・花火が刃ちゃんに化けて丹恒で遊ぶ話
・花火に恋愛感情はないです
・ひたすら、茶化される丹恒
・恒→刃な雰囲気
・花火が揶揄って丹恒がひたすらぶち切れてる
・タイトル通りです
依頼を熟し、列車に戻ってきた丹恒は入り口で固まり、背後を歩いていたなのかがぶつかって驚きの声を上げた。
「どうしたの?」
なのかが丹恒の背後から顔を覗かせ、硬直させた原因を見てなんとも言えない声を上げた。
「あ、おかえりー」
低い声が軽やかに帰還を歓迎する。
それはここには居るはずもなく、小首を傾げ、鴉羽色の髪を揺らめかせながら丹恒に微笑みかけるなどあり得ない人物であった。
「なんで星核ハンターがここに居るのぉ⁉」
なのかの混乱も当然で、スターピースカンパニーに指名手配された男、刃が穹の膝の上に乗り、その腕に頭を抱き込んで胸を押しつけながら撫でていたのだから二重の驚きである。
「何をしている……」
丹恒は努めて冷静になろうと声は平静を保っているが、目は見開いたまま刃を凝視し、首筋に嫌な汗を流して体の芯は冷え切っていた。
「なぁーにぃー、その顔ー!きゃっは、あはは!」
刃の口から少女のような甲高い声が出ると同時に姿が掻き消え、赤い琉金のように派手で短く改造した着物纏い、頭には狐の面を付けた少女が姿を現し、列車のソファーから拒絶され、床に転げても嗤っていた。
「あー、穹を揶揄いに来たのに、もっと面白い物が見れちゃったぁ!きゃっはは!」
「花火、丹恒は真面目だから止めて上げて」
顔を塞がれて呼吸が苦しかったのだろう、穹が赤い顔をしながら速い呼吸をして半眼で見やる。
花火と呼ばれた少女は呼吸困難を起こしそうなほど嗤い続け、大きく溜息を吐くと
「あー、嗤った嗤った。満足ぅ」
少女は軽やかな動作で跳ねるように立ち上がり、手を大きく広げて大きく体を伸ばすと『じゃーね』そう言って丹恒となのかを避けて列車から出て行った。
「穹、なんだあの女は。説明しろ」
ソファーに座る穹の正面に立ち腕を組みながら丹恒は威圧する。
その隣では、なのかも腰に手を当てて不躾な少女の詳細を知りたがっているようだった。
穹はピノコニーで知り合った花火を、意味深な言動を繰り返し、演劇を好む破天荒な少女としか知らない。加えて仮面の愚者、サンポの知り合い。そんな情報を付け加えると、丹恒の目は釣り上がっていく。
「幻覚を使ったり、人に化けるのが得意っていうから、ちょっと遊んでたら何か花火が急に面白がりだしてさ」
自身で脚本を考え、本人も演技が得意とする花火の擬態は素晴らしい物で、余程、近しい間柄でない限り見抜けないほどの制度を誇っていた。
姿、声、立ち振る舞い。なんなら戦い方とて写し取って見せると花火は豪語し、有りと有らゆる姿に変化して見せ、穹は子供のようにはしゃいで持て囃していた。とは、呆れた姫子が横から教えてくれた。
「それで、何故、刃の姿をしていたんだ?」
「誰でもいいって言うから、ハンターの人達は?って言ったら、手配書やカンパニーが公開してる動画で見た事あるからってやってくれたんだけど、刃ちゃんの時になんか抱きつかれてさ」
刃の姿を取った際、余程、穹の反応が良かったのだろう。
花火は『穹を揶揄いに来た』とするからには、彼の面白い反応を引き出す事が最大の目的であり、強い反応を見せた隙を見逃すはずもない。
「度々お前の懐の深さには感心するが……、愉悦を至高として、そのためなら犯罪行為も辞さない仮面の愚者と付き合って良い事などないぞ」
穹を認めはしつつも深い付き合いは推奨しない。と、丹恒は苦言を呈する。
言動だけであれば、比較的大人しいサンポに振り回された事を考えても、より過激な思想を持つ花火は何をしでかすか判らない懸念、更に幻覚を操り、他人の姿を写し取れる能力は彼女の演技力が卓抜したものであればあるほど恐ろしい。
「万が一、彼女がお前の姿を取って罪を被せるような真似をしない言えるか?お前を知れば知るほど擬態は精度が上がっていくんだぞ」
「それは……」
花火とはまた違う、知識があっても行動が妙に幼稚で予測が付かない言動の穹を完全に写し取れる人間は早々居ないと断言は出来るが、同じ姿をしているだけでも罪を被せる事は可能であり、そこへ、他者が見抜けないほどの演技が加われば疑いは到底、覆せなくなる。
丹恒の言葉通り、仮面の愚者は己の求める愉悦のためであれば、それこそ『何でもする』と、考えても良い。愉悦を得る為ならば下地を作るための苦労も辞さない。それほどまでに愚者にとって愉悦は重要なもの。生きる意味とまでも表現出来る。
「パムも気をつけてくれ。あれは確実に厄介な奴だ」
「解った!」
花火を警戒するようパムにも丹恒は説明し、肩を落としている穹の肩を叩いて資料室へ戻っていった。
▇◇ー◈ー◇▇
花火の騒動から暫くして、丹恒が外に出かけ、戻るとパムが飛び上がって驚く。
「お、お前!あいつか⁉」
「パム、どうしたんだ?」
持っていたモップを丹恒へと掲げ、威嚇する。
「もしや、先に俺が帰ってきたのか?」
「あ、あぁ……」
パムが動揺してモップを揺らし、丹恒は直ぐ様、資料室へと向かう。
そこには刃の姿をした別の人間が本を読んでおり、丹恒を見るとにったりと表情を歪めた。
「花火。だったな。直ぐに出て行け。穹は居ない」
「つれないなぁ。花火は貴方に会いに来たんだよ。花火はね、人の感情を読み取るのが得意なの。この人を見た時の君、吃驚してぇ、そんで怒ってたでしょ?うぅん、嫉妬かな?図星?」
花火は刃の声と姿でにたにたと嗤い、丹恒へと迫ってくる。
酷く不快だった。姿を真似た別人とは、こうも神経を逆撫でするものなのか。
「あっは!それそれぇ、貴方って面白ーい!」
両手を口元に当て、くすくすと刃の姿をした花火は嗤う。
丹恒の歯噛みし、身を震わせながら拳を握り締め、皮膚に爪を食い込ませるほどの怒りを面白がっている。
「何が目的だ」
槍を顕現させ、花火に突き付けると丹恒は低い声で威嚇する。
それでも花火は笑みを崩さないどころか、更に口角を上げて楽しそうな様子だ。
「やだぁ、こわーい。君って好きな子にそんな物突き付けるのぉ?」
「その巫山戯た口調も止めろ!」
刃の顔で、体でくねくねと動き、他者を嘲る姿は実に異様で丹恒は伸ばされた手を叩き落とす。
「痛いなぁ……、じゃあ、ちゃんとして上げようか?」
こほん。と、花火はわざとらしい咳払いをすると
「丹恒」
低く、落ち着いた声と陰鬱な眼差しを丹恒へ向け、静かに名を呼ぶ。
丹恒は全身に悪寒にも似た震えが駆け巡り、意識せず槍を持った手を心臓を狙って突き出していた。
繰り出された槍を花火は仰け反るような動作で避け、そのまま体を回転させながら鋭い蹴りを放つも丹恒は槍の柄で受け止めた。
「あっは、やるぅ」
花火は止められた攻撃を利用して足を掴まれないよう瞬時に身を引き、軽やかな動作で一段上がった場所にある手摺りに腰掛ける。
「面白いなぁ、君。遠くから見てると殆ど無表情なのに、案外、感情豊かなんだね?」
花火と穹が知り合ってから相応の時間を列車組は観察されていたのか、普段冷静な人間の激情が楽しくて仕方ないようだった。
「あの眼鏡のおじさんはぜーんぜん、反応してくれなくてつまんなかったけど、君はいいよー、本当にいい」
おじさん。とはヴェルトの事だろう。
ヴェルトは多くは語らないが、様々な経験の果てにここに辿り着いた人間だ。多少の事では動揺はしないだろう。愚者の行動に動揺し、煽られて激高してしまう己の未熟さ故に目を付けられてしまった不甲斐なさに丹恒は唇を噛む。
「あ、タイムリミットかなー。かーえろ!」
ぱたぱたと廊下を走る音がして、『侵入者はこっちじゃ!』と、叫ぶ声がする。
手摺りを踏み台に花火が丹恒の槍を掻い潜りながら飛びかかり、頬に口づけてから変化を解くと、
「兎ちゃんとお姉さんもばいばーい」
「ちょっと、あんた!」
パムに手を引かれて走ってきた姫子の脇を抜け、けらけら嗤いながら花火は逃げ、丹恒は袖で頬を拭い、身の内から湧き出す憤怒と屈辱感に引き攣る顔を掌で覆って隠す。
「丹恒、落ち着いて、深呼吸よ」
「はい……」
言われた通りに深く呼吸し、精神の統一を図るも口づけられた頬が不快で堪らず何度も擦って赤くなってしまう。
「風呂入ってきます……」
「そうしなさい。愚者に気に入られるなんて、あんたも災難ね……」
姫子が頬に手を当て、眉を下げながら嘆息する。
アッハを信仰する仮面の愚者は盛大な催しを企画し、興行を行う際は大勢にも興奮と愉悦を与える存在として素晴らしく映るが、個人に狙いを定めた場合は、人を只管玩具にして遊び倒してしまうため、ただただ迷惑でしかない。
ベロブルグで出会ったサンポも愚者の仲間であるが、花火と比べると姑息さ、狡猾さはあるものの、商人としての道理は守る彼の方が余程、常識人に見えてしまう。
丹恒は水で頭を冷やしながら、今の記憶を忘れてしまおうとするが、名を呼ぶ声が耳から離れない。
呻りながら水流を最大にして精神を統一しようと試みるが、焼き付いた記憶は早々薄くもならず、丹恒は風呂から出ると眠りもせずにアーカイブの整理に没頭していた。
▇◇ー◈ー◇▇
どれほど時間が経ったか、資料室を出た丹恒がラウンジへ赴き、パムから食事もせずに籠もっていた事を叱られていれば窓辺で外を眺めていた姫子が視界に入り、一言断りを入れてから歩を進め、槍を顕現させて穂先を突き付ける。
「さっさと出て行け、仮面の愚者」
「やだ、あんた……、なーんで解っちゃうのぉ……?」
姫子の姿をした花火が姿を現し、唇を尖らせる。
槍を突き付けられても悠然としている様は丹恒の神経をささくれさせていくものの、表情だけは平静を保っていた。が、花火は瞬時に姿を刃へと変化させ、顔を隠す髪を掻き上げながらくすくすと嗤う。
「この人に弱いんだよね。君」
「いい加減にしろっ……!」
刺々しい声色と共に舌を打ち、不快感を隠せず突き付けた槍を極限まで少ない動作で突き出すも穂先は花火を貫かず、体の後ろに隠れていた花瓶を打ち砕いた。
「危ないなぁ」
他者を真似る観察眼といい、常人よりも視力が発達しているのか攻撃への動体視力が尋常ではなく、際どい隙間を縫うように避けて煽ってくる。
「攻撃し辛い?し辛いよねぇ~。ちょっとくっついてるだけで嫉妬しちゃうんだもん。大好きなんだよねぇ」
傷つける事が出来るか。とするなら、答えは可である。
丹恒は、何度も刃を殺した。その度に今度こそ。と、安堵しては黄泉還ってくるあの男に恐怖した。死は刃が最も求めるもの。では何故、攻撃を当てられないのか。
彼女自身の能力の高さもあるが、『刃ではない』からだ。花火は人を苛つかせはするものの、直接的に暴力を振るう行為など、正当防衛の条件を満たす犯罪行為は行っていない。故意に挑発し、そうするよう仕向けているのだから致し方ない部分もあるが、際どい部分で耐えながらも槍を向けた丹恒がやり過ぎであると判じられる可能性もある。
無辜の民を害し、星穹列車の名前を穢す。丹恒にとって最も避けたいものであるが、同時に刃の姿を模倣して煽り立てる花火に虫唾が走って仕方が無いのも事実。多少痛めつける程度ならば赦されるのではないか。奥歯を噛み締めながら丹恒は花火を睨み据える。
「あんた、ちょっとやり過ぎよ?」
「あららぁ~、花火、丹恒ちゃんに夢中でお姉さんに気付かなかった」
ぐ。と、姫子に左手首を掴まれた花火は刃の姿を解き、降参を示すように右手を挙げた。
「丹恒、珈琲淹れて上げる。あんたも飲んで行きなさい」
「えー、いいの?やったぁ」
困った子供を見るような眼差しを姫子は花火に向け、来客用の椅子に座らせると彼女は機嫌良く足をぶらつかせながら姫子の淹れる珈琲を待った。
丹恒は何言わずに槍を仕舞ってソファーに座ると腕を組み、花火に背を向ける。
姫子の淹れた珈琲が目の前に置かれ、丹恒が口に含む。いつもながら、気が遠くなるような感覚に襲われるが、それも修行として丹恒は日々、姫子に付き合っているお陰か倒れるような事は無い。が、耐性の無い花火は一口飲んだだけで目を回し、意識を飛ばしてしまった。
「あら、飲みながら寝ちゃうなんて、子供ねぇ……」
眠ったのではなく実際は気絶なのだが、姫子は意識のない花火を抱えると空いた客室へと連れて行く。
翌日から花火の襲撃はなくなり、安寧の日々が戻ってきた。
そう考え、ラウンジへ出れば穹の隣に立つ刃の姿があり、丹恒は思わず眉間に皺を寄せた。
「たん……、丹恒……」
「止めろ、貴様に名前を呼ばれると虫唾が走る」
丹恒と視線が絡んだ後、間を置いて刃の口が名前を呼ぶが、苛立ちしか感じず率直な言葉をぶつけた。すると、今まで通りであれば、けらけらけら嗤うか、人を煽ってくるはずの口は閉じ、目を伏せると、
「では……、もう行く」
そう言って、列車から出て行ってしまった。
『姫子さんの珈琲を飲んで人格でも変わったのか?』などと荒唐無稽な事を考えて訝しんでいれば、穹は慌てた様子で丹恒の手を引き、列車の外へと連れ出すが既に刃の姿はない。
「丹恒、あれ、本物の刃ちゃんだよ……?俺、昔の事は分かんないけど、ちゃんと丹恒の事も見て上げてよ。って言ったんだ……」
丹恒は息を呑み、穹と共に刃の姿を求めた。
五騎士の数百年を超えた集合から幾許かの心境の変化があった刃が、丹楓ではなく、丹恒を見て初めて踏み出した一歩を無下に叩き潰したのだ。
見抜けなかった己への失望もさることながら、丹恒の動揺は花火に煽られた際の比ではなく町中を走り回り、指名手配犯だと言う事も頭から飛んでしまい、人に尋ねてまで刃を探した。
それでも刃は見つからず、
「頼む、お前、刃と連絡取れるだろう。誤解なんだ。またあの女が化けていると思ったんだ」
と、穹の肩を震える手で掴んで頭を下げ、懇願までした。
だが、メッセージを送っても刃が見る事は無く、銀狼やカフカが返信する有様。
一応伝える約束はしてくれたがどのような伝え方をするかは彼女たち次第になり、不安しか残らなかった。
▇◇ー◈ー◇▇
穹の尽力が功を奏し、刃が列車に来訪するも彼は丹恒を一瞥すらしようとしなかった。
丹恒の言葉は、相応に刃に傷つけたのか言葉すら発しない。恐らく、この成果を花火が見ていたら、腹を抱えて笑い転げるだろう。
「刃、こっちを見てくれないか……」
穹と交わしていた依頼を済ませた頃合いを図り、おずおずと丹恒が申し出ても刃は視線を背けたまま。
気不味い空気が流れ、ラウンジからは一人、また一人と人の姿は消えていく。
「俺は、お前に名を呼んで欲しい。過去の残像ではなく……、俺自身を見て欲しいと思っている。あの言葉はお前に向けたものじゃない事だけは理解してくれないか」
焦れた丹恒が刃の腕を掴み、真っ直ぐに見詰めながら意を決したように言葉を紡ぐ。
カフカや銀狼から詳細は聞いているはずだが、刃からの反応はない。
「どうでもいい。所詮、俺は過去の亡霊だ」
やっと応えたかと思えば、刃の捨て鉢な科白に拒絶を感じた丹恒は、根深い感情に天を仰ぎたくなったが堪え、首を振る。
「もう、俺は逃げない。だから俺を見てくれ」
必死に紡いだ言葉がどこまで意図通りに伝わるのか、それは刃本人にしか解らない。
こんなもの、花火にしてみれば実に滑稽な茶番劇なのだろうが、丹恒はようやっと過去と向き合い、刃へ歩み寄れたのだ。元の殺し、殺される関係に戻りたくはなかった。
罪があるなら背負い、雪ぎ、きちんと未来を見据えたかった。
それが輝かしい未来ではなくとも。
「俺は……、俺にとってはお前は過去の亡霊などではない。共に生きて欲しい存在だ」
死に嫌われた身と言えど体温もある、血も流す、今を生きる人間だと訴えたかったのだが、背けられた顔を見ていれば次第に刃の耳が赤くなりだしていた。
頑なに刃は右を向いて顔を髪で隠したままだったが、覗き込んでみれば頬もほんのりと赤く、丹恒は自身の言葉を反芻して、受け取り方によっては生涯を共にする求婚とも成り得る事に気がつき、顔に血が登り出す。
情はあった。
間違いなく。
これが丹楓の記憶に引き摺られて出てきたものなのか悩んだ時期もあったが、その情は過去の恐怖も後悔も全て呑み込んで尚、存在した。既に無視は出来ず、認めざるを得ない物になっていたのだ。
ただ、これはもう少し、お互い歩み寄ってから告げるつもりだった本音である。それが誤解を解きたい余りにぽろぽろ零れだした事実に丹恒は羞恥を感じ、何も言えなくなってしまった。
誰も居なくなったラウンジで、男二人が頭から湯気を出しそうな程に恥じている光景は面白く、観測者である花火の愉悦を大いに満足させた。
ただ、珈琲の一件により、彼女は二度と列車に近づきたくないようだったが。