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スターレイル用

禍福はあざなえる縄のごとし

・1.4開拓、鏡流同行クエまで済み。同行ネタ含む
・毎度ながらの捏造しか在りません

・微R15?
・人の形はしているけれど、人ではない視覚をお持ちな丹楓様
・炎庭様は捏造です
・気の説明は、まぁ適当
・少々応星が攻めようとする思考がありますが、覆らないので大丈夫です
・書きたいとこ詰め込みすぎて流れが強引、ワンパです

 ▇◇ー◈ー◇▇

 龍の末裔である持明族。
 その長たる龍尊を務める丹楓の感性は独特だ。
 仙舟に於いては珍しく、龍師等に苦言を呈されているだろうに、龍尊の立場で在りながら短命種の己を平気で側に置く神経も然る事ながら、親しげにすらする様子を常々不思議と感じている。

 他、気になる点を上げるとするならば、味覚は素より、視覚も人とは違うようで、些細な色の違いを見分けたり、応星の目には見えないものを見ている事も間々あるようだった。
 見目こそ人と近けれど、人ならざる存在。仙舟を鎮護する騎士の一人に選ばれた現在であれば、共に酒杯を掲げるほど気安くもなったが、応星の彼に対する好奇心は未だ尽きない。

「なんだ、人の顔を見てにやにやと」
 龍尊邸宅の園林にて、馨しい酒の入った酒杯を弄びながら横顔を眺めていれば、丹楓が眉を顰めて応星を見やる。
「龍尊様は存外寂しがり屋なのだと思ってな。俺が羅浮に来たからと頻繁に顔を見せるのだから、余程、俺を好いていると見える」
 彼は、龍尊としての役目を終えれば用もないのに工造司に足を運び、応星を工房から引っ張り出しに来る。そんな人に気安い彼を煽り、茶化す言葉を思いついて、どんな反応を見せるのか投げかけてみれば、丹楓は一つ呻ると、
「其方は見ておかねば直ぐに死にそうだからな」
 などと碌でもない人物評を齎した。
 これはやり返されたのか。手に持った手触りの良い酒器を指先で撫でながら応星は、困惑なのか苛立ちなのか複雑な表情を作る。
「幾ら俺が殊俗の民としてもだな、多少、目を離した程度で死ぬ幼児ではないぞ」
「だが、危なっかしいのは事実であろう。生真面目で繊細な性質の癖にあちらこちらで敵を作っては神経を摩耗し、鍛造に没頭しては飲食や睡眠を疎かにする。そうだな、今日は工房で奇物を暴発させたと聞き及んだが?」
 如何にもその通り。
 応星はその賢い頭を以て口は回る人間なのだが、丹楓の指摘にぐうの音も出ず眉間の皺を深くするばかり。
「怪我はないようだから良いが……」
「見ただけで分かるのか?」
「ある低度な。先ずは表情から顔色、気の流れ、筋肉の動きなどを視る」
 応星は、酒器を卓に置き、じ。と、丹楓の目を覗き込む。
 質の良い藍玉の如き青緑の瞳は暗闇でも白々と光る。それはまるで暗闇の中で圧倒的な存在感を放つ月のようであり、永久に溶けぬ氷のような色を持っている。だが、応星はその瞳が柔らかな暖かさを持って細められる瞬間を知っている。
「いつも思うが、お前の言う気とはなんだ?」
「そうさな、血液とは違う体を巡るものだ。これが滞る場所は負傷していたり、不具合が起きている」
 丹楓の目ならば、それが見えるのか。
 彼の目には自身がどう映っているのか、応星は不思議でならない。
「気になるか?」
 どう訊けば具体的な言葉を引き出せるか、応星が丹楓の瞳から目を逸らさずに見詰めていれば、意を汲んでくれたのか尋ねて考え込みだしてくれた。
「気は万物に宿って巡るものだ。草木が地から吸い上げて吐き出せば生きとし生けるものが呼気によって取り込み、また生物の内から湧きだせば流れ出でて地に戻り、循環していく」
 丹楓が立ち上がり、隣に座る応星の目の前に立つと唇から顎、喉を指先でなぞってくるものだから、擽ったさに微かに身が震え、生唾を呑み込んだ。
「心の臓には生命の気が満たされている。それが体中に分散され頭、指や足の先に流れていく」
 丹楓の右の指が胸を撫で、応星の腕を滑ってなぞりながら掌を合わせるように左手の指先を絡め取った。これは、出来うる限り解り易く流れを説明しているだけなのだ。とは思えど、面映ゆくなり、呼吸がし辛くなってしまう。
「其方の武器には善き気が込められている。この手から作られているからだろう」
「そ、そうなのか。俺は見えないからな……」
 手をしかと握り込まれ、応星はいよいよ顔に熱が籠もり始めてしまうが、説明は終わるどころか蕩々と続けられ、手を握ったまま、今度は丹楓の左手が体の中心をなぞり、臍の数センチ下の辺りに指が押し込まれて、応星の口から微かに空気が漏れる。
「ここが丹田だ。気が溜まる場所。女子はここで命を作りだす偉業を成し、男子はここで気を練り込む事で、より強い気を錬成出来る。余が良く瞑想しているのはそのためだ」
「へぇ、ただ目を閉じてるだけじゃないんだな……」
 けふ。と、小さく咳き込みながら、応星が気恥ずかしいからそろそろ手を。そう言いかけた瞬間、脇腹を撫でられて体が跳ね上がってしまった。
「邪気が蔓延る場所、邪気を持った人間の側に在れば否応なしに影響を受ける。純粋な者ほどな。邪気とは簡単に総括すると悪意であるが、其方のように、気を強く持つ事も邪気に侵されぬための対策になる。だが、無理はし過ぎるな」
「あ、あぁ、分かった……、分かったから……」
 手を。
 上がった体温を酒のせいに出来れば良かったが、丹楓のような美丈夫の顔が眼前に寄り、指を撫でられ、無遠慮に体を触られているため、下腹部に妙なざわつきを感じて応星は困り果てていた。疾うに成人を済ませた男子、精通もしている。人との性的な経験は無いにしろ、己を慰める程度の事はしており、健康な体を持っているのだから幾分の反応は致し方ない。
「あぁ、大分話が逸れてしまったが、見え方の話であったな。余の眼には燐光を纏っているように視える。光の粒子がゆらゆらと揺蕩い、全身を巡っている。色は人によって様々だ。応星、其方は白に近い金だな。実に美しい」
 言葉を締めると、ようやっと手が離され、丹楓が己が席へと戻って手ずから酒器に酒を注ぐ。
 妙に機嫌がいい。
「俺にも寄越せ……」
「ふふ、余に酌をさせるか……」
「構わんだろう、友人に酌の一つくらい安いものだ」
「良かろう」
 対して応星は睨み付けるように目を半眼にして唇を引き結び、酒器を丹楓に差し出した。
 持明族は転生を繰り返す種族であり、生殖を必要としないと聞いてはいるが、それにしても配慮に欠ける。応星は上がった体温を誤魔化すように杯を煽り、熱を逃がすように口から息を吐き出した。
「丹楓、景元は当然として鏡流や白珠にこんな触り方するんじゃないぞ、絶対に殴られるからな。俺だから許してやってるんだ」
「はは、百冶殿にそのように言って貰えるとは光栄至極であるな」
 応星の言は、ほぼ苦情であるにも関わらず、丹楓はわざとらしく戯けて交わす。
 出会った当初、丹楓がこんな気安い男とは想像すらしておらず、酒杯を交わす間柄になるなど当時の己に伝えても、彼を知らなかった時分には、とても信じられなかっただろう。と、応星は腹の中で独り言ちる。

 応星が身を置いていた仙舟の舟が一つである朱明では、歴代飲月君の中でも殊更秀でた龍であり、どこまでも冷酷で冷淡な人物とまことしやかに囁かれていたが故に。

 初めての対面は、応星が幼いながら工匠として名を上げだし、羅浮の龍尊である飲月君へ武器を献上する機会を賜った際である。

 応星は、まだ齢十にも満たない幼い頃、歩離人の手によって故郷を破壊され、両親も、友も、未来も全てを奪われた。絶望の最中で仙舟、朱明へと渡航し、そこで目にした神工鬼斧に感銘を受け、豊穣を滅するべし。との暗い使命を胸に秘め、貪欲にありとあらゆる鍛造技術を学んでいた。
 仙舟にはびこる短命種を差別し、侮る悪習に心を砕かれそうになった時期もあったが、白珠の励ましによって意志を固め、長命種達の傲慢さへ対抗するために、実力を伴った上でより傲慢に振る舞う事で、それらを撥ね付けていた。
 それによって、鏡流には生意気として鬱陶しがられる事もあったが、白珠の友人だけあって『短命種だから』との侮辱はなく、寧ろ親愛を持ってくれていた。しかし、飲月君と対する際の応星は不安を心に抱えていたのだ。

 伝え聞く飲月君は、常に無表情で言葉少ないが矜持が高く、我も頗る強いとして、衝突してしまわないかの懸念があった。幾ら敬愛する師の壊炎が推薦してくれたとは言え、相手が龍尊であろうと、侮られれば噛み付かない自信は無かった。
 だが、会話をしてみれば、それは完全に杞憂であったと知る。飲月君、丹楓は短命種でも長命種でもなく、かつての白珠と同じく、応星を一個の人間、職人として礼節を持って対してくれた。
「余が其方の武器となり、怨敵を滅すると誓おう」
 丹楓が恭しく応星の手を取り、膝をつきながら立てた誓い。

 心が震えた。
 職人はどこまでも職人で、敵と直接相対はしない。
 金人や砲を使えば戦えはしても、肉体自体は鍛え抜かれた彼等のものとはほど遠く、武器が尽きれば足手まといでしかない。そのため、前線に立つ者は戦えない職人を見下している者とて存在していた。武器を使って『やっている』と。腹は立っても事実は事実、一々反論もしなかった。
 それが、丹楓は互いを知らぬ間柄で在りながら、応星が何よりも欲する言葉を与えてくれた。
 ただ敵を屠る道具として武器を振るうのではなく、それを鍛造した者の心、願いまで背負ってくれると。
「余は其方を傷つけたのだろうか?」
 形の良い眉を顰め、丹楓が困ったように応星の頬に触れた感触で、応星は自身が涙を零している事に気がつき、顔を拭いながら首を横に振って否定した。
「私は……、私が持てる全てを貴方に捧げると誓います」
「うむ、頼む。余の使う武器は直ぐに消耗してしまう故、苦労をかけると思うが」
「貴方でも千年使える神器を鍛造して見せますよ」
「ほう、楽しみだ」
 挑戦的な笑みを浮かべる応星に、丹楓もにや。と、笑い、手を取り合う。
 宣言通り、応星は丹楓のために武器や奇物を造り、丹楓は応星の武器として前線に立って戦った。才ある者が熱意と貪欲な努力の末に生み出す武器は、丹楓の持つ力を遺憾なく発揮した。それでも、千年にはほど遠く、強大な力を込められた武器は一戦ごとに砕け、作り直しを余儀なくされたが、それによって丹楓と応星の親交は深まり、龍の戦闘力は止まる所を知らず、鍛冶師の腕は更に磨かれていった。

 それから数年後、応星は工造司の長である百冶の称号を得たが、それで短命種を侮り、見下し、差別する感情はいつでもついて回った。それは、市民だけではなく、上層にまで及んでいるのだと痛感したのは正に称号を与えられたその日である。

 玉殿にて行われた拝命の儀。
 真っ赤な絹の絨毯に膝をついて言葉を待つ応星の正面で元帥が高い位置から見下ろし、各舟の将軍が左に、龍尊が右に平行に座し、後方には華美な鎧を着た近衛兵が立ち並ぶ荘厳な雰囲気の中、元帥により百冶の称号を与えるとの宣誓がされた。
 思わず口角が上がりそうになった直後、続いた言葉に応星は心の底から失望する。
「応星よ。貴殿は殊俗の民であるが故、仙舟人の補佐官をつける。決め事、雑事は補佐官に任せ、貴殿は鍛造に集中するが良い」
 称号はくれてやるが、工造司の長たる存在としての実権は何一つ与えないとする宣言に他ならなかった。

 あぁ、これは認められたのではない。
 俺を仙舟に繋ぐための首輪だ。

 応星はからからに乾いた喉を潤すように、唾液を呑み込んだ。
 己等に有用な技術を持った人間を余所へと逃がさぬようにするため、百冶という名の首輪をつけ飼い殺す。それが仙舟のやり方なのか。
 薬乞いが長生を得て、それを呪いとしながらも、長生を誇る様はなんなのか。人を人と思わず、衆生は驕りから衰え、煩悩に塗れる。豊穣の呪いを是として、無為に命を穢す。応星が感嘆し、美しいと感じた仙舟は、蓋を開ければあまりにも醜かった。

 ぬかづきながら、応星は歯噛みする。
 この茶番でしかない拝命を拒否出来ればどれほど胸が空くか。
 だが、出来なかった。
 所詮、帰る場所など無いのだから。
「ありがたく、拝命いたします」
 頭を垂れ、拱手にて顔を隠したまま、お飾りの王の名を、鎖がついた首輪を自ら受け取る。酷い屈辱だった。仙舟の歴史がどれほど長くとも、殊俗の民が司の長となった事例はあるまい。が、これほど愚弄された長も存在しなかっただろう。

 新たな百冶の誕生を祝う宴にも、浮き立つ気持ちなどは微塵もなく、ただただ虚無感しかなかった。
 どのような賞賛の言葉も空虚に響くばかり。貼り付けた笑顔が仮面のようで、杯に注がれた口に慣れぬ酒も水のようにしか感じない。造る道具で在れとするならば、こんな宴も要らぬだろう。との偏屈な心にすらなっていた所、羅浮の将軍と共に龍尊・飲月君として儀に参加していた丹楓に声をかけられれば、応星は再び彼の前で涙を零してしまった。

 ようやっと、龍尊である彼と肩を並べても非難されない存在に成れた。
 隣に在る権利を持てたのだと喜んでしまった己が恥ずかしく、またどう足掻こうとも悪習を覆せない悔しさから、普段押さえ込んでいた感情の箍が、丹楓の顔を正面から見た瞬間、外れてしまったのだ。
「百冶殿はお疲れのようだ。余が診ておこう」
 丹楓に背を押され、玉殿の一角にある豪奢な一室に入れば応星は呼吸を乱し、顔を覆ってくずおれた。支えてくれる手がなければ、床に蹲って無様を晒していただろう。
「ここには余しか居らぬ。堪えずとも良い」
 顔を隠し、奥歯を噛み締めて声をも殺していた応星を丹楓が抱き締め、背中を撫でる。

 応星が丹楓の胸元に顔を埋め、ちくしょう。と、呟きながら体に縋り付いても抱き締めてくれる腕の、手の優しさは変わらず。駄目だと理解しながらも常に気を張って優しさや愛情に餓えている応星は自ら手を離せない。
 どれほどそうしていたのか、泣き疲れて応星の体が脱力し、力なく丹楓にもたれ掛かれば横抱きにされ、そのままの状態で長椅子へと座る。
「たん……」
「休め」
 丹楓が応星の目元に手を当てると水を呼んで冷やしながら幼子をあやすように体を叩く。
 疲労や緊張から神経や体力を消耗していた応星は、丹楓の低い体温に包まれたまま眠ってしまい、暫くしてぼそぼそと近くで話す声で意識が僅かばかり覚醒する。

「炎庭の、人間の童一人護れぬで、それでも貴様は龍尊か。百冶の称号を与えておきながら権限は何一つ与えず、とは、侮辱にも程があろう」
「そう責めるな飲月、儂とて其奴の才は認めておる。元帥に進言とてした。しかし、腐った部分が根深すぎた……。持明族は所詮、仙舟に身を寄せただけの余所人に過ぎず、各々の龍尊がどれほど怨敵を封じる役を担おうと、戦にて貢献しようとも、仙舟人が集う中央には手が届かぬと身に沁みたわ」
「流るる水をどれほど浄化したとて、源泉が腐っておれば止むなしか」
「そうなる……、鉄も打ち込めば打ち込むほど純粋な鋼となれど、どんな良い鉄からも滓は出てしまうからの」
 声からして、朱明の龍尊である炎庭君と丹楓が声を落としながら会話をしているようだった。飲月君の声からは静かな怒気が、炎庭君の声からは悲しげな響きと共に諦観が感じられる。
 ただ、一つ応星は訂正をしたい。師である壊炎、朱明の龍尊である炎庭君は短命種の己へ、深い情を持って接し、随分と心を砕いてくれていたのだと。故にありとあらゆる技術を学べ、素材も優遇して貰えた。
 応星自身、二人を第二の親のように慕っている。だが、起こさないように潜めた重々しい声色を以てされる会話に割り込めず、懸命に寝た振りに徹した苦々しい記憶。

 その後、豊穣の民が玉殿へと大軍をして侵攻し、それを打ち破った功績から鏡流、白珠、景元、丹楓、応星の名を連ねて五騎士などとする名を授けられ、長としてではなく別の形で肩を並べるようになり、丹楓の拠点でもある羅浮に逗留する事となった。運命とは分からぬものだ。
「丹楓、うんざりする事も多いが、俺は仙舟に来て良かったと思ってる。お前と会えた」
「また唐突な」
「機を逃すと次、いつ伝えられるか分からんからな。感じた事は直ぐに言葉にするべきだ」
 機嫌を損ねていたかと思えば得意げに笑う応星に、丹楓は苦笑を漏らし、
「確かにそうだ。なればこそ、余も伝えよう」
「あぁ、なんだ?」
 先程の気の説明もだが、知識豊かな丹楓からは教えて貰う事も多く、応星は素直に耳を傾ける。

「応星、余は其方を愛している」

 緩く弧を描く唇。
 真摯な月の双眸に見詰められ、応星は言葉を失った。
「其方は、余がどれだけ触れても許してくれるのだろう?のう?」
 丹楓の指が応星の唇に触れ、顎を掴んで顔を寄せる。
 素晴らしく傲慢な思考。己は応星に何をしても許されるとの確信を得た言葉。
「そ、れは……」
 互いの吐息までをも感じる距離。
 本当にこれを受け入れて良いのか。
 これで関係が壊れたりはしないのか。
 今は良くとも、今後、ただ一つの切っ掛けで不仲とはならないか。
 ただただ隣に在る、穏やかな関係性を維持できる現状を良しとするべきではないのか。

 応星の頭の中ではぐるぐると否定的な思考が回り、けたたましく警鐘が鳴り響いているが、より高鳴る鼓動が警鐘をかき消す。

 応星は強欲に、傲慢に振る舞いながらも、その実、臆病なのだ。
 幼い頃の経験故か、殊、大事な存在を失うとする事態には酷く敏感になる。
 失うのは何も死で分かたれるのみではない。想う相手と側に在れる関係性が断ち切られる事とて含まれる。丹楓は、応星の願いを一身に受けてくれた。それに報いたいと強く願った。
 丹楓の傍らに立てる現状を良しとするべきであり、ともすれば彼を傷つけてしまう、あるいは拒絶される可能性がある恋情などはかなぐり捨て、自らが死しても長く残る物を応星は欲し、造り続けた。
 
 なのに、丹楓は己を愛していると告げた。
 欲していた物が目の前にあって、どうして手を伸ばさずに居られようか。
 冷静な思考をする理性的な部分は霧散し、最早、命長き者の一時的な心の迷い、戯れでも良いとして、目まぐるしく心が揺れ、丹楓の唇を受け入れてしまった。

 丹楓の口づけを受け、頬を赤らめた初心な反応を返す応星に丹楓の笑みは深くなり、
「愛いの」
 と、頬を撫でながら零す。
「子供じゃないんだから、そう言うな」
「ふふ、子供でないなら可愛がってやっても構わんな?」
 丹楓の言葉にぎく。と、体を強ばらせる。
 可愛がる。応星にとってのそれは優しい意味ではなく、暴力や嫌がらせをしてやる。との意味で受けてきた回数の方が多かったせいだが、丹楓はそのような真似はすまいと縋るように凝視してしまう。
「おいで」
 柔らかな声にて応星が立ち上がれば手を引かれ、園林から移動して屋内の廊下を歩く。
 壁には足下が見える程度の明かりしか置いて無く、応星の眼には一歩先もよくよくは見えないが、丹楓には視えているのか悠々と歩く。
「どこに行くんだ?」
 暗さもさることながら、邸宅の内は不案内にて、応星はどこへ向かっているのかも分からない。
「寝所だな」
「し……」
 経験が浅いとは言え、男が集まれば下世話な話題も耳にする。
 ただ共寝をするのみであれば問題ないが、それ以上を求められた場合、己は丹楓を満足させられるのか。
 口づけも驚いたが、誕生するに生殖行為が不要とされる持明に触れ合いたい欲求があったなど想定外過ぎて、応星は性交のやり方など禄に知らない自らの経験不足を少々恨む。相手は数百歳、己は二十と少し。経験の差はいかんともしがたいが、細やかな男子としての矜持がしっかりしろと叱咤する。

 丹楓が立ち止まって扉を開き応星の腰を抱いて誘う。
「そう不安がるな。余が手ほどきをしてやろう」
「う、うん……」
 緊張のあまり、子供のような返事になった自身が恥ずかしく、応星の頭は茹だるばかり。
 硬めの寝台に座らされ、額に口づけを一つ落とされた所で、記憶はぱったり途切れてしまった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 ふ。と、応星が瞼を上げれば、所在はきつく抱き締めてくる丹楓の腕の中。
 下半身が気怠い原因は、体が知っている。

 断片的に思い出せるのは、常ならば低い体温の丹楓の手が熱かった事と、初めての感覚に翻弄され、ひたすら己が無様に泣き喚いていた事。
「起きたか。体はどうだ?」
「だい、じょうぶ……」
 舌もようようと回らず、羞恥から勝手に体温が上がるばかり。
「まだ緊張しておるのか?そのような所も愛らしくはあるが」
 くく。と、丹楓が喉を鳴らして笑う。
「だって、色々と頭が追いつかない……」
「ほう、例えば?」
 問われ、応星は思った事をそのまま告げる己の口を、この時ほど恨んだ事はない。

「丹楓って男だったんだな」

 と。
 ほんの少し冷静に考えれば、限りない失言と気づけそうな発言。
 持明には性器が無く、性別がないと言う者もあり、応星はそれを鵜呑みにしていたが故の発言なのだが、これに丹楓は非常に矜持を傷つけられたようだった。
「ほう、其方は、余が女子のように見えていたか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
 そもそも性別があると考えていなかった。故に、自身が丹楓を抱くのだとばかり考えていたのだと伝えたかったが、唇を塞がれては続けられず、言葉も息も呑み込んでしまった。

 丹楓の舌が腔内に入り込み、歯列をなぞり、応星の舌を吸い、絡め取る。
 初心者には中々激しすぎる口づけに、応星はそれだけで眼を回しそうになると言うのに、丹楓の手が下肢に伸ばされ、引き締まった腿の裏を撫でた。
「しっかりと覚えていくといい」
  丹楓が己の唇を舐め、応星の足を抱えて開かせる。
 応星が端正な顔から視線を下げれば、中衣を押し上げる性器の形がはっきりと見て取れた。
「ま、まって……、聞いて……」
「待たぬ」
 丹楓の鍛えられた体躯が応星に覆い被さり、体内に長大な性器が押し込まれれば背が勝手に弓なりに反った。
「しっかり、余すところなく愛でてやろうぞ」
 普段は隠している龍の牙を見せ、丹楓は笑う。
 すみません、失言でした。と、取り消すには最早遅すぎて、応星は涙目になりながら小さく肯定する事しか出来なかった。

 これからは好奇心も口も少しは抑えようと決意した朝だった。

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