星穹列車のナナシビト。
全宇宙で指名手配された星核ハンターの一員。
立場も違えば当初は故あって殺し合う仲。
今はと言えば、刃は寝台に腰掛けて傍に立つ丹恒を見上げ、丹恒は緊張の面持ちで刃を見下ろしている。
「本当に、いいのか?」
指名手配とは言え、全ての人間が刃に関心がある訳ではなく、また、星核ハンターを支持する壊滅崇拝者も存在する。そんな人間が経営するホテルにて二人は逢瀬を重ね、互いをじ。と、見ていた。
「別にお前が俺を抱きたいなら好きにすればいい」
刃は全身に残る損傷によって性的不能であり、そして、魔陰の発作を抑えるに当たってカフカに感情の揺れを制限されているため、性的欲求は皆無と表現しても良い。
しかし、想ってくれている相手が求めるのであれば、提供も吝かではない。
「ただ……」
真っ直ぐ見詰めてくる視線を顔ごと背け、刃は言葉を濁す。
数秒ほどの間を置いて、
「俺は新鉢ではない。貴様の期待には添えないと思うが」
視線を合わせないまま、男に体を開いた経験の有無を告げる。
「お前も長く生きてるんだ。そういう事も、あるだろう」
想う相手の全てを掌握したい。存在も、経験も、感情も独占したい感情が無いとは言わないが、それは今からでも構わない。そう己を納得させる丹恒を眼球だけを動かして流し目のように刃は見やる。
「初めてこの体を抱いたのは丹楓だが……」
寝台に体重をかけて軋ませながら、丹恒の反応を伺うように刃は言葉を続ける。
丹楓と刃、もとい応星の関係は夢、要するに前世の記憶を垣間見て丹恒も知っている。故に、致し方なしとしていたが、『だが』とは何なのか。丹恒の目元に力が籠もり、表情に険が出る。
「いつだったかも曖昧だが、頭が茫としていた際に、気がついたら見知らぬ輩に突っ込まれていた事もある。そんな体が嫌ならば止めておいた方がいい」
所詮、仔も成せぬ身。
精を幾ら胎に注いだとて意味は無く、肌を合わせる事ばかりが愛情では無いが、互いの存在を求めながら情を深めるには必要な行為だとも認識している。が、ただただ欲求の捌け口として使われた体を容認するかは、相手次第。
刃は真摯に告白し、丹恒に選択肢を与えるも、
「其奴等はどうした?」
「即殺したが」
低い声で、破落戸の安否を尋ねられるとは思わず、意識が覚醒した時点で殺した事を伝えれば、そうか。
「……ならいい」
冷たい声が刃の鼓膜を震わせる。
丹恒は、抵抗ならぬ者を拐かすばかりか、刃を穢した輩を赦せぬとした感情を抑えに抑えたが、完全には隠し切れず、ほんの少しまろび出た。それを誤魔化す事なく丹恒は刃の逸らされた顔に手を添え、口づける。
丹楓も大概、頑固な性質だった。
これと決めたら譲らず、余人が何を言おうと我を押し通す。
敢えて口にはしないが丹恒にもその性質はしっかりと備わっており、使い捨てられた体など嫌悪するかとも考えていた刃だったが、たった一言だけで終わらせた意外性に何度か目を瞬かせ、口付けを受け入れる。
持明族の脱鱗は肉体を同一とするとしても、必ずしも同じものを受け継ぐとは限らない。能力、性格、好みも違えば愛した人ですら全てを忘れる。新しい生を受けるのだ。持明族と恋仲になった狐族、仙舟人が『生まれ変わったとしても君を愛するよ』なんて言っておいて!等と憤慨していた姿は幾度か見た記憶があった。
どうしても忘れたくない場合は、思い人と対の玉佩を握り締めて古海に沈むそうだが、どれほどの効果があるかは持明族ではない刃には知りようがない。ちら。と、丹恒の腰にぶら下がっている玉佩を刃は見やり、自身の腰に身につけている玉佩を握った。丹楓と丹恒は違う。刃と応星も違う。体は同一としても、似て非なる者達が再びこうして繋がりを得るとは、なんたる運命の皮肉だろうか。
「刃、脱がすぞ……」
「あぁ……」
刃はこの状況を恥じ入るほど初心ではなく、自ら脱いでもいいのだが、丹恒は自身の手で暴きたいのか、情緒も何もなく脱ごうとした際に止められた。そのため、もしや『初めて』に拘るのであれば。と、冒頭の話題を切り出したが、存外、想われているらしいと知れば擽ったい心地となった。
丹恒が刃を寝台に押し倒し、覆い被さりながらぎこちない手が飾り釦を外し、包帯を巻いた体が露わになる。包帯で抑えられていながら、刃の身動ぎに合わせ、男にしては豊満な胸が微かに揺れる様に丹恒は生唾を呑み込み、耳を真っ赤に染めた。
「ふふ、ちゃんと出来るのか?坊や」
緊張しているらしい様子が可笑しくて、刃は薄笑いを浮かべて煽る。
「黙っていろ」
む。と、唇を歪めて丹恒は刃の腰ベルトを抜き、肌を空気に晒していく。
その様を眺めながら刃は丹恒へと手を伸ばし、暇を持て余したように髪を弄り、指先を目元に滑らせる。
「刃……」
これから睦事を始めようとする矢先に手遊びを始めた刃を諫めるように丹恒は手を握り、指を搦めて寝台に抑え付ける。
「あまりに可愛らしくてついな」
誰と比べてだ。などと文句が出そうになった丹恒ではあるが、喉元で止めると刃の膝を掴んで足を開かせ、熱の籠もった吐息を吐いた。
「女のようには濡れんぞ。別にそのまま突っ込んでもいいが……」
痛みには慣れており、多少裂けた所で直ぐに修復されるのだからどうでもいい。そう刃は主張する。
自身の体に対してあまりにもおざなりな刃の頬を撫で、丹恒は半ば諦観の心地で目元に口づけた。望まず不死となり、塗炭の苦しみを味わい、終焉を求めて止まない彼は己を全く大事にしようとしない。もう、それこそ死ぬまで治らない悪癖だろう。
「いいから黙ってろ……」
丹恒も、見目こそ若々しいが、長命種である持明族。
飲月の乱の起こりから何百年と生きている刃と比べれば若造になるが、年齢は優に百は超えているのだ。興味が湧かなかったため経験こそ少ないが、刃への感情が変化をし出した折から欲を含んだ情に気づき、知識として得る時間は十二分にあった。丹恒は、情を交わすからには粗雑な扱いは避けたい。しかし、刃が己を無下に扱いすぎるため、ままならないのが現状である。なれば、刃の言葉には耳を傾けない事が最善だろう。
「ふん……」
素直に刃は黙り、丹恒の動向を見守っている。
丹恒は用意して置いた潤滑油を手に取り、後孔へと塗布し、粘着質な音を立てながら奥へと指を進めれば刃の足先が丸まり、体に力が入って指を締め付けた。
「お前だって柄にもなく緊張してるんじゃないのか?」
「煩い。黙ってやれ」
丹恒が煽り返せば刃は目元を赤らめて顔を背け、唇を引き結ぶ。
後孔を解しながらも固まった唇に口付け、首筋を撫でて鎖骨を辿り、肉感的な胸に触れる。
ざらつく包帯の触感に爪を立て、隙間に指を潜り込ませながら先端の膨らみを擽るように引っ掻いて指に挟み、柔らかな肉を掌で包めば、声こそ漏らさないが細かに体を震わせる刃に丹恒は下腹部に熱が集まり、奥深くを穿ちたい欲求が昂ぶる。
しとどに濡れた刃の体内は熱く丹恒の指を包み込み、緩く締め付けるように吸い付いつくのだから、準備としては十分なのだろう。
「刃、挿れるが、大丈夫か?」
「早くしろ……」
唸るような低い声で刃が急かし、眉根を寄せながら息を詰める。
丹恒が指を引き抜けば名残惜しいような音を立て、ぬらぬらと光ってひくつき、雄を欲して誘っているかのように錯覚する。
腰のベルトを外せば、平常時には体内に収まっている性器が露出しており、興奮の度合いを示すように限界まで張り詰めていた。筋張った細い指を太腿に食い込ませながら刃の足を抱え、丹恒が先走りを垂らす性器の先端を後孔に中ててゆっくりと挿入していけば、体内は異物の侵入に悦ぶように締め付けて吐精を促す。
「刃、ちょっと力を抜いてくれないか……?」
挿れただけで達しそうな程の快楽に腰回りが重くなり、丹恒は奥歯を噛み締めながら耐えてはいても、少し動いただけでも危うい。挿れた瞬間に。などと、それこそこれでもかと馬鹿にされてしまいそうで、丹恒は獣のように荒い息を歯の隙間から吐いて動けずにいた。
「全部、はいった、か?」
「いや、まだ半分くらいだな……」
刃はあらぬ方向を見詰めながら丹恒に問いを投げ、答えを聞けば敷布をきつく握り締めて目を閉じていた。人を煽っていた割に刃もあまり余裕はないようで、丹恒の口角が思わず上がり、何度か深呼吸をすると、下腹に力を込めながら陰茎のあまりを沈めていく。
「ん、んぅ……」
刃が指を噛み、声を抑え込みながら体を痙攣させる姿が男を受け入れる快感を知っている事を如実に語る。解っていた事実ではあるにしろ、丹恒の心の底に悋気が湧く。その快楽を教え込んだであろう丹楓、前後不覚となっていた刃を犯したであろう輩。今更覆せるものではないが、上書きは可能か考える。
吐精感が収まるまで刃の体を撫で、耳元に唇を寄せて舌を這わせ、歯を立てた。
「ぐ、んー……!」
どうしても声を出したくないのか、指を血が出るほど噛み締めている刃の唇に丹恒は指を捻じ込み、歯列に触れれば濡れた腔内は暖かく、先程まで弄っていた体内を思い返しながら舌を摘まみ、ねちねちと弄る。
「たうこぉ……、やえろ!っ、えぅ……」
丹恒のせいで舌が動かせない刃が苦情を告げるも、止める気は微塵も無い。
刃が血の滲んだ手で悪戯をする手を掴むも、腰を少しばかり動かすだけで体が揺れて力が緩むのだから堪らず丹恒は喉奥を震わせて笑った。。
「可愛いな、お前……」
「はぁ……?」
刃が嘲弄されていると感じたか、怒りを滲ませた声を上げるも、興奮はそのままに、興に乗ってきた丹恒は性器を抜けそうなぎりぎりまで引き、押し込む。
「あっ、が……あっ⁉」
気が逸れた所に敏感な体内の最奥までを一気に抉られ、腰を跳ねさせた。
「ま、まて……っ」
全身を真っ赤にした刃が腰を揺らす丹恒を止めようと腕を掴んでも構わず伸し掛かかり、丹恒が程なくして吐精しても性器を体内から抜かず、うっとりと眼を細めたまま刃の唇を食み、腔内を長く薄い舌で味わいながら髪を撫でる。
「終わったなら、さっさと抜けっ……、糞餓鬼!」
「断る」
丹恒が唇を離せば直ぐに出てくる悪態も、快楽を得て悶える己が嫌で逃げたいあまりの詭弁だろうと知れれば可愛いものだ。刃の手に指を絡ませながら押さえつけ、萎えた性器で吐いた精を体内に塗りつけるように動かしていれば、再度、硬度が増していく。
「貴様……、おい……」
「最後まで付き合え」
丹恒の体から、ゆら。と、龍の気が立ち上る。
姿は変わってこそないが、薄く見える龍の尾は機嫌良く揺れており、刃の体に絡みつく。
丹恒は硬度を増した性器で刃の体内を苛む。
一度達してしまえば緊張もすっかり解け、腰を揺らす度に吐息を弾ませる刃を観察する余裕も出て、抑えようとしても出る甘やかな声が耳に心地好い。
明日、穹達との待ち合わせは何時だったか。
視線を一瞬だけ時計にやり、後たった十時間程度なのだと確認すると刃に向き直り、笑みを深くする。
その笑みに既視感があり、碌でもない前触れの兆候を感じれば、刃は敷布を蹴って丹恒から距離をとろうとする。が、龍の尾が、鍛え抜かれた筋肉質な腕が絡みついて離れない、離そうとしない。
「刃」
「離せ!」
半ば悲鳴じみた声で刃は丹恒を押し退けようと腕を突っぱねるが、抵抗も虚しく顔が眼前に迫り、深く口づけられた。
「やめっ……、ぁ……」
気付いてしまったのだ。短命種の応星であれば丹楓の人ならざる体力に付き合いきれず、性交の度に意識を飛ばし、そうならずともぐったりとしたまま動けなくなっていた。傲岸な丹楓も、流石にそんな恋人を前にして続けはしなかった。しかし、今の己であればどうなるか。
耐久力に優れた肉体は、丹恒の欲を余すことなく受け入れるだろう。
それが、どれくらい続くのかは、丹恒次第。愛おしげに名を呼び、欲の色を眼に宿し、白々とした光を湛えさせる丹恒に刃は戦く。
果たして、チェックアウトの時刻になって部屋から出てきた刃は丹恒の支えなしには立っていられないほど消耗しており、星穹列車に戻った丹恒は満足気に倒れ込むように眠った。
星核ハンターの拠点に戻った刃も同じく自室にて寝台に倒れ込んだが、体の消耗が回復しても腹の奥に未だ丹恒の存在があるかのように感じられ、じくじくと疼くものを抱えたまま体を丸め、二、三日は部屋から出る事が出来なかった。