・朱明で出会う楓応
・炎庭君捏造
・マジで捏造しかない序章
・応星は出てないけど、応星の話をしてる飲月と炎庭
ある日の事だ。
個人的な交流はないにも等しい朱明の龍尊、炎庭君が羅浮の龍尊、飲月君を突如訪ねて来た。
燃え盛るような炎の気を纏わせた龍は急ぎ作られた歓待の席で飲月君と対すると、挨拶もそこそこに布に包まれた一振りの剣を目の前に差し出す。
「剣の献上でもしに来たか?」
朱明は仙舟同盟の中でも、殊更鍛冶が盛んな舟である。
羅浮の工造司のような絡繰、傀儡の研究では無く、武器や防具の製造が主であり、忌み物との戦いに於いても重要な役割を担っている。
用件も告げぬ来訪に、些か不機嫌になっていた飲月君が受け取りもせずに酒に口をつける。
「否、これは儂の剣だ。やらぬよ」
「ただの自慢ならば疾く帰舟するが良い。余も暇ではない」
そう言うな。炎庭君はくつくつと喉を鳴らし、自らの手で布を払えば、持て。と、ばかりに飲月君へと押しつける。
「これは……」
飲月君は剣を目の当たりにした瞬間、息を呑んだ。
酒の入った杯を卓に置き、剣に誘われるように手を伸ばす。
曇り一つ無い刀身は吸い込まれるような美しさを持ち、刃は龍の肉や骨ですら一振りで断つであろう鋭さを持っていた。
鬼気迫る神の剣。そう評しても過言ではない。飲月君は瞬きもせずに心胆を寒からしめるが如き霊気を放つ刀身に指を這わせ、呼吸も忘れて見入っていた。
「興味が湧いたか」
炎庭君はしたり顔で牙を見せて笑う。
そこで、ようやっと呼吸を思い出した飲月君が長嘆し、剣を持ち主へと返して問うた。
「この剣の作者は如何なる者か」
と。
長い仙舟の歴史に於いても、これほどの傑物を生み出せる人間は数える程しか存在しなかった。
どれほどまでに研鑽を積んだ鍛冶師が作者かと飲月君は考える。
「聞いて驚け。その齢、十数程度の童よ。しかも殊俗の民だ」
「なに……」
聞けば、炎庭君が特に眼をかけている懐炎なる鍛冶師が才を見いだした童だと言う。
故郷を滅ぼされ、全てを失って商船に乗ってやって来た童は、この地の神工鬼斧に感服し、直ぐ様、懐炎へ師事を頼み込んだ。その気迫は、童とは思えない程のものであったと。
「己が故郷、愛する者を滅ぼした敵への執念……、であろうな。壊炎が教えれば教えるだけ、その童は技術を呑み込み、我が物として、敵を千度も切り刻める禍々しい奇物を造り上げよったわ」
「して、それを余に申し伝えるは如何なる思惑か」
武器の献上でも無く、杯を交わすでも無く、ただ希代の天才が現れたと知らせに来ただけでは、それこそ何をしに来たのか。
「飲月君、うぬは龍尊の中でも随一、戦いに秀でておる。斯様な者が、この童が作りたもうた奇物を持てば、不倶戴天の敵を如何程までに恐怖に陥れるのか、儂はそれが見とうてな」
炎庭君は酒がたんまりと入った片口を持ち、それを杯にして呑み干す。
全く以て無作法。だが、飲月君はそれを咎めはしなかった。
最早、酒などどうでも良く、見てすらいなかったからだ。
「その童、名は何と?」
「応星だ。壊炎を訪ねれば直ぐにまみえよう」
飲月君は口の中で応星の名を何度か呟き、眼を細めた。
「近く、朱明へ来訪しよう」
「相分かった。歓迎する」
炎庭君は満足気に酒精の籠もった息を吐き、立ち上がると室を後にした。
仕える家人は炎庭君の後を追って見送りに行くが、飲月君は立ち上がりもせず瞼を閉じ、今し方、脳裏に焼き付いた剣の美しさを思い返す。
かの剣が纏う霊気。
否、妖気ともとれる蠱惑的な美しさ。
一目で欲さずには居られなくなる危うさ。
ほう。と、飲月君は恍惚として吐息を零しながら、かの剣の作者へと想いを馳せた。
どのような人物かは未だ知れぬ。それでも、胸の奥が熱くなるような、まるで恋い焦がれるような心地であった。