・次イベのミュータントが可愛くて書いた
・ほんのり恒→刃
・もち団子と胡麻パイが仲良し
・猫っぽい生物だと想定して書いている
・イベの情報が殆ど無い状態での妄想なので、齟齬が出てもスルーでお願いします
・巻き込まれる列車組と刃ちゃん
・もち団子×刃みたいな?
現在、星穹列車ラウンジには、あまりにも不釣り合いな雰囲気を持つ男が立っていた。
先端が紅い腰よりも伸びた艶やかな黒髪、黒を基調とした外套を纏い、鮮やかな赤い装飾釦や背を飾る交差した紐を所在なさげに揺らすのは星核ハンターに所属する刃である。ラウンジに佇む彼の表情は、殺意、あるいは憤怒、狂乱のいずれでもなく、ただただ不機嫌で、『面倒臭い』との感情が見て取れた。
この来訪はカフカの命令である。
穹の依頼によって、列車に行くよう指示された彼に理由は告げられていない。星核ハンターと星穹列車は現在、敵対こそしていないが、かと言って協力関係とも言い難い。此度の命令は如何なる理由なのか。
「刃ちゃん、来てくれたんだー!」
列車の新人ではあるが、さも主人であるかの如く穹が歓迎を表すように両腕を広げて抱きつこうとする。カフカのみに許した、否、訂正を諦めた呼び方を穹も真似て続けているため、最早、忠告する気力も無い。
「命令されたから来ただけだ。用件を言え。下らない用事なら直ぐに帰らせて貰う」
抱きつこうとする穹の避け、無情に見据えながら刃は歓迎を受け入れずに用件を尋ねた。穹が空ぶった腕を腰に当て、
「うん、見て欲しいものがあるんだ」
満面の笑みでラウンジのソファーに置かれた梅の花。或いは月餅にも似た形で、黒を下地に赤の階調がかけられ、金で彼岸花を模した装飾をされたクッションをおもむろに抱き上げ、刃へと見せつけるように差し出した。
「なんだこれは……」
刃が眉間に皺を寄せ、顎を上げて見下すような視線で穹を睨み付けた。
星穹列車への訪問に難色を示す刃に対し、『可愛いから』などと意味不明な理由で強制された記憶が頭の片隅でちらつく。対話だけであればホログラムでの通話でいいはず、わざわざ生身で来いと、行けと命じたからには何かがあるとは感じていたが、こんな物を渡すためだけに星間移動をさせられたとなれば元々良くない刃の機嫌は最低の部分まで下がっていく。
「そんなに邪険にしないでよ-」
穹はへらへらと笑い、刃に懐くように肩に頭をすり寄せる。
車掌室へ続く扉があると思われる階段上にはヴェルト、離れた席には姫子が珈琲を飲みながらも刃が列車の仲間を害しないように見張っている。故に、暴力行為にて列車から去る事は非効率であり、面倒ごとを生み出すだけと理解はしているが、穹のあまりの鬱陶しさに頭を掴んで押し退ける。
「刃ちゃん冷たいなぁ」
唇を尖らせ、不平を漏らす穹を刃は藪睨みするが、不意に、んに。と、小さいが高い音が聞こえて眉間の皺が緩む。
「あ、悪い悪い起こしちゃったか」
穹がクッションに話しかける異様な様相に、再び刃の表情は険しくなるものの、
「可愛いだろ?」
として、見せられた尻尾らしきものを揺らして眼を瞬かせる謎の生物と見つめ合った。
黒いクッションの中に収まる黒い生物。猫のようにも見えるが、また別の生き物のようにも見える、不可解な生物だ。
「ルアン・メェイって人に指導されながら創った小生命体なんだけど……」
「帰らせて貰う」
「えっ、待って⁉」
創った生命体。の部分が引っかかりはしたが、己に口を挟む資格はなく、関わりたくもなかったため刃は踵を返し、出入り口へと歩を進めれば穹が慌てたように前に回り込み、引き留めようとする。
「ちゃんと聞いてくれ、困ってるんだ」
「何故、貴様等の困りごとを俺が解決してやらねばならない?私事は自分で解決しろ」
小生命体を抱えた穹の頼みを無下に断る刃。
縋るように見上げてくるが、一体、何をそんなに困っているのか。カフカの命令は『星穹列車に行く』以上の行いは指定されていない。後は刃の判断に任せる。という名の丸投げだろう。
「ちょっと預かって貰いたいだけ……」
穹が刃への要求を口にしようとすると、入り口を向いた刃から見て、左手側の扉の奥から壁に重い何かを叩き付けたような衝撃音が響き、扉が開くと同時に小さな影が素早く駆け、ふしゃあ。そんな空気を裂くような音を立て、鋭い爪を広げて穹に飛びかかってきた。
「わー⁉」
悲鳴を上げ、穹が黒い固まりを抱えたまま、その場にしゃがみ込んで腕で防御しようとし、それを刃が横合いから片手で掴んだ。影は掴まれた事に驚いたのか大いに暴れ、刃の手袋ごと皮膚を裂き、傷からは血が流れたが、刃は気にした様子もなく無表情で見詰めるばかり。
「なんだこいつは」
「刃ちゃん血!」
「いいから説明しろ」
首根っこを掴まれ、ぶら下げられた小さな生物は、その小さな体から出ているとは思えないような低くも大きな唸り声を上げて刃の手から逃れようと抵抗をしている。
「いや、そいつがさ……、こいつにしつこいと言うか……」
穹は如何にも説明しがたいように口を濁していれば、穹の腕の中に居た生物が入れ物から抜け出て、刃に捕まって暴れる生物へと向かって鳴く。
「あ、駄目だって」
穹が慌てたようにクッションを投げ捨て、捕まえようとするも、もさもさとした膨らんだ姿からは想像出来ない軽やかさで避け、刃の肩に飛び乗ると再度鳴く。すると、獰猛な獣の如き黒い生物は落ち着きを取り戻し、ぶら下がったまま叫び過ぎて嗄れた声で返事をした。
暴れなくなった生物と、肩に乗ってきた生物を床に降ろし、片膝を突いて刃はじっくりと観察する。
いきなり大暴れを見せた生物は七星のような印が尾にあり、光が差した眼は大きく開かれ、左目元には赤い臉譜に似た毛が生えていた。対して、穹が抱いていた生物は尾と左前足に包帯を巻き、暗い眼をしている。
自身に似ている生物と、どこかの龍を彷彿とさせる生物。
これを創ったらしい穹が何を考えていたのか、否、恐らく何も考えず、知り合いに似ている生物を調子に乗って創ったのだろう。とは想像に難くなく、自身に物言う口がないとは言え、否、生命に対する不遜な行いの記憶がある故に、生命を安易に作り出すな。創ったとしてその責任はどうとるつもりなのか。後の事は考えないのか愚か者め。等々の言葉が頭を駆け巡る。
「あの、こっち胡麻パイ。こっちがもち団子」
「貴様の好物か?」
どこぞの龍に似た凶暴な生物がもち団子、自身に似た物静かと言えば聞こえはいいが陰気な生物が胡麻パイ。食べ物繋がりの名前に刃が呆れたように言えば、穹は照れたように頭を掻いて笑うが、視線が刃を通り越して悲しげに歪む。
「だ、大丈夫か?」
「すまない逃がした……」
穹の心配を余所に、頭を抑えたまま、ふらつきながら現れた丹恒に刃は眉を顰める。
現れた丹恒は、手も顔も引っかかれ、咬み傷だらけであまりにも痛々しい様相だったからである。先程の衝撃音は、逃げ回る黒い生物こと、もち団子を追いかけ、捕まえようとした際に空ぶって勢いのまま壁に激突した音だったのだろう。
丹恒を翻弄するほど素早く、力の大半を失っているとしても龍尊にこうも傷を負わせるなど、眼を細めて胡麻パイに寄り添いながら喉を鳴らしているもち団子の姿からは想像も出来ないが、つい数分前に猛獣の如き大暴れを見せた姿があったのだから、納得はせざるを得ない。
「それで頼みなんだけど……」
「なんだ……」
判断は一任されているため一応なりとは耳を傾けてやる。ただし、既に面倒な予感しかしない。
「もち団子の方をちょっとだけ預かって欲しくて……、刃ちゃんになら大人しいと思うんだけど……。多分」
曰く、もち団子は胡麻パイと引き離されると異様に凶暴化してしまい、閉じ込めても檻を破壊して手に負えないようだった。丹恒の様子を鑑みれば想像は実に易いが、それで何に問題があるのか疑問である。
「一緒なら大人しいのだろう。放っておけば良い。帰っていいか?」
要するに、先に大人しく自身に似た生物を見せて親近感を持たせ、要求への説得を楽にしようとの試みであろうが、既に破綻した計画と共に意図が読めずに刃は帰りたい意思が強くなるばかりだ。
「それなんだけど……、お腹見てくれる?」
刃に胡麻パイの腹を注視するよう穹が促しながら脇に手を差し込み、上体を上げさせると腹がふっくらと膨らんでいる様子が見て取れた。
「は……?」
「その、合成生物である小生命体同士で生殖行動するなんて聞いてなかったから、ルアン・メェイに診て貰いたいのに、胡麻パイ連れ出そうとすると、もち団子が怒って攻撃してくるから連れて行けないんだ」
「こいつは雌なのか?」
単為生殖でも無い限り、勝手に仔を孕む事は無い。
では、これの番は。と、考えれば相手は一匹しか居らず、腹が膨らんだ胡麻パイを刃が複雑な心地で眺めながら訊ねれば、
「性別はなかった筈なんだよ……」
現状があまりにも予想外の出来事であった事を吐露された。
実験が全て想定通りに行くのであれば、そも実験の必要などありはしない。成功を前提にしての実験など甘い考えであるが、無性の合成生物が仔を成したとすれば慌てもするだろう。
「俺なら暴れない理屈はなんだ……」
ぼろぼろになった革手袋と、既に治りかけの手の傷を眺めながら、刃は更に問う。
「胡麻パイに似てるから……」
「安易な……」
刃は嘆息し、床に膝をつくと血のついていない手で試しにもち団子に触れてみる。
もち団子は一瞬だけ唸りかけたが、刃を見上げると不思議そうに眼を瞬かせ、首を傾げて見せ、三角の耳を忙しなく動かしながら頻りに手の匂いを嗅ぐ。
もち団子は刃の手、顔と何度も見比べると、遠慮がちに舐めて頭を擦り付けた。
「あ、ほら!やっぱり刃ちゃんなら大丈夫」
穹が拳を握り、快哉を叫ぶ。
しかし、それまで静かだった胡麻パイが低く唸り声を上げ、刃の手に頭を擦り付けるもち団子を思い切り殴り飛ばし、眼を細めて睨み付けてきた。自身の番が異種族とは言え、懐く様が気に食わなかったのか。
「本当に預かっていいのか?」
「お前、ずっと知らん顔してた癖に……」
胡麻パイを連れ去ればもち団子が番を返せと暴れ、もち団子が他の存在に懐柔されれば胡麻パイが攻撃的になる。下手扱えない、なんとも難儀な生命体たちだ。
「引き離せないのなら二匹共にルアン・メェイとやらの元に連れて行けば良かろう?」
実に単純な解決策を刃が提案するも、穹が申し訳なさそうに首を横に振る。
「一回そうしたんだけど、胡麻パイが人間に苛められてるとでも思ったのか、もち団子が暴れて機材とか壊しちゃってさ……、診察もままならなかったんだ……」
それで苦肉の策として、もち団子を懐柔出来そうな人物を呼び出し、預かって貰いたかったが、今度は胡麻パイに問題が出るとは想像もしていなかったようだ。
「参ったな……」
丹恒が腕を組み、寄った皺を解すように眉間を揉む。
八方塞がりとはこの事か。
「刃ちゃんがヘルタに居るルアン・メェイの所に同行してくれればどうにか?」
もしかすれば、刃が同行すればもち団子も暴れないのでは?との想定で穹は提案するが、刃は冷たく見据えるのみ。
「星穹列車は中立の立場だろうが、俺がスターピースカンパニーと仙舟に指名手配された身だと忘れたか?」
故に、落ち合う場所を仙舟からほど遠く、スターピースカンパニーの影響が薄い惑星を選んだのだ。穹にとっては自身が気に入れば、相手が宇宙全域で指名手配された存在でも、罪人として永久追放された存在でも受け入れる懐の深さは感嘆に値するが、それと刃が自由に行動出来るかどうかは別問題である。
「そうだったぁ……、普通に話してると忘れる」
穹は床に手をついてうなだれ、困惑も露わに落ち込んで行く。
「その、ルアン・メェイとやらがどんな人物かは知らんが、そいつがこの生命を貴様に創らせたのだろう?責任として列車へ連れて来れないのか?」
「診察って機材とか要るだろ?列車で出来るもんなのかな?」
穹の当然の指摘に刃は呻るしかなく、代案も浮かばない。穹が頭を掻き回し、何かに気づいたように顔を上げる。
「刃ちゃん、変装得意?」
「ヘルタのセキュリティを変装如きでかいくぐれるとでも?列車から一歩でも出た瞬間、警報が鳴り響いて包囲されるだろうな。終末獣に襲われた騒動をもう忘れたか」
直ぐに意図を解した刃が、ヘルタに密航するのであれば警備機構を掻い潜るために銀狼の助力を必要とする大掛かりなものになりかねない示唆をすると、穹も察して何も言わなくなった。
「結局、誰かがもち団子を閉じ込めて、その間に穹がルアン・メェイの元へ胡麻パイを連れて行くしかないな。流石に列車の扉までは破壊できないだろう、素早く外に出て施錠すればどうにか……」
静観していた丹恒が、一周回って極単純なこの方法以外に結論はなしと纏めた。
「丹恒、お前はボロボロだし、ちょっと離されただけで凄い声で鳴き喚くから、パムやなのもちょっとノイローゼ気味だし、限界じゃないか……?」
丹恒の怪我は見える部分に留まらず満身創痍。他の仲間も大分疲弊しているようで、よくよく見れば、穹もくまが酷い。
様々な方法を考えて試行錯誤した結果、刃に縋りついたのは最終手段だったのようだ。
「分かった。暴れさせなければいいのだろう?俺がこの団子とやらを見ておく。その間に行け」
このまま疲弊され、どことも知れぬ場所で旅を終えられたら脚本に支障が出かねない。刃は諦観の心地で了承、提案するしかなかった。
「…でも胡麻パイが」
「どうせ団子が嫌われて殴られるだけだろう。獣の痴情の縺れなぞ付き合ってられるか。割り切れ」
穹の言葉を遮り、ばっさりと切り捨てる刃の科白に何故か一瞬だけ丹恒が目を見開き、動揺を見せたものの、咳払いと共に体裁を整え、
「そうだな……」
と、同意を示す。
「うん……、じゃあ、頼んだ。ヘルタに跳躍するから、刃ちゃんは列車から出ずにもち団子と隠れといて」
「分かった。倉庫にでも居れば良いのか?」
「資料室でいいだろ……。こっちだ」
宜しくない環境へ自ら赴こうとする刃を丹恒が止め、もち団子と胡麻パイの二匹を抱えてラウンジから刃を伴い退出し、廊下を歩いて資料室に入れば惨憺たる有様。
幾つもの壊された小動物用の檻。
落とされた部屋の装飾品、丹恒が愛読していたとおもしき本も頑健な爪によって破壊され尽くし、紙屑と成り果て、布団からも綿が飛び出ていた。
「これはこれは……」
部屋を見渡した刃は薄笑いで嘲るが如き声を出す。ただ、常なれば煽られて挑発に乗ってくる男が、疲れ切った様子で空笑いを漏らし、
「もう整理は諦めたんだ……」
そんなぼやきを口にした。
彼の腕の中に居る小生命体は、相当厄介な生物であるようだ。
さぁ、今からヘルタに向かって跳躍するぞ……。
各自、座って衝撃に備えてくれ。
パムの覇気が感じられない声でのアナウンス。
刃と丹恒が床に座って待っていれば、程なくして振動と共に一瞬だけ暗くなり、数度の瞬き程度の時間で宇宙ステーションヘルタに辿り着いたようだった。
「よし……」
丹恒が沈痛な面持ちで最低限形を保っている小さな檻を取り出すが、試しに刃が剣を置いてもち団子を抱き上げ、胸に抱き込むと喉を鳴らしながら大人しくしている。
「なんでだ……」
丹恒が驚いたように声を発すれば、刃が不可解と視線を投げる。
「そいつが素直に抱えられるなんて今までなかったから……」
「ふん、動物の理屈なんぞ知るか」
大人しくなったもち団子とは対照的に、胡麻パイが不機嫌になって小さく唸っている。
ぴくぴくともち団子の耳と尾が動いているのだから、番の不機嫌には気がついてるのだろうが、刃が腕の中に閉じ込めるように包むと、緩やかに大きく尻尾を振り、喉を鳴らす音が大きくなる。
「どう……?」
穹が声を潜めて様子を伺い、丹恒が頷けば素早く胡麻パイを回収し、足早に出て行った。
番が連れ去られたと言うのに、もち団子は刃の胸に抱かれてご機嫌な様子だ。これは俗に言う浮気だろうか。獣にそんな概念があるのか、荒唐無稽とは考えつつも、刃はもち団子の後頭部を指先で撫で、うっとりとしている顔を覗き込む。
「傷はいいのか……?」
「もう治っている、問題ない」
死しても黄泉還る不死の肉体が、小さな獣の爪による傷如きでどうにかなるはずも無い。
問題点と言えば、手を汚す血液と、手袋が今後使い物にならない程度の事。
「診察はどれくらいで終わる?」
「以前、相談したらエコー検査と、簡単な血液検査で終わるそうだから、一時間もあれば……」
丹恒は刃から視線を逸らし、胡座を掻いた膝を頻りに指で叩いていた。仇敵と二人切りの空間で、落ち着くのも可笑しな話だ。刃は気にせずもち団子をあやす。
抱き締められる状況に満足したのか、もち団子が腕の中から顔を出すと、体を伸ばして刃の首元に頭を擦りつけ、耳や頬、目元を舐めだした。
「なんだ、毛繕いのつもりか……?」
ざりざりとした鑢にも似た舌の感触に刃は困ったように眉を下げつつも暴れられるよりは良しとして、されるがままになっていたが、もち団子の舌が唇を舐め出すと手が伸びて、首根っこを掴んだ。
直ぐ様、もち団子は手の主、丹恒に対して怒りと威嚇の声を上げ、暴れる片鱗を見せたが刃が奪い返して事なきを得る。
「折角、大人しくさせているのだから邪魔をするな。貴様等の依頼だろうが」
「あ、すまない……」
刃に撫でられてご満悦のもち団子に、謎の苦悩を見せる丹恒。
何を考えているのかはどうでもいいが、ひたすらに面倒ごとを抱え込んだ気分でしか無い。カフカは、この生物が欲しいと考えて己を派遣したのか。実に得体の知れない生物、確かに彼女が好みそうだと考える。報酬は、この合成生物を一匹貰い受ける事だろうか。
「中々愛らしくはあるな……」
小生命体をあやすだけの簡単な任務。
現時点で丹恒は敵ではなく、カフカ、銀狼に振り回されて忙しなく時が過ぎていく感覚に慣れていたせいか、今の無為で怠惰ながらも無心で居られる時間は貴重とし、意味不明な生物を撫でる感触も悪い物では無いため刃は、一匹くらいなら拠点にいてもいいかも知れない。などと考え出していた。
「お待たせー。済んだから急いで移動するよ!」
さも極悪犯の如く、慌ただしく星穹列車が飛び立つ。
穹が戻ってきた瞬間に星間移動するようパムに頼んでいたようだ。刃に対する配慮なのだろうが、あまりにも慌ただしく、アナウンスも無かったため、気もそぞろであった丹恒、獣をあやして気を抜いていた刃が体勢を崩して互いにぶつかり、もち団子は部屋の隅に逃げだした。
一瞬だけ、暗くなった部屋に明かりが点けば、丹恒が刃を床に押し倒したような体勢になっており、
「丹恒、大胆だな……」
などと、穹が余計な事を言うものだら、丹恒の肌が赤らみ、汗が噴き出す。
「さっさと退け」
「あ、あぁ……!」
慌てて丹恒が飛び退くようにして尻餅をつき、刃はのっそりと起き上がる。倒れた際に丹恒の体重も加わって後頭部を強かに打ったのか、些か鈍痛がしたため、痛みを散らすように撫でていれば、胡麻パイが資料室に現れ、すり寄るもち団子の匂いを嗅ぐと手を振り翳し、両手を使って何度も殴り倒していた。
殴られ捲っているもち団子は、みゃ!みゃっ⁉と悲鳴を上げているが、胡麻パイは中々止めず、ヴァウヴァウ低く唸っているため、怒りが天元突破しているようだ。
「はは、余所に気を散らしたりするからだ」
怒りをぶつけられて逃げ回るもち団子に、怒りが収まらずに追いかけては殴る胡麻パイの怒りようが面白くなった刃が、敢えて表現するならば誘惑した本人であるにも関わらず笑っていた。
「刃、そのありがとう……」
「ふん、命令だったからな」
相変わらず視線を逸らしながらだが、丹恒から礼を言われるとは思わず、刃は垂れ目がちの眼を何度か瞬かせたが、素っ気ない態度であしらう。元々が仇敵、今は互いを容認しているとは言え、いつ敵対するとも知れない間柄。馴れ合う気は無い。
しかし、様子が可笑しいのはどうも気になる。
「刃ちゃん、俺からもありがとう。あと、胸の所、釦飛んでる」
「あぁ、倒れた衝撃のせいか」
部屋に視線を巡らせれば、胸から飛んだ紅い装飾釦が階段の所に転がっていた。
刃の外套は、体の線に沿って縫製されているが、仕立てられた際はぴったりでも、後から肉がついたのか、胸の部分に隙間が空くほどになっていた。釦自体がそろそろ限界だったのだろう。
刃の手は不自由で、細かい作業が出来ず、釦を拾ってもさてどうしようか頭を悩ませる。
「小僧、そう言えば妊娠している動物を暴れさせていいのか?」
拾った釦を手で弄びながら穹に訊ねると、彼は頭を掻いて曖昧な笑みを浮かべる。
「それが、ただ太ってるだけだった……。お腹が目立ってるだけで全体的に肉ついててさ、誰かがおやつを与えすぎているか、食欲旺盛すぎて、もち団子の餌まで食べてるかだって……」
なんとも拍子抜けな結末だ。
この一室を破壊された代償にしてはお粗末である。
「それで、丹恒、持ってるおやつ全部出して?」
「俺はそんなにやってない」
穹が丹恒に手を差し出し、原因であろうおやつの提出を要求するも、ささやかな抵抗を見せる。
「ご飯も出して?」
「適切な量だ」
胡座を掻き、腕を組んで顔ごと反らす防御態勢をとっているからには、思い当たる節があるのだろうに、往生際が悪い事だ。
「後は勝手にやれ。帰らせて貰う」
「あ、うん。刃ちゃん、本当にありがとう」
穹は刃に対してはにこやかに手を振りつつ、丹恒をじわじわ追い詰めている。
星穹列車の廊下では、悲鳴を上げながらもち団子が逃げ回り、唸る胡麻パイが追いかけ回している。
ラウンジには、問題が解決したとしてパムが穏やかな表情で掃除をしていた。
「面倒をかけて悪かったな!助かったぞ」
「あぁ……」
朗らかに笑うパムも愛らしく、刃は帽子の上から頭を撫でて星穹列車を後にする。
▇◇ー◈ー◇▇
程なくして刃が拠点に戻れば、扉を開けた瞬間悲鳴が轟いた。
「いやぁぁぁぁぁあ!液晶に罅ー⁉もうやめて!」
悲鳴の主は銀狼で、銀狼の毛色に似た猫のような生物が、棚から棚を飛び歩き、上にある物を悉く落として反応を楽しんでいるようだった。銀狼も懸命に捕まえようとしているが、ちょこまかと逃げ回り、翻弄している。
「うふふ、悪戯っ子ねぇ」
それを止めるでもなく諫めるでもなく、眺めているだけのカフカは膝に同じく毛色が同じ猫のような生物を乗せ、ブラシで毛を梳いていた。
膝に乗る生物は、心地良さげにブラシを受け入れながら、首に巻いた宝石つきの紐を見せつけるよう胸を反らしている。
「俺への報酬は何だ?」
予想していた報酬ではあるが、この拠点まで騒がしくなりそうで些か辟易した刃がカフカへ要求を口にする。
「そうねぇ、その飛んだ釦を着けて上げる。ってのはどう?」
「では頼む」
「はーい、着替えてらっしゃい」
した事と言えば、小さな生命を抱いてぼんやりしていただけであり、他に妥当な報酬も思いつかず、刃は素直に着替えるため自室へと移動を開始する。
「ぎゃー!それレアだから止めてぇぇぇ!」
銀狼が勝手にラウンジに飾っていたご自慢のフィギュアを落とされそうになり、また悲鳴を上げている。猫のような生物は、如何にもにやにやと笑って楽しそうで、恐らくは彼女が大きく反応をする限り、悪戯は止まらないだろう。
「あー⁉あぁぁ……」
落とされても、すんでの所で掴めた事に安心した銀狼が気の抜けた声を漏らす。
そこへ追撃とばかりに、石英硝子で出来た装飾品を落とし、再び銀狼が悲鳴を上げてそれを掴む。
まぁ、元気で何よりだ。
悲鳴を背後に聞きながら刃は自室へと通じる扉を閉めた。