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スターレイル用

迷子の迷子の子猫ちゃん

・えりおが猫想定で書いてる
・最初ちょいグロ
・胡麻パイを拾う刃ちゃん
・小生命体の捏造だらけ
・ハンター捏造だらけです
・ご飯係のサム
・刃ちゃんのおっぱい吸う胡麻パイ
・列車組ちょっとだけで、ほんのり如何わしい発言をする穹とむっつり丹恒




 ▇◇ー◈ー◇▇

 目標の隠された場所を確認。
 目標の奪取を開始。
 抵抗する者は即座に殲滅すべし。

 刃は頭から垂れてくる血液を拭うように包帯を巻いた手で瞼を擦る。
 自身の血か、殺した敵の血か既に分からない混ざり物は全身と言わず、髪までもしとどに濡ぬらし、その姿はさも幽鬼のようで、歩く度に粘着質な音と共に紅い足跡をつけていく。
 モルタルで固められた灰色の通路は寒々しく、電気の供給が不安定なのか天井に着けられた明かりが明滅する。硬質な床は音を反響させて彼の不気味さをより演出していた。

 既に警備員の姿は無い。
 配備されていた戦闘意欲の高い者は疾うに刃に殺され、そうでない者は手足を叩き折られようと、胸を貫かれようと、頭を吹き飛ばされようと復活し、鬼神の如く迫ってくる彼に恐怖して逃げ出した。

 悠々と奥へと歩いて行く刃を阻む者はなく、鉄の扉を切り開き、機械が詰め込まれた狭い部屋入れば、分厚い硝子ケースに収められ、光を乱反射する透明度の高い鉱石が見えた。
 詳しい機構は中身を見てみなければ分からないが、一見宝石にも見える鉱石は何かしらの動力源なのだろう。カフカからは、そのまま壊して奪って良いと伝え聞いているが、これを奪取した場合、影響はこの施設の留まるのか、数秒ほど考えて剣を振り下ろし、鉱石を奪取する。

 案の定、施設の灯りは途切れ、辺りは真の闇の底へと堕ちた。
 道順は覚えているため、特段不便は無いが、こんな掌ほどの石ころが街全体の動力を賄うほどのエネルギーを有しているとは中々の驚きである。
 握った鉱石は脈動しているかのように一定の間隔で振動し、微かながら温もりがあった。ともすれば、歳陽の如きエネルギー生命体なのか考えるが、詮無い事だ。

 鉱石を握ったまま、来た道を戻っていれば頭に柔らかい何かか落ちてくる。
 落ちそうになったそれを掴んでみれば腕に抱えられる程度の大きさで妙に柔らかく、温もりがあり、みゅう、みゅう。と、か弱く鳴いていた。
 カフカからは、ここに収められている物は全て持ってこいと命令されているため、刃は小首を傾げながらも鉱石と、柔らかい生き物らしい物を抱えて外に出る。

 みーう。

 薄ぼんやりした薄鼠色の空の下で腕の中に抱えた物を刃は確認する。
 これは確かに生き物であろうが、見た事がない不可思議な生き物であった。
 否、見覚えはある。点心、或いは月餅にも似た形の入れ物に入った謎生物。黒地に下から昇るような朱い階調、金色の彼岸花にも似た模様、大きな黒い目の縁は紅で彩られたこれは、穹、星穹列車に乗る青年が刃に似ているとして送りつけてきた写真に映っていた生物と酷似している。
「何故、ここに?」
 何かしらの手違いで逃げ出したとするなら、実に管理が甘いと言わざるを得ない。
 生物は弱っているのか、徐々に鳴き声は小さくなり、縋るような眼差しを刃へ向けている。
 血塗れで血臭を振り撒く不穏な存在を頼るとは、余程の極限状態なのか、人の形をした者で在れば誰でも助けてくれるとの盲信か、単純に何も考えていないのか。そもそもが、何故あんな場所に居たのかも謎である。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「刃ちゃんお疲れ様。貴方が大暴れしてくれたからこっちは楽だったわ」
 拠点へと戻った刃へカフカが振り返りながら語りかけて、胸に抱かれた生物を見て表情を綻ばせた。
「あらあらあら、どうしたのこの仔。元気ないけど怪我でもしてるのかしら?」
「そうらしい」
「じゃあ、手当てして上げないとね」
 如何にも喜色満面の様子で足取りも軽やかに近づき、刃の腕から生物を受け取ると医療室へと連れて行く。
「刃、なにあれ?穹が写真送ってきた奴じゃん?」
 ラウンジでゲームをしていた銀狼が物珍しげに近づき、刃へと問いかけるが、偶々拾っただけで詳細など知る由もない。
「分からん、指定の場所に居たから連れてきたが、要らなかったか?」
「いいんじゃない?カフカも喜んでたみたいだし、可愛いじゃん」
 問題ないようであれば、後は己が関知する所では無いとして、刃が湯を浴びに行き、彼の大柄な体躯ですらだぼつく緩い前開きの服に着替えてラウンジへと戻れば尻尾と手に包帯を巻かれ、カフカによって液状の薬を口に押し込まれて嫌がって泣いている謎生物が居た。
「あ、刃、こいつね、名前胡麻パイだって。んでね、奇物でどこかに転送されて居なくなって困ってたから助かったってさ」
 銀狼がスマートフォンの画面を見せながら言うが、自身の物ではなく、刃のスマートフォンをまた勝手に使っていたようだ。
「じゃあ、この迷子ちゃんを送り届けるまでお世話して上げないと……。刃ちゃんが拾って来たんだから、お願いね」
 カフカは微笑みながら苦い薬を飲まされて唾液を止めどなく口から垂らしている謎生物こと胡麻パイを渡して撫でる。
「おい、これは……」
「唾液は大丈夫よ。苦いの逃がそうとしてるだけだから、今度から注射にして上げようかしら?それも泣いちゃうかも。ふふ……」
 白いレースが施されたハンカチを出し、カフカが胡麻パイの口元を拭きながら、針を刺されて泣き喚く想像をしているのか実に楽しそうだ。
「趣味が悪いぞ」
「あら、ご挨拶ね。手当てして上げたのに」
 カフカは笑ってはいても気分を害したのか刃の額を指で弾いてソファーへと戻ってしまった。
 唾液を拭いて貰った胡麻パイは、みゅ、みゅ。と、鳴きながらしがみついてくる辺りは懐っこくて愛らしいが、何を食べるのかも分からない生物を預かるのは気疲れするものだ。
「銀狼、これは何を食べるんだ?」
「なんでも食べるけど、その子は好みが煩いみたい。ふふ、美味しくないって伝えるために尻尾で床叩いて怪我したんだって」
 人のスマートフォンを弄りながらの返事。
 相手は穹だろう。
「随分とか弱いな……」
「うん、だから気をつけて上げないといけないみたい。あと、食べ過ぎて吐いたりするから欲しがっても上げすぎないようにってさ」
 胡麻パイは好みが煩い割に随分と食い意地が張っているようで、刃はふにふにとした感触に些か納得する。不可解な土地に転送されても生き延びたのは、その食い意地で肉がついていたお陰なのだろう。
「何か食料はあったか?」
「エリオが食べてるご飯上げてみたら?あれかなり高級でしょ?」
 指名手配されている全宇宙の敵としても遜色ない星核ハンターにも支持者がおり、それらが献上してくる物資は高価な物が多く、食料に至っては高級嗜好なカフカの舌を満足させるに足るものばかり。そこに缶詰も含まれるが、例に漏れず素材を厳選された保存食である。
 見た目は猫に近い。やってみる価値はあると刃は判断し、頷いた。
「ふむ……、やってみるか」
 ご飯。の言葉に反応したのか、み、み。と、胡麻パイが嬉しそうな声を上げる。気に入る気に入らないは知れないにしろ、食事はしなければ死んでしまうだろう。
「排泄などはどうしたらいい?」
「人間のトイレで出来るみたいよ。賢いんだって」
「ならば扉は常に開けておくか」
 拠点は常に清潔を保たれており、多少胡麻パイが歩き回っても大丈夫だろう。仮令、失敗しても高々猫の汚物処理程度、対した労力を要するものでも無い。
 ラウンジを抜け、厨房へと足を運べばサムがカフカの夕飯でも作っているのか、焜炉の前に立って鍋を振るっていた。
「おや、愛らしい生物ですね。どうなさったのですか?」
 刃が抱いている胡麻パイに興味を引かれたか、ほんの数秒ほど視認しての簡易的な調査後、危険無い生物と判断したようだ。
「拾った。星穹列車へと届けねばならないらしい」
「おや、それは難儀な。刃の食事はねぎらいも兼ねて量を多くして差し上げましょうね」
「感謝する」
 サムへ礼を言いながら、乾物や缶詰が詰め込まれた棚を漁り、エリオがいつも食べている円柱型の缶詰を取り出し、適当な皿に出して床に置く。缶詰が出てきた時点でも甲高く声を上げたが、胡麻パイの期待は留まることを知らず、愛らしい声で早く早くと急かすように鳴いて尻尾を振っている。
「食べていいぞ」
 みゃあーあ。
 刃の言葉に返事をするが如く胡麻パイは鳴き、匂いを嗅いでから食べ易く解された肉に食らいついた瞬間、驚いたように目を見開き、刃を見上げて大きな声で鳴き、また一口食らっては鳴き、それを食べきるまで繰り返していた。
「共感覚ビーコンを起動するまでもなく、気に入ったようですね」
「そのようだ」
 胡麻パイは食べ終えてゲップをすると、美味しさへの感動のあまり口の周りだけでなく、顔を撫でた手も舐めてしつこく味わっている。多いかと半分だけ入れてみたが、まだ食べそうな気配に残りを更に落とせば、飛び上がって喜び、にゃむにゃむ声を出しながら食いつく。
 今後の餌はこれで問題ないようだ。
「来い」
 食べ終えてうっとり満足そうに手を舐めていた胡麻パイを刃が抱き上げ、サムに礼を言いトイレへと連れて行く。
「ここがトイレだ。分かるか?」
 厨房の更に奥にある風呂やトイレのある区域に行き、床に降ろして扉を開けば勢いのいい返事と共に跳ねて便座に座り、排泄をしているようだった。大分我慢をしていたようだ。すっきりしたらしい胡麻パイが床を跳ねて刃に飛びつき、抱き上げてくれと要求する。

 怪我をしているのだから、風呂は避けた方が良さそうで、体が汚れた場合、濡らした布で拭いてやればいいのか悩んでいれば、胡麻パイが寝息を立てて寝だしてしまったため、カフカが手当てをしたのだから、衛生面は問題ないだろうとして刃は自らの部屋に戻り、胡麻パイを寝床に置いて食事をするために出て行った。

「沢山食べて下さいね」
 サムがラウンジのテーブルに肉料理を並べる端から刃が箸を延ばして食べていく。
 その隣ではカフカが優雅にナイフとフォークでステーキを切り分けており、銀狼はゲームをしながらフォークでロールキャベツや小籠包を突き刺しては頬張り、進捗が良くないのかうんうん呻っている。
「皆さんいい食べっぷりで作りがいがありますねぇ」
 特にテーブルマナーなどに口を出さず、サムは微笑ましそうに眺めているばかり。
 機会生命体である彼も食事を必要とするはずだが、自身はあまり食べず、食を提供する方が楽しそうにしている。

 そんな最中、遠くからみゃあん。と、鳴く声があり、皆が視線を向ける。
 居住エリアからラウンジへ入る扉を小さな何かがかりかりと引っ掻き、懸命に鳴いていた。
「胡麻パイか……」
 刃が紙ナプキンで口を拭き、扉を開けば直ぐ様飛びつき、刃に縋り付いた。
「どうしたんだ?」
「部屋に置いてきてたの?」
 銀狼が行儀悪く、点心をフォークに突き刺したまま寄ってきて訊ねれば、刃が頷く。
「誰も居ないから捨てられたとでも思ったんじゃ無い?」
「ふぅん、分離不安症って奴かしら。仲間が居た所から知らない場所に飛ばされて、人が居なくなることに過敏になってるのね」
 カフカまで食事を中止して胡麻パイを撫でてやり、サムはすかさずソファーにクッションを置いて胡麻パイの席を作る。
「さ、こちらへどうぞ」
「胡麻パイはもう食べたの?」
「食べさせたばかりだ」
「じゃあ、もう食べさせちゃ駄目ね。銀狼、胡麻パイちゃんが強請っても上げちゃ駄目よ?」
 愛らしい生物に餌を手ずから与える行為は楽しい物であるが、先だって行動を封じられた銀狼は不満そうにフォークに突き刺したままの点心を口に入れた。

 刃が胡麻パイを用意してくれたクッションの上に置き、食事を再開すると胡麻パイは物珍しげにテーブルの上を覗き見ては鳴き、物欲しそうに桃色の肉球のついた手を伸ばす。穹の情報の通り、食に対する執着が大分強いようだ。とは言え、テーブルの上に飛び乗って暴れ回るほどでも無い。
「だーめ、お利口にしてて」
 都度都度、胡麻パイはカフカによって手を押さえられ、抗議の声を上げるが愛らしいだけで、食事の場は和やかである。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「美味かった」
「サムいつもありがとー」
 各々が使った食器を片付けていれば、テーブルに垂れたソースが気になったのか、胡麻パイが舐めてしまい、またそれが唐辛子を使ったものだったが故に胡麻パイは悲鳴を上げて転げ回った。
「あらあら、大変!」
 カフカがテーブルの上にあったミルク入りの容器を手に取り、小皿に出して指につけて胡麻パイに一舐めさせれば、勢い良く飲み出し、容器が空になる頃には痛みも引いたのか、弱々しく鳴く程度になっていた。
「お腹のお薬飲ませて置いた方がいいかしら?」
「テーブルに落ちていたソースはほんの一滴程ですし、体の大きさから鑑みても容量は問題ないかと」
 食事後に、とんだ一波乱をもたらした胡麻パイは痛みを訴えるように鳴いているが、己の食い意地が原因であると理解しているかは怪しい。
「すまなかった……」
「偶にはこんなのもいいじゃない」
 連れてきたのは刃であり、騒ぎの原因を作った事を謝罪すれば、滞在を許可したのはカフカ自身で在る為か、特に気にした様子もなく胡麻パイを撫でている。
「もう、落ちたのもの食べたり舐めたりしちゃ駄目よ?分かった?」
 分かったのかは謎だが、カフカの言葉に返事をするように鳴いた胡麻パイが空になった小皿を手で突く。
「もう駄目。ご飯も食べたし、さっきいっぱい上げたでしょう?後はお水で水分をおとりなさい」
 鳴いたのは返事ではなく、もっと寄越せとの要求であったと感づいたカフカに叱られ、低い声で唸るのは不満を表しているのか。実に我が儘な事だ。
「刃ちゃんのお部屋にお水を置いておくから、それを飲むの。ね?」
 胡麻パイを抱えたカフカは説教をしながら刃の自室へと連れて行き、残された本人は食器を片付けるに従事している。

 寝支度を整えた刃が部屋に戻れば、腹が膨れた胡麻パイが寝台のど真ん中で寝ており、扉の横にはカフカが置いたのだろう水を入れた皿があった。
 今日は激しく消耗したため、横になりたい気持ちはあったが、ぐっすりと寝ている胡麻パイを起こすのも憚られ、刃は床に座ると腕を組んで壁に背を預けて目を閉じる。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 数時間経って目を開いた刃の膝の上には胡麻パイが眠っており、一度目を覚ましてわざわざ移動してきたと知れる。
 ふと、分離不安症。とのカフカの科白を思い出し、誰かが側に居ないと不安になって精神が不安定になるのだと理解する。
「任務の時も連れて行かなければならないのか?」
 胡麻パイが刃から離れないとするならば、当然ながら任務の際も抱えていく事になる。
 戦闘、潜入、どのような場面を想定したとしても邪魔にしかならず、とても仕事はこなせそうに無い。なればこそ、少しでも早く星穹列車への返還を急がなければならないが、カフカからの打診は無かった。胡麻パイ可愛さに先延ばしにしたいのだろうか。

 膝で眠る胡麻パイを抱き上げると、目を覚まして小さく声を出したが抵抗はない。
 刃が寝台に横たわり、腹の辺りに胡麻パイを置いて布団を被る。胡麻パイは何度か目を瞬かせたが、動き出す事なくそのまま眠り、刃も共に眠った。

 刃が次に目を覚ましたのは、腹に衝撃を受けてである。
 敵かと腹の上に跳びはねていた物を掴めば、しかして胡麻パイであり、刃は睡魔に囚われた目を瞬かせて手の内にある生物をまじまじと眺めた。
「なんだ……、貴様か……」
 体の修復に使うエネルギーを消耗しすぎたせいで、未だ体力が戻り切っていない刃が胡麻パイを寝台におろし、撫でるように軽く叩きながら眠るよう促すが、今度は顔を手で突きだし、あまつさえ舐めだした。時計を見れば、眠った時刻から八時間以上は経っている。
「あぁ、飯か……」
 気怠い体を起こし、刃は胡麻パイを抱えて厨房へ行き、缶詰を手に部屋に戻る。
 胡麻パイは機嫌良く軽快な速度で鳴き、皿にご飯が盛られるのを今か今かと待ち、まだ寝ていたかった刃は、缶詰の中身を一度に入れ、寝台に戻る。

 ちゃむちゃむと胡麻パイが餌に食いつく音を聞きながら再び眠ったが、程なくして叩き起こされてしまい、刃は眉間の皺を深くして胡麻パイを睨む。
「飯ならやっただろう。トイレは自分で行け……」
 半端に起こされるせいか頭痛がした刃はこめかみを揉みながら、胡麻パイを諭そうとするが、そんな事情など知らぬとばかりに床に降り、餌の皿を叩いてからからと鳴らす。
「先程やっただろう。それとももう半日も経ったのか……?」
 深く寝入っていればあるいは。しかし、そこまで眠った感覚は皆無で、寝台から降りようとした刃の足裏に、柔らかく不快な感触が襲う。
 よもや。の予感に灯りを点け、恐る恐る足裏を見れば缶詰の中身らしい。汚物で無くて胸を撫で下ろしたが、缶詰の中身が何故こんな所にあるのか。しかも、胡麻パイは見向きもしない。

 どこか饐えた匂いもして、考えついたのは吐瀉物。
 食べ過ぎたら吐く。の穹の忠告が頭を過り、雑に一気に与えたせいだろう事は明白。吐いて胃が空っぽになったため、空腹を感じているのだ。
 刃は足裏を拭き、床を片付けてから急かす胡麻パイを抱き上げて厨房へ向かう。

 もう一度、ご飯が貰えるとあって機嫌はいい。
 だが、短時間の二度目の食事は缶詰を半分だけやり、どれだけ胡麻パイが訴えても刃は徹底して無視した。少々どころでは無い煩さだったが、耳を塞いでやり過ごし、最終的には諦めたのか腹の近くで寝だした。
「そうだ、ゆっくり眠れ」
 やっと静かになった胡麻パイを抱えて丸まるように目を閉じれば、夢も見ない眠りが訪れる。筈だったが動物とはままならないものだ。

 刃は寝返りを打ったのか、見えたのは見慣れた天井。
 しかし、服の中に入り込んだ物の感触は如何なるものか。

 柔らかい感触の物が服の中に入り込み、胸元をやたら踏みつけている。
 それだけならまだいい。ちゅっちゅっちゅ。と、聞こえる音は理解出来るがしたくないもので、服の前を寛げ、中に入った胡麻パイを見れば、胸を揉みながら乳首に吸い付いて一心に吸っている姿があった。
「俺から乳はでんぞ……」
 胡麻パイが生まれたのはつい最近。
 食事は固形物も食べられるが、赤ん坊としても可笑しくは無い。が、最初に見た者を親と思い込む刷り込み現象でもなく、餌をやっているのに乳を吸いたがる意味が分からない。無理矢理剥がしてやれば、短い手足を激しく動かして抵抗する。
「そんなにか……?」
 こんな男の胸の何がいいのか。
 刃は煩く喚かれるよりは良しと諦め、胡麻パイを寝台に置けば揉みながら乳吸いを再開した。吸っていると空腹でも紛れるのか懸命で、面倒になった刃は胸を開いたまま目を閉じた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「まだ穹達は暇が出来ないのか?」
「そうねぇ、生命作って遊んでるかと思ったら、また別の厄介ごとに巻き込まれちゃったみたい?」
 胡麻パイの世話にも慣れだした頃、ラウンジのソファーにて刃が溜息を吐きながら訊ねるが、カフカの返答は芳しくない。
「もう返さなくていいじゃん。可愛いしさー。その内、お留守番出来るようになるって」
 銀狼はもうすっかり胡麻パイを仲間の一人に数えており、弟が出来たようで嬉しいのか、あれほど耽溺していたゲームもそっちのけで玩具を自作しては一緒に遊んでいるようだ。
 現在も、先端に小さな房のついた棒を振り回し、胡麻パイを翻弄しながら喋っている。
「おっと、私に勝とうなんて百年早い」
 胡麻パイが銀狼の意識が刃に逸れたと見て、房を確保しようと飛びつくが、銀狼が巧みな動きで避け、挑発して更に興奮させていた。
「いや、返す。そいつは穹の創造物なのだろう?簡単な怪我なら兎も角、他の動物とは違うそいつが病気にでもなれば俺達の手に余る。それとも、ヘルタにのこのこ入って治療して下さいとでもお願いするか?俺達が?」
「う、それは……」
 到底、無理な条件である。
 万が一を考えればここに置いておくべきでは無いとの説得に銀狼は消沈し、房を捕まえて得意げな胡麻パイの頭を撫でて納得はいかずとも、他に代案も浮かばず、返すしか無いのだと理解するしかない。
「刃ちゃんだって寂しいのよ?胡麻パイちゃんのママだもの」
「カフカ……」
 諫めるように名を呼ぶが、カフカはころころと鈴を転がすように笑っているばかり。
 少し前、乳を吸われている事は伏せ、彼女に胡麻パイが体をやたらと踏んでくる旨を報告すれば『柔らかい所をふみふみしてるのね?それは胡麻パイちゃんは刃ちゃんをママだと思ってるのよ。安心して赤ちゃん返りするなんて本能って奴かしらねぇ』などと暢気に曰うのだから参ったものだ。
 それ以外にも、時間の概念があるのか定刻に餌をやらなければ延々鳴き、それにも飽き足らずおやつを要求する。銀狼が作った玩具を咥えて遊べと絡む。寝ていれば叩き起こされ、食べ過ぎずとも吐く事があり、暫く目を離していた場合は床を注視する必要性が出る。
 それらはまだ構わない。動物とはそんなものだ。特筆する困り事は、乳を吸いながら寝た頃合いに退かそうとすると、慌てて起きて再び吸い出すのだ。所詮、何も出やしない乳に執着している様に困り果て、流石の刃も若干疲れていた。

「なんだ?」
 刃のスマートフォンが鳴り、画面を見れば穹からである。
『ごめん、やっと落ち着いた。迎えに行ける』
 愛らしい兎のスタンプと共に謝罪の意を伝え、どこで落ち合うかを確認しあう。
「銀狼、今の内にたっぷり遊んでおけ、明日には返しに行く」
「えー……、ねぇ、胡麻パイ、今日はあたしと一緒に寝ない?」
「止めておけ、睡眠妨害が凄いぞ……」
 一緒に寝れば、すなわち乳吸いをする訳で、刃は銀狼をすかさず止める。
「最後だしちょっとくらい……。ね、胡麻パイ?」
 分かっているのか居ないのか、遊び疲れた胡麻パイは銀狼の誘いを無視して大きな欠伸をすると座る刃の膝に飛び乗り、手で顔を隠しながら眠りだした。
「うー、刃ばっかずるい.……、いや、羨ましい……」
 棒を振り回しながら銀狼が文句を垂れるが、
「胡麻パイちゃんは静かな人が好きなのよ。銀狼は色んな音を立てるから、遊び相手にはいいけど、きっと煩いのね」
「ゲーム音消してやるから……」
「無理よ。君はゲームする時に、どうしてもコントローラーをかちゃかちゃしたり、スマホをぺたぺたタップして音を立てたり動いたりするでしょう?」
 カフカに撃沈させられた銀狼が唇を尖らせ、渡された紅茶に口をつける。
 刃は人知れず、ほぅ。と、息を吐く。最後の最後で大騒ぎになっても面倒だからだ。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「刃ちゃんいらっしゃい!」
 列車を訊ねて穹の歓迎に適当な返事を返し、刃は胡麻パイを渡す。
 酷く鳴いて煩いが、仲間の居る巣に帰れるのだから何をそんなに嫌がる必要があるのか刃には意味不明だった。
「胡麻パイ、落ち着けって……!」
「ママとは誰の事だ?」
 穹が酷く鳴きながら刃の腕の中に戻ろうとする胡麻パイを捕まえたまま難儀していれば、共感覚ビーコンを点けていたのか、丹恒が何気ない疑問を呟く。
 俺だな。とも言わず、刃は腕を組んで暴れる胡麻パイを見ている。
「刃ちゃんに向かって言ってるような気がする」
「じゃあ、ちゃんと返したぞ」
 長居すればするほど藪蛇になりそうな雰囲気を察し、刃は踵を返して帰ろうとするが、穹が腕を掴んでゆっくりしていけと誘う。
「刃ちゃんだって、特に用事が無いからその格好なんだろ?」
「ただ、街で目立たないようにしているだけだ」
 穹が指摘する刃の服装は、体を締め付けない大きさの白いハイネックニット、色が薄いデニムパンツ、黒いブーツ、その上にベージュ色のコートを纏い、白いキャスケットを深々と被った上に、髪を三つ編みに纏めて前に流している。
 到底、戦闘には不向きな格好ではあるものの、カフカのお仕着せであって寛ぎに来た訳でもない。
「穹達がご迷惑をおかけしたみたいだし、珈琲の一杯くらいご馳走させてちょうだいな」
 渋る刃に、穹への助け船を出したのは姫子である。
「胡麻パイだってこんなに寂しがってるしさ、ちょっとだけ……」
 了承していないにも関わらず珈琲を淹れる準備をしだした姫子とごねる穹。何かの罠かとも考えたが、何かがあれば不利益を蒙るのは列車組の方だろう。
 刃が丹恒を一瞥すれば、複雑そうな表情ではあるものの、止める気は無いようだ。
「さ、刃ちゃんこっちこっち」
「姫子さん、俺が淹れます。貴方が手を煩わせなくてもいい」
 穹が鮮やかな朱いソファーに刃を誘導し、丹恒が姫子の手を止めて代わりに珈琲の準備を進める。何もしない時間がこうも多いと、手持ち無沙汰になる刃にとって、星穹列車は些か居心地が悪い。
「ほら、胡麻パイ、ママだぞー」
「ママでは無い」
 刃が鬱陶しそうに穹を諫めてもどこ吹く風で、この男の胆力は底が知れない。
 先程まで煩かった胡麻パイは、刃の膝に乗った途端、大人しくなり、ごろごろと喉を鳴らしている。
「珈琲を飲んだら直ぐに退散する」
 余計な諍いをするつもりは無いとの宣言をし、丹恒が渡してきたマグカップを受け取るために刃が手を上げると、胡麻パイがごそごそと服の中に入り込みだした。
「おい、止めろ……!」
「えー、そんなに刃ちゃんが好きなのかお前」
 刃は嫌な予感にマグカップを持ったまま、ただでさえ動きの鈍い左手で服の上から胡麻パイを掴んで追い出そうとするも、柔らかいニットの布越しには上手く掴めず、素早く服を捲る事すらままならず、胡麻パイは慣れた動作で定位置とばかりに胸に吸い付くと、音を立てて吸い出したのだから堪ったものではない。
 刃は隣で目を丸くしている穹にマグカップを押しつけ、立ち上がって服に手を突っ込むと胡麻パイを引きずり出し、丹恒に渡すと泣き喚く声を無視して足早に立ち去る。顔が尋常ではないほどに熱いが、列車の面々に見られてない事を願うしか無い。

「刃ちゃんお帰りなさ……」
 朱くなった顔を髪でも帽子でも隠せず、刃はカフカから逃げるように自室へと籠もり、大きく深呼吸をしながら不安定になりそうな精神を落ち着かせようと尽力する。
「あの、甘ったれの馬鹿猫め……!」
 胡麻パイを罵倒する言葉を口にはすれど、内心は気に入って相応に可愛がっていたのだから怒りは無い。ただただ羞恥である。

 しかも、よりによって丹恒に見られた自体が、刃の矜持をずたずたにしていた。
 暫く大暴れ出来そうな任務をエリオに要求しようと刃は決断し、火照った顔を冷ますように手で擦りながら大きく吸った息を吐き出すのだった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 余談ではあるが、星核ハンターの拠点で食べた缶詰が美味しすぎたのか、口が肥えてしまった胡麻パイが、あの餌は嫌、この餌は嫌。と、刃から引き離された寂しさも相まって文句ばかりを言い、穹達が刃へ救援を求める羽目になったのは数日後の話である。

 更に言うと、衝撃の光景を見た穹が、『俺も刃ちゃんのおっぱい吸いたい』などと戯けた発言をして丹恒に諫められたのは別の話で、丹恒自身もあの光景を思い出して妙な気分になっていたのは内緒のお話である。

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