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スターレイル用

とある持明族の日誌:前

とある持明族の日誌
・モブから見た楓応
・全て捏造で妄想です
・途中から出来上がってる楓応になります
・グロではありませんが、やや暴力的な場面もあります
・モブの飛び飛び日誌形式で進みます。
・途中からやる事やってる楓応ですが、特に描写はありません。




 忌み物の征伐に向かわれた龍尊様が、酷く消耗された様子で帰還された。
 持明族の長としての威厳を崩さぬよう平静を装い、背筋は伸ばされていたが顔色が真っ青で今にも倒れそうであった。龍宮がいつにも増して騒がしい。

 随行した者によると龍気を込めた武器が悉く破損してしまい、気を込めるための触媒を失ったがために過剰に術を使わざるを得なくなってしまったらしい。困った事だ。
 今世の飲月君は絡繰りの助力がなくとも自在に水を操り、歴代の龍尊様の中でも最強と謳われているが、彼の龍気に耐え得る武器を鍛造出来る職人が居らず、能力を遺憾なく発揮出来ないでいるらしいと聞く。

 能力を発揮出来ないばかりか、破損して窮地に陥る羽目になるような武器ならいっそない方が良いのではないのか。そもそも、龍師様達は龍尊様が忌み物と戦う事に難色を示している。
 万が一、万が一だ。御身を損なうような事態が起こり、古海にて転生が叶わなければ羅浮に住む持明族は長を失ってしまう。それはどうあっても避けなければならないのだから、征伐など反対して当然。しかし、龍尊様は我等持明族が住めなくなった故郷を捨てて新天地で過ごせるようになったのは仙舟同盟が手を差し伸べてくれたが為。恩に報いる責務があるとして反対意見を聞き入れようとはしない。

 今世の龍尊様は歴代の飲月君と比しても、我が強く意見を曲げないらしい。いつか龍師様がぼやいているのを聞いた。今回の征伐で少々懲りて下されば良いが、責任感の強いお方故、難しかろう。

■◇■

 武器の鍛造依頼に龍尊様がわざわざ仙舟朱明まで足を運ばれるそうだ。
 飲月君にご足労いただくなど、何て傲慢な職人であろうか。

 どれほど腕の良い職人かは知らぬが、龍尊様へ武器を自ら献上をするならば兎も角、出向かせるなど不敬にも程がある。
 彼方には炎庭君と称される龍尊様がいらっしゃるようだが、そのお方に会われるのだろうか。或いは燭炎将軍ならば多少なりとも納得はいく。

■◇■

 龍尊様がご帰還なされた。
 武器の交渉が上手く進んだのか、ご機嫌が宜しいようだ。龍師様達への反発も少ない気がする。

 朱明に行かれてから一ヶ月程経つと、進捗の確認に再び向かわれると仰った。それに合わせて、なにやら土産を持参したいらしい。
 甘い菓子がいいかも知れない。と、言われたので、日持ちする甘い月餅と良く合うお茶を包んで差し上げたが、炎庭君は甘味がお好きなのであろうか?
 
■◇■

 月に一度、多くて三度、龍尊様が朱明に足を運ばれる事が定例になってしまった。
 名目上は武器の練度を上げるための調整に向かわれるそうだが、毎度毎度、何かしらの甘味を土産にされるため、余程炎庭君と気心の知れる仲にでもなられたのか。

 ただ、安価で素朴な菓子を所望されたりもしたので、土産は高ければ良いというものでもないようだ。
 
 吟味するために試食がなければ自分で買ってみて、食べてみたら高ければ美味いと言う訳でもなく、値段ばかりで首を傾げたくなるような物もあった。土産物屋に多いかも知れない。日持ちを重要視すると過剰に甘くしたり、生地や餡の滑らかさ犠牲にせねばならんのかも知れん。等と自己分析をしたりもした。私は菓子職人では無いため実際は分からないが。
 なんだか毎回、菓子買い付けに行くお陰で、どの店に何があるか無駄に詳しくなってしまった。そして、龍尊様のためだから。なんて自分を甘やかしながら色んな甘味を食べていたら肉がついてしまった。服の着用の際に帯が以前よりも長く必要になり、仲間にも明らかに丸くなったと茶化された。龍尊様の側仕えとしてみっともない姿になるのは憚られる。暫く甘味を控えて節制せねば。

■◇■

 朱明に赴かれる際の龍尊様は、随分と気が和らいでいるように思える。
 それ程までに炎庭君との会合が楽しみなのか。

 永久に溶けぬ仙舟方壺の玄氷よりも冷酷で頑な。
 傲岸不遜で横柄。我が強く扱いづらい。

 そんな評価ばかりを聞く龍尊様ではあるが、今日、土産にする菓子を持参すると「鳥の雛を象った饅頭か。喜びそうだ」そう仰られ、表情を綻ばせられたのだ。
 龍尊様が卵から孵られ、脱鱗した珠守から側仕えの役を引き継いで数百の年月お仕えしているが、あの方が微笑まれたのは初めて見た。私は他舟の龍尊様へお目通りした経験は無いが、炎庭君は龍尊様の心に張り付いた玄氷を溶かす程、慈愛に満ちた方なのか。

 一度でも良い。羅浮に来られれば良いのだが。

■◇■

 龍尊様に「朱明の龍尊様が来訪されるご予定などはないのでしょうか?」そうお伺いを立てれば怪訝な表情をされた。
「炎庭とは特に会う約束はしておらぬ」
 龍尊様のお言葉に、私は拍子抜けをした。
 では、わざわざ遠い宇宙を回航する朱明にまで赴いて、誰の元へと通われていたのか。

 今扱っておられる武器は龍の職人による物ではなかったのか。
 戸惑っていると龍尊様は更に眉根を寄せられたが、私が答えられずにいると興味を無くされたようで、仕事に戻られてしまった。

 炎庭君で無ければ、天人の職人か。
 或いは朱明の持明族?はたまた殊俗の民。
 あの方の心を溶かしたのは、一体どのような人物なのだ。

■◇■

 それからも、毎月、龍尊様は朱明へと赴かれるが、菓子以外にも服や装飾品なども持参されるようになった。
 もしや、相手は女性なのだろうか。工造司は女人禁制という訳でもないし、彼の武器を鍛造した職人が女性であっても可笑しくはない。どのようなお方なのだろう。

 勝手な想像になるが、逞しくも美しい方に違いない。慈悲と慈愛に満ちたそれこそ天女の如き人物でなければ、龍尊様と並び立つなどあまりにも烏滸がましい。きっとそうに違いない。

 さてはて、一目見てみたくもあるが、朱明に行くような用事もなし。
 羅浮に来て下されば歓待するというのに。

■◇■

 羅浮がお祭り騒ぎだ。
 此度、羅浮工造司の百冶が引退するそうで、次なる百冶を決めるための試験を開催するらしい。

 技術さえあれば仙舟に在住する長命種ならずとも他の惑星から来た留学生、殊俗の民であろうと百冶になれるため、羅浮には溢れかえりそうな程に人人人。移動するのも一々時間がかかって疲れる。知人の旅館も毎日満室、店主から従業員まで相当な大童だそうで、商売繁盛と喜んで良いものか。
 こんな騒動の中で、龍尊様は今月も朱明まで行くのか気になった。

「百冶大煉に挑戦するそうでな、こちらまで来るそうだ。客室の用意を頼む」
 お伺いすれば、なんと件の職人は龍宮に招かれているそうで、龍尊様がお認めになった人物が来るとなるば客室のしつらえも気合いが入るというものだ。

 甘味がお好きなら簡単に摘まめる菓子や、手軽に飲める茶も置いておこうか。

 試験を受けるならば緊張しているはずだ。
 心を和ませるために、お花を飾るのはどうだろう。
 自ら美しい物を生み出されるようなお方なのだから、美しい物で溢れた部屋にすれば、きっと喜んで下さるだろう。

■◇■

「あ、こんにちは、応星……と、申します……。お世話になります」
 挨拶をしてきた少年を見て、私は少しばかり放心した。
 手練れの女性職人が来ると想定していたのだから当然だ。
 まだ年若い男子。
 しかも、殊俗の民らしい。

 龍尊様の隣に立つには今一覇気が無い。
 大体、あの恐ろしいものを見るような目は一体何だ。
「この者は少々人見知りだ。あまりじろじろ見てやるな」
 想定外の人間に驚いて、私は相当凝視していたらしい。
 龍尊様に咎められて気を取り戻し、拱手にて挨拶を返すとお部屋に案内した。
 招かれたのは女性だと先走って考えていたせいで、随分と煌びやかに飾り付けをしてしまった。大人しそうな彼には居心地が悪いように感じた。

 私が女性が来ると勝手に思い込んでいた事を謝罪し、気不味そうに飾り付けた部屋を片付けようとすると、応星と名乗った少年は片付けなくても良いと言い「綺麗で嬉しいです」なんて言ってくれた。
 懇意にしている花屋から特に美しい物を厳選して飾り付け、色彩に溢れた部屋を完成させて気分上々であったものを、お世辞かもしれないが喜んでくれて私の心は浮き立ってしまった。
「ご飯何が好き?」
 なんて龍尊様のお客様に相当馴れ馴れしくしてしまった。
 反省点だ。
 しかし、
「食べられれば何でも……」
 何ともはっきりしない答え。
 幾分、つまらなく感じたが人見知りなら気を遣っているのか。
 とりあえず、龍尊様と同じお食事でいいのかと思い、厨房係に伝えておいた。

 お食事をされる傍らに侍り、様子を見ていたが応星は随分とちまちま食事をする気質なのか、進みが遅い。
 一口食べてはじっと睨み付けるように料理を眺めている。具合でも悪いのか、それとも試験に臨む緊張で食事が喉を通らないのか心配になったが、
「余も同じ物を食しておる。安心して口にするが良い」
 なんて、龍尊様が仰るものだから、私は心の中だけで首を傾げた。
 殊俗の民とは言え、龍尊様に認められる程の人物が食に困る程貧しいのだろうか。いや、そうすると『同じ物を食べているのだから安心せよ』と、するお言葉と食い違うか。

 応星は、日頃、何を食べているのだ。
 服の上からでもふくよかとは言い難く、寧ろ痩せ気味にも見える。
 よもや、朱明ではまともに食事をさせて貰えないのでは。食事に何か混ぜられたり、嫌がらせを受けているのでは。そこに思い至り、食べられれば。同じ食事が安心とする言葉に得心した。

 仙舟へと技術を学びに留学してくる殊俗の民は数多くいるが、龍尊に認められたばかりか、こうも贔屓をされた上に龍宮へ招かれた殊俗の民など聞いた事がない。殊、最強と称される飲月君に目をかけられているともなれば、同じ職人からの妬み、嫉みは一入に違いない。

 私も龍尊様の側仕えに任命された際は、羨む同胞から嫌がらせを大層受けたものだ。
 全く、不思議でならない。下らぬ悋気から幼稚な嫌がらせをする己が醜いと何故、解らないのか。そのような行いをする者が栄誉在るお役目に任命されると何故思う。選ぶ者とて、真摯に忠実に、お役目を全うする人物を選ぶに決まっている。

 それを踏まえると、龍尊様に贔屓されている応星は実に勤勉で、真摯であり、真っ当な人物であるとの証明にもなる。
 お花を飾った部屋を喜んでくれたのだから、悪い人間ではあるまい。

 痩せ過ぎなのも気になるが、菓子ばかりでは体に悪かろう。
 果物の糖蜜漬けなどはどうだろうか。その汁を冷やした炭酸で割って豆や寒天でも浮かべてやれば甘く爽やかな風味の口休めになりそうだ。今から仕込んでおこう。

■◇■

 朝餉の後、仕込んだ果物の糖蜜漬けを出したら応星が泣き出してしまった。
 甘すぎたのか、炭酸で蜜を割ったのが嫌だったか、豆か、寒天か。何が泣く程気に入らなかったのか慌てれば、似たような物を故郷で食べた記憶が蘇って懐かしくなってしまったらしい。

 郷愁か。
 持明族が本来住んでいた故郷の惑星へは二度と帰れないと聞くが、既に脱鱗を済ませた私は前世の記憶はほぼ残っておらず、記録でしか知らない故郷がどんな場所か思い馳せる事はあっても、懐かしく思う事は無い。羅浮の古海で転生した私の故郷は、最早、羅浮と言っても良いだろう。
 だから、涙が溢れる程に懐かしむ感覚は今一分からないが、「このような物で良ければ、いつでもお作りしますよ」と、言うと蕾が花開くような笑顔を向けてくれた。初日に私を訝しんでいた眼差しとは雲泥の差の愛らしさ。
 これは龍尊様がお気に召すのも致し方在るまい。

 そう言えば、朝餉の後から、どことなく龍尊様のご機嫌が芳しくないようにも思えたが、気のせいだろうか。
 何か粗相をしてしまったのか。さてはて、何も思い当たる節がない。

■◇■

 百冶大煉。
 名目上は技術があれば誰もが参加可能であり、種族は問わないとするものだが、醜悪な一面を知ってしまい胸が悪くなる心地であった。

 応星に与えられた素材は、機巧に関して素人である私が見ても只の鉄屑の山。歪み、錆まで浮いていた鉄もある。果たして、これで何を作れというのか。

 仮令、鉄屑からであろうとも最高の奇物を作るべし。とする意向なのか、他の者へこっそりと様子伺いをしてみたが、つやつやとした上質な素材ばかりが配られているように見えた。あまりにもあまりなやり口に、応星と会ったばかりの私でも腸が煮えくり返るようだ。
 私が憤って「抗議して参ります!」などと意気込んでいれば、龍尊様に止められた。権力を持つ者、それに近しい者が手助けをしたとなれば、それだけで失格と成り得、試験を受ける機会すら損失してしまう。そう仰った。
 理屈は理解しても、余りにも不平等すぎて納得はし難い。龍尊様も、納得はしていないようだったが、沈黙を保っていた。武器を専属で作らせる程、龍宮に招く程、あの者を可愛がっておいでなのだ。憤りは私の比ではないと思うのだが、良く耐えているものだ。見習って私も冷静にならなければ。

■◇■

 試験の結果。
 何と応星が百冶に選ばれたそうだ。

 あのような鉄屑を用いて、たった一晩でまるで生きているかのように動く機巧獅子を造り上げ、審査員を呻らせたのだと。
 他の者は上質な素材に胡座を掻いたか、精密さに欠ける物ばかりが目立ち、一般市民が見ても差は歴然。応星が百冶の称号を得るに異を唱えられる者は存在し得なかった。

 実にめでたい。
 玉殿で行われる襲名式には龍尊様も招かれるそうだから、実に誇らしい気分でいらっしゃるだろう。

 玉殿へ航行する時間を考えれば、数日は帰って来られないだろうから、祝杯の一つでもあげようか。
 私はあまり酒を嗜む性質ではないが、何だか呑んで浮かれたい気分だ。

■◇■

 龍宮で共に働く者とほんの少し酒を呑んだだけなのに、二日酔いだ。
 だがやる事はやらねばならない。二日酔いに効く薬を貰い、龍尊様が出したまま放置されている道具や書籍、日誌を片付けたり、書庫の整理などに精を出す。

 職務の傍らで、百冶となった応星の誇らしげな姿を思い浮かべる。
 羅浮の百冶となれば、彼はこのまま羅浮に住居を構えるだろう。このまま龍宮に居ても良いとは思うが、その辺りの話をせねばなるまい。住まないにしても、同胞が不動産を扱っていたはずだから、融通するように口利きくらいはしてやれるか。

 そう思っていたのに、龍尊様に連れられて玉殿から帰ってきた応星は、泣きはらした目に消沈した様子で直ぐに床に入ってしまった。
 私が「何事があったのでしょうか」そう龍尊様に尋ね、子細を知れば再び腸が煮えくり返り、地団駄を踏みたい心地となったが、側仕えとしての矜持がそれを押し止めた。

 上っ面の理由こそ、「応星は殊俗の民であるが故、些事に捕らわれずその技術を遺憾なく発揮して貰いたい」「天人の補佐を付ける。鍛造以外の職務はその者に任せ励むように」そんな、さも応星に配慮していると言いたげだが、殊俗の民。否、短命種如きに頭目としての権限はやれぬと上層部は判断したようだ。
 試験で下らぬ妨害をされた挙げ句、百冶としての名ばかりが与えられた状況では、これから先の希望すら見えなくなってしまったかも知れない。なんだか、他人事ながら溜息ばかりが出てしまう。本人はどれだけ傷ついているだろうか。

 努力は必ずしも報われないが、成功する者は皆すべからく努力をしているものだ。
 だが、その努力を握り潰されてしまえば、後は何が残るのだろう。
 あぁ、胸が悪くなる。

 お二人が帰ってくるまで、輝いていた糖蜜漬けの果物が酷く色あせて見えた。

■◇■

 朝になっても落ち込んでいるか気がかりであったが、私の心配を嘲笑うかの如く応星は元気だった。

 目の下にくまを貼り付けていたため碌に眠れていないのは明らかで、空元気かとも考えたのだが、朝餉の際に「こうなったら面倒事は補佐官とやらに全部押しつけて、俺は奇物を造って造って造りまくる」との結論に達したらしい。いやはや、実に逞しい。並の者ならば鉄屑を渡された時点で心が折れてしまいそうだが、それを覆しただけはある。

 食事をがっつくように食べる様子に、やや自暴自棄も見え隠れはしたが、龍尊様も安堵されていたようだった。私もだが。

 私は、龍宮勤めで関わる者は、ほぼ同胞のみ。
 殊俗の民と関わりが薄すぎて忘れていたが、長命種とは短命種をこうも無下に扱う種族であったな。
 このような国家、龍尊様が恩に報いるため命を賭して護る価値は果たして。とまで考えて、危険思想だと頭を振って振り払った。

■◇■

 羅浮に居を構える前に、応星は朱明へと一時帰還し、師匠に挨拶をしてくるらしい。
 戻れば、例の補佐官殿が用意した家で過ごすらしい。まともな家だと宜しいが。

「このまま龍宮へ置いてはやれぬのでしょうか?独りにしておくと、何をされるか分かったものではありません」
 私が『こうではないか』と、考えた応星の境遇。試験での出来事を踏まえて龍尊様に尋ねつつ提言する。
 些か眉を顰め、龍尊様は本人が望めばそうしたい旨を吐露してくれたが、「あれは囲われる事を好まん」と、一つ溜息を吐いて諦めたように仰った。

 龍尊様に負けず劣らずの我の強さを聞いて、私は「人見知りとはなんだったのか」「愛想が悪い事を誤魔化す方便か」と、哲学を考える学者の心地となった。
 否、そのくらい我が強くなければ、あの逆境から這い上がれはしまいか。何というか、持明族と殊俗の民と種族違いではあるが、応星と龍尊様は似たもの同士なのかも知れん。気が合う訳だ。

■◇■

 羅浮の百冶となってから、応星の活躍は目覚ましい。
 玉殿に侵攻した忌み者を龍尊様と剣首様達と退けたと聞いた。

 会った事は無いが、星槎乗りと剣首、剣首の弟子、後は龍尊様、応星。で五騎士なる称号を元帥から賜ったらしい。
 名誉職的なもので、これと言った権限はなさそうだが、自分が知っている者が認められるのは気分が良い。

 祝杯だ。
 二日酔いになりたくないからお茶だが。

■◇■

 仙舟で成人と認められるには、奉仕活動をした後に成人済みの認可を得る必要がある事を応星がぶつぶつ文句を言っていた。短命種なら二十になれば自動的に成人なのに。だとか。
 長命種は見た目で年齢が解らないから仕方ないと言えば仕方ない。特に持明族は肉体が成長しない大子供と言う、見た目は子供でも、実年齢は数百歳なんて者がざらに居る。

 彼は既に忌み者からの侵攻を返り討ちにしたり、奇物を幾つも作って軍事に貢献している実績があるのだから免除しても良さそうだが、融通が利かないな。とは思いつつも、なんの奉仕活動をしたのか気になったため、話を振ると一番手っ取り早く終わる害獣駆除だそうだ。
 投げて対象にぶつかると網を発射して捕獲する道具を作って、文字通り一網打尽にしたらしい。流石だなぁ。龍尊様も応星の武勇伝を楽しそうに聞いておられる。

 まだ成人認可証が出るのは一ヶ月程かかるらしいので、呑みやすい酒でも用意しておこうか。

■◇■

 応星が得意げに成人の認可証を龍尊様に見せびらかしていた。
「もう俺も大人!」
 らしい。
 我々長命種からすれば、二十そこらなど幼児くらいの認識だが、矢張り殊俗の民は成熟が早いのか。実際に、応星は彼の努力を踏み躙ろうとする長命種と実力で渡り合っているのだから、凡人の精神力では無かろう。
 本人も話さず、私も深くは聞かないから詳しい事情は知らないが、必要な技術だけを学んで故郷に帰ってしまう留学生が一般的であるのに、名ばかりとは言え百冶となり、仙舟に籍を置くからには相当な野望なり、信念があるのだろう。
 応星には龍尊様のためにも仙舟に居て欲しいので、私としては一切故郷に帰る気配のなさがありがたいが。

 何はともあれ、成人の祝いとして果実酒を振る舞ってやると芳醇な果物の香りが気に入ったのか、あっという間に瓶を空にしてしまった。
 然程酔った様子も無く、中々の素質をしている可能性が高い。
 これで二日酔いにならないなら羨ましい限りだ。

■◇■

「もうお酒呑まない」
 応星が珍しく泣き言を零していた。
 龍尊様が「疾くと飲め」そう言って二日酔いに効く薬湯を差し出しているが、苦いのが嫌な様子で懸命に拒否している。
「飲めば楽になりますよ」
 私が後押しをすると、
「止め刺す悪役の科白」
 等と減らず口をほざいたので、龍尊様に協力して無理矢理飲ませてやった。
 失礼な奴だ。

 弱くはないようだから、飲む量を調整してやれば楽しい酒が呑めそうに思う。

■◇■

 忙しいのか暫く応星を見ていない。
 殊俗の民と長命種は時間感覚の違いが顕著だ。
 もしや、もう数十年くらい経っているのか調べたら、まだ数ヶ月程度だったため、胸を撫で下ろした。

 暫く会っていないと思ったら、いつの間にか寿命を迎えて因果伝に送られていた。なんて、殊俗の民と親しくする長命種には有り勝ちらしい。
 龍尊様は応星の顔を見に行ったりしているのだろうか。種族研究の傍らで、治療術を用いて医士もされているのだから、龍宮に閉じ込められている訳でも無い。会いに行こうと思えば出来るはずだ。
 応星も、成人したからとて大きく生活に変化があるとも思えないが、酔って乱痴気騒ぎなど羽目を外していなければ良いが。

■◇■

 久しぶりに応星を見た。
 園林で月見をしながら龍尊様と酒を嗜んでいるようだ。
 心配せずとも呑み方を覚えたものか。

 どことなく纏う雰囲気が違う気もするのだが、気のせいか?
 まぁ、余計な詮索はすまい。

■◇■

 雰囲気が変わったように思えた要因が判明した。
 成る程成る程。と、なるものだった。

 応星が羅浮に居を構えて活動し、龍尊様と近しくなり出すと龍師様方が随分と口煩くなった。短命種如きとどうこう。そんな声が扉越しに聞こえた事もあるし、私も応星を優遇している節があるので詰められたが、私はお客様を接待しているだけですので。なんてのらりくらりと躱していた。
 しかし、より関係が深まったとなると龍師様達がより口煩くなるだろう。今から辟易する。

 と言うか、龍尊様にも性欲があったのだなぁ。
 それにしても、しつこい。
 驚きのしつこさ。
 寝所に入られて既に一時間と少しは経過しているようだが未だに応星の啜り泣くような声が止まない。こうして暇潰しに日誌を書く余裕がある程だ。
 身を清めたくなるだろうと用意した湯がすっかり冷めてしまいそうだが、龍尊様はいつになったら満足するのだろう。日頃から応星が可愛くて仕方がなさそうな様子はあったが、愛でるとなるれば、こうもしつこい性質とは知らなんだ。

■◇■

 朝餉は寝所で龍尊様手ずから応星に与えていた。
 あんなにしつこくするから、応星は寝台から起き上がれないでいる。
 応星は見るからにぐったりして、体力を消耗しきっているのか目も半分開いてない。私も眠くて頑張って噛み殺してはいるが生欠伸が絶えなかった。
 だのに、龍尊様は何故、あぁも元気なのだろう。
 体力の資本が違うのか。

 何だか今日は龍尊様と視線が合わなかったな。
 見ていれば、いつもは「なんぞあるか」くらいは訊いてくれるのだが、今日はなにもない。意図的に逸らされている気さえする。長命種からして幼児くらいの相手に手を出した自覚はおありなのだろう。とは言え、応星は殊俗の民で心身も成熟しており、仙舟で成人の認可も受けている。
 我々の感覚で、たかだが二十そこらの幼児の如き相手に手を出したからって道徳心や倫理観が欠如しているだとか、そんな不敬な事は考えてませんよ。えぇ考えておりませんとも。
 そんな龍尊様を非難するだなんて、そんなそんな。

 身体を囲えぬから、精神から籠絡しようとしていた事なんて私は察しておりませんよ。
 私は龍尊様の側仕えで、貴方のために私は在りますので、絶対的な味方になりますし、全て肯定しますとも。
 権力を行使して手籠めにする方法もあったでしょうに、自ら歩み寄って差し出した手を握り返してくれるよう尽力する龍尊様が私は好きですね。

■◇■

 応星と関係が深くなってから、龍尊様は案外、嫉妬深いのだと知る。
 超越者、龍の視点から物事を見ていた龍尊様では有り得ぬお姿だ。

 なんと表現すれば良いのか、応星と関わるようになって随分と人間くさくなられたような気がする。何と言ったか。そうそう、独占欲?応星と出会うまでは片鱗も見せられなかった。責任感と己が民への慈愛はあっても、個人に固執などはされなかった筈だ。
 持明族の中には、応星と共に在る龍尊様を嫌がる者も居て、応星への当たりが些か過激化している。その筆頭が龍師様達で、持明族の龍の血族としての矜持を利用しつつ、近侍に応星への悪感情を煽っている可能性もあるか。

 困ったな。
 私は応星が嫌いではないし、龍尊様を支える存在だ。
 あの方の幸福こそが第一の使命とも言える。龍師様と雖も、応星を害して龍尊様の幸福を奪う権利はない。

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