・丹楓の爪やら牙やら捏造(好み)入ってます
・ちょっと流血と、嘔吐描写在ります(グロかどうかは人次第
・エロは無いけどちゅーはする
・短め
・しでかし応星
丹鼎司にある丹楓の家に赴き、応星は門の前に立つ主人に片手を上げて挨拶をする。
「待ってなくてもいいのに」
「いや……」
いつも待ち合わせた時間には門の前で待ってくれている友人に応星は苦笑しながら、持参した酒壺を渡す。決して高くはないが、いい酒だ。今回は気に入ってくれるといい。と、思いはするが、既に諦めの境地に達しているため期待はしない。
この主人はいつも家人が用意した酒以外はほぼ口にしない。
応星が持参した酒も義理で口はつけるが、うん。と、言うのみでこれと言った感想もなく、最初こそあれやこれやと意固地になって呑ませてはみたが、仙舟中の酒を用意しても、この龍を満足させるに至る品はなさそうな気がした。
□■ーーーー■□
しっかりと手入れがされた園林は月の光が明るい時ほど良く映える。
花崗岩を削って作られた長椅子の中央へ酒器を置き、それを挟んで座る丁度良い距離感。
持明族の家人が用意してくれたつまみを食べながら適当に会話、あるいは静かな時を過ごす。沈黙が嫌ではない相手とは得がたいもの。幼い頃に余所からの留学で羅浮に来た応星にとって、ここまで気を許せる友人が出来た事は行幸に違いない。
丹楓も同じように考えていてくれるのであれば喜ばしいが、あまり自身の心を語らないため、応星には推測しか出来ない。我が儘も聞いてくれ、こうして同じ時を過ごしてくれるからには、好かれてはいるのだろうが。
「丹楓、そう言えば今回の酒はどうだった」
「うん」
相変わらずの答え。
期待はしてなかったが、もうちょっとないのか。なんて考えてしまうのは、見返りを求めているせいか。龍と人間。味覚も違うのかと思わなくもないが、つまみは応星の口に合うようにもしてあり、然程違いがあるとも言えない。
ならば、何故、酒だけはこうも好みが違うのか。
丹楓が園林の入り口に控える家人を手の動きだけで呼び、自分用の酒を持ってくるように指示をする。
実生活に於いて、周囲が全て用意してくれる自身で指一本動かさずとも良い身分。最早、見慣れた光景で、本来であれば短命種、かつただの人間でしかない応星も見下してしかるべき一族の長である筈が、何が気に入られてこうも親しくしてくれるようになったのか、きっかけは解らない。
まだ応星の年齢が十前後の辺りは、然程親しかった記憶はない。ただ、雲上の五騎士。などと大層な称号貰う前から親交は出来ていたから、気がついたら側に居て、こうして肩を並べている。と、言った感覚に近い。
「どうした?人の顔をじろじろ見て」
「いやぁ、龍尊様は呑む姿も様になって美男子だなぁ。と……」
「そう言うお前は月の宮人のようだが、ふ……、性格はほど遠いな」
見目を褒められた丹楓が特に否定もせず、応星の長い前髪を指の甲で払うように撫で、色素が薄く、一見すれば儚げな見目をしていながら負けん気が強く、強情な性格を茶化す。
「黙っていればいい男ってのは良く言われる」
「はは、その輩は見る目がないな」
「丹楓は俺の全部が好きって事か?」
「そう受け取って貰って構わない」
好意を逆手に茶化し返したつもりで見事な返り討ちにあったが、好まれ、褒められて悪い気がする人間は居ないもので、応星も頬を薄く染め、照れ笑いをする。
「お前って変な奴だよな。最初から俺の事、あれこれ言ってこなかったし」
雄大で力強い羅浮の神工鬼斧に感服し、ここを最期の地と心に決めて学びを得るために苦心していても、『短命種』だから無理だろう。との前提で話を進められ、悔しい思いを何度もした。
生まれついて白子のためか、幼い頃から直ぐ熱を出して親を困らせ、脆弱な見目を嘲られる事も多く、そのせい。と、言おうか、お陰と言おうか、負けん気だけは強くなって今までやってこられたが、丹楓や景元のような友人が居なければ流石に折れていたかも知れず、二人には感謝しても仕切れない。
「言う必要もなかったしな」
「ここではそれが珍しいんだって……」
少々嫌な記憶を掘り起こしてしまい、苦笑しつつ少々気落ちしていると丹楓が無言で応星の髪を撫で、応星もその慰めを受け入れ目を細める。
「飲月君、お客様が……」
家人が言い辛そうに割って入り、丹楓に苛立ちの視線を向けられる。
「今日は誰も入れるなと」
「それが龍師様達で……、ど、どうしたら……」
解り易く、顔に『嫌』の文字が貼り付けられたかのように丹楓の表情が歪む。
いつも冷静な丹楓がここまであからさまにするのは、相当な面倒事なのだろうと予測はつく。ついた所で応星には何も出来はしないが。
「行ってこいよ。大事な客だろ?」
「大事ではない」
如何にも不承不承。
嘆息しながら応星に、帰るな。と、釘を刺してから丹楓は客人を接待しに行く。
丹楓の我の強さには龍師達も参っていると聞くが、形式でも敬わなければいけない存在で、そこは龍尊と雖も覆せないのだろう。
帰宅は禁じられているため、手持ち無沙汰になった応星が園林を見渡し、池の底に光る珊瑚に目を奪われる。
椅子から立ち、水に手を遊ばせれば鱗淵境の古海から連れてきたのか、潮の香りがする水の中に小さな魚も揺らいでいた。帰れなくなった故郷への繋がりを断たないためだろうか。大きな樹木は然程なく、小さな箱庭の景観を損なわない程度に植え込みには溶岩石が並べられ、光沢のある貝殻を砕いて装飾された石畳など、海のものが存在する園林。
陸と海、相反するようで地続きで、共存する存在。
なんとなしに、応星もこの庭のよう、龍である丹楓と只人の自分が少しでも長く共存できれば良いと感じ、手を振って水を払う。
美しい園林ではあるが、何度も訪れ見慣れている事もあって散策は直ぐに終わってしまう。
残りの興味と言えば、丹楓が呑んでいる酒くらいだ。
人間が呑めるものではない。との事で、止められてはいるのだが、監視役が居ない事で好奇心が首をもたげだし、一口くらい。と、自身の酒器に注ぎ、一気に呑み干す。
そして、直ぐさま後悔をした。
口の中が焼ける。
酒精が強すぎて痛いほどの熱が舌を焼きながら喉に滑り落ち、腹の中に火を放り込まれたような熱さを感じた。かひゅ。と、息を詰まらせながら、置いてあった和らぎ水を飲み干すが、それでも足りないほどで、応星は口を押さえて蹲る事しか出来ない。
丹楓はこれを悠々と呑んでいたのか。龍の口の中はどうなっているんだ。人間は呑むな。などと言うはずだ。疑問やら納得が脳内を駆け巡っても口の中の痛みは消えず。焼け付く痛みで涙が溢れ、酒精の刺激が消えないために唾液が止まらず、咳き込む度に口から垂れて汚らしさを感じるが、止められない。
もう、海水でもいいから呑み干してこの痛みを和らげたい心地になり出した頃、丹楓が走って戻ってきた。
「応星!」
「ぐぢ、いだい……」
これだけを伝えるのが精一杯ではあったが、丹楓は応星の酒器を手に取り、匂いを嗅いで直ぐに察したようで、口から垂れる唾液を気にもせずに応星の口を押さえて腔内を覗き込む。
「爛れているな。馬鹿者め」
空になった水の容器に丹楓が水を呼んで注ぎ入れ、応星の唇につける。
「飲め」
求めていた水だ。
直ぐに飲み干し、次が足され、また飲み干す。
「吐け」
「う゛ぇ?」
「いいから吐け」
主の発言に驚いた家人がばたばたと走り、桶をとりに行くがどうでもいいとばかりに、丹楓は腹に入れたものを吐き出すように要求する。
「でも……」
応星が躊躇っていると、丹楓は小さく舌を打ち、自らの手に生える尖った龍爪に噛みつくと人差し指、中指、薬指、三枚の爪を剥ぎ取り、地面に吐き捨てると爪を失った指を応星の喉奥に押し込んだ。
「こっこちらに!」
家人が木桶を持って滑り込むようにして応星の前に置き、そこへ胃液と酒、丹楓の血が混じった物を吐き出す。
嘔吐き、咳き込み、涙も涎も鼻水も出て惨憺たる有様。再び、水を飲むよう言われ、飲み干しては口に指を押し込まれて強制的に吐かされる。これを数度繰り返し、もう何も出なくなったところで口を濯いで終わったが、体に吸収されてしまった強烈な酒精は応星を酔わせて動けなくさせている。
「片付けを頼む」
「はっ……!」
「ご、ごめ、ん、な……」
「喋るな」
あまりの状況に家人への申し訳なさが勝り、応星が謝ろうとすれば窘められ、抱き上げられて運ばれる。
連れて行かれた場所は寝所。
「暫し待て」
そう言われ寝台に寝かせられた状態で置いて行かれ、頭はぐらぐらしているが、易々と眠れるような心境でもない。
丹楓は、応星が何をしても言葉が厳しいだけで本気で怒った事はない。しかし、今回は流石に怒らせただろう。もう仕事上でしか関われなくなると思えば寂しい。酒でぐだぐだになった脳みそは悲しい想像をして涙を呼び、応星が袖で汚い顔を擦っていれば、
「止めろ。拭ってやる」
程なくして着替えて戻ってきた丹楓が濡れた布を手に嘔吐物や諸々の体液で汚れた応星の顔を拭き、服を脱がす。
汚れ物を脱ぐ事は吝かではないが、衣服を解いていく爪のない指が痛々しくて目を引いてしまう。
「これを洗っておいてくれ」
「はい」
家人に応星の服を渡し、扉が閉められれば寝所は静まりかえり、居たたまれない心地となる。
「ん……」
寝台に座る丹楓の左手を引き、掌に『ごめん』と、文字を書いて謝るが、許して貰えなくても仕方ないのだから、どれだけ怒られても受け入れなければならない。
「そう落ち込まなくても怒ってはいない」
怒号が飛んでくるのは今か今か。と、待ち構えて居れば、呆れ返った声が頭上に降ってきた。
「お前の好奇心の強さを甘く見ていたな」
二言三言注意した程度では効かなかったと見える。そう呆れた声色で言い、応星の赤くなった目元を撫で、顎をすくうように持つ。
「口を開けろ」
診察かと思い、応星が素直に口を開けば丹楓が唇に食いつき、驚いて頭を引いて逃げようとしても顎と後頭部をしっかり押さえ込まれて手をばたつかせるが精々。舌で腔内を舐られ、酒精によって炎症を起こした粘膜が痺れるが、徐々に痛みが無くなり、くすぐったさと腰周りがむずむずする感覚に膝を摺り合わせる。
呼吸が出来ない苦しさから、応星が丹楓の肩を掴んで訴えても離してくれず、限界に達しかけた所でやっと解放され、ひゅう。と、喉を鳴らして呼吸をしながら酷く咳き込み、
「あ……?」
咳き込んでいるのに、腔内や喉、胃の痛みが無い事に応星は気づく。
「どうだ?」
「痛くない……、どうしたんだ?」
「龍は怪我や病を癒やす力がある。それだけだ」
世の医師、薬師が喉から手が出るほど欲しがって居るであろう能力を『だけ』とは、恐れ入るが、丹楓にこんな力がある事を初めて知った応星は持ち前の好奇心が疼き、じ。と、見詰める。
「応星、襲われたいのか?」
「う、殴るならお手柔らかに頼む……」
再度、余計な真似をしようとして不興を買ったと思い込んで縮こまる応星に丹楓は長嘆し、かけ布を頭から被せると、寝ろ。とだけ言って寝所から出て行く。
怒られはしなかったけれど、嫌われたかも。
明日、しっかり謝ろう。
自身の好奇心の強さを反省しながら、明日を思って応星は目を閉じる。
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翌日、工造司の工房にて、応星は真っ青な顔色で作業も捗らず、水を飲みながら遠くばかりを見ていた。
「どうした?」
「二日酔い……」
同僚に理由を言えば納得されはしたが、応星が翌日まで酒を引きずる事自体が珍しく、何を呑んだのか訊かれる。
「覚えてない。昨日の記憶が全部飛んでる……」
口を動かす動作すら億劫で、両手で杯を持って水を少しずつ飲んで緩和を図るが、飲んでも飲んでも渇きは癒やせず、頭痛と気怠さ、胃の不快感は中々消えない。
「昨日と同じ服だから余程、長い事呑んでたんだな」
「かも……」
楽しい酒なら嬉しいが、折角の楽しい出来事を覚えていないのも寂しいものだ。
これからは呑み過ぎないように。なんて自戒をしながら会話をしていれば、工房が俄にざわつき、丹楓の来訪を知ると同僚は直ぐに応星から離れ、作業に戻った。
「矢張りか」
具合が悪そうな応星を見て丹楓は眉間に皺を寄せ、小さな瓢簞を一つ渡してくれた。
「飲んでおけ、気分が落ち着く」
「悪い……、助かった……」
丹楓の寝所で起きた頃には既に工房に入る時間が近く、慌てて着替え、一度自分の家に寄り、髪を纏める暇も無く最低限の朝の準備を済ませて向かったため、薬などを購入する時間は無かった。
昼の休憩に入るまで、最悪の二日酔いに耐える苦行に絶望していた応星は、助け船とばかりに飛びついて薬を煽る。
薬の苦さとエグ味が腔内に広がり、応星は苦しそうな表情になる。
しかし、過ぎた酒を呑んだのは自分自身であり、わざわざ持ってきてくれた薬を飲まない言い訳にはならない。
「それと、寝所に簪を忘れていたぞ」
「ありがと、ただでさえお前の寝床占領してたのに、何から何までごめんな……」
丹楓が布に包まれた鈴蘭の意匠が装飾された簪を懐から取り出し、渡せば直ぐに応星は長い髪を手で巻き、慣れた様子で簪をつけて纏める。
「それを良くつけているが、気に入っているのか?」
「あぁ、前に貰ったんだけど、色も装飾も綺麗なのに落ち着いてて使い易いからさ」
この応星の言葉に微笑んでいた丹楓の表情が強ばる。
「貰った?」
「うん、取引先の人に」
ほう。と、丹楓が呻りながら片眉を上げ、流れるような動作で簪を奪い、折角纏めていた髪がばらけて落ちる。何故、こんな意地悪をするのか応星は解らず、困った表情で見上げても丹楓は不機嫌な様子で見下ろし、
「貴様はそいつを好いているのか?」
「資材とか融通してくれたり、良くして貰ってるから嫌いじゃ無いけど?」
「違う。簪を贈られてどうした?」
「ありがとうございます。みたいな……?」
矢継ぎ早の質問に応星は戸惑いながら答え、返せとばかりに手を伸ばすが丹楓は握った簪を指の力だけでへし折る。
「なっ、ぁ、なにしてんの、お前……⁉」
「すまぬ、うっかり握り潰した。詫びに吾が新しい簪を贈ってやろう」
「うっかりって……」
丹楓が苛立ちが混じった微笑みを浮かべ、物々しい言い回しをしながら握り潰した簪を投げ捨てると、戸惑う応星の腕を掴んで引きずるようにして工房を出て行く。
龍尊に真っ向から抗議できる者は応星以外にはおらず、後にはざわつきながら見守る人間だけが残された。
「応星って簪を贈られる意味とか……」
「知らんだろ。毎日毎日、色気も無く工房に籠もるか剣の訓練ばっかしてる奴が……」
誰かの発言に周囲の人間は納得しながら求婚を無視されたどこぞの商人を哀れみ、あの尊大な持明族の龍尊が短命種に懸想している事実に驚いていた。