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スターレイル用

奥底に隠れたもの


・少し流血表現
・虫の幻覚に振り回される丹恒
・積極的刃ちゃん



 宇宙の蝗害。
 真蟄虫は実に厄介だ。
 どこにでも潜り込み、繁殖力も高い。

 とある惑星で、真蟄虫の卵を宇宙から持ち込んでしまい、一部地域が汚染されてしまったと救援信号が列車に入った。見過ごせなかった彼等は真蟄虫を蹴散らし、卵を潰しながら住処となった家屋の中へと潜入する。
「ここで終わりか……?」
「だといいが……」
 顎を伝った汗を拭いながら穹が大きく息を吐く。
 隣に立つ丹恒も、手汗を服で拭って撃雲を持ち直し、しかと目前を見据える。
 なのかと姫子、丹恒と穹、ヴェルトは列車の護衛と分かれ、手分けして殲滅しているが潰しても潰しても終わりが見えず、流石に疲労の色が見えてきた。この国の兵も巻狩りの要領で手分けして卵や虫の処理をしているが、全体の何割処理が済んでいるのかすら判然とせず、先が見えない事も疲労の原因だ。
「ここも広いな……」
「二手に分かれるか?」
「うん、幻覚に捕まった時が厄介だもんな」
 丹恒の提案に、穹がバットで肩を叩きながら同意する。
 真蟄虫の見せる幻覚は厄介。その一言に尽きるのだ。純美の騎士であるアルジェンティと共に、虫の襲撃に巻き込まれた際、信念が強く、意志も硬い彼ですら幻覚には抗えなかった。
 その時も、個々で行動していたお陰でなのか、並びにアルジェンティの救出が出来た事を鑑みれば、丹恒の提案は妥当である。互いに居場所が分かるよう、携帯端末に位置情報を表示し、常に通話状態にして頷き合ってから元は壮麗な近代建築の屋敷だったのだろう荒れ果てた屋内を丹恒は歩いて行く。

 足下は真蟄虫が暴れたために原形を留めていない家財が幾つも転がっており、壁にも穴が空いている。最早人が住める様相ではなく、いっそ、この屋敷ごと焼き払ってしまった方が余程早いのではないかとも思えたが、依頼は虫を始末しつつも出来得る限り現状を保持する事。全く難儀である。
 邪魔な木材や瓦礫を足で蹴り飛ばし、大きい物は乗り越える。時折、襲ってくる小型の真蟄虫を始末しながら真っ暗な地下倉庫に辿り着くと扉の奥からごそごそと音がして、丹恒の緊張はにわかに高まる。
 地下、暗がりや隙間を好む虫が如何にも居着きそうな場所である。

 丹恒は扉を開くと同時に明かりを倉庫に投げ込み、撃雲を構えて襲撃に備えるも、そこには真蟄虫ではなく、見知った顔が倒れていたため違和感に戸惑う。
「あぁ、貴様か……」
 その男は気怠げに体を起こすと頭を振って長い黒檀の髪を揺らし、胡乱げな紅い双眸で丹恒を見詰めた。
「何故、お前がこんな所に……」
「任務の最中に巻き込まれただけだ。はっ、こんな場所で貴様と邂逅するとは、奇縁という奴か」
 男、刃は壁にもたれると薄笑いを浮かべながらも咳き込み、唇から赤い血を流して手に巻いた包帯で拭う。
 よくよく見れば床にも血が流れており、虫との戦いで傷を負い、倉庫に閉じこもって体の修復を待っていたと推測出来た。
「ここに居た虫はお前が倒したのか?」
「あぁ……」
 刃の実力であれば、虫如き。と、思わなくもないのだが、違和感は丹恒の脳に幾度も警鐘を鳴らす。こんな警戒真っ只中で星核ハンターが行動するのか。逆に、騒動が起きて警戒がこちらに集中しているからこそ彼等の仕事がし易いとも考えられる。しかし、渦中に居る必要はあるのか。或いは、死から最も遠い刃が囮と成ってここへ虫を集中させた可能性とてあった。
 ありとあらゆる想定を頭の中が巡る。
「助けは、必要か……?」
「要らん。さっさと出て行け。邪魔だ」
 丹恒の知る彼なら、言いそうな科白だった。
 だが、視線は真っ直ぐに見詰め、丹恒を捉えて放さない。

 丹恒は刃の傍らに膝をつき、腰に着けた小さな鞄を覗いて包帯や傷薬を確認する。
「なんだ、手当でもしてくれるのか?」
 ふ。と、左の頬を歪めて刃は嘲弄する。
 不死の肉体の手当など、馬鹿馬鹿しいと感じるのだろう。
「包帯を変えるくらいはした方がいいだろう」
 丹恒が血で汚れた刃の服を手にかけると喉を鳴らして笑っていた。
 無意味とは知っている。倏忽の神使となった彼はどんな傷を負っても肉体は修復され、病原菌に冒されようと発症はせず、薬毒とて何を体内に取り入れても効果は出ない。

 丹恒が胸元の釦を外していくと、血が染み込んで真っ赤に染まった包帯が現れる。
 面積的に手持ちの数個だけではとても足りそうになく、丹恒が呻ると刃が自ら服を脱いで包帯を剥ぎ取り、体液を含んだ包帯が床に捨てられると、べちゃ。と、粘着質な水音を立てた。
「もう傷は塞がっている。触って確かめてみるか?」
 刃が丹恒の手を取り、胸元へ寄せればべたつく血の感触と共に、肉の柔らかさに瞠目してしまう。
「はは、どうした丹恒?顔が紅いぞ?」
 笑いを含んだ声色で嘲りながら刃が丹恒を押し倒し、腹の上に跨がった。
「血の臭気にでも興奮したか?坊や」
 丹恒の股間部分へ尻を押しつけてくすくすと刃は嗤う。
 飲月ではなく今世の名前を呼んで覆い被さってくる刃へ、心臓がどくどくと激しく脈打ち、うっそりとした笑みを浮かべる顔から目が離せない。
「丹恒……、触りたいのなら触っていいぞ」
 刃に頬を撫でられ、長い髪が流れて影を落とす。
 聞いた事の無いような穏やかな声色で名を呼ばれ、血で紅く汚れた唇に丹恒が手を伸ばそうとすれば目の前をバットが振り抜かれ、
「丹恒、大丈夫か⁉」
 穹の焦った声が鼓膜を打った。
 丹恒が唖然としながらも慌てて体を起こせば、床に転がっているのは刃ではなく、バットに殴り飛ばされて痙攣する真蟄虫。
 ゆら。と、丹恒が立ち上がり、瀕死の虫を撃雲で貫く。
「だ、大丈夫?倒れてたみたいに見えたけど……、咬まれた?」
「問題ない……」
「そう?ならいいけど……」
「虫はまだ居るのか?」
 多分。と、穹が肯定すると、丹恒は腹の底から息を吐き、奥歯を噛み締めて怒りと羞恥に体を震わせる。
 真蟄虫の齎す幻覚は、幻覚を見る本人の主観的な経験、長期に渡る想いを元にして『個人の欲求』を映し出す。とは、アルジェンティと共に列車を襲った虫を払った際に丹恒自身が推測した。

 本人が知覚すらしていない、根本的な欲求を真蟄虫はまざまざと見せつけてくるのだ。

「穹、こいつ等を根切りにするぞ……」
 地を這うような低い声を出し、丹恒は撃雲を強く握った。
 丹恒は言葉こそ何も発しなかったが、目につく真蟄虫を悉くなで切りにし、刺し貫いた。
 穹は追いかける事もやっとで、丹恒は独走して獅子奮迅の働きで虫を屠っていく。
「穹、丹恒!無事か⁉」
「え?おじちゃん?何で!」
 不意に、列車に居るはずのヴェルトが目の前に現れて穹は驚きを言葉にし、
「目障りな!」
 丹恒の眼には刃が現れて彼の名を呼ぶも応えず、全身に荒れ狂う龍の気を巡らせ龍身と変化させながら哮る声が空気を震わせる。

 水龍が真蟄虫を呑み込み、跡形もなく捻り潰した後も丹恒の激高は収まらず、ぐるぐると唸る声が止まらない。
「丹恒、丹恒っ!落ち着いて⁉」
 ようやっと追いついた穹が肩で息をしながら丹恒の腕を掴むが、青白い眼が釣り上がり牙を剥く。
「俺!本物!幻覚じゃないよ!」
 神経が昂ぶり、攻撃的になっている丹恒は声をかける穹を訝しみ、眼を細めながら頬を掴むときつく抓る。
「いたぁい⁉」
「え、何で穹苛めてんの⁉落ち着いてよぉ!」
 穹達に遅れて屋敷に辿り着いたなのかが丹恒に飛びつき、押さえようとするも吼える声に怯えて両手を挙げて逃げてしまう。
 そこへ、姫子のドローンが思い切り丹恒の頭へ直撃し、弾き飛ばすと高いヒールが床を叩く。
「丹恒、何やってるの⁉」
 頭を打って意識が揺らいだせいか、丹恒が元の少年の姿に戻り、痛みに喘いで頭を押さえる。
「もう、虫居ないみたいだから安心して。どんな幻覚見せられたか知らないけど……」
 抓られて朱くなった頬を押さえながら穹は丹恒の背を叩いて慰め、やり過ぎた自覚が湧いた彼は小さく『すまない……』と、謝罪する。

「あんたが取り乱すなんてねぇ……」
 攻撃した頭の傷を診ながら姫子が嘆息し、長命種、或いは龍の頑丈さに感嘆しながら頭を撫でた。
「卵を産む虫退治の依頼は達成したし、卵や生まれたばっかりの虫ならここの兵士でも大丈夫だろうから、戻ろっか?」
「あ、あぁ……」
 なのかが差し出した手を取り、丹恒が立ち上がる。

 星穹列車に戻った後、丹恒は『飲月ではなく名を呼んで欲しい』『彼に触れたい』とする心の奥底に燻っていた欲求が、虫の幻覚によって強制的に知覚させられた不快感に暫く落ち込み、資料室から全く出て来ない日々が続いたのだった。

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