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スターレイル用

黒白の花は徒花となるか

・応星と刃(双子)、丹楓と丹恒(兄弟)が同軸に存在して楓応、恒刃になる話
・丹楓の一人称が『余』なのは判ってるんですが、現パロだと違和感しかないので『私』にしてます
・名前センスはない
・毎度ながら碌でもない設定盛りだくさんです。
・キャラの闇堕ちIFっぽい感じもあります
・グロ?なえげつない表現が多数在ります
・自分の好み詰め込みまくってます
・まだ途中で前編となります(1万字くらい)


※まだ威霊の挽章~、飲月同行やってない上での妄想になります。齟齬があっても笑って流していただければ幸いです
※中国語は一生懸命調べては居るけど可笑しいかも。雰囲気でどうぞ



 引っ越しを終えた初日。
 本来であれば新生活に心が浮き立つ筈が、丹恒の心は沈んだまま、一向に浮上しない。
 大学生となり、中国から日本へ留学の資格を得、家のしがらみから数年でも離れられる自由の身に快哉を叫んだ日が今や懐かしい程である。

 居間で荷開けをしている丹恒の背後で、どっかりとソファーに座ったまま酒を優雅に嗜んでいる実兄を顧み、あれの世話を今後しなければならないのか。と、思えば暗い未来しか見えず、気持ちは地の底まで沈むばかりであった。
「折角の門出だ。お前も呑まんか?」
「呑まない……、この国での飲酒は二十歳からだ」
「つまらん奴だな。酒くらい呑めんではいい男になれんぞ」
「ここはあんたの本拠地じゃない。あんたに恐怖する人間も平伏する人間も居ない。郷に入っては郷に従えと言う。法は遵守しろ」
 一応、ざっくりと得た知識での反撃であるが、本国では既に呑める年齢であると共に、この男に法律を持ち出した所で無意味な事も丹恒は知っている。
 細やかな反抗心から言葉にした所で嘲弄されるだけであると言う事も。
「何であんたと一緒に住まないと行けないんだ」
「良いではないか、兄弟水入らずだ」
 丹恒の留学が決まると、即、家族で住むようなワイドスパン型の広いマンションの一室を契約し、住む場所から家具の用意から勝手に推し進め、ビザまでとってわざわざ共に渡航して来た兄。目的はいつでもはぐらかされる。

 丹恒の生家は黑社會の一つ。
 蒼龍会の名を冠し、社会の裏で暗躍する強大な権力を持ったチャイニーズマフィアである。
 幼い頃に養子に出され、何も知らず真っ当な家で育った丹恒ではあったが十二歳になった折り、実兄を名乗る丹楓と対面し、真実を告げられた際は己の血を呪うと同時に納得もした。
 幼い頃から抱いていた違和感。両親は丹恒をそれはそれは大事にしてくれていたが、どこか余所余所しくもあり、顔も似ていなかったため本当の両親とは思えなかったからだ。
 両親は蒼龍会から金を渡されて丹恒を育てた。身内に真っ新な経歴の人間が居れば使い易い。として、道具以上の価値が認められていない己が惨めで堪らず、少しでも逃れたくて留学を希望したのだが、この始末である。

 満遍なく成績優秀な丹恒が唯一興味を持っていた歴史学を学ぶならば。と、老师に勧められた留学先も、留学の希望が容易く通った事すらも、兄が渡航し易くするために利用されたのでは無いかとすら考え出してしまった。
「あんたが居ないと向こうは困るんじゃ無いか?」
 少しでも丹楓がここへ居座らない理由を作ろうと試みるが、
「問題ない。私が居らずとも優秀な参謀殿が上手くやってくれる」
 あぁ。と、丹恒は諦観の混じった覇気の無い返事をする。
 丹恒は数度しか会った事が無いが、件の参謀殿、景元は尾花色の長い髪を赤い紐で結い上げ、穏やかな笑みを常にたたえた美丈夫だったと記憶している。整った涼やかな容貌、足は長く、均等の取れた高身長は鍛え抜かれた体躯の兄と並んでも見劣りしないほどだった。こんな穏やかそうな人間が、何故、裏社会に属しているのか。最初こそ疑問を抱いたが評判を聞くにつれ、このような男は裏の世界にしか居場所があるまい。と、認識を改めた。

 彼は穏やかな表層とは裏腹に闘争を求めていたからだ。
 景元は卓越した頭脳によって、どんな場所でも優秀な成績を残した。残せてしまった。千手先を読み、先んじて動く事でまるで何もせずとも成果が転がり込んでくるような状況は、表の世界は、彼にとって安易に過ぎ、あまりにも甲斐無い世界だったが故に飽いていた。
 そして、出会ってしまったのだ。自身の能力を遺憾なく発揮出来るよう、使う場所を与えてくれる最悪で最高の人物に。虚無を心に抱えていた景元にとって、差し伸べられた手は抗い難い誘惑であったろう。治世の能臣、乱世の奸雄。とは、とある歴史上の人物を評した言葉であるが、景元は確かに能臣であったが、乱世を望む奸雄でもあった。

 丹恒は、景元がもっと野心家であったなら、組織を乗っ取るほどの気概があれば自身は無関係として自由な人生を歩めたのでではないか。とは考えるも、蒼龍会の老大である丹楓は景元を右腕として重用し、信を置いてる。景元も丹楓に揺るがない忠誠を誓っている。
 景元と丹楓の絶対的な信頼の根幹は、互いに利用し合う利害関係にある。互いが無くてはならない存在故に、裏切りはない。

 誰にも頼れず、己の身は己で救わねばならない。が、どう足掻こうと八方塞がりで逃げ場がない、考えた所で詮無き事実に打ち拉がれる。
「コンビニ行ってくる……」
「私も行く」
 考えれば考えるだけ気が滅入り、気分転換に近所にあったコンビニにでも足を伸ばそうとすれば、丹楓が否応なしについてくるため、一切意味の無い行動になってしまった。
「欲しい物があれば買ってくるが……」
「特にない。周りを散策したいだけだ」
 なら一人で行け。喉元まで出かけた言葉を呑み込み、丹恒は黙り込むと玄関まで行って靴を履く。
 先にも述べた通り、丹楓も高身長な上にかなりの美丈夫である。腰よりも長い髪をうなじで紐で一括りにし、老大と言う立場から背筋を真っ直ぐに伸ばしながら威風堂々と歩く姿は人目を引く。
 その後ろを死んだ魚の目で追従する丹恒は、疲労が只々蓄積されていき、平穏無事な大学生生活を謳歌するなど夢のまた夢となった絶望感にじわじわ心を侵食されていくばかり。

 いっそ本国の方で問題が起きれば丹楓も帰らざるを得ないだろうが、起きる問題は基本的に血生臭いものばかりであると生家に引き取られた七年間で身に沁みていた。
 人を依存させ壊していく碌でもない薬、男女関係なしの売春、臓器の売買、暗殺等々、丹楓が犯していない犯罪を探す方が困難で、側近である景元も含め、多少の事では眉一つ動かさない。この男の澄ました表情を崩せるような人間は、恐らくこの世に存在しない。と、丹恒は思っている。

 丹恒が目的のコンビニに入り、暖かい珈琲と簡単に摘まめる食事を数個握り、クレジットカードで購入しようとすると、横から酒瓶が数個置かれる。
「あ、ご一緒……、ですか?」
「あぁ」
 レジの店員が尋ね、当然のように頷く丹楓に、丹恒が舌を打ちそうになる。
「俺が払うのか……?」
「お前が使っておる金は兄が稼いだ金だが?」
 人の弱みにつけ込んだ碌でもない方法でな。
 そうは思えど、その汚い金で育ち、留学も生活も支えられている身としては何も言えず、黙って精算する。年齢確認に嘘を吐くようで癪ではあったが明らかに年かさの人間が側に居るため問題は無いようで、滞りなく買い物は済ませられた。

 荷物は丹恒に持たせ、丹楓は悠々と歩く。
 これが毎日のように続くだろう生活に、既に疲れ果てた状態で帰れば隣人だろう人間が両腕で買い物袋を抱えながら鍵を開け辛そうにしている姿があった。
「晚上好」
「あ、えっと、はい……」
 日本語も簡単に話す癖に、わざわざ母国語を使って挨拶をした丹楓に驚きつつ、困ったように目を伏せる隣人に違和感を持った。
「あ、すみません。一週間ほど前に越してきました……、丹恒です。こっちは兄の丹楓」
 丹恒が日本語を話せば隣人は明らかに安堵した面持ちで軽く頭を下げる。
「刃……、です。兄と住んでます」
 目を逸らしながら、少し掠れた小声でなされた自己紹介。
 腰近くまである濃藍の長い髪と、紅の瞳が印象的な男性。丹楓と然程変わらない身長で、丹恒からすればやや見上げる形になる上に見た目も整っているのに、茫として闊達さは微塵も感じられない。恵まれた体躯をしていながら人と視線も合わせられないほどの人見知りが珍しく、然程寒くもない季節に手袋を身に着け、両腕に抱えた買い物袋の後ろに隠れようとする刃と名乗った男性をじろじろ観察してしまい、気不味い沈黙が降りた。
「え……っと、じゃあ……」
「あ、はい……」
 切り上げ時を失した丹恒が強引に状況を切り替え、自身の住居へ逃げようとすれば突如、扉が勢い良く開いたため前に立っていた刃が突き飛ばされ、食材の入った買い物袋を床に落とし、生卵が宜しくない音を立てて袋の中が大惨事となる。
「え、ごめん⁉あっどうも、刃ごめん⁉」
 飛び出してきた男は、のろのろと落ちた食材を集めている刃の側に駆け寄り、一人でとても騒がしい。先程、刃が言っていた兄であろうが、容貌はそっくりでも銀白色の髪に抜けるような白い肌、光の具合によっては薄紫にも見える青灰の瞳は白子を思わせ、刃の紅い眼は眼白皮症のためかとも想像出来た。それにしては濃い気もしたが。
「痛かったな。確認しないで開けてごめん」
「うん……」
 食材を袋に詰め終わり、パックの中で潰れた卵に溜息を吐いた刃が立ち上がっていそいそと室内に戻る。
「隣人さん?ご挨拶?」
 兄は人見知りの弟と違い、闊達そのものの人のようで、にこやかに丹楓を見上げた。
 衣服はペンキらしき物で汚れ、手もなにやら白い粉がついて、ややシンナーっぽい匂いがする辺り、何かの色塗りでもしていたものか。
「你好我是新来的,请多关照」
「え、ええっと?」
「すみません、俺が日本語出来ます」
 腕を組みながら、にこやかな仮面を被って挨拶をする丹楓に、母国語以外の言語を使えない体で行くらしい事を察し、丹恒が通訳を試みる。
「すみません。お兄さんはなんておっしゃったんですか?」
「はじめまして。ここに来たばかりですが宜しくお願いします。です」
「これはご丁寧にありがとうございます」
 丹恒は通訳をしながら、自身が威圧感のある丹楓の緩衝材役である事を理解してしまい、胡散臭い笑みを貼り付けた実兄に苛立ちを覚える。住居は大学に近いとは言い難く、丹楓の指示で契約されのだから狙いは確実にこの白髪の麗人だろうとも想像に易い。
「俺は応星です。宜しくお願いしますね」
「我是丹楓,我的兄弟丹恒。很高兴认识你」
 丹恒が応星に言葉を伝えると、丹楓と応星が握手を交わして解散。
 自宅に入れば直ぐに居間へと直行し、ソファーに座って新しい酒を開け始めた丹楓を睨み付けた。
「あの人達はなんだ。何をする気だ」
「単純に金になりそうなんでな」
 丹恒は、あの見目麗しい兄弟を売り飛ばすのかと一瞬だけ頭に過ったが、そんな一時的な金のためにわざわざ渡航し、直接観察するために丹楓が来るはずもない。部下に攫わせてしまえば良いのだから。
「どっちが狙いだ?」
「白い兄の方だ。あれは生粋の芸術家で、彫刻も陶芸もコンクールを総舐めにするほどの造形の天才だ。ただ、残念な事に商売は上手くない。欲がないのかも知れんがな」
 彼は勤め人には見えなかったため、芸術家だと聞いて丹恒は得心する。
 そして、丹楓が純朴そうな彼の弱点につけ込んで組織の資金源としようとしている事も。
「黒い方は、幼い頃から武術を学んで総合格闘技の優勝候補まで行ったが、一年ほど前に車と接触して脳の損傷と、体が少しばかり不自由になったようだな」
 世界中の選手が集まる総合格闘の規模にもなれば裏では大きな金が動いている。
 刃が優勝すると困る誰かが、彼を邪魔な存在として排除したと丹楓は笑いながら丹恒に教えた。何一つ笑えない。
「作る物は独創的で特殊な見目かつ美しく、悲劇的エピソードを持った身内を懸命に養う芸術家。売り出すにこれほど好条件の人間も居ないな」
「芸術家に見た目が重要なのか?」
 コンビニで買った珈琲を飲んでもすっきりしない胸糞の悪さを感じながら、丹恒は荷解を再開し、素朴な疑問を丹楓へ投げつける。
「ある。とは言え、愚衆に向けてだがな」
 丹楓が酒を口に含み、好ましい味だったのか口元を綻ばせて機嫌良く語る。

 愚衆は美しい作品を作る人間を美しく気高い魂を持った純粋な存在だと信じたがり、それに反した行動を知れば強い反発を向ける。
 逆もしかり。
 不気味で倫理観にもとるような作品を作る人間を人間性が欠如した存在だと信じたがるもの。ただ、残念ながら世界はそれほど単純ではなく、どんな極悪非道な人間だとしても美しい言葉は幾らでも紡げてしまい、美しい物とて作れてしまうもの。更に言えば、倫理観にもとる醜悪な物を造り上げるとするなら、『なに』が人の神経を逆撫でするのか、『何故』赦されないものなのかをしっかり理解していなければ全体の絵は描けない。理解がなければ、ともすれば、外道の行いを美しい行為として描き、冷笑を受けるだろう。
「美しく悲劇的な人間であればあるほど、自分を善良だと信じる人間は関心を向ける」
「解らんではないが……」
「美貌は武器。運良く手に入れた幸運に感謝し存分に利用すべきであろう?」
 にた。と、丹楓は嗤う。
 上辺こそ藍玉の如く透き通った美しさを持っていながらも、内側は汚泥と腐った血が詰まった存在が目の前に居るため、より解り易い。彼が優しく微笑み、好意を向ければ大半の人間が容易く陥落し、その中には『自分は彼の特別だ』と、信じ込み、利用されるだけであるなど微塵も疑わない人間も居ただろう。
 傾国との言葉があるように、人心を蕩かす美貌は上手く使えばそれのみで国一つを滅ぼし得る。誰かが言った、十万の兵よりも一人の傾国の方が余程恐ろしい。と。美貌と狡知、合わさればこれほど性質の悪いものはない。人を籠絡し、全てを喰らい尽くす饕餮が如き化け物の誕生である。
「あんたが言うと説得力がありすぎて吐きそうだ」
 人間の心理としては然程間違っていないにしろ、気分が悪くなるばかりで折角買った軽食を食べる気にもなれない。

 どうにかして、隣の兄弟から丹楓の関心を逸らせないか、右に左にと居間を挟んだ両隣にある部屋へ荷物の運びながら丹恒は考える。例えば、制作活動が出来なくなれば、応星への興味は一瞬で失せるだろうが、それは同時に彼の死をも意味するだろう。物理的な死ではなくとも、生きる目的の消失は心の死だ。
 応星が制作を続ける限り、丹楓はどんな手を使っても首輪を握って離さず、骨身を食らい尽くすだろう。

 逃げられない。
 あの饕餮からは誰も。
 弟の方に関心を持っていない事だけが唯一の救いだろうか。
 否、応星が刃を護れなければ、臓器を盗られるか、あるいは茫とした様子を見るに、抵抗は薄いと見られて見目の良い男を好む変態に売られるか、あの兄弟の未来も己と同じく暗い。

 丹楓が死ねば、この世がほんの少しだけ平和になる気もしたが、そうなると、巨万の富、権力をも一手に掌握出来る蒼龍会の老大の座を巡って血みどろの抗争が起きるだろう。一番、老大と成る可能性を持った景元も、流石に一人では絶え間なく襲い来る暗殺者を躱し続けられはすまい。
 否、どうだろう。抗争が起きても所詮死ぬのは悪人ばかりで問題は無いのでは。否否、蒼龍会は政界の要人にも手を貸し、弱みを掌握しているため影響は黑社會のみでは治まらず、弟であると言うだけの理由で、丹恒を擁立しようとする輩が現れる事は間違いなく、丹楓がこの世から消えた場合、助かるのは隣人兄弟くらいなものだ。

 否、助かるのか。
 どこの界隈にも言える事だが、搾取しようとする輩は丹楓以外にも当たり前に存在する。
 丹楓は『使える』人間には比較的慈悲深く、金の卵を産む鶏で居る限り手元から逃がさないための出資は惜しまない。手酷く扱われないだけ悪党の中でもまだ良い方では。と、二転三転する思考の末、丹恒は自身が丹楓に酷く毒されている事実に気がついた。
「もう後は明日するから、風呂入って休む……」
「あぁ、しっかり休め」
 丹楓は丹恒を見もせずに手の中で酒器を弄びながら思考に耽っているようだった。
 恐らく、あの兄弟、主に兄をどう籠絡するか考えているのだろう。
「普通に買い付けするだけじゃ駄目なのか?」
 所謂、卸としての仲介業者のようなものを提案してみるが、
「私が、それだけのために来ると思うのか?」
 痴れ者。とでも言いたげに溜息と共に冷たい視線を投げられた。
 解ってない訳でもない。応星を金を生む鶏として自身の牧場で飼い慣らし、全ての権限を得るためだ。
 実際、そうされている人間は数人知っている。だが、その人達は飼われている自覚などはなく、丹楓を自身の価値を見いだしてくれた恩人、最高の理解者だと信じ切っているようですらあった。
 煩雑な手間を省き、制作に没頭させてくれる素晴らしいお方、などと感謝を口にしていた人間も居ただろうか。本人が幸せそうだからいいのだろう。とも考えた事もあったが、生産率が悪くなった鶏に丹楓は途端に冷徹になる。

 美術品特有の特徴として、制作者が死亡すると供給が断たれるためか、相対的に価値が上がる事が多い。
 丹楓が見いだした芸術家の一人に、名声と巨額の富を得て満足してしまったのか、酒色に耽るばかりで全く制作をしなくなった人間が居た。そんな彼に、丹楓は『最後の仕事をさせるか』とだけ呟き、今まで世話をしてやった代わりとばかりに血液から臓器、財産の一部など、奪えるものは全て奪って死なせる事で制作物の価値を上げた。

 応星も、順調に仕事が出来ていれば丹楓は喜んで飼い続けるだろう。だが、もしも、怠惰になってしまえば容赦なく切り捨てる。丹楓は、それが出来てしまう男である。
「目をつけられた時点で終わりか」
 浴室に入ると気が抜けたのか、ぼやくように口から零れ出た。
 運が悪かった。それだけで片付けるには、厄災過ぎる気もしたが、所詮、丹恒自身にもどうにかなど出来るはずもなく、春先の冷たい水を頭に浴び、どうせ俺には関係ない。と、考えないようにしていた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 マンションの廊下で紙袋を抱えた応星、買い物帰りの丹楓と丹恒の三人が鉢合わせ、挨拶を交わす。
 入居から一ヶ月ほど、まだ丹楓は応星がどんな人間性をしているか観察中のようで、これと言った行動は起こしておらず、隣人として認識される程度で知人の枠は出ていない。

 丹恒としては、身近に居る人間が丹楓の毒牙にかかる事は望まないため、飽きてくれるか現状維持を願うばかりだが、恐らく儚い願いでしかない。
「二人でお買い物ですか?」
「一応、兄は自分好みの酒見て回ってるだけですけど、荷物持ちすらしませんし」
 丹楓が日本語を解らない体で居るため、ここぞと細やかな棘を刺してやる。
「へぇ、お兄さんお酒好きなんですね。俺も偶には呑みますけど……」
 言いながら、応星が丹恒の持つ袋に視線をやり、声が小さくなっていく。五合瓶が三本も入っている事に絶句したようだった。
「それ、全部、呑むんですか?」
「これで一日分ですね」
 丹楓は所謂うわばみであり、幾ら呑んだ所で酔いもしない特異体質でもあった。
 故に、まるで口触りの良い茶の如く、すいすいと呑んでしまい、瓶が空になるまで然程時間は要さない。
「呑みすぎは毒ですよ……」
「酒喝多了,对身体有害」
「没问题」
「問題ないそうです。碌に食べないで呑んでても死んでないからいいんじゃないですか」
 ちくちくちくちく言っていれば丹楓に足首を蹴られ、丹恒が横目で睨み付けていれば、応星は表情を曇らせていた。
「ご飯食べてないんですか?」
「サプリとか色々飲んでるみたいですが……」
 今は本拠地から離れているとは言え、元々丹楓は多忙であり、常に暗殺を警戒しなければならず、口に入る物は全て自身で管理している程だ。
 きちんとした料理など会食で口にする場合を除けば、ほぼほぼ食べずに書類と睨み合い、人と会い、景元と小難しい話ばかりをしている。脳を動かす糖質は、酒や眠気覚ましの珈琲に入れられた大量の砂糖から摂取されているのだろう。と、丹恒が思う程度には食事をする姿をついぞ見た記憶が無い。
 日本に来てもそれは変わらず、景元に任せていると嘯きながらも頻繁にノートパソコンと向き合い、暇があれば体を鍛えるか、仮眠をとっている。
「本当に体に良くないですよ……!俺も刃に良く怒られるんで、人の事言えたもんじゃないですけど……」
「怒るんですか?あの人が……」
 丹恒にとって刃の印象は無口、無表情で怒る姿は全く想像がつかなかった。
 極希に廊下で顔を合わせた程度でしかないが、少し困ったように眉を顰め、目を伏せる挨拶しかしないのだから、他の印象はつきようがない。
「没頭してると食べるのをつい忘れて、引き摺られて食卓に着く事が良く……」
 恥ずかしそうに応星ははにかむ。
 制作意欲に溢れた人間には珍しくない傾向だが、刃は応星を良く気にかけているようで、丹恒達と違い、兄弟仲の良好さが見て取れた。
 丹楓と丹恒の関係が特殊なだけであり、兄弟は大なり小なり気の置けない関係になるのだろうが、優秀で凄い男だとは思えど弟として兄を慕えるかと問われれば首を傾げざるを得ない事実は否定出来ない。
「んー……、ちょっと待ってて下さいね」
「あぁ、はい?」
 応星が自宅に入り、三分ほど経って再び出てくる。
「良かったらですが、夕飯ご一緒にどうですか?」
「えっ……、いや、悪いですから……」
 丹恒が即座に断ろうとすれば、丹楓に後頭部を掴まれ、
「什么?」
 微笑みながらの言葉自体は応星が何と言ったのかを訊ねるものだが、実際は早く肯定するよう急かされている事が指の力の籠もり方で解ってしまう。下手に断れば頭を割られてしまいそうで丹恒は生唾を呑み込み、
「他和我说一起吃饭吧……」
 通訳の体で、応星が夕飯に誘ってくれた事を伝える茶番。
 仕様も無い嫌がらせのつもりが、よもや自身が交流の橋渡しをしてしまう失態を犯す最悪の事態に丹恒の胃がぎりぎりと痛んだ。応星の人の良さを見誤ってしまった後悔、にこやかに微笑みながら返事を待つ相手に罪悪感が石抱きの刑の如く積み重なっていく。
「你邀请我我非常开心。很想尝一尝」
「誘ってくれて嬉しいだそうです。是非。と……」
「良かった。いつも食べきれなくって.……」
 応星が扉を大きく開き、丹恒等を招き入れる。
「谢谢」
 丹楓が応星に礼を言いながら丹恒の髪を掻き混ぜるように動かした。
 頭を撫でられて褒められたのだろうとは察しがつくものの何一つ喜ばしくはなく、背中を押されて室内に入る。
 廊下にも盛れていたが、室内には食欲をそそるカレーの匂いが充満しており、玄関側にある台所から刃が不安そうな面持ちで侵入者達を見詰めている。
「あ、その、急にすみません……」
「応星が言い出したんでしょうし、俺のなんかで良ければ……」
 諸々の罪悪感と気不味さから丹恒が刃に謝罪をすれば、食事を作っているのは彼だと知れる。応星の言動からも解らなくはなかったが、体が不自由との事前情報が無理解を生んでいた。

 刃が長い指を組むようにして摺り合わせ、丹恒から視線を逸らす。
 釣られるように丹恒が視線を動かせば、水仕事をしていたためか長袖を捲り上げた腕には傷跡が見られた。傷は両腕にあったが、特に左腕が酷く、確実に神経までをも断裂する大きな裂傷と何度も修復手術を受けた痕跡が残っていた。
 丹楓の手によって、様々な格闘、殺人術を仕込まれた丹恒の目には、裂傷が車に轢かれたのみでついた傷とはとても思えず、ともすれば頭を打ち付けて気絶した彼の腕を念入りに刃物で裂いた可能性すら見えてしまい、輝かしい未来を利己的な人間達に潰された彼に憐憫を覚え、その視線に気づいた刃が息を呑んで袖を降ろし、傷を隠す。
「気持ち悪いものを見せてすみません……」
「俺の方こそ不躾で、申し訳ない……」
「あー、ご飯にしよっか?」
 沈黙が降り、気不味くなった空気を応星が破り、短い廊下の先にある居間へ通じる扉を指差して促す。
 居間の食卓には背もたれがついた椅子が二つあり、後の二つは簡易的に座るための一人用の小さな椅子が置かれ、応星は背もたれのついた椅子を二人に差し出す。

「あの、好きなだけどうぞ……」
 料理に慣れない者がやりがちな失敗で、適切な量が解らない。と、言うものがある。
 刃が促した丹恒の目の前にある半寸胴鍋には零さず運ぶ事も困難に見えるほど、たっぷりの量が入っており、刻まれた野菜がボウルのまま山のような形状でそびえていた。
「リハビリと……、自分で言うのも何ですけど壊滅的に私生活がやばい俺の世話も兼ねて家事して貰ってるんですよ」
「食材の時点では少なく見えて、作ったらいつも同じものを三日くらい食べる羽目になって……」
 応星が照れ臭そうに笑って頭を掻き、刃は恥ずかしげに眉を下げ、肩を丸めて俯く。
 顔はそっくりであるが、実に対照的な二人だ。刃は格闘技をやっていたのであれば、食事にも気をつけていたはずで、自身と周囲が相応の量を食べていたために余計、少なく見えてしまうのだろう。
 丹楓の言う商売下手は極端に生活苦になるほどでもないようで、丹恒は遠慮するのも逆に失礼であると判断し、手を伸ばす。
「じゃあ、いただきます」
「あ、よそいます」
 丹風は当然のように給仕などはせず、丹恒が動こうとすれば応星が積極的に世話を焼いてくれた。
「你喝酒吗?」
 皆の前に料理が揃った時、丹楓が応星へと訊ね、
「啊,我喝少量的酒」
 丹恒が応星へ伝える事なく告げれば床に置かれていた袋から酒を出し、机の上に置いた。
「あ、お酒を呑むかって事ですか?」
「はい、先程、少しは嗜まれると聞いたので、そう伝えました」
 この茶番はもう考えないようにして、出来うる限り自然に振る舞う。
 下らない狸ぶりが板についてきてしまった己に丹恒は呆れ返る心地になったものの、
「駄目だ。酒呑んだら食べないだろ。後にしろ」 
 との、応星を窘める刃の科白にはっとし、丹恒が丹楓へ酒の自重を促すために酒瓶を奪い、床下へ引っ込める。
「そっちもか……」
「あぁ、呑み出すと食べない」
 喜んだのも束の間で、嗜好品を没収された応星と丹楓の眉間に解り易く皺が寄り、抗議が数回あったが、刃、丹恒からの『食べろ』の一言で渋々匙を手にして口に運び出した。

 食事を終え、君子の如き振る舞いで礼を言って帰宅した丹楓は、普段食べない人間の胃には脂っこい食事が重かったようで、丹恒に胃薬を持ってくるように命じ、自室には戻らず飲んだら直ぐにソファーの上で仮眠をし出してしまった。
 長く居座った訳でもなく、多くを語らったほどでもなかったが、丹恒は独りではない食事が美味しく感じられ、罪悪感と愉楽の間で揺れ、帰り際に、
「良かったら刃と友達になってやって下さい。あいつ俺の事もあって、ただでさえ人間嫌いだったのが、怪我してからもっと酷くなったもんで。良ければですけど……」
 と、応星に頼まれた言葉が頭をぐるぐると回っていた。
 真摯な願い事をしながら、貰った酒瓶を嬉しそうに抱えていた光景はどうかと思ったのだが。

「友か……」
 丹恒には幼い頃から、友と呼べる相手が居なかった。
 育ててくれた養父母が、友人関係にやたらと厳しかったためだ。
 それ以外は何くれとなく世話を焼いてくれたのだが、余計な人間関係を作らせるな。と、厳命でもされていたものか。

 こいつさえ居なければ、もう少しまともな少年時代だったろう。
 そう思えば、眠る丹楓の胃を一蹴りし、丹恒は風呂へと向かっていった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

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