レギオンと巨獣が闊歩する危険な惑星にある希少な素材が欲しい。
そんな依頼で呼びつけられた刃が、襲いかかってくるレギオンを切り伏せると採取した薬草を詰め込んだ背嚢を抱え、岩壁に埋まる鉱石を割ろうと不慣れなつるはしを振るっている少年を顧みる。
「あー、かったい~~~、手が痛い~~」
情けない泣き言を漏らす少年、穹に刃は溜息を零す。
「小僧、早くしろ。獣まで寄ってくるぞ」
自らの肉体を強化する贄として、切り裂いた左腕から滴る血液へ視線を落としながら刃は穹を急かす。血の匂いに引き寄せられた肉食の獣が寄ってくる事を警戒しての言葉だが、せっせとつるはしを岩に叩き付けて甲高い音を出す少年の耳には届いていない。
想定よりも目的とする鉱石を包む岩が硬すぎて、掘り出す作業が進まないらしいが何に使うのかは何一つ説明はない。それほど、必死にならなければならないほど重要な素材なのか。
記憶の奥底で似たような行動をする男と、その護衛として傍についていた竜の記憶を思い出してしまい、刃は再び腹の底からの溜息を吐いた。
「刃、三時の方角から獣らしき影が隠れながら近づいている」
針葉樹に似た背の高い樹上で見張り役をしている丹恒が声を張り上げ、指示された方向へと刃が視線をやれば肉食であろう四足獣が飛びかかるも刃の攻撃によって阻まれ、身を翻して木の陰に身を隠す。
この惑星で確認されている巨獣よりも小型ではあるものの、外骨格に護られた体は二メートルを優に越えている。硬質な鎧を身に纏いながらも動きはしなやかで、木陰から覗き見る視線は鮮血を滴らせる刃を捉えて離さない。
穹の護衛は丹恒に任せ、刃は囮として獣に肉を提供しても良かったが群で狩りをするのか獣の数が増えた事。肉体から切り離された部位の修復には通常の損傷よりも酷い苦痛に苛まれる上に、過去の仲間等との会合後、自傷行為に対していやに小言が多くなった丹恒の面倒さを考慮して控えておいた。
「小僧……」
「あとちょっと!」
獣の動きを視線で追いながら、刃は穹へと声をかける。
ちょっと。とは言うが、穹が焦ってつるはしを振り上げて叩き付けても地面に埋まる鉱石は半分も出てきていない。
「穹、後ろに飛べ!」
明確に迫っている危機に対して丹恒が声を張り上げ、樹上から飛び降りると同時に穹が弾かれたように飛びすさり、岩に撃雲。丹恒の槍が深々と突き刺さる。そして、飛び降りた勢いそのままに、丹恒が力任せに柄をきつくしならせると、梃子の原理で鉱石が切り出された。
「やったー!丹恒ありがと!」
飛び出した掌大の鉱石を穹が掴み、快哉を上げる。
「よし、俺がしんがりを務める。列車に戻るぞ」
「おう!」
丹恒が威嚇のために小さな炸裂弾を取り出し獣の群に向かって投げると、何故か驚いた表情で固まっている刃の手を掴み、獣を撒くように岩山を駆け下りて星穹列車の中へと飛び込む。
「お帰り、収穫はあった?」
慌ただしく飛び込んできた一行に対し、列車の見張りを担当していた姫子が珈琲を片手に優雅に足を組んだまま迎える。
「うん、見て!」
穹が背嚢を降ろし、手に持った希少な鉱石を姫子へと渡し、宝物を自慢する子供のようにはしゃぐ穹へ微笑みながら頷く様子は微笑ましいものだった。一方で丹恒と刃は剣呑な雰囲気で睨み合っている。
「なんだ……」
丹恒が問うても、刃は内に広がる怒りを言葉に出来ないのかぶるぶると体を震わせている。もしや、魔陰の身の発作。とも考えたが、そうなった刃は凶笑と共に暴れ狂う筈だった。
「き、きさま……」
絞り出すような声。
剣が振り下ろされる事を覚悟して身構えた丹恒だったが、飛んできたのは剣では無く平手であり、左手に持つ剣ばかりを注視していたせいで反応が遅れて避け損ね、頬を打ち抜かれて唖然とする。
「げ、撃雲、を、あんな風に使っているのか⁉」
魔陰の発作とはまた違う、怒り心頭の様子で刃は声を震わせながら丹恒を責める。
あんな。とは、岩に突き刺してつるはし代わりに鉱石を切り出した事だろう。とは想像が付いたが、刃が何故、怒りを露わにしながらも剣を振るうのでは無く、丹恒を捕まえて背や頭を平手で打ち据えているのか意味が分からなさすぎて戸惑いしか無かった。
「刃ちゃん、落ち付いて!お茶でも淹れるから!」
「小僧!こいつはいつも武器をあぁも雑に使っているのか⁉」
腕で頭を庇いながら、自身が知る刃とのあまりの差異に混乱している丹恒と、荒ぶる彼を落ち付かせようと穹が振り上げた手を掴んで止めようとするも、流れ弾が飛んできて身を竦ませる。
「え、えっと、投げて踏み台とか、つっかえ棒にしたりとか……?」
今までの開拓の旅で、丹恒が敵を倒す以外の用途で撃雲を投げて使っている姿を脳裏に思い浮かべながら答えると刃は額に青筋を立て、穹を振り払うと丹恒へ手を振り下ろそうとした。が、視界が回転するように眩み、足からは力が抜けて列車の床に倒れそうになった。
頭を打つ前に、咄嗟に丹恒が支えたため事なきを得たが、刃の左袖は彼自身の血液によってしとどに濡れており、過度の失血と興奮によって貧血を起こしたのだと知れる。
「刃……」
「だい……、に、あつかえ、と……」
体を支える丹恒にだけ、ようやっと聞こえるような声で絞り出すと刃は意識を失い、列車のラウンジではなんとも言えない沈黙が降りる。
「なんか、刃ちゃんいつもと違ったね」
「あぁ……」
魔陰の狂乱でも、丹恒を煽るような嘲笑でも無く、純粋に怒りを露わにする刃を見たのは後にも先にも初めてで、今更、張られた頬がじんじんと痛み出す。
「刃ちゃん休ませなきゃ、俺の部屋にでも……」
「いい、俺が資料室で面倒を見ておく」
「手伝おうか?」
「いい」
丹恒は端的に答え、意識がない刃を引きずりつつ資料室へと入る。
自身よりも上背、体重があり、完全に脱力した人間を運ぶとなるとかなりの重労働ではあるが、丹恒は助けを借りずに移動する。
ただでさえ白い肌をより青白くさせて目を閉じている刃を、自身の薄っぺらい布団に寝かせると服を脱がせ、血塗れの包帯を解き、タオルを当て、痛みが少ないよう生理食塩水で傷創部を洗浄しながら血を拭って傷を確認をすれば既に蚯蚓腫れ程度になっていた。
「相変わらず凄まじい回復力だな……」
死を追い求めて自ら苦痛の中に身を投じ、骨を折られ、肉を食い千切られようとも前進を止めない不死の兵。今の刃を表すとしたらこんな所だろう。
豊穣の使令である倏忽の寵愛とでも言おうか、倏忽の持つ不死性と同様の肉体を持った刃の修復力は尋常ならざるものだ。それでも、血を流し過ぎればこうして不調を招くのだから、不老不死である事以外はごく一般的な人間の肉体と変わりないようだった。
「俺を殺したいのか、殺して欲しいのかどっちなんだお前は……」
冷え切った体に布団を掛けてやり、文字通り死んだように眠る刃の頬を撫でる。
会合の際、鏡流に借りを返せと死を欲した刃の言動を鑑みるに、彼は丹恒への復讐よりも己の死を優先している。或いは、自身の死が、丹恒に己を殺させる事が復讐でもあるのか。
「お前が何をしたいのか、俺は全く理解できない……」
丹楓の記憶を完全に取り戻せば刃を理解できるのか悩みはしても、思い出せない事の方が多いのだから考えるだけ無駄だ。
景元が霊砂へ話した言によれば、『龍師達は脱鱗しようとも丹楓の記憶が次代の龍尊に引き継がれるよう細工した』そうだった。通りで幽囚獄へ幽閉されていた時分、丹楓に劣る能力、記憶を全く引き継いでいない丹恒への落胆と、加虐が凄まじかったはずだと納得はした。が、それが成功したとして、丹楓が丹楓のまま生まれ変わった場合、元々我が強く龍師達と折り合いが悪かった彼が諾々と従うなどと甘すぎるのではないか。
赤子の内は何も出来なかったとしても、そこから余程強固な、例えばカフカの暗示ほど強力な洗脳でもしない限り、自由への渇望と応星への情を以て丹楓は再び反発をするだろう。
最悪の想定をするならば、役目を捨て、自らの民を捨て、己が渇望のために仙舟を敵に回す可能性すらあった。
そうなったら景元はどう動くだろうか。
羅浮最強の龍を討伐するために。
「いんげつ……」
どこか咎める響きを含んだ声が鼓膜を震わせ、詮無いたらればの思考の海から引き上げられた丹恒が声の主を見やれば、眉間に皺を寄せて睨んでいた。
「何か口に出来るなら温かい飲み物でも作るが……、どうする?」
「要らん……、それより触るのを止めろ……」
指摘され、無意識に髪を撫でていた手を慌てて引っ込め、
「いや、あの、体温の確認を……」
髪で体温の測定が出来るか。そんなわざわざ会話を広げるような真似はせず、刃は気怠げに上体を起こし、雑に手摺りへかけられた己の服と包帯を見やる。
「もう手伝いは済んだ。帰らせて貰う……」
「まだ休んでいろ。体だって冷たい」
「いつもの事だ」
武器を雑に扱うと怒る癖に、自身に対するおざなりな扱いは如何なものか。丹恒は自分自身はどれだけ蔑ろにしても良いとする刃へ眉根を寄せ、
「駄目だ。休んでいろ」
刃が手を伸ばすよりも早く汚れた服と包帯を奪い、そのまま資料室の外へと出る。
強引すぎたか頭の片隅に過りはしたが、揺れていた頭を見るに目眩も残っていそうに見え、無理して帰らせて倒れても宜しくないと自己完結して丹恒は己を納得させる。
「どうしたんじゃ?」
箒を片手に客室車両の廊下へ入ってきたパムに、汚れた服を持ったまま俯いて溜息を吐いている姿を見られてしまった。
「服を洗ってやろうかと……」
「俺が洗っておくぞ。血が染みておるようだから少し時間が掛かる。お前は客人の相手をしてやってくれ」
「ありがとう。頼んだ」
任せろ。と、胸を叩くパムに刃の服を渡し、台所で蜂蜜を多めに入れたホットワインを作ってから資料室へと戻れば、刃は入り口に背を向けて煎餅布団にくるまりながら横になっていた。何かから自身を守るように、出来得る限り小さく体を丸めながら眠る様は、常の立ち姿とは打って変わって頼りなく映り、呼吸音すら聞こえない。
先程までの体温の低さも相まって、心に過った不安を拭うように丹恒は傍に片膝を突くと、顔を隠す髪を払う。
「起こしたな、すまない……」
休むよう言った癖にちょっかいをかけて起こす丹恒に苛ついたのか、横目で睨む刃と目が合い、幾分怯む。
「休ませたいのか構って欲しいのかどっちだ貴様は」
盛大に舌打ちをされ、丹恒は小さく謝罪を口にする。
思いの外、元気なようだ。
「ちゃんと息をしているのか気になって……」
「どうせ俺は死ねない。知っているだろう」
「まぁ……」
言い訳を口にすれば、再び舌打ち。
知らない筈もないのだ。何度殺しても追いすがってくる悪霊の如き刃に怯えて長い時間を丹恒は逃げ回り、鏡流の手によって呼吸を止めた筈の彼が息を吹き返す様とて目の前で見た。
彼にとって、本物の死は渇望しても決して得られないもの。扱いが軽くなるのも致し方ないが、死は本来、限りなく重いもの、恐ろしいものである。
黄泉還ると解っていても、目の前で倒れ伏し、体温が消えていく様は心地良いとは言い難い。だが、丹恒には彼がどうやったら自身を粗末にしなくなるのか判らない。
「体が温まる物を作ってきたから、飲むといい」
手にしていた大きめのマグカップを差し出し、様子を伺うが、刃は中々手に取らず、要らないとも言わない。
丹恒が差し出した飲み物は渡せず、かと言って引けもせず、宙に固定されたまま動けない。
「ホットワインは嫌いだったか?不要なら他の物を持ってくる」
どちらにせよ、訊かねば判らず、丹恒は口火を切る。
「貴様が作ったのか?」
「あぁ、昔、寒い場所へ赴いた際に教えて貰ったんだ。体を温めて滋養をつけるならこれだと」
刃はようやっと体を起こし、丹恒の手からマグカップを受け取ると、しきりに匂いを嗅いで訝しげにする。
「ワインやスパイスは苦手だったか……?」
警戒心の強い獣のような動作で確認行動をとる刃に内心、困惑しつつ見守る。
「いや……、自分で飲食物が作れるのか貴様……」
「永いこと独りで居たからな……、自分でやらなければ生きられないだろう?」
丹恒が孤独に宇宙各地を彷徨う羽目になった遠因は丹楓と刃こと応星にあるが、特に言及はせず要点のみを伝えれば生唾を呑み込み、険しい表情で少しばかり温くなったホットワインを刃が恐る恐る一口含む。
すると、気に入ったのか喉を反らして飲み干し、中に入っていたオレンジや檸檬の輪切りも皮ごと口に放り込んで食べきってしまった。
「気に入ったならもっと作ろうか?」
刃は幾許か逡巡したものの、マグカップを丹恒へ差し出す。
お代わりの要求と判断し、もう少し大きいものに淹れて戻ると丹恒が差し出すよりも早く刃が手を差し出し、受け取ると今度は出来立ての熱いホットワインを少しずつ飲んでいく。
「服が乾くまでまだかかるはずだから休んでおけ。今度は邪魔しない」
中に入っていた果物も食べきり、丹恒を数秒ほど眺めたあと、刃は何も言わず布団にくるまり、静かに眠りだした。
星穹列車内部は特筆して暖かくも寒くもないが、丹恒が服を奪ってしまったがために刃は上裸で眠る羽目になっている。
もう一枚、毛布なり借りられないか、パムに訊ねるために姿を探すと、果たしてラウンジで労働後の茶を飲んでいた。が、そこに予想もしない人物が立っており、丹恒は暫し戸惑う。
直接の来訪ではなく、ホログラム通信を利用してのもの。
金色の眼がラウンジ入り口で止まっている丹恒を視認し、景元は柔和な微笑みを浮かべた。
「羅浮でまた何か?」
初回は壊滅の使令。
次は歳陽が逃げ出して大暴れ。
つい最近は、大掛かりな祭りが開催されたかと思えば歩離人の襲撃があり、羅浮は災禍へ対するに枚挙に暇がない。
また何かの問題事が起こったのか。
丹恒が身構えながら訊ねるも、景元は首を左右に振り、穹に掌を向ける。
「彼が余りにも金欠というのでね、仕事を頼んだんだ。私としては羅浮からの無担保貸し出し、或いは個人的に出しても良かったのだが、英雄殿への賄賂と勘ぐられて六御会議で吊るし上げにあっても困るんだ」
景元が苦笑し、上層部も面倒ごとが多いのだと零す。
彼の立場上、味方も多いが、同時に敵も多いのだろう。
仙舟とて一枚岩ではない事は、薬王秘伝の暗躍から考えても簡単に想像がつく。殊、穹及び星穹列車は羅浮を救った英雄として名が知れており、権威を持った者の贔屓は、癒着や不正取引を疑われ、彼を蹴落とすための格好の材料にされてしまう。なればこそ、宇宙を飛び回る星穹列車へ、希少な素材を得るための依頼を出す形であれば、建て前として不足ないと判断したのだろう。
景元によって説明を受け、経緯は納得したものの、丹恒はまた勝手な真似を。と、心穏やかにはなれない。
どうしても必要な素材を取りに行きたい旨は聞いていたが、よもや換金するため、かつ取引相手が羅浮将軍とは聞いておらず、丹恒が睨め付けると穹は怒られる気配を感じて頭を掻きながら目を逸らした。
「穹……、どうしても作りたい物があるんだろうと深く訊ねなかった俺も悪いが、何故、取り引きがある事を言わなかった?」
「え、景元とは友達だし、言うほどの事でもないかな?って……」
丹恒が足早に近づいて詰めれば穹はしどろもどろと言い訳をする。
穹の行動力は感嘆に値するものであるが、一歩間違えれば自らを破滅に追い込みかねないものもあり、丹恒は毎度、神経をすり減らしていた。
大事な仲間、親友だ。大概の物事は肯定してやれる。が、羅浮では星核ハンターと組んで景元の弟子を籠絡し、ピノコニーでは巡回レンジャーの偽物と夢境の大劇場を経営困難なほどに破壊し、ハウンド家に追われる不正侵入者-これもまた星核ハンターであるーを、庇った挙げ句の共闘。
毎度、どうにかなっている辺り、古い言い回しで言えば天に愛された寵児とでも表そうか。幸運に恵まれている。しかし、だからとて楽観視は出来ない。
今回、危険な任務だから応援を呼んだ。などと言って刃を連れて来た事へも丹恒は度肝を抜かれる心地であった。
危険だから列車残る戦闘人員を多めに確保したい。だから応援要請をする。納得は出来たが、何故、よりにもよって刃なのか。最悪、魔陰の発作が起これば丹恒は確実に刃との戦闘になり、穹の警護に手を裂けない。そうなれば任務どころではなくなってしまう。
結果的に、問題なく依頼は達成出来たが、それは結果論に過ぎないのだ。
「丹恒殿、彼との取り引きは正式なものだから、決して悪いようにはならないよ」
丹恒の詰めように些か同情したか、景元が助け船を出す。
だが、丹恒は納得しない。無論、景元を疑いはしないが、問題は別人との取り引きから穹に不利な契約を結ばされる可能性だ。
同じ調子で交渉人の言葉を鵜呑みにしては、生命の危険すらあり得る。誰もが景元のように信頼、信用に足る相手ではないのだ。それを、みっともない所を見せた謝罪をしながら説明すれば、景元は指を口元に当て、俯いて笑い出した。
「可笑しな事でも言ったか?」
丹恒が訝しめば、
「すまない、そうじゃなくて……、思い出し笑いだな。君は不快に思うかも知れないが、丹楓も情が移った相手には実に過保護だった。とね」
眉を下げ、困ったように笑いながら腕を組んだ。
そんな、景元が防御姿勢を取る姿を見て、丹楓と同一視するな。何もしてない俺を責めるな。と、兎に角、噛み付いていた己の言動を思い出して自己反省をする。
「別に構わない。あの時は……、すまなかった……」
丹恒は完全とは言えずとも、丹楓の記憶を思い出した事で大部分のわだかまりは解消されている。刃にも『最後まで付き合う』と、宣言したのだ。今更、丹楓がどうこう言うつもりはなかった。
「いや、許してくれて嬉しいよ。君等とは友好な関係でいたいからね」
組んだ腕を解き、景元が穹を見て口を開こうとした瞬間、
「少し訊いてもいいだろうか、丹楓は、そんなに仲間を大事にしていたのか?貴方以外からは傲岸不遜で頑固な性格しか見えてこないのだが」
丹恒の質問に、景元は少々驚いたように一瞬だけ目を瞠り、直ぐに取り繕った微笑みに切り替える。
「君に丹楓の人となりを訊かれる日が来るとはなぁ……」
景元は眩しいものを見たように目を細め、丹恒を見ながらも視線は遠くを見ると小さく息を吐く。
「丹楓は表情も少なかったし、言葉もきつく、確かに不遜で頑固だった。自分達の願望を叶えるため都合のいい傀儡にしたがっていた龍師相手なんて尚更だ」
でもね。と、付け加え、景元は遠かった視線を丹恒へ合わせると、殊更深く微笑む。
「特に応星へは過保護も過保護で、彼が体調を崩した時は自ら看病をしていた。料理なんかしないでいい立場の彼が病人食まで作ってね」
「人に作らせなかったのか?」
「色々あったのさ。丹楓は薬草の調合は慣れていたし、得意だったが料理は勝手が違うものだから茹ですぎて糊になった粥、濃い塩水に浸ったぶよぶよの麺……、どうやっても上手くいかないから開き直ったのか、栄養素だけを考えてあらゆる物を煮込んだ真っ黒な液体が一番辛かったと言っていたかな。効果はあったらしいけどね」
景元が応星から聞いたのだろう丹楓の失敗作を羅列し、病人食への感想を丹恒に伝えた。出された物をきちんと受け取っていたからの感想だろう。律儀な性格が垣間見える。
「へー、丹恒の前世って料理下手だったんだ。今はレシピを自分で考えるくらい上手なのにね?」
「俺は丹楓のような何でも人任せに出来る貴人ではないからな……」
穹が丹恒の肩に腕を回し、前世と今の違いを面白がっている。
矢張り、人間性や技能は育成環境によって変化するのだと頭の隅で考えながらも、ホットワインの見た目を想像する。あれも、見た目だけであれば色んな素材を煮詰めた真っ黒い液体だ。応星の記憶も保持する刃がやたら匂いを嗅いで警戒したのも頷ける。
「引き留めて悪かった。また、話が出来ると嬉しい……」
「あぁ、いつでも歓迎するよ」
「また遊びに行くから」
丹恒と穹が景元へと別れの挨拶をしている最中、客室からラウンジへ入る扉が開き、ぼさぼさの髪でぼんやりしている様子の刃が現れる。
目が覚めても丹恒が居らず、服もない。故に探しに来たのだろうが、景元の姿を認めると何度か目を瞬かせて静かに扉を閉めた。
景元もはっきりと刃の姿を視認し、何も言わず丹恒を見詰める。
「なにか、いってくれ……」
「いや、仲良くやっているようで何よりだ……」
「うん、丹恒と刃ちゃんは仲良しだよ!」
景元が戸惑ったような薄笑いで顎を撫で、穹が親指を立てて無邪気に止めを刺す。
最悪、これも己のせいにされ、刃に詰められるのか。
ふらふら出てきたのはお前じゃないか。などと言い返しても、服を奪ったのは丹恒自身であり、誤解を招きかねない状況を作った元凶と言える。
「貧血を起こして、調子が悪そうだったから看病してただけで、何もしてない……」
「魔陰の発作さえどうにか出来れば、日常生活には然程支障がないと言っていたし、恋仲になってもいいんじゃないか?ただ、彼は昔から我慢しいだから良く見てやって欲しいけどね」
「ちが……」
苦笑気味に景元が慰めれば、丹恒が否定しようとする。が、景元を背後から叱りつける声と共に通信が切られ、丹恒は顔を引き攣らせ、何もない空間に手を伸ばしたまま制止する。
「なんでそんな、おろおろしてんの?」
「お前はとりあえず黙ってくれ……」
丹恒はその場でしゃがみ込み、顔を覆って深く重い溜息を吐くと、刃からの理不尽な拳を受ける覚悟を決めるのだった。