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スターレイル用

愛よ永遠なれ

・モブから見た楓応
・相変わらず碌でもない目に遭う応星
・ほんのり僅かなR18描写
・本人達は一割くらいしか出ない

 ▇◇ー◈ー◇▇


 刻は夕刻。
 持明族の男が大量の書簡を抱えて龍の宮を訪れると、執務室に龍尊たる丹楓が居らず困り果ててた。

「飲月君は一体どこに行かれたのだ」
 男は苛立たしげに仕える家人に向かって所在を訊ねるも、口の中でもごもごと呟くばかりで要領を得ない。男の苛立ちは増していくばかりで次第に当たりもきつくなっていく。
「いらっしゃるんですが対応できない状況と申しますか……」
 家人は男から視線を逸らし、腹の前で組んだ手を頻りに擦り合わせていた。
「なんだ、お体でも悪くされたのか?」
 彼の龍尊は傷の治療は出来ても、病までは治せない。
 豊穣の薬師から祝福を受けた天人、不朽の龍の末裔たる持明は定命の者よりも遙かに頑丈とは言え、医者の不養生との言葉もある通り、自身を疎かにすれば体調を崩す事もあり得るが丹楓が床に伏せるなど、彼が今生の生を得てより初めての事態となる。
「ならば何故、医師の一人も呼んでおらんのだ。貴様は突っ立ってるだけの案山子か!」
 龍尊が倒れたとなると非常事態である。
 にも関わらず、屋敷の中は静かで誰一人として慌てておらず、あまりの暢気さに男の憤りは昂ぶっていくばかり。
「違います。違うのです。ご病気ではありません」
 男が足早に屋敷を出て医師を呼びに行こうとしたため、家人は慌てて面前に出て移動を阻む。
 夕刻ではあるものの、まだ夕餉も用意されていない時間帯であり、食事中とは考え難く、持明の長老である龍師への対応をしているのであれば、最初からそう言うはずである。
「ではなんだ?」
「そのう……」
 再び背中を丸めて顔を俯かせてしまった家人へ、男は盛大な溜息を吐きそうになったが、どうにか押し止めると『何らかの事情があるかも知れない』と、冷静になるように努める。
「先ず、第一に飲月君はどこにいらっしゃるのだ」
「寝所に……」
「もう休まれておるのか?」
 矢張り、体調が。そう思考が繰り返されそうになるが、家人の顔が赤らみ出したため男は首を傾げる。
「ええい、はっきり申せ。私も暇では無いのだ」
 どれほど気の長い長命種と雖も下らない押し問答で時間を浪費する趣味はない。
 押し黙る家人に書簡を押しつけると、男は子細を確認するべく寝所に向かいだした。
 相変わらず家人は挙動不審に制止の言葉を吐くが、男は意に介さず歩を進め、辿り着いた寝室の扉の前で瞠目しながら固まっていた。

 俗な言葉で言えば『取り込み中』である。
 寝所の中からは寝台の軋む音と共に啜り泣くような甘ったるい声が漏れ聞こえ、一際大きな声が上がると同時に密やかな笑い声が混じる。

 男の苛立っていた心は霧散し、動揺に目を泳がせ、両手に抱えた書簡を支えながら袖を引く家人の手に従って元の執務室の前に移動する。
「そういう事です……」
「う……、む」
 男は言葉を詰まらせながらも平静を取り戻そうと顎を撫で、深呼吸を繰り返す。
 転生を繰り返す持明族にも性別の概念はあり、性行為自体は可能である。しかし、生殖能力がないため子孫を残そうとする本能が薄く、それに伴い性的欲求が皆無とまで言える者も居る。
 その筆頭のような龍尊が、仕事も放り出して行為に耽っている事実に男の頭は何も考えられなくなっていた。
「今、邪魔すれば、龍尊様の逆鱗に触れまする……」
「それほど、あの遊びをお気に召して居られるのか、嘆かわしいな……」
 所詮、仔を成せない持明。
 意味の無い行為でしかないと一番理解している龍尊が行為に更ける理由など、気まぐれな遊戯以外に浮かばなかった男が零せば家人は物言いたげに上目遣いに見上げてくる。
「なんだ」
「遊びではございません。丹楓様は心の底からあの方を大事にしておいでです」
 促すと家人が意を決したように背筋を伸ばして男へ物を言う。
 男は持明族の中でもそれなりの地位に居る。それを龍尊の側仕えとは言え、家人如きに反抗されたのだから意表を突かれて二の句が継げなくなった。
「そもそも、あれは少し前に、一緒にお食事をする約束をされていたのですが、あの方のお仕事が忙しくなったからと反故にされまして……、だから、今日は逃がさぬと……」
 性的な物事であるからか、相変わらず言い辛そうに物を言うせいで要領は得ないが、約束を反故にされた丹楓が、偶々所用で訪れた者を捕まえて寝所へ引き込んだのだとは察せられる。
「飲月君がそれほど執心しておるのか。それはどこの誰だ?」
「百冶の応星様でございます……」
 男は意識が遠のいて倒れそうになった。
 朱明から来た短命種の職人へ、かなりの寵愛を注いでいる話は聞き及んでいたが、寝所へ連れ込むほどとは想像だにしておらず、今度は眉間に深い皺を作ると共に頭痛を和らげるようにこめかみを揉んだ。
「短命種に入れ込んでも良い事などないと言うに……」
「わたくしも、そう思います……」
 男は忌々しそうに深く嘆息しながら毒吐くと、それに呼応するように、家人がか細く呻くような声を漏らした。

 男が黙っていれば、殊俗の民である応星と持明族である丹楓は生きる時間があまりに違う事を悲嘆する。今は応星もまだ若いが、彼は後、百年程度すら生きないのだ。
「丹楓様はあの通り頑固な気質をお持ちですし、応星様を亡くされたとて簡単に割り切れるとは思えないのです……」
 と、家人は溜まっていたのだろう心情を吐露する。
 男とは少々違う思考であるが、一種、長命種の病とも言える事象だ。
 激しい恋をして、その者が居なければ最早生きられぬとまでなれば、長命種とて所詮は人間であるため愚かな選択をする。
 運命を覆してでも命を長らえさせようとする。死したる者を取り戻そうと足掻く。手の中から零れ落ちそうな、落ちた命を必死に抱き留めようとするも失敗した挙げ句、感情の軋みから自身が摩耗し尽くして魔陰の病にかかる者も存在する。

 仙舟では定命の者を長命種に変える研究をするだけでも罪になるのだ。
 法で縛らねばならないほど、この愚かな企みを実行しようとした者が多かったという証左である。思い出だけで人は生きられず、もしも、仔でもあれば、その存在を糧にも出来るが、残念ながら持明ではそれすら叶わぬ夢なのだ。
「今日明日で死ぬ訳でもあるまいし、勝手に先を妄想して不吉な事を申すな。私が懸念するのは、短命種如きに耽溺しすぎて公務を疎かにするような行動を他者に知れたら、飲月君の威厳が損なわれるであろう。それは貴様等が外部に漏れぬよう、細心の注意を以て秘さねばならぬ物事であるぞ。よもや、今のようにべらべらと口外してはおらぬだろうな?」
「い、いえ、まさか⁉」
 家人は指摘に顔を赤らめて首を撫でながら反省を見せ、腕の中にある書簡を無駄に整理してみたりする。
「ふん、短命種の多くは色を好むからな、はしたなく強請って飲月君を惑わしておるのだろう」
「それは違います。いつでも丹楓様が強引で、可愛さ余ってなのでしょうが、応星様は我々ほど肉体が頑丈では無いと解っていてもお放しにならないのです。今日は久々の逢瀬ですし、早くても夜半までは寝所から出て来られないかと」
 男が分かり易く短命種である応星を蔑めば、む。と、顔を歪めて家人が反論する。
 先程の予想といい、随分と応星に肩を持っている様子で、諸々を吐露したからには今更とぶちまけているのだろう。
「今は夕刻だが?」
 ちら。と、男は執務室の前にある窓を見やる。
 外は朱が差してはいても、まだ明るい。
「毎度の事です。応星様はお部屋から出てきても自ら立っていられないほど消耗されているので、時折不憫になります」
 龍尊に仕える家人にしか見られない惨状である。
 他にも、湯を用意するために終わりそうな機を見計らう必要があり、他にどうしてもやらなければならない仕事が無ければ家人は寝所近くで待機していた。その間、悲鳴じみた声になったり、声が一切途切れた際は、『死んだのでは』などと不安に駆られる日もあると語る。

 もう少し、お加減をされては……。

 家人が丹楓へ苦言を呈すると、幾分、考える素振りは見せても、顔を合わせれば愛おしい気持ちが溢れて止まらないのか、最短でも二時間は出て来ない。
 長命種に比べてかかる病も多ければ、体力も劣る短命種の肉体でありながら、応星は良く耐えているものだと家人は感心し、逆に、よくも丹楓様は愛想を尽かされないものだ。と、これに関してだけは自らの主人へ不審を抱くまであった。
 故に、応星が宮へ訪れた際、調理を担当する別の家人がせめて滋養になる物を食べさせようと尽力していたが、毒味を担当していながら応星の皿に毒を盛って死の淵へと誘うよう者が在ったせいで、彼は屋敷から提供された飲食物を口にしなくなり、家人はただでさえ忙しさにかまけて食べ忘れるらしい応星の食の機会を奪った輩に憤った。
「あぁ、あれか……、あの頃から懇意であったのか」
 丹楓が酷く荒れ狂った事件を思い出し、男は眉を顰める。

 毒を盛られた応星は、丹楓の適切な処置で一命は取り留めたものの中々昏睡状態から復帰せず、己が珠玉を害された龍は逆鱗に触れられたが如く荒れ狂い、屋敷の一部を吹き飛ばして加害者を殺しかけてしまった。毒殺未遂事件として調査に来た仲間であり、友でもある景元が止めなければ、挽肉と遜色ない無残な死体が転がっていただろう。
 後にも先にも、丹楓があれほど感情を露わにした事例はない。
「もう、良い黙れ。屋敷には応星の敵が居るが、味方もおり、何よりも飲月君から応星を取り上げようものなら持明を滅ぼすくらいの決断はしかねない。と、貴様は言いたいのだろう?」
「ご理解頂けて嬉しゅうございます。貴方様であれば分かって頂けると信じておりました」
 家人はにっこりと微笑み、深く頭を下げる。
 どこか愚痴のようでいながら、如何に丹楓が応星を掌中の珠としているかを懇々と語らっていた家人を男は藪睨みする。
「書簡はきちんと渡すのだぞ?」
「それは勿論、しかとお預かり致しました」
 家人は書簡を大事そうに抱え直し、男を屋敷の外まで見送る。

 男は星槎に乗り込みながら長嘆した。
「短命種など、入れ込むと碌な事にならんのだがな」
 未だ、脳へ焼き付く過去の思い返しながら男は流れゆく景色から目を逸らすように床に視線を落とすのだった。

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