あぁ、つまらない。
つまらない。
つまらなさ過ぎて眠くなってきてしまった。
景元は短くなった煙草を絨毯が敷かれた部屋の床に捨てると革靴の裏で踏み躙り、白いスリーピーススーツの内ポケットから箱を取り出して中身を唇に咥え、既に何本目かも解らない暇潰し用の煙草にオイルライターで火を点け、ゆっくりと肺に煙を送り込むと天井へ向けて細く長い紫煙を吐き出した。
弱小組織ながら、蒼龍会の縄張りで競合する商売をして喧嘩を売ってきたのだから、余程の気概と戦う算段があるのかと、試しに数名の兵隊だけを連れてちょいと爆発物の一つも仕掛ければ、容易く陽動に引っかかり、大事な拠点をがら空きにして隙を作る始末。子供でも考えれば解りそうな囮であり、兵を全て送り込むなどあり得ない。この時点で景元の気分は相当に萎えていた。
否、待て待て、がら空きに見せかけて、もしかすればこれは敵の罠かも知れぬ。と、面白半分で単身屋敷に乗り込んでみれば全くの無為無策。なんの罠もなく老大の元へと歩を進められてしまった。
挙げ句、
「もう二度とこんな真似は致しませんので、どうか、どうかお許しを……!」
などと、多少甚振っただけで靴を舐めるが如き命乞い。
畢竟、景元の期待を裏切る事しか出来ない雑輩でしか無かった訳である。
「せめて、目の前の敵に死なば諸共と反撃するくらいの気概はないのかい?」
興醒めも興醒めであり、這いつくばる最早、老大ですらない、ただの矮小な人間を景元は煙草を吸いながら見下ろす。
「そんな、へへ、うちの商品も差し上げますんで……」
「どうせ、地下があって、そこに閉じ込めでもしてるんだろう?あぁ、時間の短縮に場所だけは訊いておいて上げるよ」
こんな仕様も無いものに時間を割くくらいならば、我が老大である丹楓と将棋でも打っていた方が余程、有意義で面白く感じてしまう。
「あ、こちらです……」
老大であった男は腰を低くし、揉み手をしながら景元を案内する。
然程広くはない古い屋敷の外に出て、裏に回れば屋敷の地下に続く倉庫であろう南京錠がかけられた両開きの扉があった。
さもありなん。
商材の隠し場所までつまらない。
「もういいよ」
「あ、それじゃ……」
鍵を開け、へらへらと笑いながらどこかへ行こうとした男へ、景元が腰に佩いた刀を抜くと一筋の光が走り、腕が落ちた。男が叫ぶ暇も無く返す刀で首を落とし、付着した血を払って鞘に収める。
「景元様、後は如何しましょう?」
「どうせ警察が来ても、抗争で片付けて終わりさ、放っておいていいよ。解散解散」
今後の動向を尋ねてきた部下へ、景元が気怠げに手を上げてひらつかせながら地下への扉を開いて階段を降りる。
あんな連中がそれほど良い商品を確保しているとも思えないが、使い捨ての駒として使えるものがあれば良し、多少の金になれば更に良し。と、して、オイルライターで明かりを確保しながら歩みを進め、もう一つの扉を開けば、十三歳かそこらの色素の薄い子供が姿を現した。
「へぇ、白子かい?」
暗い場所に突然現れた明かりが眩しかったのか、真っ白な髪をした子供が両手で目を覆う。
電気くらいは通っているはず。と、景元が炎の明かりを頼りに壁を探ろうとすれば、目の端に黒いものが動き、棒状の武器を手に飛びかかってきた。猿のような身の熟しに驚きはしたが、景元は直ぐさまライターを捨て、肩を打ち据えられながら影を羽交い締めにする。
影は大いに暴れるが、体躯は幼い子供の感触で間違いなく。今度は白い子供が体当たりをしてきたものだから、景元は場違いな笑い声を高らかに上げた。
がりがりに痩せた子供の力など、たかが知れている。捕まえ、殺すは容易い。だが、か弱いながらも策を弄し、懸命に戦おうとする姿に景元は愉悦を見いだしたのだ。
「君達、私の元へおいで。保護して上げよう」
黒い影だけではなく、白い子供の背中に手を回して抱き上げ、景元は上機嫌に言い放つ。
子供達は笑う景元に意味が分からないとばかりに体を震わせて逃げようと藻掻くが、腕力に物を言わせ、放すような愚は犯さない。ようやっと見つけた楽しめそうな玩具なのだから。
「景元様、どうなされたのですか⁉」
「あぁ、車を回してくれ。この子等を連れ帰る」
返事になってない命令を下し、景元は裏庭へと出ると、月明かりの下で改めて子供達を見る。
「私は景元だ。君達の名は?」
訊ねてもまだ反抗心があるのか、二人共に返事をしない。
「ふふ、では食事をして、風呂に入ったら名前を聞かせてくれ。あぁ、最初は重湯しか食べては駄目だよ。死んでしまうからね」
飢餓状態にある者が突然、通常の食事をすれば、弱っている体に負荷をかけ、最悪の場合そのまま死んでしまう。
骨の浮いた体を見れば、碌な食事を提供されていない事は明白で、商品の扱いすらまともに出来ない愚物の死体を一瞥すると硬直している子供達を連れ、目の前に来た車の後部座席へと乗り込み、煙草に火を点けようとしたが、オイルライターは地下に置いてきてしまっていた。
「禁煙の良い機会か、君、やるよ」
助手席に居た部下の唇に、景元が先程まで咥えていた煙草を押しつけ、煙草の箱を膝の上に放る。
部下の戸惑いを無視し、景元は互いを抱き締めながら怯えている子供等に、あれやこれやと一方的に話しかけて交流を図るものの、残念ながら自身の拠点に到着するまでなしの礫であった。
「はは、怖いかな?困ったね。まぁいい、おいで」
景元は再び子供等を両腕に抱え、屋敷に入ると重厚な装飾がなされた両開きの扉を行儀悪く足を使って開け、
「丹楓、見てくれ、可愛いの連れてきたんだ」
「は?また動物を拾って来……」
蒼龍会の老大である丹楓が睨んでいた書類から顔を上げた瞬間、真顔になり、景元が両腕に抱えている者を注視する。
「景元、とうとう人間までも動物に数えるようになったのか?」
ふわふわした愛らしいものを好み、動物に良く好かれる景元は何かと拾って来ては丹楓を呆れさせていたのだが、流石に人間は初めてであり反応が鈍かった。
「いやいや、面白いんだよ、この子達」
景元は子供等を拾った経緯を楽しげに語り、丹楓は諦めて『好きにせい』とだけ告げて、こめかみ揉みながら仮眠をしに寝室へと籠もってしまった。
「良かったな、さて、先ず食事にするか」
二人を抱えたまま、意気揚々と厨房に向かった景元であったが、鍋の場所も解らずに戸棚を引っかき回し、見つけたとしても業務用の焜炉へ火を灯す方法に苦心して往左往していれば、子供等の方が聡く率先してやりだした。
「いやぁ、面目ないね」
炊飯器に残っていた僅かな米を煮て重湯を作ったのは子供達。
景元は後ろで微笑みながら眺めていただけで、特に役に立ってはいない。
「ゆっくり冷ましながら飲み込むんだよ。一気に食べると体が驚いてしまうからね」
優しい声色で諭すように景元が伝えれば、お腹が空いていたであろう子供達は床に座り込んで素直に一口ずつ暖かい重湯を飲み下す。
「明日は、それよりもう少し具が入ったものを上げよう。少しずつ体を戻していくんだ。焦ってはいけないよ」
白い子供と黒い子供は同時に頷き、時間をかけて重湯を飲み干せば、
「俺、刃……」
「応星……」
と、名乗り、景元の笑みは深まったのだった。
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