忍者ブログ

スターレイル用

死なば諸共に

・RG18
・ほんのり景→応
・捏造しか在りません
・応星を失って壊れる丹楓が書きたかった
・応星の瞳の色は捏造です
・冒頭から死にネタ、グロテスクな描写が含まれますルアン・メェイ
・ありとあらゆるキャラ崩壊してます
・今しか書けないので書きました
・丹楓さん吾もいいけど、親しい人の前や感情があらぶったら俺に成って欲しい願望
・考察とかではなくただの自分が萌える妄想なので、今後、明らかになるものがあっても鼻で笑ってください



 あと少し。
 あと少しだけ。

 それを考え始めて何時間経っただろう。
 ずっと頭が痛い。吐き気がする。丹楓に貰った鎮痛剤も効かない。
「百冶様」
「なんだい?」
 声をかけられ、微笑んで振り返る。
 工造司の一角に作られた作業部屋には、職人達が引っ切り無しに訪ねてくる。ただ話しに来る者も在るが、作品を見て欲しい。助言が欲しいと各々が理想と情熱、夢を持ち、懸命だ。だから無下にも出来ない。

 今でも皆無とは言えないが、短命種と蔑まれ、何をしても認めて貰えなかった時期と比べれば、随分と皆の態度も軟化して、親しみを持ってくれる人も増えた。それが純粋に嬉しい。俺にとって、大事な愛するべき人達だ。
「あの、大丈夫ですか?目が充血しておられるようですが……」
「ん、少し忙しくて眠れてなくて……」
 工房を訪ねてきた女性に心配されてしまった。
 これが終わったら少し休もう。頭痛もどんどん酷くなるばかりだ。

「百冶様。顔色が優れないようですが?お食事はされましたか?」
 いつも寝食が疎かになる俺に、良く雑用をしてくれる男性が心配して、手軽に食べられる軽食を持ってきてくれた。

 ありがとう。
 後でいただくよ。

 そう言いたかったのに、声が出ない。
 視界がぐらつき、円形の闇が迫って景色が狭く窄まり、体に力が入らなくなった。

 □■ーーーー■□

 丹鼎司の一室に、持明族の龍尊、丹楓が血相を変えて飛び込んでくる。

 室に居た者は一様に振り返り、声をかけようとするが、丹楓は何も見えていないかのように一直線に寝台に横たわる人物の元へと駆け寄り、体温を失った頬に触れて息を呑む。
 元々白い肌はより白く血色を失い、薄い唇は言葉を紡がず、柔らかな月の光を宿した瞳は永遠に瞼の奥に封じられたまま、何も映さなくなっていた。
「何故……」
「は……」
 丹風が吐く息と共に呟くように言葉を漏らす。
 次の瞬間、龍の鉄爪が傍に居た医師の首を掴み、冥府に燃え盛る業炎の如き怒気を宿した瞳が見据える。
「何故、俺を直ぐに呼ばなかった。何故……!」
 持明族の龍尊は人の病や怪我を治す特別な力を宿している。
 自身が間に合えば或いは。と、考えたのだろうが、医師は小刻みに顔を横に振る。
「倒れて運ばれた時には、もう手遅れでっ!頭骨の中に血が広がって……ひっ……」
 首に龍爪が食い込む痛みに怯え、医師は震えながら弁明をするが、燃え盛る怒気に収まる気配はなく、一層燃え広がったようだった。

 だが、丹楓は医師から手を離し、その場にどか。と、胡座を掻いて座り込み、深く項垂れて口の中で何やらぶつぶつと呟き続けていた。
 側に居た者が耳を寄せても、呟く内容は不明瞭で聞き取れず、肩を揺すっても自己の世界に没頭しているようで、反応を返しはしない。
「龍尊様、その、日々無理をして突然、命の灯火を断たれてしまうのは、短命種の方には良くある事で……、お気持ちお察しいたします。どうか、お心を強く持たれますよう……」
 脅されたばかりだと言うのに、人が良いのか医師は耳も貸さない丹楓に慰めの言葉をかけ、寝台に静かに横たわる工造司の長たる百冶、応星の葬儀の手配をするよう周囲の人間に指示を出していた。

 座り込んだまま微動だにしない丹楓に気を遣いながらも応星の遺体は葬儀場へ運ばれ、夕闇が迫ってきた頃、薄闇に包まれた部屋の中で龍の影がぬる。と、動き、
「よし……」
 何かを確定したように小さく声を漏らして足早に丹薬を研究している自室へと移動する。

 丹楓が天井まで届く巨大な百薬箪笥の中から次々と材料を選定していれば、持明族の使用人の女が応星の葬儀進行報告をしに訪れた。
「あの方の代わりには成れませぬが、私は貴方様を前々から想っておりました。貴方様の為でしたら何でも……」
 報告を終えた使用人は、熱い眼差しで丹楓を見詰め、想いを告げた。不謹慎とは思えど、好機と感じたのも事実で、抑えが効かなかったのだ。短命種の命が潰え、自分の番が回ってきたのだと。

 丹楓はそんな使用人を顧みると柔らかな微笑みを浮かべ、手を伸ばし、細首に触れる。
「あぁ……」
 想いが伝わった。そんな喜びに打ち震えたのも束の間、彼女の意識は暗転する。一瞬の出来事で、想い人に首をへし折られたと気づいたかも怪しかった。
「持明随……、と、後は……」
 丹楓は葬儀の予定も、想いの告白も聞いておらず、たった一つの事だけを考えていた。今の彼にとって、彼女の存在は必要な材料が自ら歩いて来てくれたお陰で手間が省けた。程度の認識でしかない。
 丹楓は痙攣する女の体から背骨を抜き取り、随を取り出し鉢に流し込んだ。

 自身に散った返り血も拭わず、忙しなく薬草や石、蟲を引っ張り出しては、あれは違う、これは違う。と、散らかして、欲した物が見つかれば直ぐに調合作業へと戻るを繰り返し、目的の物が出来上がれば、美しい相貌をうっそりと歪ませた。

 幻影の大きな月が浮かぶ空の下。
 調合した薬を手に、羅浮の一番高い場所へと移動し、丹楓は龍の力で水を呼ぶ。
 薬の一つをその水に溶かし、水を細かく震わせながら霧散させ、羅浮全域へと撒き散らした。

 丹楓は、表情なく広がっていく霧を眺め、
「今一度、月を眺め君と語らん……」
 と、虚空へ語りかける。

 仙舟にとって、最悪の夜が始まった。

 □■ーーーー■□

「将軍様……!羅浮全域で魔陰の身が発生して……、剣首様が……!」
 唐突な朋友の死に心を痛め、消沈していた景元へと舞い込んだ報告の数々。

 何が起こっている。
 原因が分からない。

 景元が戸惑いながらも一番被害が酷い場所へと駆けつければ、敬愛する仙舟一の剣士であり師匠でもある鏡流が魔陰の身を発症し、神技と崇められた剣を用い、護るべき民を害する姿があった。
「そんな……」
 まだ彼女に魔陰の身を発症する兆候はなかったはずだった。
 鏡流だけではない。仙舟人の雲騎軍兵士、狐族、持明族。ありとあらゆる者が兆候もなく魔陰の身を発症している。外に居た者程、被害が大きいとの報告もあった。

 考えるのは後だ。
 先ずは師匠を止めなければ。

 神技によって命は儚く散る。
 剣首を敬愛していた兵士が氷に包まれ、彫像のようになって彼女を囲んでも、中央に立つ鏡流は何の感情もない血のような紅に染まった瞳で睥睨するばかり。
「師匠……」
 景元の脳裏に、今までの教えが、思い出が次々と浮かんでは消える。
 火花を撒き散らしながら剣を交える内に、仙舟を護るためには、雲騎軍とはなんたるかを叩き込んだ声に覚悟を決め、彼女を『殺してやる』事が恩返しになるのだと信じて陣刀を振るう。

 手応えはあったはずだった。しかし、遺体が見つからない。
 己の実力で、本当に剣首たる鏡流を、師を倒せたのか、景元は息苦しさに自らの首を撫でた。  魔陰の身で狂乱していたからこそ、本来の力が出せず退けられたのか、或いは少しでも意識があり、自分から滅される事を望んで跡形もなく消えたのか。

 景元が悩みながら生き残った兵士に鏡流の捜索を命じ、他の鎮圧へ向かおうとすれば、耳を疑う報告がもたらされる。
「持明族の龍尊、飲月君がご乱心され、民を手にかけられたとの報告が……!」
「飲月まで魔陰に堕ちたのか⁉」
 次々と敬愛する師が、友が壊れていく恐怖に景元は思わず声を荒げ、報告に来た兵士へと詰め寄る。
「いえ、それが……」
「なんだ、早く言え……」
「百冶様の葬儀を執り行う斎場へと侵入する際に警備をしていた雲騎軍兵士と止めに入った従業員を殺害したと……」
 逃げる者にまでは手を出されていないようですが。と、なんの慰めにもならない言葉を続けるが、相手を選んでいるのであれば、魔陰の狂乱状態ではない。寧ろ、酷く冷静で、目の前の障害物を手で払うような、ただ邪魔な者を排除しているだけだと容易く判断できた。
「まさか……、そんな」
 この惨事を引き起こしたのは誰か。
 嫌な予想が景元の頭を駆け巡り、目の奥が熱くなる。

 何故。
 何故だ。
 何を考えている。

 景元は急ぎ、丹楓が目撃された斎場へと向かい、血の足跡を辿れば果たして丹楓は逃げる様子もなく、そこに居た。
「丹楓、君は一体……、何をしている……」
 景元が戸惑うのも無理はなかった。
 丹楓が霊前で真っ赤な血に塗れた姿のまま祭壇に腰掛け、黒く長い髪をした者を膝に乗せて口づけをしていたのだから。
「何を?愛する者を抱き締めるのは当然だろう?」
 丹風が景元へと視線を向け、同時に腕に抱かれていた者の顔が見えた。

「お……」
 ぶる。と、景元の体が震えた。
 容貌は知っている人間だ。
 しかし、白かったはずの髪は黒く、毛先が血の滴るような赤へと変じており、何よりも優しかった月色の瞳は石榴のように紅く染まっていた。
「黄泉還らせたのか、応星を魔陰に堕としてまで……!」
「だったらどうした。俺は、応星以外何も要らぬ、仙舟もどうでも良い」
 景元の怒号にも丹楓の心は動かず、血の気のない応星の頬を撫で、唇を寄せる。

「いっ……加減にしろ⁉死者への冒涜だ……!」
 ざわ。と、身の毛が逆立つような感情に襲われた景元が悲鳴じみた声を上げ、丹楓に向かって陣刀を振り下ろすが、彼は避けもせずに水を纏わせた腕で受け止め、
「阿元、危ないだろう?応星が怪我をしたらどうする」
 などと薄笑いを浮かべ、戯けるが如き言動をする。
「この、騒動は君がやったのか……?」
 景元は歯噛みをしながら刃を引くと、最悪の予想を裏切って欲しくて質問を投げかける。黄泉還らせるのみならず、短命種を長命種へと変じ、更に魔陰へ堕とす重罪は覆せずとも、せめてこの厄災の如き悪夢に便乗しただけであってくれ。と。
「神策将軍、目的を成すため、邪魔を排除し時間を作る必要がある場合、どうするべきか、貴様なら解かろう」
 寡兵で大軍を討つ戦の常道である。
 趁火打劫、声東撃西 。敵を陽動し、混乱させ、その隙に己が目的を達成させる兵法。
「応星を黄泉還らせるためだけに、これだけの被害を起こして、国も、友をも捨てたのか……?」
「最初から言っておろう。もう俺は応星だけで良い。ほら、応星、名を呼べ。丹楓。俺の名だ」
「た、ん……ふ……」
「うむ」
 事もなげに肯定し、終始ぼんやりと目を開けているだけで、支えていなければ倒れてしまいそうな応星にのみ、丹楓は優しく目を細め、穏やかな声色で語りかける。
 常ならば、二人はそういう関係なのだから。と、景元は見て見ぬ振りをしていた。
 だが、今は状況が違う。
「飲月君。貴方を重罪人として拘束させていただく」
「逃げる気はない。延々と雲騎軍に追われるのは御免被る。俺を追うのは応星だけで十分だ。なぁ?」
 陣刀を構える景元に、丹楓は応星に向けるものとは違う薄笑いで応える。

 景元には丹楓が何を言いたいのかが解らず、幽囚獄へと送り届けた後も、ただただ、困惑と絶望が繰り返される夜を過ごした。

 □■ーーーー■□  

終わりが見えない夜が明け、鎮圧された魔陰の身に堕ちた者のの遺体、それに殺された兵士、民の遺体が、流した血が朝日に照らされ、その無残さを浮き彫りにする。

「ここまで、する、必要が……、あったのか……?」
 丹楓が応星を狂おしい程までに愛していたように、同じように愛し合う者が仙舟にも多く居たはずなのだ。そこには穏やかな生活があったはずだ。
 それを完膚なきまでに破壊してまで、得たものはなんなのか。黄泉還りをしても、人形のように反応しない応星と、重罪を犯した自分自身しか残っていない。

「貴様が来るとは思わなかったな」
「どうしても訊きたかったんだ」
 極度の疲労を押して、景元は幽囚獄へと向かい、丹楓に面会を請うた。
 しかし、卓を挟んで座り、対面しても景元は俯いたままで、丹楓の顔を見られないでいる。
「何を?」
「生き返らせて、どうしたかったんだ……?」
「もう一度、愛するためだ」
 丹風が、あっさりと言い放ち、茶を口に含んだ。
 獄で茶を飲むなど本来ならばあり得ないが。龍尊と言う称号と、一切抵抗せずに捕縛を受けたためか、相当な特別待遇を許されているようだった。この男は本当にどこまでも我が強く、尊大で、どこだろうと変わらない。と、密やかに景元は嘆息する。
「生き返らせて、応星は二度も死を味わう羽目になったと思わないのか?」
「アレは死なぬ。今はまだ意識がはっきりしていないが、直に戻る」
 なんの根拠があって断言するのか、景元は顔を上げ、昨日と同じ薄笑いを浮かべる丹楓と正面から視線を合わせた。気狂いの眼ではない。打算的な、全てを見透かした、藍玉の暗い瞳。
「そんな訳が……、因果殿に送られれば……」
「因果殿な。龍師どもが止めるだろう。龍尊が黄泉還りをし、短命種を長命に変え、魔陰に堕とした。こんな醜聞が記録に残るなど、彼奴等の下らぬ矜持が許さん」
 くつくつと丹楓は嗤う。
「では、君は……」
「処分しろとの声も出るだろうが、化龍継承が完全ではない。脱鱗はさせられても殺されはしない」
 脱鱗は、持明族にとって死と同等ではないのか。
 言葉なく唇を戦慄かせた景元の思考を読んでか丹楓が行儀悪く卓に肘を突き、手の甲で顎を支えながら、首を傾けて景元の顔を覗き込むようにして片眉を上げた。
「俺は、記憶を失おうと俺だ」
「記憶を失ったら、応星の事も判らないんじゃないのか……?」
「判らなくても構わん。応星は、必ず俺を追う。そうなるように『した』からな。また会えるならそれで良い。次の俺も解ってくれるだろう」
 丹楓は、腕に嵌めた腕甲を指先で叩き、片割れを渡してある。これが離れていても俺たちを引き寄せてくれる。と、言うと愛おしげに頬を寄せ、絶句している景元を見やり、丹楓はまた喉奥を震わせて嗤い
「貴様はやたら俺を否定したいようだが、貴様とて大好きな応星が黄泉還って喜んでいたではないか。少しは感謝してくれても良いだろう?」
 などと宣うた。
「私が……?」
「なんだ、やはり気づいていなかったのか。自らの感情も知覚できぬ未熟者だから、いつまでも応星に坊やだ阿元だのと茶化されるのだ。貴様はな、黄泉還った応星を見て『笑って』いたぞ」
 丹楓は腕を組み、にた。と、目を細め、龍の牙を見せながら口角を上げて如何にも可笑しいと言いたげに哄笑する。
「馬鹿を言うな!私は覚悟していた。応星が私達より早く逝くのは解っていただろう⁉それに、彼は長命など望んでいなかった!」
「覚悟……、口ではどうとでも言える。ちらとでも考えた事はなかったか?応星が長命であれば。とは」
 ない。などと景元は言えなかった。
 しかし、考えただけだ。丹楓のように、本人の意思を無視して長命を押しつけてはいない。
「私は!」
「何も出来ず、何もしなかっただけ。だろう?景元、貴様は、いつも見ているだけだ」
 心臓が、鷲掴みにされたような衝撃に、景元は言葉を詰まらせる。

 師に関しても、止めを刺せなかったのではなく、刺さなかったのではないか。覚悟を決めたつもりで、結局、した『つもり』でしかなく、止めを刺し切れてなかった故に魔陰の身である鏡流はいずこかで復活し、行方をくらましたのではないか。
「覚悟。言葉にすれば勇ましいが、実を得るのは難しいぞ、阿元や」
 丹楓の煽りに耐えられなくなった景元が勢い良く立ち上がれば、座っていた椅子が押されて激しい音を立てて転がる。
「おや、もう終わりか?寂しいな。今生の別れだというのに」
 景元は応えず背を向け、幽囚獄の一室を出た。

「次の俺と会う機会があれば、精々仲良くしてやってくれ」
 こんな言葉を投げかけられても振り返りもせず、景元は靴底で強く床を蹴りながら歩く。

「将軍様……、お顔の色が優れないようですが」
 星槎に乗り込んだ景元が酷く項垂れ、呼吸を震わせていれば、護衛の兵士が気遣ってくれるが、それに応える気力もなく首を左右に振る。

 髪や眼の色が変わろうと、記憶がなかろうと、再び会えるならばそれで良し。と、するのは覚悟なのか。愛なのか。ただの我欲ではないのか。

 丹楓は間違っている。それは確かである。
 しかし、景元は応星の死を聞かされた際、駆けつける事も出来なかった。
 何も手につかない癖に、神策府から離れられないから。などと自身に言い訳を施し、行動を起こさなかったのは、目の当たりにして応星の死を認めてしまう事が恐ろしかったからではないか。

 黄泉還った彼を見て、歓喜した。きっと、事実だ。
「はっ、はは……、確かにこれは嗤われてしまうな」

 粋がった童子の戯言。と。
 全てが半端な愚か者。と。

 力なく、一人で嗤いだした景元に、側に居た兵士は立場も取り繕えないほど憔悴し、項垂れたまま動かない上官と気味の悪い空気に包まれ、どうしていいか判らず立ち尽くしていた。

 □■ーーーー■□

「ねぇ、丹恒、いっつも資料室に籠もって、つまんなくないの?ラウンジにみんな居るよ」
 列車に居る間、丹恒がほとんど部屋に籠もりっぱなしで居る事を心配して、なのかはラウンジへと誘う。
「いや、遠慮しておく。今は珈琲を飲む気分でもないしな」
「えー、じゃあうちが美味しいジュース作って上げる!行こう。今いいものが見えるんだよ」
 にこにこと無邪気な少女は有無を言わさず丹恒の手を引き、ラウンジへと強引に引いていく。
「あら、いらっしゃい。珈琲入ってるわよ」
 ラウンジへ入ってきた丹恒となのかに、姫子が香ばしい匂いを振りまく珈琲が入ったカップを片手に歓迎し、慈母の如き微笑みを浮かべる。
「あ、ごめんね姫子。今日はジュースの気分なんだって」
「あらぁ、残念」
 なのかが丹恒の代わりに断れば、心底残念そうに姫子は嘆息し、優雅に珈琲カップを傾ける。

「ほら、丹恒、外見て外」
 なのかが列車の窓を指さし、仕方ないな。との心持ちで丹恒が視線をやれば、青々とした水が豊かな惑星と、寄り添うように周回しているもう一つの惑星が見えた。そちらは岩だらけで白っぽく光るばかり。生命が存在するようには見えなかった。
「あれは……」
「青く見えるのが生き物が居る惑星で、もう一つは月だろうね。太陽は裏側に引っ込んでいるようだ」
 いつの間にか後ろに居たヴェルトが簡単に解説をしてくれ、なのかは早速とばかりにスマートフォンで自分と美しい惑星を並べて撮り始めていた。
「月か……」
 丹恒が独り言ち、一歩窓に近寄れば、

 独りで見る月も悪くはないが、お前と一緒ならば、より荘厳で美しく見えるな。

 そんな、柔らかく、優しい声が聞こえた気がした。
  聞き覚えはあるのに、誰なのか思い出せない。
 列車に居る仲間の誰でもない。誰だろう。と、丹恒が首を動かすと、目尻から滴が垂れた。
「え、どうしたの丹恒⁉」
 なのかが驚きの声を上げ、慌ててハンカチを取り出して丹恒の顔に当てる。
「すまん、勝手に出てきただけだ。ゴミでも入ったかな」
「えー、あんな埃っぽいところにばっかり居るからぁー」
 なのかが声を上げれば、パムがなんじゃと!と、怒りながら駆け寄ってくる。
 常に埃一つない列車を目指して清掃を頑張っているパムからすれば、なのかの発言は許せないものだったのだろう。

「ごめんごめん、ごめんってばー!」
 パムとなのかの追いかけっこを苦笑しながら眺め、丹恒は手の甲で目を擦る。
 目の前で暴れ回るパムとなのか。
 やりとりに朗らかに笑うヴェルトと姫子。
 心が浮かれ、丹恒も短く笑い声を零す。

 既に月は遠く、窓に背を向けた丹恒は振り返らなかった。

拍手

PR

コメント

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

P R