・でかぬいになっちゃう刃ちゃん
・細かいことは考えないで欲しい
・少しだけ恒刃
・穹が暴走気味
訳が分からん。
刃はカフカに抱えられながら、頭の中だけで喋る。
「あらぁ……、刃ちゃんってば随分と可愛くなっちゃって」
目的の地下施設に侵入し、重厚なケースに収められた星核を奪取したかと思えば意識が遠のき、気がつけば身動きがとれなくなっていた。
「ふぅん、この施設の星核情報は偽物だったみたいね」
ひび割れた発光する石の塊を手に取り、カフカは鼻を鳴らす。
カフカに抱き抱えられたままの刃は状況の把握がならず、視線すらまともに動かせもしない体に違和感を覚える。
片腕に抱かれている様子から、相当体が縮んでしまっている様子だけは察したが、見た目は己からは見えず、喋ろうにも口が動かない。
全身に気を込めれば、手足くらいはどうにか微かに動かせたが意思を伝えるのも難しい。
「困ったわねぇ。どうしようかしら。こんな可愛い姿になっちゃって……、戻し方が解らないわ」
偽の星核を持ったまま、カフカは赤ん坊のように刃を抱えながら歩き、重々しい鉄扉を開くと、同じく鋼鉄製の壁に囲まれた廊下に銀狼が居た。
「なにそれ?いつそんなぬいぐるみ作ったの?刃っぽいけど……」
ぬいぐるみ。
銀狼はカフカが持った刃を見て『ぬいぐるみ』と、言った。口に入れたガムを膨らませ、カフカから刃を受け取ると、銀狼は様々な角度から眺める。
「これ、くれるの?可愛いじゃん」
「欲しいなら上げるけど、それ刃ちゃんよ?」
「えぇー?あっ、動いた。キッモ⁉」
刃が懸命に銀狼へ困った状況を伝えようと尽力してみれば、気持ち悪いとの言葉と共に投げ捨てられ、カフカの腕の中に戻る。
刃は銀狼を嫌ってはいない。無邪気で奔放、好奇心旺盛で悪戯者ではあるが有能で可愛い妹分だ。そんな彼女から投げ捨てられてしまった刃は、そこはかとなく傷ついていた。
「だーいじょうぶ、銀狼はびっくりしただけだから」
再び腕の中に収まった刃を慰めるように撫で、カフカは笑う。
恐怖の感情が欠落している彼女には、驚く、気味が悪い。とは無縁なのだろう。
「えぇ、まじで刃なのそれ?ただのぬいぐるみにしか見えないんだけど」
「どういう作用でこうなってるのかしらねぇ?現実に人の形を強制的に変えるなんて、面白いわ。どんな奇物かしら」
「でも、こんな姿にされたら完全に無力化されちゃうじゃん。私は今回パス」
「パスって言っても、これ解析しないと刃ちゃん戻せないかも。お願いね?」
有無を言わせない科白と共に、偽物の星核を渡され、銀狼はあからさまに口角を下げて蛙のような声を出す。
「こんな鉄臭いとこ、さっさと出たいのに-」
銀狼が吠えて嘆き、偽物の星核を受け取とると欠片を腕の機械に入れ、先ずは成分分析を開始する。
「あー、その体だと、刃何も出来ないよね?」
「そうね、居るだけ邪魔だわ」
事実だが無情な科白を吐き、カフカは困ったように笑う。
「んじゃあ、安全な場所に転送しておこっか?」
「お願い。あ、それなら穹に連絡しなきゃね」
喋る事も、動く事も出来ない刃は主張すら出来ず、銀狼の手によって転送されてしまう。刃の視界は一瞬だけ暗転したが、次の瞬間には星穹列車へと送られており、不思議そうに覗き込む車掌。パムの顔が眼前に広がる。
「なんじゃこれは……」
箒の柄で刃は体を突かれ、身動きが出来ない身を恨む。
このような状態で無ければ、直ぐ様出て行けると言うのに。
「あ、パムそれ俺の-」
通信端末を片手に穹がラウンジへと小走りに入って来たかと思えば、パムが訝しんでいた刃を抱き上げて満面の笑みを作る。
「刃ちゃんだ。可愛い-」
「お前のか。全く人騒がせじゃな」
穹が何かしらの通信販売で買った物と考えたパムは呆れたように言い、刃の姿をしたぬいぐるみを嬉しそうに抱き締める穹を余所に掃除を再開した。
「一体、何を騒いでいるんだ」
ラウンジでの異様な磁場を関知した丹恒が険しい表情のままやってくると、穹が抱える刃の姿をしたぬいぐるみを見て更に顔を強ばらせた。
「それは……」
「カフカが送ってきた。可愛いだろ?」
同意を得るように、ぬいぐるみを丹恒へと差し出して見せるも、彼の表情が和らぐ事はない。
「ハンターから送りつけられた物を警戒なく受け取るんじゃない!」
叱られる気配を感じた穹は取られまいと直ぐ様、刃のぬいぐるみを胸に抱き、
「大丈夫だから!ただの可愛いぬいぐるみだって書いてあったし」
言い訳をしながら脱兎の如く逃げ出した。
丹恒はきりきりと痛みそうになる胃を抑えて小さく嘆息する。
警戒のし過ぎも余裕がなくなり、神経が摩耗するばかりで良くはないが、穹のように脳天気すぎるのも実に考えものだ。
「分かった。取り敢えず様子見するが、少しでも違和感があれば言うんだぞ!」
「はーい!」
やや諦め気味の科白を穹の背中に投げかけ、矢張り脳天気な返事の受けて丹恒は嘆息するばかりだった。
▇◇ー◈ー◇▇
一方で、ぬいぐるみとなった刃は穹に抱き締められ、仮眠に付き合わされていた。
煩わしい。
鬱陶しい。
涎を垂らす口元から逃げるため、窮屈な腕の中から懸命に抜け出そうと体に力を込めて懸命に刃は動く。
芋虫よりも遅い歩みで這いずるように少しずつ動き、扉まで辿り着くまでも時間を要した。元々の肉体であればたった十数歩で着くような距離を必死にならねば辿りつけない己にも苛立ちながら、どうにか仲間の元へと戻ろうとしていた。
外に出たところで、どうやって連絡を取るのか、戻ったところで何の役に立つのか。刃はやや冷静さを欠いていたと言わざるを得ない。
螺旋階段へと辿り着いた刃は重力に従い、ころころと転げ落ちていく。
「おや、これは?」
転げ落ちてきた刃に気づき、パーティ車両に居たシャラップが刃を抱き上げる。
「ぬいぐるみが何故こんな場所に?穹さんが落とされたのでしょうか?」
不思議がりながらもシャラップは刃をカウンターの上に置き、穹が気付くまで待つ事にした。
近づいたと思った扉はすっかり遠のいてしまい、刃は徒労感に項垂れた。体は大きく動かないため、気持ちだけであるが。
程なくして、丹恒が飲み物を取りにパーティ車両に来れば、視線は刃へと吸い込まれ、
「何故ぬいぐるみがここに?」
と、訊ねた。
「さて?階段から独りでに落ちて来たのです」
「なんだと……」
丹恒は疑いの眼を刃へと向け、手に持った。
「これは俺が預かる」
「おや、そうですか。パーティ車両の可愛いマスコットになって下さるかと期待したのですが」
「すまない。問題なければ戻しに来る」
軽く謝罪をした丹恒は、飲料を受け取らないまま資料室へと戻り、布団に腰を据えて刃と睨み合う。とは言え、刃の姿は飽くまでもぬいぐるみであり、剣呑な雰囲気で布と綿の塊を睨む異様な場面である。
不意に、刃の心に期待が湧き上がる。
もしかすれば、この体のままばらばらにして貰えれば、死ぬ可能性を考えたのだ。
「うっ、動いた……⁉」
萎えていた気力を総動員し、刃は丹恒の手の中でもぞもぞと動いた。
扉に向かっていた時よりも懸命に、それは懸命に疑われるように刃は手足を動かし、『貴様の敵はここに居る。早く殺せ』と、心の内で叫ぶ。
だが、期待虚しく丹恒は撃雲を顕現させはせず、真剣に刃を見つめるばかり。
「まさか、刃、なのか?いや、童話でもあるまいし……、ぬいぐるみになるなんて……」
肯定するために、腹を持っている丹恒の手を弱々しい力で刃は握り締め、早く殺して欲しいと願う。
本当に死ねれば、脚本、エリオとの契約からは外れてしまうが、刃が度々完全に死ぬ方法を模索している事は知られているため、試す事に躊躇はない。
逆に考えれば、刃が必ず失敗すると知っているが故に介入しないとも考えられるが。
刃の催促を感じ取れない丹恒は、黙ってぬいぐるみを見つめている。
ぬいぐるみの肉体に、体力の概念があるのかは判らないが、刃はどこか意識が朦朧としだし、酷い疲労を感じていた。
言わば、疲れ果てた状態で、うとうと寝落ちしてしまう直前に似た感覚であった。この状態で意識を失えば、果たしてどうなるのか。刃にも判らない。無論、丹恒にも。
呪いによって姿を変えられた存在は、呪いを解いて貰えなければ永遠にそのままの姿で過ごすような物語が多い。
落ちそうな意識で刃は考える。
このまま意識がなくなれば、永遠にぬいぐるみであったとしても、それは死と同等の安らぎではないのか。
このまま、生命かどうかすら怪しい布と綿の塊のまま、彼岸へすら行けずに朽ちていく運命こそ、戦士の誇りを穢し、生命を弄んだ己には相応しい結末のような気がして、刃は身動ぎすらしなくなった。
「おい、刃。聞こえているなら少しでもいいから動いてくれ」
うつらうつら。沈んでいく意識の中で丹恒の声が聞こえたが、応じる気もなければ、もう期待もしない。
刃の意識は、眠らせてくれ。もうそれしか考えられなくなっていた。
「これは疚しい気持ちでするのではなく、ただの学術的興味というか、所謂、おとぎ話的な解決策を試すだけであって、お前に触れるのも救助を優先するためだ。いいな?」
丹恒が、ぐだぐだと何やら言い訳がましい科白を口にして、刃が煩さを感じていれば、顔が近づいてくる。それは、刃の口に相当する部分に一瞬だけ触れて離れていった。
すると、先程まで虚ろだった意識が冷水をかけられたが如く目覚め、ひどい痛みを伴いながら体が膨れ上がるような衝撃に覆われる。
「あ……」
痛みが治まると、胸に異物が一気に押し込まれたような苦しさに刃は喘ぎ、何度か繰り返せば、呼吸を思い出した。
「刃……」
丹恒が刃の名を呼び、余程、苦しそうに見えたのか背中をさする。
ぜぇ。と、刃は床にうずくまった状態で呼吸し、丹恒を苦しさから湧いた涙で潤んだ瞳で見上げる。
「戻ったのか。良かったな……」
脚本のために命を狙わない約束はしたが、怨敵とも呼べる相手が戻った事を、目元を赤くしながら喜ぶ愚か者に刃は理不尽な怒りを以て、頬を強く打ち抜く。
当然、丹恒は救ったとも言える相手が涙目で睨みながら殴ってくるなど予想もしていなかったために、まともに攻撃を受けてしまった。
強力な平手打ちの衝撃によって揺れた丹恒の脳は肉体の制御を失い、倒れて側の本棚で頭を打つ。が、それよりも拒絶されたように感じて胸が痛み、動揺した己の心への驚きが強すぎて、丹恒はただただ刃を見詰めた。
「この……、よけ……」
何をか言い掛け、何度か荒く呼吸をした後、一気に脱力して煎餅布団の上へと倒れ伏した刃へと丹恒は恐る恐ると手を伸ばし、髪をはらうと閉じてしまった瞼を指先で撫で、体温のある頬に手を当てる。
このはどうしたものか、丹恒が困っていれば突如として資料室の扉が開き、穹が叫ぶ。
「丹恒!俺の刃ちゃんぬい返し……、て……?」
蜂蜜のような黄金の輝きを持った瞳が、戸惑いながら何度も刃と丹恒を行き来する。
「カフカに連絡しなきゃ!」
もう一度、穹は声を上げ、パムが叱る声を聞きもせずに自室へと駆け出して行った。
▇◇ー◈ー◇▇
刃が目を覚まして見た天井は、実に見慣れたもの。
胡乱な微笑みを浮かべて覗き込んでくる女性の顔も見慣れたものだった。
「おはよう、刃ちゃん」
「あぁ……」
刃は眼だけで周囲を確認するも、特に異常は見当たらなかった。
もしや、一連の出来事は夢だったのか。ならば、あの荒唐無稽さも納得がいく。
そうして、刃が一人納得していれば、女性、カフカが笑みを深くして、通信端末の液晶部分に表示された再生ボタンを押した。
『ごめん!うちの丹恒が、刃ちゃんに手を出しちゃった!』
『何もしてな……、い、事もないが、手は出してない!』
『嘘だ!布団の上で刃ちゃん押し倒してただろ!ちゃんと責任とらないと駄目だ!』
『だから、誤解だと言っているだろうが!?落ち着け!通信を切れ!頼むから聞いてくれ……!』
『襲っといて一度の過ちとか言い訳は聞かないぞ!』
『通信を切れ!いいから!』
『俺は丹恒の親友として見過ごすなんて出来ない!刃ちゃんは列車で丁重に引き取って、俺、監修の元で挙式を……』
『出来るかぁ!』
『何だよ!刃ちゃんと一日中一緒に居られるんだぞ!』
『お前は何を言っているんだ!』
『丹恒だって刃ちゃん居た方が嬉しいだろ!』
『兎に角、通信を切れ!頼むから!』
つねに冷静であるよう努め、感情を露わにしない丹恒が声を荒げながら興奮気味に穹と言い争っている音声が流れ、最終的に端末を奪い取ったのか甲高い悲鳴を最後に録音は切れた。
「呪いを解いてくれる王子様が居て良かったわね」
くすくすとカフカは笑い、刃は両手で顔を覆うと肺から一滴も残さず息を吐くと、
「それは消してくれ……」
願いを口にした。
「ふふ、貸し一つね」
カフカは端末を手早く操作し、削除画面を刃へと見せて相変わらずの微笑みを顔に張り付ける。
「あ、サムにもお礼言っとくのよ」
「解った」
気絶していた刃を回収したのはサムだろう。
中の少女が欲しがるものでも買ってやろうか考えつつも、頭には丹恒の照れたような顔が浮かぶ。
「次顔を合わせたら、もっと殴ってやる……」
不穏な呟きを聞きながら、刃の自室を後にしたカフカは声を上げずに笑う。
殺す。ではなく、殴るだけでいのね。と。
残念ながら、彼女は本人すら気づいていない心境の変化を、わざわざ指摘してやるような優しい人間ではない。