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スターレイル用

教育係の弊害:後編


前編

・捏造しかない
・グロではないですが暴力表現が多いです
・思春期な穹君
・ひたすら穹くんが刃ちゃんに発情してる感じです
・刃ちゃんの自傷、死の描写
・壊滅主人公の戦い方が刃ちゃんに似てるとこから派生した話です


 カフカが暗示をかけ、刃の魔陰を抑えながら優しく頬を撫でた。
 刃は目を閉じたままカフカの施術を受け、少年は白目を向いて地面に倒れている。
「はい、終わり」
 今回も、カフカが満足する結果ではなかったのか続投を申しつけられてしまった。
 カフカは随分と手加減はしていたものの少年が近づけば刀の峰で打ち、距離をとれば地面を走る電撃で感電させ、死角へと転がした手榴弾から受ける爆風に吹き飛ばされて地面に一秒以上転がっていれば銃を構えて威嚇射撃を行い地面を抉った。一度も反撃を許さず、一方的な徹底した甚振り方である。

 以前も、刃が眠っている間に同様の試験を受けたのだろう。

「刃ちゃぁん……、全身が痛い……」
「寝てろ」
 思いの外早く覚醒した少年が泣き言を言えば、刃は必要な対処だけを言葉にする。
 刃に他者を癒やす術は使えないのだから、少年の回復手段は食べて休眠をとる以外にない。
「今日の刃ちゃん優しくない……」
「俺がいつ貴様に優しくした」
 不貞腐れる少年が文句を口にする様子は子供のようで、どこか刃に対して妙に懐き、甘えが湧き出しているようにも見えた。

 刃が少年と共にこの惑星に降り立ち、訓練を開始して相応の時間が経っている事を踏まえれば、拘束下に於いて支配する側にされる側が好意や共感を覚えてしまう現象が考えられた。過度な心労による精神負担や自らの生命を守るために環境へ適応していく人に備わった防衛本能のなのだろうが、少年を懐柔するつもりは微塵もなかった刃にとっては面倒事が増えただけである。
「ねぇ、刃ちゃんに抱きついてもいい?」
「断る」
「じゃあ、私は帰るから、頑張ってね」
 二人のやりとりには我関せず。
 カフカは優雅に手を揺らしながら舟へと戻っていく。
「刃ちゃんに抱きついてると楽になる気がする……、お願い……」
「何を言ってるんだ、そんな訳……」
 少年が這いながら簡易小屋に座る刃へと近づき、懇願する。
 刃はあり得ないと切り捨てかけ、不意に忘我のまま樹海を彷徨っていた際、髪に挿した枯れ枝が芽吹き、花を咲かせた記憶が甦った。そこから惑星すらも復活させる倏忽の力が他者にも及んでいる可能性を考える。
 刃は立ち上がり、検証のために地面に転がっている少年を肩に抱え、簡易小屋に戻って膝に乗せておく。
「やっぱり楽になる……」
「ふむ……」
 少年の言葉に刃は一つだけ呻ると、訓練の効率化を図るために今後は添い寝でもするべきか悩んだ。
 ここ数日は、早く強くしなければ。と、足腰と体幹を鍛えるために走り込みをさせ、重い武器を振らせ続けていた。これを繰り返す事で体は鍛え上げられていくものだが、少年が仙舟人のような無限の命と常人とは比べ物にならない丈夫さを有しているならば兎も角、決してそうではないのだから回復手段は多いに越した事はない。
「回復したか?」
「もうちょっと……」
 望まれるまま抱えていれば、少年の体温に誘発されたか軽い目眩と共に意識が揺らぐ。
 殆ど眠らずに不寝番をしていた借りが纏めて襲ってきたようだった。
「少し眠る。お前も休んでていいから何かあれば叩き起して……、危険なものには近づくな。動物など絶対に触るんじゃないぞ」
 まだ日は高く、人間を狙う肉食の獣も周辺には少ないのか、あまり見かけない。油断は出来ないが、くどくどと忠告をしながら刃は横になり目を閉じた。

 殆ど気絶と表現しても遜色ない眠り方に、少年は刃の頬を突くが落ち着いた寝息が返って来るのみで、数時間は紅い双眸が開かれる事はなかった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 刃が目を覚ましたのは夕刻。
 空が朱く、夜が近づいて来ていた。
「おい、小僧……」
 刃の体の上で涎を垂らして眠っていた少年を揺すり起こそうとすると髪が濡れており、服もカフカが持ってきた物に着替えているようで、水浴びでもしたらしかった。
 涎に加えて髪が濡れたまま刃の胸元を枕にしていたためか外套が部分的にじっとりと濡れており、不快感が湧く。少年の顔色も良く、体の上から放り捨てると服を洗濯し、着替える事にした。

 刃の柔らかい肢体から硬い木材の床に落とされた衝撃で少年は覚醒し、不明瞭な声を上げて挨拶をする。
「服を洗ったら食事にする」
「わかった……」
 少年は熟睡して涎の垂れた口元を手で拭い、木材を集めて火の消えかけた焚火に焼べていた。
 刃が何も言わずとも行動を起こすように成ったのは成長だろう。
「何だ、じろじろと……、そんなに暇なら腕立て伏せでもしていろ。貴様の仕事は体を鍛える事だ」
「う、うん……」
 洗った服を絞り、適当な枝にかけて他の服に着替える刃を少年が凝視しており、指示が欲しいのかと命じれば素直に従い、焚火の傍で腕立てを始めた。最初は十回程度で根を上げていたが、体力、体幹もそれなりの体になっている。最早、日を数える事も面倒になって止めたが、そろそろ子守から解放され通常任務に戻りたい気持ちは高まるばかりである。
「どっ……、のくらい、やってればいい……?」
 顔が朱くなり、息が上がりだした少年が刃に訊く。
 水を入れた鍋に食材を細かく刻んで投げ込んでいた刃が一瞥だけして、
「食事が出来るまでだ」
 と、無情に突き放す。
 少年は汗を肌に浮かべ、震える腕を叱咤して頑張ってはいたが腕力が持たず、潰れた少年が情けない声を上げ、地面に伏したまま息を整えている。
「そろそろ出来るぞ、汚れた手と顔を洗ってこい」
「はい……」
 少年が体についた砂を払い、泉に向かって洗顔している間に狩りで捕獲した動物の肉を焼きながら毒味し、スープを器へよそう。
「腹減った」
「ん……」
 少年が焚火の側に座ると、刃が問題ないと判断した肉に食らいつき、スープを啜り、白湯を飲む。サバイバル生活も様になり、これならばどのような環境でも相応の生活が出来そうだった。
「小僧、こっちに来い」
 刃は出来得る限り長い時間燃えるよう薪を広げて調節し、簡易小屋に入ると腹が膨れ、大きく伸びをして眠そうにする少年向かって手を広げてやればじゃれつく犬のように飛びつき、刃の胸元に顔を押しつけてご満悦の様子だった。
「今日から一緒に寝てくれるの?」
「貴様の訓練と回復が最優先だからな。さっさと寝ろ。休息も仕事だ」
「仕事仕事って、もうちょっと息抜こうよ」
 訓練も休息もやるべき役目であるとする刃に対し、少年は眉を下げて労るように背中を撫でる。
「俺にそんなものは不要だ」
 常に崩壊と修復を繰り返す苦痛だけの肉体は剣を振るう忘我の時こそ、死こそ苦痛から解放される唯一の休息となる。それ以外は、全てがやるべき役割でしかないのだ。
「真面目ぇ」
「いいから眠って回復に専念しろ」
 横になれば少年も目を閉じて程なくして眠り、薪が弾ける音を聞きながら刃は明日の訓練内容を考えながら目を閉じ、少しばかり眠った。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 東雲の時分に刃が目を覚まし、未だ眠る少年の頬を張って起こすと驚いた寝惚け顔で覚醒し、呆然と見上げてきた。
「体の回復具合はどうだ?」
「それ訊くために殴ったの?酷いなぁ……、カフカにぼこぼこにされた割には平気」
 少年は張られた頬を押さえながらも体の具合を確かめ、疲労や痛みがほとんどない事を刃に伝えると無言で抱き締められた事に驚いて硬直する。時間にしてみれば十分ほど。刃は暴力を謝罪するでも慰めるでもなく、確認のためだけに少年を抱き締めていた。
「ふん、軽い怪我なら治るのも早いな」
 次第に日が昇り、視界が明るくなれば刃が少年の顎を掴み、今し方打って朱くなっていた箇所を確認する。元々高い少年自身の回復能力に加えて、刃から溢れる豊穣の忌まわしい力が作用している事は明らかであった。
「本当だ。全然痛くない」
「では、もっとしごいてやっても構わないな?」
 少年が喜んだのも束の間、刃が左頬だけを歪めて笑う様に背筋を凍らせる。
 カフカほどでは無いにしても、刃の訓練は即ち体に叩き込む方式で、より過酷さが増すと宣言されれば豪胆な少年も幾許か涙目になろうというものだ。
「食事をしたら直ぐにやるぞ」
「やっぱり痛いかも……」
「稚拙な嘘は通用せん」
 刃が冷めた視線を少年に向け、少年は身体の負担が和らいだ事を安易に歓喜した己を恨み、食事を作りながら刃は自身の体にこのような活用方法があったなどと人知れず驚嘆し、利用出来るものは利用するべきだと結論を出す。

 それから少年は毎度、吐く息に血の匂いが混ざる体力の限界まで訓練を課され、休憩時間には刃の膝に乗せられて食事をする。眠る際も同様に添い寝で接触を増やし、僅かでも少年の回復を優先していた。

 更に一週間ほどの時が過ぎ、少年が刃の訓練に倒れず食らいついてくるようになった頃、変化が起きた。
 未明の頃、刃が目を覚まし、
「無意識か……」
 そう、呟くと、己の腕の中に収まりながら、足に股間を擦りつけて息を荒げる少年を睨む。
 旺盛な年頃と言えば年頃。淫夢を見る事自体はさして珍しくもない。が、布越しとは言え硬くなった男性器を太腿に擦りつけられる感触は中々に不快なもので、刃は体を起こすと少年を小脇に抱え、湖の中へと放り込む。
 少年は水に投げ落とされた衝撃で一気に覚醒したものの、混乱から半ば溺れそうになりながら岸へと辿り着き、肩で息をしながら驚きと恐怖で体を震わせた。
「な、な……、なに、なにが……」
「着替えたら飯だ」
「起こすにしてももうちょっとなかったの……、あぁ、俺が起きなかったとか……?」
 この惑星へ来てからの刃の行動を踏まえて考え、勝手に納得した少年の股間を一瞬だけ視線を動かして確認すれば、淫夢は霧散して水に落とされた衝撃でしっかり萎えたようで刃は表情を変えずに息を吐く。
「にしても溺れたらどうするんだよ。危ないな-」
「死にそうになったら助けてやる」
 少年の苦情を無視しながらカフカに与えられた食料の残量を確認すると、そろそろ狩りに行かねばならないようだった。食事を終えると、刃は食料をとってくる旨を伝え、自主的な訓練をしているよう伝えると少年に手を引かれる。
「ねぇ、俺も行きたい」
「駄目だ。崖から落ちたり獣に食われても俺なら構わんがお前は死ぬだろう」
「刃ちゃんだって怪我したり死んだら駄目だろ!俺だって結構強くなったし……」
 これは、随分と懐かれたものだ。と、刃は眉を顰め、外套を脱ぐと剣を腕に当て、勢い良く引いて腕を裂く。少年は刃の行動に息を呑み、血を流しながらも肉が修復されていく様を目の当たりにし、目を見開いたまま動けないでいた。
「この通りだ。俺は傷ついても立ち所に修復され、死んでも生き返る。それに貴様に護られるほど俺は落魄れちゃいない」
「刃ちゃんの方が強いのは解ってるけど……」
 仲間意識、庇護欲。
 どうやら少年に余計な感情が湧き出したようで、面倒事がまた増えたと知れる。より余計な情が湧く前に訓練を終えるべきであるが、カフカの来訪は未だなく、少年の世話も役目の一つで、それを放棄すれば訓練や回復に支障が出る。二進も三進も行かない八方塞がりに刃は頭痛が湧いたような心地になった。
「一人でもきちんとやれ。サボったら解るからな」
「分かった……」
 刃の指示にむくれた顔で了承する少年に釘を刺し、人の感情の面倒さを再認識しながら血のついた腕を洗い、外套を着込むとそのまま森へと歩いて行く。

 森に入って一時間ほどで大きな鹿に似た生物を見つけ、逃げるよりも先に警戒心も露わに威嚇してきた獣の首を一刀のもとに切り伏せれば叢から激しい音がした。刃が剣を構えれば体の小さな幼体らしい獣が逃げていく。それを見えなくなるまで眺め、返り血を浴びた刃は親であろう獣を肩に担ぎ、拠点へ向かうと遠目にも少年が懸命に走り込みをしている姿が見えた。
「お帰り!」
「あぁ……」
「刃ちゃん、なんか落ち込んでる?」
「問題ない。走ってろ」
 湖の側に鹿を降ろし、解体を進めていけば余計な気遣いをする少年に苛立つ。
 仔の前で、仔を庇う親を殺したからなんだ。所詮は獣で、そんな倫理観は疾うに捨てたはずで、要らぬ遠い記憶が過って暫しとは言え呆然としてしまった事実に刃は己に腹が立ち、少年を追い払うと無心に解体を進めていく。

 肉を分け終え、返り血を洗い流して水から上がった刃を眺めていた少年を見遣り、天上に視線をやれば丁度真上で昼食の時間だった。
「直ぐ肉を焼いてやるから待ってろ」
「お腹は減ってるけど……」
 焚火の前でしゃがみ込んでいる少年は曖昧な物言いで、もぞもぞと気持ちが悪い。
「言いたい事があるならはっきり言え。具合でも悪いのか?」
 カフカの荷物の中に、多少薬品は入っていたが、症状に合う物があるかは分からない。まして刃は自らが病にもかからないため医療知識にも乏しい。万が一を考え、舟への連絡手段を考えていれば少年は頬を赤らめて、口の中だけで呟いている。
「さっさと言え」
「刃ちゃん見てるとちんちんがむずむずする……」
 体を拭かないまま少年の胸ぐらを掴んで迫った刃の手が投げ捨てるように離され、視線は蔑むように見下ろす。
「師に劣情を抱くな……」
「しょうがないじゃん!なんだかんだ優しいし、俺の事ぎゅってしてくれるし、刃ちゃん体柔くて触ってたら気持ち良くて……、そしたら……」
 身体の負担を減らし、回復を促すための行動が全て裏目に出ていたと気付いた刃は剣を掴んで少年の股間を見据え、
「切り落としたら訓練に身が入るか?」
 軽く膨らんでいるように見える股間に切っ先を向けて睥睨する。
 少年は悲鳴を上げながら両手で股間を庇い、勢い良く顔を左右に振る。
「俺は貴様の伴侶ではない。性欲の対象にするな」
 少年の足先に剣を突き立て、刃は着替えに行く。
 そんな欲求が湧かないほど叩き潰してやれば良いのか、食事を済ませると少年にバットを構えさせ、休みすら与えず剣戟を叩き込む。今し方食べた物を吐こうとも立ち上がらせ、白目を向いて倒れても湖に沈めて強制的に覚醒を促した。
「じ、うぇ……」
 少年が声も出せず、打ち合いの衝撃で武器すら握れなくなり、足が震えて立てなくなった頃、刃はようやっと剣を収める。
「殺しはせん。だが、下らん真似をすれば本気で切り落とすぞ……」
 何を。とは言わずに髪を掴んで顔を上げさせ、刃が睨み据えながら告げれば少年は唸り声を上げた。これで折れない反抗心は感嘆に値するが、欲求を受け入れてやる義理はない。
「俺の役目は貴様に戦い方を叩き込む事だ。そんなものは自分で処理しろ」
 少年は物言いたげに口を動かすも、声が出ないため酸欠の金魚のような有様で、いっそ憐れだ。ここが人の多い街であれば他に若い欲求の発散方法もあっただろうが、そうではないのだから耐えるか自己処理するかの二択しかあり得ない。

 空は藍色が染みて夜に差し掛かっている。
 少々やり過ぎた自覚は在り、食事が出来るのか気かがりでは合ったものの、少年は吐き戻しそうになりながらもスープを飲み、握力の弱った手で肉を掴むと食らいついた。
「それでいい。精進しろ」
 もの言いたげな視線は無視して背に寄りかかるだけであれば許してやり、刃は少年を簡易小屋で眠らせる。元の不寝番に戻り、背中に添った体温を居心地悪く思いながら、瞼を閉じて音以外の情報を遮り、平静を取り戻そうと深く呼吸を繰り返しながら朝を待った。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 朝になっても少年の顔色の悪さは戻らず、回復が追い付いていないようだった。

 少年がバットを杖にして立ってもよろよろと頼りなく、二、三歩歩いて倒れてしまった。
 刃は嘆息すると昨夜のあまりであるスープに多めの水と穀物を入れて温めだし、倒れた少年を引き摺って簡易小屋へと転がす。
「午前は休みにしてやる。回復に専念しろ」
 水分が多く、味の薄い粥を作り、刃が少年の頭を抱えて手ずから与えてやる。
「うん……、刃ちゃん抱っこ……」
「調子に乗るな」
 粥を食べきった頃合いに甘ったれるてきた少年の頬を抓りはしても、刃は抱えていた上体を胡座を掻いた膝に寝かせ、後は腕を組んだまま何も言わずに座っていた。
 少年は、出来得る限り体を刃へぴったりと添わせて眠り、四時間ほどで目を覚ますと多少なりと動けるまでに回復したようで、へらへら笑っていた。
「やっぱり刃ちゃんって優しいね?」
「優しい人間は餓鬼を滅多打ちになどせん」
 少年を膝に乗せていたせいで痺れた足を撫でて解し、自身は肉を、少年には朝と同じような粥を作って食べさせ、午後は昨日ほどの苛烈さはないものの、同じような打ち合いで刃は少年を鍛える。

 少年が潰れそうになる度、鏡流にやられたように身を以て人体の急所を叩き込み、一瞬で敵を屠る技を覚えさせられれば。などと過ってしまうのは、思いの外、疲労が溜まっているのだろう。と、刃は自らを診断する。
 昨日の出来事も、受け入れがたい欲を向けられた苛立ちもあったが、あの感情の乱れ方は半ば八つ当たりに近い。

 夜になれば、手を広げて抱擁を待っている少年の期待が籠もった眼差しが鬱陶しく、刃の表情はあからさまに嫌悪に歪む。この『拒否されるはずがない』。そんなどこまでも図太く行動出来る自信はどこから湧いて出ているのか。
 刃はうんざりしながら少年の肩を掴み、体を半回転させて背中側から抱き竦めた。
「刃ちゃ……!」
「眠れ」
 喜色満面の声を遮るように言うも、刃はカフカのように暗示などは使えないため、首の頸動脈を絞めて少年の意識を落とし、疲労の籠もった息を長く深く吐く。

 明日にでもカフカが迎えに来てくれないか期待をするが、朝になっても彼女は現れず、輝かしい光で大地を照らしながら昇ってくる朝日に忌々しそうな舌打ちが出た。
「お早う……!」
 少年は随分と愉しそうに目を覚まし、不機嫌な刃との温度差は月と太陽ほどあるだろう。
「溜息で返事しないでよ」
「喧しい。食事が出来るまで走ってろ」
 少年は随分と元気なようで、別の部分まで元気になるようなら再び足腰が立たなくなるまで打ち据えかねない気分である。

 刃はおざなりなやり取りで少年を追い払い、残っていた鹿肉を鉄串に刺して全て焼いていれば素直に走っていた彼が寄ってきて、焚火の側に座る。
「まだ呼んでいないが……」
「質問あるんだけどいい?」
 極力会話をしたくない刃であったが、嫌な予感がしつつも応じてやれば『自分で処理するって何』との最悪の質問が飛びだした。

 何かと小賢しいながら、どこか幼稚でもある少年に対する予感は的中し、不機嫌な表情を変えないまま刃はどう答えたものか考えあぐねる。彼には『応星』の記憶として知識はあれど、『刃』として自我が芽生えてより肉体の性的欲求を感じた事がない。
 故に、自己処理などの経験がなく、向けられた欲求も理解しがたい感情として嫌悪感が先立った。何も言わずに気味が悪いとして叩き伏せれば良かったのか。失言であった。
「適当に触って精液を出せばいい」
「触るってどんな風に?」
 端的に言い切り、顔ごと背けて無視しようとするものの、少年の押しは強い。
「そんなものは自分で考えろ」
「刃ちゃんは俺のお師匠だろ?」
「俺の役目は……」
「戦い方を叩き込む事」
 言葉を被せられ、食事を作る手を止めて刃は少年をきつい眼差しで見やる。
「分かっているなら訊くな。不愉快だ」
「照れてる?刃ちゃんってさ、可愛いね?」
 もう相手にすまいとして無言を貫くが、少年の手が刃の髪を指で梳ながら耳に触れ、反社的に手を叩き落として距離を取る。
 ぞ。と、背筋に走った悪寒の余韻に刃の顔が強ばり、尻餅をついている少年の肩を足蹴にし、このまま踏み砕いてしまいたかったが、それは役割から逸脱した行為であり、許されるものではない。
「くそっ……」
 刃には珍しい悪態を吐き、少年を蹴り飛ばすだけで終わらせて座り直し、不安定になりそうな感情を整えようと隣の存在を意識しないようにするも、視界の端にちらちらと映る灰色の髪が煩わしい。
「勝手に食え、俺は食い物を探してくる」
 少しずつ寄ってくる少年を避けるように立ち上がると一方的に宣言し、森へと入れば衣服の首元を緩め、剣を柔らかい肌に当てて引こうとすれば、何者かに飛びつかれて阻まれた。
「何やってんだよ⁉」
「邪魔するな⁉」
 刃の剣を握る手を少年が掴み、引き剥がそうとしたため揉み合いになり、地面に倒れ込む。
「そういう事しちゃ駄目だろ!」
「貴様には関係ないだろうが⁉」
「無い訳ないだろ!」
 無為な言い争いをしながら刃が覆い被さった少年の顔を殴り抜くが、興奮状態にある彼はそれに怖じる事も引く事もせず逆に刃を殴り、暴れる体を押さえようと尽力している。
 しかし、膂力自体は刃の方が強く、上から圧をかけても少年は簡単に撥ね除けられてしまう。
「いった……、刃ちゃん?」
 少年は打った腰をさすりながら呼びかけるも、刃は顔を両手で覆いながら体を縮こめて『気持ち悪い』と、呟く。
 刃の心の乱れに呼応するかのように胸の奥から込み上げてくる憎悪の感情に吐きそうになり、こんな子供に振り回されてしまった己が情けなく、腹立たしく、それすらも餌にして膨れ上がろうとする怪物の悍ましさに恐怖する。
「刃ちゃ……」
「寄るな!」
「寄らない、触らないから落ち着いて」
 少年が両手を上げ、一歩下がった瞬間、刃が剣を手にして自らの首を裂き、狂乱状態に陥る前に一時的に死を得る事で強制的に抑え込む。少年が叫ぶ声が遠くに聞こえ、ゆっくりと意識が黒く沈んで行き、身体の苦痛が和らぐ束の間の安息が刃に訪れた。

 時間にすれば十分もせずに刃の体が痙攣し、瞼が開くと苦しげに喉を鳴らして咳き込み、喉に詰まった血液を吐き出す。
「カフカからちょっとは聞いてたけどさ、刃ちゃん、いつもこんな事してんの?」
 刃の目の前には少年が眉を下げた物悲しい表情で膝を抱えて座っていた。失血のため幾分、頭がぼやけた状態では『こんな事』が何を指すのか判然とせず、刃は数秒ほど逡巡し、首を裂いた行為を咎めていると結論づける。
「これが一番手っ取り早い……」
 少年には全く意味が分からないだろう説明の声はうがいのような雑音が入り、首から噴き出した血液を手で拭うも、その程度で消える量ではなく、半端に凝固した柔らかい血液を塗り広げただけで口の中も血腥く不快だった。
「小僧……、戻るぞ」
 逸早く血腥さを洗い流してしまいたかった刃が少年に声をかけて拠点へ戻れば、火が消えた焚火の中でスープが蒸発しきって鍋が焼き付いており、肉も焦げてしまっている。肉は炭となり、鍋も今後使い物にはならないだろう。
「崖の方を向いて腕立てでもしていろ」
「……うん、分かった」
 湖を背に立つよう少年に指示し、刃が血塗れの服と体を洗いに行く。
 体と髪の汚れをあらかた落とし終わり、朱く染まった水も流れきった事を確認して水から上がれば、少年が湖を向いて座っており、刃は剣を思い切り投げつける。
「誰が休んでいいと言った」
「はいっ!」
 少年が飛んできた刃の剣を避け、突き刺さった殺意の塊の隣で腕立て伏せを再開する。
 余計な物がついているから雑念が湧くとすれば、本当に切り落としてしまおうか脳裏に浮かんだが、このような不衛生な場所では後処理が問題になる。ただただ面倒だった。
 次にカフカが来た際に合格点が出れば良し、そうでなければ性欲を暗示で封じて貰う他ない。

 アレが女であれば、こうはならなかったのでは。

 考えても詮無き事柄が浮かび、現実逃避をしてもどうにもならない事実のみが伸し掛かってくる。
「刃ちゃん、お腹空いた……」
「残りの栄養食でも食ってろ」
「冷たい……」
 髪を拭いていた刃に少年が朝から何も食べていない事を告げ、空腹を訴えるも敢えなくいなされ、無視される。
「じゃあ、俺が獲物とってくるから……」
「待て」
 森へ向かって走り出そうとした少年を引き留め、声かけられた事へ笑顔を浮かべて振り返るも、
「貴様の仕事はなんだ?」
「体を鍛えて戦い方を覚える事」
 己の役割を確認させられて不満に唇を尖らせた。
「あぁ、どうせだ夜まで我慢しろ。そしたら食わせてやる」
 ただの思いつきであるが、過酷な惑星であれば一日二日食事を取れないまま戦闘を繰り返さねばならない場面を思い出し、その体験も必要として切り替え、刃は少年に武器を取るように命じながら自らも剣を構えた。

 視界一面が茜に染まり、少年は疲労と空腹に喘いで地面に倒れ伏していた。
 汗と泥で汚れた少年を湖の中へと放り込み、自らは簡易小屋の中で濡らしたタオルで体を拭いていると、外から激しい水音がした。溺れているのかとも思ったが、全裸の少年が何度も水面に浮き上がっては沈むを繰り返している。
「何をしている?」
「あ、大きい魚が居たから捕まえようかと思ってさ、ご飯になるだろ?」
 水面から顔を出し、刃に笑顔を向ける少年がどんな感情なのかは解せない。
 暴力を伴った一方的な拒絶の上、自ら死ぬような姿を見せつけた相手へ、何故、こうも無邪気で居られるのかを推察しようとするも、そもそも星核ハンターは各々がエリオの脚本に選ばれ、個人個人の願いや思惑があって参入するのであって、べたべたした糖蜜のような関係ではないのだから意味はなしとして止めた。

「刃ちゃん、見て!」
 暫くすると、己の上着の中に跳ね回る生き物を詰めて少年が駆け寄ってくる。
 中には三十センチ以上はあるだろう黒く平たい顔の魚が逃げようと暴れているが、地面に落ちた瞬間、刃が剣で頭を落とせば痙攣する肉の塊となり、簡便な処理の後、火で芯まで焼いて毒味後、刃が少年に与えれば初めて獲った獲物が嬉しいのか大きな口を開けてかぶり付く。
「味は悪くないけどなんか臭いね!」
「そうだな」
 下流から登ってきた個体で、泥ごと小魚を腹に収める種類なのか清流の湖に居た割りにどこか泥臭い。
 だが、少年は最後まで食べ切り、満足そうに腹を摩る。
「何でも食う所は美徳だな」
「うん、何でも食えるよ!腐ってなかったらラッキーっていうか、食わないと死ぬしさ」
 カフカに拾われるまで、どのような環境に居たのか察してあまりある言動。庇護してくれる親も居らず、幼子が身一つで生きて来たのか。刃は多くを言わず、そうか。とだけ返し、口を濯いで寝るように指示を出す。
「一緒に寝てくれないの?」
「俺はここに居る」
 焚火の側から動こうとしない刃に少年は寂しげに訊ねるが、再び欲情でもされたら堪らないのだから共寝はするべきではない。
「じゃあ、俺も居る」
「休むのも貴様の仕事だと言っただろう」
「じゃあ、手だけ握ってて、お願い」
 そう言って少年は手を差し出すが、刃は微動だにせず諦めるまで待った。
「俺、握ってくれるまで動かない。俺が動けないほどの大怪我したり、うっかり死んじゃったら困るんだよね?きちんと休ませるのも刃ちゃんの仕事だろ?」
 五分、十分と、いつまで経っても動かない刃を半ば脅迫するように、少年は再度手を突き出した。小賢しい知恵ばかりが良く回る。
「可笑しな真似はするなよ」
 己が諦める羽目になり、刃は簡易小屋に入ると少年の手を握って就寝を待つ。
「刃ちゃんって自分の話してくれないよね?」
「する必要がない」
 刃が突き放しても少年は含み笑いをして手を強く握り締める。
「あのさ、蒸し返して悪いんだけど……」
「聞きたくない」
「聞いてよぉー!」
 少年が勢い良く起き上がるも、直ぐ様、刃にはたかれて起き上がりこぼしの如く寝床に戻される。
「寝ろ」
「聞いてってば、刃ちゃんの事考えてるとむわむわするんだけど、どうしたらいいか分かんなくて困ってる!」
 カフカのような強制力はないが、少年の大声は否が応にも刃の耳に入り込み悪寒が走らせる。
 無駄な体力が残っているからこうなるのであれば、明日は体力が微塵も残らないほどの訓練を課し、強制的に寝かせる以外に方法はなし。そう結論を出した刃は少年の首に手を当て、頸動脈を絞めて意識を落とそうとする。
「それ止めてよ!俺真剣なのに……」
「真剣ならば何でも赦されると思うな」
 一度落とされて知恵をつけ、抵抗する少年が実に煩わしい。
 締め落とそうとする刃と、抗う少年とで揉み合いになり、無駄な時間が過ぎていく。
「どうしたらいいか教えてくれるだけでいいから!」
「知らん」
 刃の科白に少年の抵抗が止み、疑わしげな視線を向ける。
「嘘ばっかり、むずむずするじゃん!刃ちゃんだってするだろ⁉」
「しない」
「絶対、嘘だ!」
 人と己の区別が出来ていない。
 己がそうだから他者もそうであろうとする傲慢。
 説明も煩わしく、刃は少年に馬乗りになると抑え付け、気道を避けながら首を絞める。ものの数秒で白目を向いた少年の瞼を閉じさせ、起きるまでの間だけ抱き締めてやっていた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 少年は朝から不機嫌で、食事をしながらも刃を睨み付けてばかりいる。
 闘争心であれば御しやすいが、どうやら違うようだ。

「俺が刃ちゃんに一発でも当てられたら俺の言う事聞いて」
 成し遂げた褒美としての要求。
 訓練開始時であれば耳を傾けるくらいはしてやっただろうが、今は望みが見え透いているだけに刃は鼻で笑う。
「交渉とは互いが納得し得るために話し合うもので、一方的に要求するものではない。それを聞いてやって俺に何の利益がある?」
「刃ちゃんだって男だろ。どうやってるか教えてよ!」
 欲求が満たされず、精神が攻撃的になっているのだろう。
 解らないなりにも適当に自身の手で弄ってみれば解決するというのに、刃の口から答えを聞く事へ執着して意固地になっている。
「だから言っているだろう、必要ないんだと。俺は痛覚が鈍い。痛覚が鈍いという事は神経自体が鈍化していて性感も感じ難いという事だ。それに貴様は俺の体を見ただろう?臓器まで達する傷だらけの体が正常に機能すると思うのか?」
 全く思い至らなかった表情で少年は刃を見上げる。
「正常に機能しないって、俺みたいにならないの?」
「理解したなら構えろ。体力が尽きればそんなものも湧かんだろう、どうしても集中出来ないのなら切り落としてやる。精々死なないようにな」
 刃が下半身に切っ先を向けて脅せば、きゅ。と、少年が内股になり、怯えた表情を作る。
「嘘だよね?」
「事と次第によってはやる。そんなもの庇ってないで構えろ」
 そんなもの扱いを受けた股間から手を離し、少年がバットを構え、刃が剣に力を込め、振りかぶる。

 構え方は随分と様になった。
 攻撃を受けても体の軸がぶれなくなり、流し方も上手くなった。
 訓練は実を結んでいるようだが、余計な感情が湧くとは想定外だった。

 少年が地面に伏して動けなくなり、これだけ体力を奪えば下半身も紛れるだろうとして、刃は空を見上げてから昼食を作り出す。
「刃ちゃん、ぎゅってしていい……?」
「自力で治せ、貴様の触り方は不快だ」
 少年が弱々しい声で求めるが、無下に切り捨てる。
 止めに股間を蹴り上げてやった攻撃が余程効いているのか、少年は股座を押さえて左右に転がりながら痛みを分散させようと間抜けな姿をさらしているが笑う気にもなれない。
「何にもしないから、寄りかかってるだけでもいいから……」
 余程痛いのか内股の状態で背中に寄りかかる重みに対して舌を打ちながらも刃は残っていた鹿肉を焼き、小さく切り分けて焼けたはしから少年の口元に串を差し出して食べさせる。
「さっさと食え」
「刃ちゃん大好き」
「黙れ、発情するな。次は股間に刺すぞ」
 咀嚼しながら戯れ言を口にする少年の顔に鉄串の先端を刺し、大袈裟に上げる悲鳴は無視をする。

 翌日にはカフカが来訪し、少年の練度を確かめると、
「大分戦えるようになったわね」
 そう呟き、刃へと向き直った。
 少年は相変わらず打ちのめされて白目を向いている。
「では、やっと俺はこの餓鬼の世話から開放される訳だな?」
「えぇ、お疲れ様」
 カフカと少年の戦闘を眺めていた刃は今回も駄目出しを食らうと考えていたため、終了許可が出て内心胸を撫で下ろした。
 今でこそ、口だけの脅しになるが、このまま少年との生活が続けば、嫌悪感から本気で股間についている物を切り落とすか、叩き潰すかしていた可能性もなきにしもあらず。そうなると、間違いなく罰を受けるのは刃自身である。
「エリオが、一番悪い展開に進んでる。って言うし、及第点まではいってたから、ね?」
 カフカにしてみれば、もう少し練度が欲しかったようだが、彼女の主であるエリオが最悪の脚本になる前に修整をかけた事を言外に含ませる。
「俺のやり方が不味かったのか?」
「いいえ。刃ちゃんはやれる事をやっただけ、私の想定よりもあの子が純粋で幼過ぎた事が原因かしら?」
 カフカが血を塗りつけたように鮮やかな刀を鞘に納め、困ったように微笑んだ。
「そうだな……、見た目の年齢に対して随分と精神が育ってないように感じたが……、どこから拾って来たんだ?」
「簡単に言うと、ゴミの中に居たの」
 カフカは何気ない雑談の如く少年を拾った経緯を語る。
 星核の器を作る研究が上手くいかず滞っていた事、別の任務の際、星核の影響で死にかけた惑星でありながらゴミ山の中でしぶとく生き残っていた少年を発見した事、無から有を生み出す事は難しいが、有から有を生み出すは造作も無い事。
「それで、星核に耐性があるこの子を人造人間の基礎にしたの。それから、まだ幼子だったあの子を成長させながら様々な知識を脳にインストールしたのだけど、経験が伴ってないから小賢しくて好奇心が旺盛で、幼稚なのは仕方がないのよ」
 愉しげに製造過程を話すカフカを、刃は険しい表情で凝視していた。
 彼女はくすくすと笑い、
「そう、飲月君と応星がやった事を参考にしたのよ。いい資料になったわ」
 と、事もなげに言ってのける。
 人の細胞を用い、新たな生命として生まれ変わらせる。
 仙舟自体が破滅しかねない事態を引き起こしたものの、結果だけ見れば成功した事例である。
 刃にはカフカの行動へ口を挟む権利も権限もない。しかし、記憶の海の底から憎悪の感情が溢れだし、神経をざわつかせる。
「ふふ、動揺しないで刃ちゃん。『聞いて』落ち着くの、可愛い人」
「ぅ……」
 息を乱し、剣の柄を握り締める刃の頬を両手で包み、カフカは目を合わせながら刃の傍らに片膝をついて顎を救うように持ち、暗示の言葉を囁やく。
「刃ちゃん、私だけを見てゆっくり呼吸をして……、目を閉じて」
 カフカの言葉に従い、刃は紅玉のような瞳を見詰め、婀娜な声色に耳を傾ける。
「それでいいわ。何も考えないで」
 少しずつ刃の意識は沈んでいき、瞼が落ちていく。
 頬がしなやかな手で撫でられた感触を最後に全ての感覚が遮断され、刃の意識が再浮上した時には拠点の寝台で横たわっていた。

「すまない、運ばせたな……」
 寝台に腰かけ、ぼんやりとする頭を押さえながら刃の目覚めを待っていたであろうカフカへと問う。
「運んだのはサムだから大丈夫。それで、次の任務の話に移ってもいいかしら?」
「あぁ……」
「これから刃ちゃんとサムはヘルタに潜入して、ヴォイドレンジャーを引き込む道を作るの。私と銀狼は混乱している間に星核を奪取、それから星穹列車への贈り物であるあの子を置いて脱出。いい?」
「了解」
 これからシステム時間で三十分ほどの時間を置いてから作戦の開始だとカフカが告げ、少しずつはっきりしてくると、廊下に人影が見えた。
 星穹列車への贈り物となる件の少年が扉の陰から覗いている。
「俺、いつまでここに居ればいい?」
 少年の声にカフカは振り返って艶然と微笑み、『もう直ぐお出かけよ』と、告げて側へと歩いていく。
 刃を見ても反応しないどころか見知らぬ人間を警戒するようにカフカの後ろに隠れる辺り、言霊による記憶の整理が行われたのだろう。

 刃は剣を握るとカフカに随行し、ラウンジへ入れば銀狼がガムを噛みながらスマートフォンでゲームをしていた。
「さぁ、おいでなさい」
 手を差し出して呼びかければ少年が素直にカフカの隣に立ち、寄る辺のない迷子のように手を握る姿を余所に、刃は宇宙空間に浮かぶヘルタを窓から無感情な眼で見下ろす。
「じゃ、先に刃とサムを転送するねー」

 刃は無言で頷いて銀狼のシステムに身を委ねれば、一瞬だけ視界が暗転し、次に網膜が光を捉えた時、刃は目の前の扉を破壊し、新たな運命の扉を開いた。

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