いやじゃ!」
可愛い写真を見て気分が上がってきたらしいなのかがパムを誘うも、瞬時に断られて逃げられていた。
「えー、そんな事言わないでよー。ちょっとだけ、ね?」
穹は逃げるパムを追いかけていったなのかの背中を見送り、しゅぽ。と、音を鳴らして送られてきた写真を見やる。
「こっちから感覚同期して向こうに行けないのかなー」
そこには柘榴が抱き締められながら、刃と共に眠っている写真だった。
無論、穹にハンターの拠点を探ろうなどと言う意図はない。
ハンター達が束の間程度、星穹列車にて指名手配の身分を捨て、日常を味わって楽しんでいたものと感情は然して変わりなかった。
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おまけ
ふと、写真を眺めていた穹が、向こう側に居るだろうカフカか銀狼に向け、
「そう言えば、ホタルはこっちに遊びに来なかったのか?」
と、文字を送って訊ねる。
「ホタルは、普段あのごっつい装甲を纏って戦闘してるでしょ?だから、非戦闘用の機体は加減が解らないから怖くて出来ない、って言ってたよ」
「そっか、じゃあ仕方ないな。またそのうち会えるだろうし、それまではマルチで遊ぼう」
「オッケー、簡単な奴ならホタルも出来るし、なんか良さそうなのあったらメッセするよ」
銀狼の素早い返信に穹は納得し、パムが耳で丸を描いているスタンプを送った。
穹は椅子から立つと、丹恒の様子を見に行く。
送りつけた写真を見たかどうか気になったからだ。
特に、最後の刃が柘榴を抱き締めて眠っている写真は必ず、何かしらの反応を見せるはずで、穹はわくわくしながら静かに資料室の扉を開く。
そこでは丹恒が大きく背伸びをしており、メッセージに気がついていない様子が見て取れた。少しばかり落胆しながら穹が声をかけようとすると、
「はぁ、背中を踏んで欲しい……」
なにやら、腕を回しながら特殊な嗜好を呟いた。
丹恒、いつから踏まれたいなんて趣味に目覚めたの?
衝撃を受けながら穹は一旦扉を閉め、親友の新たな趣味を受け止めるべく深呼吸と共に心の準備をしてから開くのだった。