・まだ出来てない楓応
・戯れてるだけ
・片思い楓→応
・ほんのり景→応
・酔っ払い応星
・掌編くらい
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五騎士の面々が連なり、金人港の店に食事に来た。
個室に通され、余人を通さない空間の居心地良さに応星の酒も進み、徐々に浮かれてくる。
「お前だけ酒飲めなくて可哀想になぁ」
鏡流の弟子であり、五騎士の中でも参入が遅く、大人とするには幾許か足りない景元を、少々意地悪な表情をしながら応星が茶化し、
「別に、私はお茶だけでも十分だよ」
厳格な師匠の前で『呑める』などと豪語する訳にも行かず、絡んでくる応星を鬱陶しそうに景元はあしらう。彼は仙舟人故、見目は当てにならないが応星の感覚で言えば十四、五程の少年だ。白珠と共に早々に酔い、はしゃぐ酔っ払いの言動にはうんざりしているのだろう。
「可哀想な景元君を慰めてやろうなー」
めげない応星が、けたけたと笑いながら景元を抱き寄せ、尾花色でくせ毛の長い髪を乱すように掻き回す。
「もう、酒臭い……!」
「そう邪険にするなよ。よしよし」
ふかふかとした景元の髪の感触が離れ難いのか応星はしつこく絡み、しがみついている。
「ん?」
不意に応星が声を上げ、次いで静かになる。
景元をしっかりと捕まえている事には変わりないが、首に触れ、胸に触れ、最終的に首筋に耳を当ててきた。
「何をしてるんだ……」
あまりの無遠慮さに困惑と照れが入り出した景元は、悩ましげな表情で人の体を探る応星の体を押し退け、口を尖らせる。
「いやぁ……」
応星は首を傾げながら今度は突っぱねてくる手首を握り、両手で頬を挟み、『生きてるよな?』などと不可解な発言をした。
「人が死んでるように見えるほど酔ってるのか?」
「いや、だって、心音があんま聞こえなくて……、あ、今ちょっとする」
応星が、また抱き締めながら景元の首に耳を当て、脈拍を確認する。顔が紅くなり出した景元が見えなくなり、自らが気にする事を追い求めてしまうのは彼の悪癖とも言える。
「応星、その辺りにしておけ」
首根っこを丹楓に掴まれ、応星が景元から剥がされる。
「だって、心音があんまり聞こえないって病気とかさぁ……」
「病気ではない。寿命の違いによるものだ。長く生きる種族は心拍が緩やかで、短い種族は心拍が早い」
「そうなのか⁉」
丹楓の解説に、新たな知見を得たとばかりに破顔する応星。
そんな応星を愛らしいと思ってか、酔った白珠が席を立って近寄ると抱き締めるようにして頭を腹に押しつける。
「ほらほら、私の心音も聞いていいですよー!」
「白珠!」
鏡流が窘めるために声を荒げるも、姉弟のような関係である二人は構わずじゃれ合っている。
「白珠もゆっくりだけど、景元よりは……?」
「狐族の寿命は三百年くらいですからねー。死ぬか魔陰に堕ちなきゃ実質、無限みたいな仙舟人よりは早いでしょうねぇ」
それでも、短命種である応星とは優に三倍も違う。
現時点での白珠の年齢が幾つかは気にした事もなかったが、それでも応星が老衰を迎えるよりは長いだろう。応星は酒も放置して今度は険しい表情の鏡流をじ。と、見詰める。
「なんだ」
嫌な予感がしつつも生真面目な鏡流は応じてしまう。
「鏡流のも聞きたい」
「断る」
「そこをなんとか?」
「嫌だ」
「直ぐ終わるから。痛くしないから、なぁちょっとだけ?」
「最低な男の文言になっておるぞ」
鏡流の言う最低な男の文言が今一察せなかった応星は、じわじわと鏡流と距離を詰める。
追い詰めら出した鏡流が椅子から立ち上がり、へらへらしながら近づいていくる彼を止めようと手を翳すと手首を掴まれ、応星は耳に当てる。
「鏡流って冷え性か?手冷たいなぁ。もっと着込んだ方が良くない?」
心音よりも手の冷たさが気になったのか、自らの温かい手で握り込んで体温を移す様に鏡流は諦めたように嘆息し、応星の髪を掴むと腹に押しつける。
「全く、この酔っ払いが……、十秒だけだぞ」
「おー、ありがと」
図らずも目的を達した応星は上機嫌ではあるが、静かに鏡流の心音に耳を傾け、興味深そうに呻った。
「終わりだ。元の席に座れ」
ぽい。と、投げるように応星の体を引き剥がし、元の席に戻るように促す。
言われた通り、素直に席に戻った応星の次の標的、当然ながら隣に座る無表情の男である。
「丹楓?」
「断っても無駄か」
「お前と俺の仲だろう?」
丹楓は机に酒器を置き、少しばかり眉根を寄せながら手を差し出す。
「応星、丹楓にはよりずけずけと行くな」
「親友だし、俺は丹楓の一部だからな」
机に頬杖を突いて呆れたように見やる景元に、応星は鼻を鳴らして得意げに胸を張る。
殊俗の民などと。そう苦言を呈する持明族の人間に、丹楓が告げた『この者は余の親友であり、余の一部である』とした発言が大変お気に入りで、応星は即座に白珠に報告し、白珠から鏡流、景元へと伝わっている。
「うふふ、ちっちゃい頃は人見知りだったのにねぇ」
「ふん、直ぐ生意気な糞餓鬼になっただろう」
白珠はそれを微笑ましげに眺め、鏡流は他の長命種達に負けないよう強がりも入った彼の性格、気概も知っていはいるが、実に傲慢な言動を多くするようになった応星を端的に表現して酒器を傾けた。
「んー?」
「どうした?」
不可解な声を上げる応星へ、景元が訊ねれば答えが出ないのか小首を傾げて丹楓の胸に耳を寄せる。
「こっちは着込みすぎて聞こえないな」
ならばと応星は丹楓に抱きつきながら首筋に顔を埋め、耳を寄せる。
「丹楓って、長命種だよな?」
景元を顧みて、応星は不可思議な質問をする。
「当然だろう。持明族、それも龍尊だ。最低でも五百、永ければ千は生きるよ?」
「だよな?」
確認をして、再び首に耳を当てた応星は、矢張りうんうんと呻っている。
「早いぞ。俺の耳が可笑しいのか?」
「丹楓?」
白珠が声をかけても丹楓は無言で、視線は何もない壁の一点を見詰めている。
「とっとっとっと。って、俺よりも心拍が早い気がする」
「まぁ、そうだろうな」
鏡流が半眼で二人の様子を眺めながら黙々と呑んでいる。
「何でだ?」
「さてな」
丹楓から離れて応星が訊いても流されて理由は判然としない。
鏡流や白珠は解っているようだが敢えて口出しもせず、景元はむすっとしながら息を吐く。
「龍だから生き物の原理が通用しないとか?」
「それでいい」
「丹楓、いつまでも誤魔化してると後から自分が泣く羽目になるよ?それでもいいのかい?」
素知らぬ顔で詭弁を吐く丹楓をあんまりと考えたか、景元が嫌味交じりの助言をするが、当の本人は顔を背けて無言を貫く。
「種族によって違うもんなんだなぁ」
知的好奇心を満足させた応星は一人上機嫌で、周囲の生温い空気に気がつかずに酒器に酒を注ぎ、一息に呑み干す。
酒宴は程なくして解散され、自宅に帰った丹楓は自らの胸に手を当て、それはそれは長く腹に溜まった息を中々告げられない想いと共に吐き出すのだった。