・短め
・ご飯食べてるだけの楓応
・楓→応な感じ
・応星が若め
「丹楓は酒だけで生きてるのか?便利だな」
月見酒の際、応星の口から酔いも手伝ってぽろ。と、出てきた科白。
羨ましがられた丹楓は、流し目の様相で隣に座る応星を見遣り、
「そんな訳あるか」
そう呆れた調子で杯を傾けた。
「食べてる様子を見た事がないもんでな」
事実、丹楓は酒を呑むばかりで応星が持ち込んだつまみも食べず、きちんとした食事をしている姿を見た記憶が無い。見ていない場所で食事を取っているのだろうと察しは付くが、どのように食べているのかまでは想像が出来ずにいた。
「家人が用意した物を食べている」
「ふぅん……、じゃあ、外で食べた事無いのか?」
「玉殿に招かれての会席くらいだな」
断言され、小腹を空かせて買い食いが主になっている応星は何となしに身分の違いを実感する。丹楓は、基本的に役目を熟す以外の行動は人任せだ。服を着る事も、髪を整える事も。本来なら、こうして肩を並べて酒を呑むなどあり得ないのだろう。
ただ、それはそれとして、応星は気にせず相槌を打ち、悪巧みを考える。
▇◇ー◈ー◇▇
「飯食いに行こう」
雲騎軍の将として訓練に赴いた帰り、応星は丹楓を捕まえて金人港へと連れて行く。
「こんなとこ来た事ないだろ?」
「そうだな」
裕福な天人の御用達になっているような料理店ですら経験が無いとするならば、こんな俗人が通う場所になど縁が無いのも当然。丹楓の手を引く応星の姿は非常に目立ち、すれ違う人々は思わぬ物を見たとばかりに振り返り、二度見し、或いは驚きに硬直している。
「一応、個室はとっといた」
そう言って、貧相でも豪華でもない、市井の民が愛する居酒屋に丹楓を伴って入れば予約客の来訪に笑顔を浮かべて振り返った従業員の『いらっしゃいませ』は後半声がひっくり返っていた。
「二人で予約してた応星ですけど、部屋は?」
「は、はひっ、こちら……」
従業員の女性はおろおろと応星と丹楓を何度も見ては口を物言いたげに動かしているが、どう言えば良いのか分からないのか言葉は喉元で止まっている。
四人ほどの人間が収まる程度の狭い個室に案内され、丹楓と応星が向かい合って座れば女性は困り果てている様子で眉を下げ、半ば泣きそうになっている。
「あ、あの、あの……、龍尊様のお口に合うような物が当店で出せますかどうか……、その……」
「いつものでいいよ?」
「でも……」
ぶる。と、女性の体が震える。
万が一、粗相があれば己の首が飛ぶとでも考えているのだろう。
「何かあったら連れ出した俺の責任だから」
「は、はぁ……」
困惑の不承不承。
女性はまるで一ヶ月分の疲れに一気に襲われたような様相でふらふらと部屋を出て行った。
「大分、迷惑をかけているようだが?」
「下手に言うと変な気の使い方して、いつもの料理が出て来ないと思ったんでな」
悪戯が成功した悪童のような表情で応星は笑い、暫くして饗された酒を味わい、突き出しをつまみにするが丹楓は腕を組んだまま一向に手を付けようとしない。
「失礼します!」
先程の女性がまるで戦場に赴く戦士の様相にて入室し、出来立ての麻婆豆腐、鶏の串焼き各種、甘酢餡かけの肉団子、かき玉の白湯など統一性のない料理が並んでいく。
「丹楓の好みが判らなかったから適当に頼んでおいた」
「ふむ……」
丹楓は少しばかり呻っただけで、矢張り手を付けようとはしない。
「嫌いなのばっかりだったか?」
「いや……」
我が強く、基本的に言いたい放題の丹楓が口籠もるなど珍しく、余程の不満かと思えど視線は料理や酒を見ている。
「猫舌か?」
「なんだそれは」
小難しい事は矢鱈知っている割に俗な事は知らない丹楓が面白くなり、応星が無駄知識を語ってやれば納得しながら、
「余は熱い料理を口にした事がない。故に、猫舌かどうかは判らぬ」
などと、衝撃の事実を語った。
詳しく訊けば、食事には常に毒味役二人程伴い、それらが確認した後で食べるため、丹楓が口にする頃には冷えた料理ばかり。応星と共に月見酒をする際も、事前に確認された物を呑んでいるのだとか。
「つまり、毒味役が食べた後じゃないと、お前は食べられない訳だ」
「そうだ」
ならば。と、応星は木匙を手に取り、先ずは麻婆豆腐を一掬いして口に運び、飲み込むと再び掬って丹楓の口元に差し出す。
「俺が食った。だから大丈夫だろ?」
丹楓が差し出された匙と応星の顔を交互に見る。
世には時間差で害をなす薬物も存在するため、毒味役が確認して暫し待つ必要性がある。故に料理が冷えてしまうのだが、応星はそんな事は知らず、無邪気に丹楓へ料理を差し出している。
応星が己を害するような画策をするはずもない。と、丹楓は口元を緩ませると差し出された料理を食んで飲み込んだ。
「うん、暖かい料理も美味いものだな」
「だろ?」
応星はいそいそと次の料理を小皿によそい、丹楓に差し出す。
貴人と雖も、何も人の手を借りなければ食事も出来ない幼児ではない。にも拘わらず、丹楓に食べさせようとする余り、せっせと世話焼きに徹する応星が面白く、されるがままになっていた。
最後の皿になると流石に料理も冷えたが、自身も最後まで美味い美味いと食べ、そして丹楓に食べさせるながら、しっかりと酒も楽しんだ応星は実に上機嫌。支払いの際に迷惑をかけたと多めに払い、夜風に当たりながら、どこそこは何が美味い、あちらはこれが美味い。そうやってお気に入りを語りながら灯籠の明かりがぽつぽつと灯る薄暗い夜道を二人で歩き、路地に入れば丹楓の姿も闇に紛れ、目を向ける人間も殆ど居ない。
「こんな夜も良いものだな」
「だろう?いつもあんな厳めしい宮殿に籠もってたら息が詰まる」
ふん。と、得意げに鼻を鳴らす応星に、いつも工房に籠もってばかりの人間が何を。そう皮肉で返そうとしたが、笑いかける顔を見ればそんな気も失せ、寧ろ愛おしさが湧き出す。
衝動のままに応星の腰を抱き寄せ、きつく抱き締めれば汗の匂いがするものの決して不快ではなく、どこか甘い芳香もして丹楓に安らぎを与えた。
「丹楓?酔ったのか?」
「いいや、生まれてきて良かったと思っただけだ」
「大袈裟な……」
応星は突然抱き竦められ、照れから顔を火照らせながらも呆れた調子で物を言う。
「大袈裟ではない。其方と共に過ごすようになってから、余は時間が惜しいと感じるようになった。生きていると実感出来るようになった」
そして、個を愛おしいと感じる情も知る事が出来た。
応星は、自身が丹楓にとってどれほど衝撃的な存在で、どれほどまでに愛おしく思われているか理解をしていない。この鈍さも愛らしくは感じるが、如何に気長な長命種と雖も待ち遠しいものもある。
出会ったばかりの頃は背も小さく、あまりにも幼かったが、時を経て応星の身長は丹楓と変わらぬほどに伸び、幼子の今にも壊れてしまいそうな体躯ではなくなった。長命種から見れば未だ幼児のような年齢ではあるものの、短命種の時間感覚では既に大人と言えるだけの時間は経った。
「応星、これからも余と共に生きてくれるか?」
「そんなの当たり前だろ。何言ってんだ」
何やら重々しい表現に面食らったが厭う理由もなく、また、応星にとっても喜ばしい言葉であったため揚々と頷き、それに丹楓は満足気に頷いて笑みを深めた。
「お勧めの店はまだ一杯在るから、また食べに行こうな」
応星は丹楓が笑みを深めた本当の理由を察せないまま次の約束をする。
「うむ、そうしよう」
暖かな柔肌を堪能した丹楓は、来た時とは逆に応星の手を握り締め、照れから急に口数が減った愛し子を連れて工造司への帰路を歩いて行く。
いつ頃、行動を起こそうか考えながら。