・出来てる楓応
・ろっぷいやー応星
・一応R18
丹楓は今、些か混乱している。
表情には全く出ていないが、頭の中は目まぐるしく動き、どうするべきかを考えている。
「丹楓……」
弱々しい声で名前を呼ぶのは丹楓にとって唯一無二の親友で在り、最愛でもある男、応星である。それが今、実に珍妙な有様になっており、丹鼎司で働く医師や薬師達も何事かと集まってざわめいている。
「どうにかなりそうか?」
応星は頭から垂れた大きな長い耳を握って不安げに丹楓を見上げる。
何を言おうか、応星の頭には兎に似た耳が生えているのだ。仙舟には人と獣の中間のような狐族、龍の末裔とされる持明族も居るため、対象が応星でなければ『そういう種族』なのだろう。で、終わるのだが、応星は獣種ではない短命の人種だ。通常ではあり得ない変化である。
丹楓は一つ呻り、押収された薬瓶をじっくりと眺める。
『変身薬:【効能】可愛い兎の耳になれます。どんな種類になるかはお楽しみ。他:疲労軽減、倦怠回復、活力増進』
仙舟にやって来た兎型獣種の商人は不思議な薬剤を売っていると話題にはなっていた。
主に髪に塗れば艶やかになるだけでなく、不可思議な色に輝くようになる毛染め薬、爪を多種多様彩る液体などである。商品の一つに見た目すら変えられるとする変身薬なる物も在ったが、生まれた時点で遺伝子が豊穣の力で固定されてしまう仙舟人の形態を変えるには至らず、龍の末裔として矜持が高い持明族は見目ですら他種族になるは良しとせず、狐族は自前の耳や尻尾が在るため人気がなかった。
それを何故、応星が使うに至ったのか。
本人の説明に寄れば、買い出しに行った際に頭上から降ってきて被った挙げ句に口に入った。との事である。
ただ、嫌がらせなどではなく、上を向くと驚いた顔で橋の欄干から下を覗き込んでいた者があり、応星が被った事に気がつくと慌てて逃げたようだった。単純に考えれば遊ぼうと思って購入したが浮かれて陸橋から落とし、それが偶々不運な応星が被ったただけだろう。
人体に害のある薬剤でなくて安堵はしたものの、応星を見やる丹楓の視線は厳しい。
「どういう原理なんだろうなこれ……」
応星は髪と同じ、銀白色の柔らかな被毛に覆われた耳を自ら不思議そうに触っている。
「商人を尋問した所、その者の故郷に自生する特殊な薬草を煎じた物で、所詮は一次的な変化故、時間が経てば戻るそうだが……、効果時間は体質によると……」
一次的。とは言うが、幻覚剤の類いではなく、まるで龍祖の力のように簡便に他者の姿を変えてしまう薬。研究欲が湧いてしまうが、今は応星の身体が第一である。
「下手したらずっとこのままか……。参るな」
「どこか具合が悪いのか?」
「うん……、髪なら長くても纏められるが、これだと変に感覚在るから縛ったりすると気持ち悪くて、でも、縛ってないと作業中に落ちてくるし。ってな意味で具合が悪い」
ただ耳が付いただけで無く、皮膚感覚もあるようで、応星は垂れた耳を掴んで揺らしてみせる。
「触っても良いか?」
「構わんよ」
触れてみれば体温も在り、被毛は実に滑らかで手触りが良い。
耳そのものから付け根まで、丹楓が両手を用いて無心で撫でていれば、応星の表情が緩んでうっとりと瞼を落とし、手が離されると驚いたように目を開けて気恥ずかしそうに後頭部を搔いた。
「悪い。なんか急に眠くなった……」
「うむ……」
耳の手触りがあまりにも良すぎて離し難かったものの、心地好さに呆けた表情が性交の終わり際に脱力した姿と酷似していたため、公衆の面前で良からぬ真似事をしているような様相となり、人知れず丹楓は気不味くなっていた。
「術で癒やしても反応もなし、気の流れも問題なし、時間に解決して貰うしかなさそうだ」
「なら問題は、作業中に耳をどうするかだけか……」
「いっそ休んではどうだ?今は急ぎの仕事もなかろう?」
休む発想がなかったのか、応星は考え込む素振りを見せ、『いや、でも』と、ぶつぶつ呟いている。急務はないが、この生き急ぎの匠にはやりたい事が山のようにあるのだろう。
「良い、休め。其方は働き過ぎなのだから丁度良い休暇だ」
返事を待っていても埓が明かぬと判断した丹楓が応星の手を取って椅子から立たせると、龍の尾まで使って足を絡め取り、大柄な体躯を小脇に抱えて診療所から半ば拉致するように引っ張り出していく。
「お前の仕事はどうした」
「余に其方よりも重要な仕事などない」
嘘吐け。そう応星は口に出そうになったが、重病人や怪我人は率先して診ているだろう想定と、人攫いの如く人を抱えて運ぶ丹楓に抵抗しても無駄である事実。所詮、製図でも鍛造でも耳が気になって集中に欠けてしまうのだから。と、思考を切り替え、黙って拉致される事にした。
龍尊様の思し召しとあらば、横から口を出してくる者もあるまい。
▇◇ー◈ー◇▇
丹楓の自宅にて酒が用意され、応星は供されて寝所に入る。
「其方の髪事態も艶やかで美しいが、耳も柔らかで滑らかな手触りだ」
丹楓自ら応星の髪を櫛で削り、柔らかな耳の感触を愉しんでいる。
害がないのであれば、愉しんだ方が有意義であるとする応星の言による行動だが、寝所に二人切りとあって手つきには遠慮がなく大胆である。
「お前の手だと頭がふわふわして来る」
「心地好いのであれば何よりだ」
櫛を脇棚に置き、丹楓が筋張った細い指で応星の髪を梳いて口づけ、体を抱き寄せる。
「する?」
「うむ、害がないのなら、こう言った趣向も悪くはないな」
程良く酔い、気分も高まっていた応星が自ら丹楓の体に跨がり、しなやかな黒髪を指に絡めてあやすように頭を撫でる。
「そんなに手触り気に入ったんなら、一杯撫でていいぞ」
中衣をはだけ、丹楓の手を臀部に誘導すると、耳同様生えた小さく平たい尾を触らせる。
「己が触って欲しいのだろうに」
丹楓が喉奥で笑いながら擽るように尾を撫でれば、応星は息を弾ませ、体をすり寄せて腰を揺らす。愛おしい者の媚態に丹楓が興奮しないはずもなく、尾から背筋に指を這わせれば反らされた首元に食らいつき、寝台へと押し倒す。
押し倒した体を暴いていく行為は慣れたもので、しつこい愛撫に焦らされた体を応星が持て余して丹楓を求め、奥深く繋がればそれだけで甘やかな声が上げ、達してしまう。だが、応星は更に求めるように丹楓の腰に足を絡めて求めた。
「随分と積極的だな」
「う……ん……」
元々、体力がある丹楓について来られずに応星が先に達して潰れてしまう事は間々あるが、今宵は達してもぐったりと力を無くしてしまうどころか、『もっと』と、喘ぎながら腰を揺らしてきた。
変身薬の効能が丹楓の脳裏に浮かび、兎は早漏ながら旺盛で何度も交尾をする生物である事を思い出す。それが変身薬の主な効能だとすれば、愛らしい姿に変化しての目的は、さもありなん。
「あ、はっ……、ぁん、んっ」
ひくん。と、腰を痙攣させ、再び応星は精を吐かずに達したが、蕩けきった眼差しは情欲に溺れて丹楓に絡めた手足も離そうとはしない。甘えた声色で丹楓の名を何度も呼び、縋ってくる。
際限なく求められる喜び、愛おしさ、愛らしさに丹楓の口元は緩みきっており、応えるように応星を呼び、熱を持った体を激しく揺さぶりながら抱き竦めた。
朝になれば発散した分、効能が薄れたものか、応星は自らの行動が信じられないようで羞恥に悶え、丹楓はちら。とではあるが、薬を買い占めてしまおうか考えた。
ただ、残念ながら件の商人は滞在期間が終了し、次の惑星に旅立ってしまい、手に入れる機会はなくなってしまったのだった。