朝、工造司にある工房に出勤したら人が倒れていたものだから、思わず息を呑み、悲鳴を上げそうになってしまったが、よくよく見れば、応星が床に大の字で寝転がっているだけだった。
「また泊まったのか」
見慣れた光景に、呆れ混じりの声が出てしまった。
この短命種は、幼い頃に留学生として仙舟にやって来てからと言うもの、実に勤勉に学び、制作への情熱は衰える事なくありとあらゆる武器、奇物を生み出し続け、その才と実力は仙舟に轟くようになった。
長命の仙舟人は気が長い故か、残業をしてまで制作をする人間は皆無ではないにしろ多くはなく、短命種は勤勉が行き過ぎているのか、時間のなさ故か、寝食を削ってでも没頭してしまう者が多い。
応星もその一人で、食事は何かをしながら片手で手軽に食べられるものばかりを好み、工房に寝泊まりは日常茶飯事。
仙舟で出来た友人と遊びに行く姿を見た事はあっても、一度作業に入ると半端を嫌って折角の誘いを断ってもいた。どんな功績を残そうと、所詮、百年も経たぬ内に没する儚い種族なのに、そんなに頑張ってどうする。等と嘲弄する声もあったが、自分はこの応星と言う人間を尊敬している。
昔こそ、短命種とは生き辛い種族と哀れんでもいたが、自分には持ち得ない情熱、発想、才有る者が研鑽を怠らないと、こうまで素晴らしき存在になるのか。と、感嘆せずには居られない。
これは彼が彼であるが故。そこに長命、短命の括りは存在せず、”職人"としての矜持だけがある。
とは言え。
「応星、病でも貰ったらどうする。起きろ」
工房内は絶えず火が焚いてあって寒くはないが、それでも砂と鉄屑だらけの床で眠るなど不衛生で、怪我でもしたら短命種には大事になる可能性も否めず、彼の活躍を一秒でも長く見ていたい自分にとっての損失にしかならない。
そんな事を考えながら、胸に手を置いて揺り起こそうしたが、これが思いの外柔らかく、一瞬、女子の胸でも触ったのかと錯覚しそうになった。
幼い頃から見ている。そんな筈はないが、まじまじと眺めれば、男の割に肉付きがいい。決して太ってはいない、筋肉もしっかりついた男子だが、触れると肉が程良い弾力を返してきて手に心地好い。
この柔らかい筋肉が数々の神器を作れた理由なのか?鉄を打つ槌はただ強く打ちつければ良いというものではなく、だからといって弱くてもいけない繊細な作業。
鉄に粘りを持たせるために何度も焼いては打って伸ばし、畳み、焼き、伸ばす。相当な持久力と集中力が要される作業だ。なんと素晴らしき肉体か。
不埒な心はなかった。
熟睡している事をいい事に、体に触り捲くった事実は認める。
否、実は少しあった。
ずっと見ていたはずなのに、砂や鉄汚れが顔についているのに、この子はいつの間に、これほど大きくなったのだ。
この子は、こんなにも美しかったか?等と途中から考えだしたのだから。
「うグッ……」
「んー、うぜ……ばか……たん……」
夢中で触っていれば、応星の拳が俺の顎を殴り抜き、もごもごと寝言を漏らした。起きてはいない。拳が無造作に落ちて直ぐに寝息が聞こえ始め、俺は多少の痛みはあったが発覚を免れた事に胸を撫でおろしていた。
そんな暢気な俺の首に龍の尾が巻き付き、締め上げたのだから心臓が縮み上がる。
「貴様、今なにをしていた……」
どすの効いた低い声。
応星の友人であり、持明族長の龍尊だ。
大柄な俺の体は尾のみで吊り上げられ、うなじに殺気をじりじり感じた。
「うっさい……」
応星がぼそぼそ喋りながら上体を起こすが、余程、眠気が酷いのか目は開いてない。
「起きたか……?」
「眠い……」
「無理するからだ」
龍尊、丹楓は応星と会話しながら俺を締め上げ、意識が飛びそうになる寸前で大きく放り投げた。首が千切れるかと思ったが、幸い繋がっており、命がある事に涙する。
「こんな場所で寝るな」
「限界で……」
半覚醒状態の応星を、龍尊が横抱きにして工房から出ていく。
どこに行ったのかは、床に転がったまま見送った俺に知る由はない。