・R18
・明確な描写は無いですが一応事後なので高校生未満は閲覧出来ません
・酔っ払いやらかし応星
・応星の勘違いで逆っぽくなってますが、当方の作で逆転は有り得ないのでご安心ください
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登り始めた朝日にぼんやりと浮かび上がる天井を眺めながら、応星は昨夜の記憶を懸命に思い返す。
機巧の納品を終え、気分が良くなった応星は持明族の龍尊を月見に誘い、工造司頭目にしては慎ましい邸宅で共に上質な酒を楽しんだ。
丹楓とは二月ほど顔を合わせていなかったからか、取り留め無い報告や話を思いつくままに喋っていた記憶は薄らとある。が、それ以降が全く思い出せない。
応星は酒を好めど強くはなく、気分が盛り上がれば水でも酔ったようにはしゃげてしまう質である。気の置けない朋友の側で酒は進み、加えて疲労で早まった酩酊。
部分的に思い出せる記憶だけでも酔い潰れた理由は理解出来た。しかと寝台にて横になっているのも丹楓がやってくれたのだろうと推測も出来る。だが、己が裸かつ背中を向けて寝息を立てている丹楓については何一つ判らない。
吐いて汚れたため脱がされた可能性も考えたが、宿酔の感覚は無い代わりとばかりに全身に纏わり付く疲労感、足に絡みつく龍尾が何やらただならぬ雰囲気を醸し出している。
俺は一体何をした。
混乱した頭は答えをくれず、寝台から降りて冷静になりたくとも微かに動くだけで龍尾がきつく締まって行動を阻害する。
「応星、どこへ行く?」
「あ、悪い……、起こしたか」
どうにか龍尾を外し、顔でも洗いに行こうと尽力していれば丹楓が上体を起こし、少しの離別も許さぬとぐずる幼子のように引き留めた。
「風呂に入ろうかと……、ほら、酒臭いだろうし……」
「体なら全身綺麗にしてある。今日は休むと申しておったであろう、もっと寝ておけ」
丹楓は言い訳に耳を傾けず応星の体を引き寄せ、布団の中へと引き摺り込む。龍尾は外れたものの、今度は丹楓の腕と足に絡め取られて逃げ出せず、白檀の香が焚きしめられた衣に顔を押しつけられ、応星は息を呑んだ。
丹楓の近くに在れば、日頃から嗅ぐ香りである。
その中で微かにある汗の匂い。
決して不快を感じて動揺したのでは無い。
香りが鼻を通り抜けた瞬間、目の前が弾けるように記憶の扉が開き、全身に火が点いたかのように熱くなる。
幻戯のような動く映像としてではなく一枚絵のような様相ではあるが、甘ったるい微笑みを浮かべる丹楓の顔。華美な衣装を解けば現れる鍛え抜かれた肉体。日に当たらない生白い男の足が抱えられている様。眼前に迫る熱に浮かされたように潤んだ藍玉の眼。
「はっ、はな、はなしてっ!ぎゃ⁉」
狭い一人用の寝台にて、丹楓の腕の中で藻掻いて暴れた応星は寝台から落ちて背中を打って痛み悶える。
「応星⁉」
丹楓の今し方まで眠そうだった声は張り詰め、飛び起きて落ちた応星の傍に膝をつき、痛みに呻いて丸くなった背をさする。
「急に暴れて如何した?」
丹楓が触れた場所から痛みが引いてはいくものの、床に伏したまま顔は上げられない。
「たんふう……、ごめん……」
応星は床に伏したまま名を呼び、謝罪を口にすれば丹楓は困惑する。
「なにがだ?」
「殆ど覚えてないんだけど……、どうせ俺がなんかしたんだろうと思って……」
「何かと言うと?」
「その……、色々と……」
気分が盛り上がった己が丹楓にちょっかいをかけ、良からぬ真似をしでかしたとしか思えなかったのだ。持明族は繁殖するための機能を持たないため生殖を必要とせず、個が転生を繰り返す種族。よって性欲も皆無と聞く。
逆に、応星は淡泊な気質とは言え性欲がある短命種。他者が介在しない自宅の安心感、酔いの勢い、丹楓への甘え、己とは違う性質を持つ種族への好奇心。このような状況になった原因は己でしか有り得ない。
「嫌だったよな。ごめん……、謝って赦されるような事じゃ無いが、どんな償いでもする……」
丹楓が応星と懇意にする事を良く思わない龍師が苦言を呈すれば『あちらさんは俺達の蜜月が羨ましくて仕方が無いようだ』などと軽口を叩いてはいたが、よもや大事な親友に手を出してして傷つけてしまうなど、自分自身が赦せなかった。
「ふむ……、自責に浸るのは構わんが、余の話も聞け」
「ん……?」
丹楓が応星の脇下に手を入れ、体を起こすと呆れた様子で見詰めてくるも、居たたまれない応星は顔ごと視線を逸らそうとする。
「余を見よ」
言葉は強いが優しく頬を押さえられては俯くも、背けるもならず、無意味な呻り声を上げるばかり。
「其方は、余が好いてもおらぬ者と床を共にすると思うのか?」
「だがなぁ……、お前って表情に出ないだけで優しいから、そこにつけ込んで無理矢理とか最低だろ……」
言葉も我も強く、表情も碌に変えない丹楓は方壺の玄氷の如き冷酷な人物であり、龍の血脈を強く受け継ぐ気質は傲岸不遜。と、評する者も居るが、丹楓は一族の長たる立場にある者としての責任があり、自身の決定や行動が一族の進退に強く影響すると自覚している。
故に、努めて冷静に振る舞い、感情を顕わにする事はほどんど無い。が、その実、親交の深い相手であれば甘い傾向にあるのだから、不承不承でも受け入れてしまったのでは。と、応星の頭の中では結論づけられている。
「其方がそのように余を想ってくれている事は嬉しく思うが、どうも勘違いをしておるな。手を出したのは余だ」
ようやっと応星が丹楓と視線を合わせたものの、理解が追いつかないまま見つめ合うのみ。
「余が、其方を愛らしく想って抱いたのだ。よって、謝罪する必要があるとするならば余が其方に頭を下げねばならない」
頭に疑問符を浮かべたまま、応星は軽々と抱き上げられ、寝台に座らされる。
「なんで?持明って性欲ないだろ?」
「薄いが、好いた者には湧く」
「好いた者って俺?」
「そうだ」
「聞いたこと無い」
「今初めて口にした」
「すまん……、一から説明して貰っても良いか?」
初出情報ばかりで頭の整理が追いつかず、自身が全裸である事も忘れて額に手を当てながら応星は考え込み出す。流石に酒の入る前は僅かながら記憶にあるが、どうしてこんな結果になったのかの説明が欲しかった。
「昨夜、其方から月見に誘ったのは覚えて居るか?」
「あぁ……」
「では、あった事だけ簡潔に……」
丹楓曰く。
酔い始めた応星が丹楓の顔が綺麗だと誉め、顔を撫で回し出した事を発端に、香を焚きしめた服が良い匂いだと抱きついて吸い出した。
長柄武器を扱う丹楓の肉体を逞しく格好良いと、抱きついたまま首や腕のみならず、固い筋肉がついた体をまさぐり、あまつさえ自ら服を脱いで『俺、お前みたいにならないんだよな』と、胸部や腰回りを触らせた。
これは酔い過ぎだと判断し、休ませるために寝所に連れて行けば応星は丹楓に絡みついたまま離れようとせず、『一緒に寝よう』などとぐずった。
仕方なく、眠るまで添い寝してやろうと思って横になると、眠るどころかはしゃいで『寝づらそうだから服を脱げ』から『丹楓の下半身ってどうなってんだ?ついてんの?』言いながら褲に手を突っ込んだりと傍若無人の有様。
「ほんっとにごめん……」
「酔っ払いの戯れを本気にしてはならんと耐えてはおったが床で『丹楓に触られるの気持ちいいから一杯触って良いぞ』などと言われたら、理性が崩れた……」
よくよく考えたら、己の視点から足が見えるとすれば抱かれる側だ。
応星は顔を覆いながら勘違いと、結局、自らの自業自得に全身が脱力して敷布に突っ伏す。
「俺は、どうしたら……」
「どのような言い訳をしたところで酒で胡乱となった者に無体を働いたのは余だ。酒精の作用によって気分が高揚し、無防備になった隙につけ込んだと言える。其方に非はない。償いならば……」
「要らん。嫌じゃ無いから困ってる……」
応星の丸まった背中を宥めるように丹楓が撫で、己が罪を認めるような発言をすれば遮られてしまった。
「その心は?」
「訊くな……、自分でも混乱してんだから……」
丹楓は表情の動きが少ないながらも感情がないとは言えず、人並みどころか情は限りなく深く重い。上がりそうになる口角を右手で押さえて隠しながら、左手では応星の髪を撫で、真っ赤になった耳や背中を可愛らしいと愛でる。
人間、酔っていたとしても日頃から考えていない物事や感情を口にするはずもなく、抱いている最中で『丹楓、大好き』に始まり、類する発言は散々聞いていたため、後は素面の状態で言質を取るだけである。
なんなら昨夜の再現をしてやろうか。
丹楓は恥ずかしすぎて泣きだしてしまった応星を慰めながら、今か今かと待っていた。