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スターレイル用

何一つ伝わらない

※一番大事:細かい事は気にしない
・丹恒→刃への科白を拡大解釈してる
・小生命体達があんだけで走り回っている
・もち団子がやたら喋る
・ほんのりシリアスの皮を被ったしょうもない話です
・動物の汚物(小)表現があります
・団子→刃
・団子→胡麻



 現在、星穹列車のラウンジには、実に平和な光景が広がっている。
 ルアン・メェイの創造物に穹が手を加えて生み出した小生命体、アイスケーキ、ゴミケーキ、もち団子を里親として引き取り、列車の中で放し飼いをし始めたのだ。

 引き取った三匹は実に仲が良く、今もラウンジでじゃれ合って遊んでいる。
 その愛らしく自由に暴れ回る姿を眺めながら穹はソファーに転がったまま、だらだらとお菓子を貪り、丹恒はアーカイブ整理の休憩がてら椅子に座って茶を淹れて飲み、なのかは列車が停泊した街が服飾産業が盛んであると聞くと、ヴェルトと姫子を伴って出かけて行った。

 特に事件もなく、依頼も無い。いつも何かしらに巻き込まれ、振り回されている穹にとっては久々に舞い込んだ休暇に等しく、全力で満喫していれば穹のスマートフォンから通知音が鳴り響いた。
「んー……、あ……?」
 だらしなく穹は寝転がったままスマートフォンをポケットから取り出し、奇妙な声を上げる。
「どうした?なのか達に何か遭ったのか?」
 杯を机に置き、穹に向き直った丹恒が声をかけるも、不明瞭な返事しか返ってこない。
 もごもごはっきりしない穹の側に丹恒が歩いて行くも、スマートフォンを背中に隠したため不審にも程があった。
「何か……、やましい事でもあるのか……?」
「怒らないか?」
 良くない気配を察した丹恒が穹を追い詰め出すが、曖昧な笑みを浮かべるばかりで要領を得ない。
「内容による、何をやった?」
 いつか、羅浮で急にどこかに消えたかと思えば、星核ハンターのカフカを助け、あろう事か捕縛に乗り出した将軍景元の弟子であり、雲騎軍に属する将である彦卿を共に打ち負かしたと聞いた際は肝が冷えたものだ。下手を打てば外患援助罪、もっと重くなれば外患誘致罪が適用されて最悪の事態になる可能性もあったのだ。
 幸い、カフカの能力によって彦卿が記憶を操作され、大事にこそ至らずに済んだが、事態が発覚していれば景元がどれほど尽力しようと穹を庇えなかっただろう。今後も誤魔化しが上手くいくとは限らず、大分、灸を据えたのだが『怒られるから隠す』のような寝小便をした幼児の発想になる程度の効果だったようだ。
「えっと、刃が来るって……」
「何のために?」
 またしても星核ハンター絡みの問題に丹恒の目が釣り上がる。
 上目遣いでえへえへと笑いながら機嫌をとろうとする穹であるが、丹恒は微笑み返すどころか灰色の頭を鷲掴み、悪巧みを吐かせようと圧をかける。
「言え、何の用があって刃が来るんだ?」
「大した事じゃ無いって!ちょっとカフカ達に小生命体を自慢してたら盛り上がっちゃって、その……、銀狼が気に入りすぎて3Dプリンターかなにかでフィギュア作りたいとかなんとか……?で、ノリでいいよーって……」
「それが何故、刃の来訪に繋がる」
 嘘では無い事を証明するために、スマートフォンのメッセージの履歴を丹恒に見せ、納得して貰おうとする穹だが追撃は止まない。
「えっと、この最後の所」
 穹が指差すメッセージ部分を丹恒が注視すれば、送信時刻はつい先程で、『丁度近くに居るから刃に行って貰うようお願いした。立体スキャンする機材持たせてるから、協力してね。宜しく! 銀狼』と、一方的に刃を送る意図が示されていた。
「俺、スキャンが要るって知らなくて……、刃ちゃんも頼まれたら断らないから素直にこっちに向かってると思う……」
 穹の頭の中には、銀狼に頼まれて迷惑そうな表情を作りながらも了承し、律儀に道具を持ってくる刃が浮かんでいた。
「何故、よりによって刃なんだ。カフカや依頼者である銀狼本人は来ないのか?」
「銀狼は大事な任務が入ってるって……、カフカは判んないけど……」
 カフカとは連絡を取っておらず予定の程は判らない。銀狼の場合、『任務』とやらが果たしてゲームの話なのか、本当に星核ハンターとしての仕事なのか穹に知るための情報源が無いため知る由もないが、何はともあれ、刃が星穹列車を訊ねてくる事だけは確定している。
「後どれくらいで来る?」
「えーっと、出発地点に寄るけど、街からなら十分もないくらい?」
 穹がスマートフォンをチラ見して確認すれば、何かしらの対策をしようにも時間がなさ過ぎる事に丹恒は頭痛がする。
「今直ぐ、断れないのか?」
「さっき連絡が刃ちゃんのスマホからだから、本人は持ってないな……」
「携帯すべき端末を何故本人が携帯してないんだ!」
「そこを俺に怒らないでよ⁉」
 苛立ちの勢いで怒鳴ってしまった丹恒が掴んでいた穹の頭から手を離し、険しい表情で湧いた頭痛を解すようにこめかみを揉む。

 万が一、刃が狂乱した場合、穹は元よりパムも危険に晒される。
 刃自身に害する意思がなかったとしてもだ。記憶や感情を制限し、魔陰を押さえ込めるカフカが同行していないのであれば、最悪の事態を想定して動く他ない。
「あのさ、丹恒って、そんなに刃ちゃんが嫌い?」
「そうじゃない。ハンターと接触する危険性もあるが……、魔陰の身に侵された者を甘く見るな。刃が正気を保っているのは奇跡に近い……」
 穹がそんなに刃と会いたくないのかを遠回しに訊けば、丹恒は首を横に振る。
 幸福だったはずの記憶や感情は薄れ、凄惨な記憶に精神を侵食され続けて憎悪に振り回されるようになる症状が、仙舟にとって永遠の病とされる魔陰の身。一度発症すれば忌み物へと変じて人に戻る術はなく、無尽蔵に湧き起こる憎悪に触発された破壊衝動によって視界に入るありとあらゆるものを害さずにはいられなくなるのだ。
「お前達に危害を加えてしまう事も刃は望んでいない……。現状、刃を近づけない、近づかない事が一番の対策だ」
 殊、刃は倏忽の、豊穣の司令に肉体を呑まれ、どれほど壊れようと体は修復され、命の灯火が尽きかけようとも豊穣の寵愛によって黄泉還るのだ。終焉すらも彼の救いにはならず、永劫に終わらない苦痛を受け続けている。

 丹恒は、己は丹楓では無い。既に永劫追放の罰を受けた事実を以てして、永らく前世の罪から目を逸らし続けていた。だが、前世の記憶を取り戻すごとに全てが地続きであり、背負うべき、否、受け止めなければならない罪なのだと理解し、以前は、恐怖と絶望を与えてくる存在でしか無く、嫌悪の象徴とも表すべき刃への感情も変化した。出来得るならば、これ以上、彼にとっての『何か』を失わせたくない。余計な苦しみを与えたくない。本人の意思とは関係なくそう思うようになった。
「そう言われても、もう来るよ?」
「今回は俺も立ち会う……、今後は、もう少し考えてから行動しろ」
「はい……」
 まるで、悪戯をした子を叱る親のような様相で丹恒は穹を窘め、刃の訪問を待っていれば、五分も待たずに扉を叩く者が在った。
 丹恒が列車の扉を開けば、しかして刃であったのだが、普段の厳めしい装飾がついた黒い服装ではなく、濃い橄欖色のフードがついたハイネックモッズコートとやや灰がかった黒のデニムパンツに厳めしいベルトがついた足首までの革製ブーツ。刃が動く度に揺れていた長い髪は緩く編まれて前に流すように赤い紐で纏められており、一瞬だが、丹恒は誰が来たのか判らず、数秒ほど無言で見詰めてしまった。
「俺も来たくて来た訳じゃないからな……」
 出迎えた丹恒に対する言い訳なのか、刃はほとほと面倒そうな声色と表情にて持っていた機材を押しつけるように渡し、入り口から動こうとしない。
「そんな所で睨み合ってないで、入れば……?」
 ゴミケーキを抱いた穹が固まって動かない二人を促せば、ようやっと丹恒が入り口から体をずらして刃が車内に入る。それでも、入り口側の壁にもたれて立っていたが。
「さっさと終わらせてくれ」
「今日の刃ちゃん可愛いねー。お洋服買って貰ったんだ?」
 刃は話しかけて懐いてくる穹を一瞥したのみで、直ぐに視線を逸らして会話をする気は無いと無言を貫く。
「冷たい……、らしいけどさぁ」
 無反応な刃に落ち込むも穹は直ぐに切り替えたか、丹恒から機材を受け取ると小生命体達のスキャンを開始すれば新しい遊びに湧き立ち、ペイストリーの皮を脱ぎ捨ててあんだけで走り回る三匹を追いかけ回していた。それを刃は視線だけを動かして追う。
「具合はいいのか?」
「問題ない。魔陰は落ち着いている」
 丹恒の気にする部分を直ぐに察して返した打てば響くような会話。
 丹楓も、平常ならば彼の責任感が強く、誠実な態度が気に入っていたのだろうと想像に難くない。最後まで付き合うと誓ったのだから、己も彼をもっと知らねばならない。夢に見る彼、記憶にある残像だけではなく、こうして身近に立つ刃自身を。
「なんだ、じろじろと……、俺が居るのが気に食わんなら出て行くが?」
 考え事をしながら丹恒が刃を見ていれば、視線に居心地の悪さを感じたのか刃が退出しようと背を向けるも、慌てて腕を掴む。
「いや……、何か飲むか?一通り揃ってはいる」
「別にもてなす必要は……」
「お客様に茶淹れたぞ!早く座るのじゃ」
 あまりにも不躾だった己を恥じて丹恒が誤魔化そうとし、刃が断ろうとした矢先に足下から元気な声がして、パムが飲み物の乗ったお盆を掲げる。
「お前が暴走しても俺が止めてやる……」
 暴走?と、刃を詳しく知らないパムが疑問に思ったようだが、丹恒がお盆を受け取れば、
「ゆっくりして行くといい」
 愛らしくも元気な笑顔を振り撒きながらパムは乗務員室に戻る。
 お盆に乗ったお茶は緩やかな湯気を立ち上らせ、馨しい芳香を漂わせていた。
 このまま冷めさせてしまえば、パムの気遣いが無駄になってしまい、ある種の渡りに舟として丹恒は刃をラウンジの休憩場所に誘導する。
「来るといい」
 永い時、命の取り合いをしていた相手と安易に打ち解けられるものでもなく、丹恒は誘いはぎこちない。だが、刃はそれを嘲笑うでもなく、素直に椅子へと座った。

 二人の沈黙の中、穹が小生命体達を追いかけて走り回る音だけがラウンジに響いている。
 中でも機敏で体力のあるもち団子が穹を撒いて丹恒達の座る机に飛び乗り、見慣れない刃を大きな目で観察していた。
「あれは居ないのか……?」
 もち団子を眺めながら、刃から丹恒へと話しかける。
「あれ?」
「全体的に黒い奴だ」
 小生命体を見詰めながら訊いているのだから、この生き物達に関する質問なのだろうが、どうも漠然とし過ぎて丹恒には察せない。彼等を作った穹ならば知っているのだろうが、今は逃げ回る小生命体達をスキャンするのに大忙しである。
「すまない、ここに居ない奴は良く知らないんだ」
「そうか」
 気落ちした風もなく刃は一言で終わらせたが、もち団子が矢鱈と見知らぬ人間を気にして動かない。穹曰く、丹恒に似ている小生命体らしい。故に、最初は警戒しているのかとも考えたが、刃に向かって何度も鳴いている辺り、もち団子は刃に興味を示しているようだった。
「共感覚ビーコンを点ければ話も出来るが……、点けるか?」
 刃も匂いを嗅いだり、茶杯を持った手を突いてくるもち団子を厭わず見詰めている辺り、愛らしいものが好きらしいと感じて提案すると、幾許か逡巡する様子を見せたが静かに頷いた。
『俺、もち団子、お前は?』
 共感覚ビーコンを点ければ、みゃうみゃうと煩かったもち団子の言語が解析され、ちら。と、刃が丹恒を見やる。
「そいつは刃だ」
『んー、刃か』
 代わりに丹恒が答えた事に、どこか不満気な声を出したが、顧みる事なくもち団子は刃を見上げながらぐるぐると喉を鳴らしている。この短時間で、何をそこまで気に入ったのか謎である。
「おい……」
 もち団子が刃の膝に降り、コートに体や頭を擦り付ける。
 当然ながら刃の服はもち団子の毛が容赦なくついて、橄欖色の服を一部黒に変えていく。
「団子、止めろ、服が……」
 服を毛だらけにされて刃が怒っている様子は無いが、丹恒が止めようと中腰になって手を伸ばすと邪魔するなとばかりに引っかかれる。
「服は気にしなくていい、どうせ直ぐ駄目になって捨てる羽目になるしな」
 自らが扱う剣以外の物には頓着しない刃らしいと言えばらしい科白。
 刃は自らを壊し尽くすような破滅的な戦い方をするため、戦闘の度に服は血だらけになって破れ、使い物にならなくなるそうだった。刃を配下とするカフカが服道楽と表現すればいいのか、やたらと服を与えるため着る物には困らず、今回も服飾産業が盛んな街だけあって目を引く物が多く、気分が上がったカフカから、あちらこちらに連れ回され、着せ替え人形のように何度も着替えさせられうんざりしていたそうで、そこへ銀狼から連絡があり、逃げる丁度いい口実としてここへ来たとぽつぽつ語る。ただ従順なだけの男でもないようだった。

 もち団子を撫でる手つきにも乱雑さはなく、寧ろ壊れ物を扱うように慎重に触れ、無表情のようではあるものの伏せられた目元は柔らかい。ともすれば、カフカの暗示が上手く作用して、このまま刃は普通の人間のように過ごせるのでは無いかと錯覚する。あり得ない事ではあるが。

 交わす言葉は多くなく、監視とは名ばかりでもち団子をあやす刃を眺めながら、穹の作業が終わるまで待っているだけの状況になってしまったが、不意に、
『刃、今日は一緒に寝ような』
「いや、頼まれ物が終われば直ぐに帰るが?」
 甘えていたもち団子が要望を伝えれば、刃は即座に否定する。
 すると、もち団子は口を開けたまま刃を凝視していた。刃が星穹列車の新しい仲間だと、ずっと一緒に居られるのだと勝手に思い込んでいたものが違った衝撃に思考が停止したようだ。
『嫌だ。嫌だ。ここに居て。寂しくならないように歌も歌って上げる』
「もち団子、彼は……、その、他に帰る場所がある……」
 ルアン・メェイが創造した小生命体は人と会話するだけの知能を有している。
 一目惚れ張りに気に入った人間が居なくなる寂しさに我が儘になっているが、話せば判る筈で、丹恒は喚くもち団子を説得しようと試みる。しかし、対話を拒否するようにもち団子は刃のコートの襟の隙間から中に入り込み、籠城した。
「ふん、飼い主に似て融通が利かないな」
 片方だけ口角を上げながら、地味に嫌な皮肉を刃が零す。
 『飼い主』が穹ではなく丹恒を指している事は嫌でも理解してしまうものの、仕様も無い口喧嘩をしている場合でも無い。
「もち団子、いい仔だから出て来い」
『嫌だ!』
 実に強硬な姿勢だ。
 ちょっとやそっとでは自ら出てくる気はなさそうだった。
「おい、小僧、もうスキャンは終わったのか?」
 先程から刃と丹恒のやりとりを見ていた穹に話を振れば、終わった。との返事と共に頷いて見せた。
「そうか」
 穹の返事を聞くと、刃は驚かさないように徐にコートのファスナーを下げ、手を入れてもち団子を出そうとしたが、途端に表情が強ばり、慌てた様子で椅子から立ち上がった。
 すると、どこからともなく異臭がし、刃のデニムパンツに水染みが広がる。
「おい、小僧……、こいつ、小便をしたぞ……」
 驚愕、困惑、不快感が混じった声で状況を端的に説明し、刃が穹を睨む。
「え、な、なんで……?」
「俺が知るか⁉」
 流石に服の中で排泄をされては刃も動揺から声を荒げてしまう。
『これで刃は俺の!俺の!』
 服の中から飛び出し、刃の肩に乗って得意げに胸を反らすもち団子。所謂、匂いつけ。『これは自分のものだ』と、主張する動物的なマーキング行為をしたようだ。
「お前……」
 丹恒も予想外の出来事に絶句し、何を言えばいいのか判らなくなっている。
 それを穹が打ち破るようにもち団子を捕まえ、叫ぶ声も無視して迅速にパムの居る車掌室へと連れ去った。

 普段から血塗れになってるとは言え、流石に排泄物は嫌なのか刃の顔は引き攣っている。
 しかも、小便をされた場所が場所だけに、さも刃が漏らしたような様相となってるのだから、嫌悪も一入であろう。

 穹がラウンジに走って戻り、平身低頭、刃へ手を合わせ。頭を下げた。
「刃ちゃん、あの、俺、特急で服買ってくるから……、お風呂入ってて……。もち団子は後でしっかり叱っておくから……、丹恒、頼む」
「あ、あぁ、解った。刃、こっちだ」
 列車の浴室へと刃を案内する丹恒は冷や汗を流す。
 こんな事で感情が揺れて魔陰が発症すれば、笑い話にもなりはしない。
 幸い、刃が背を押す手に素直に従い、ついてきてくれたため、発症するほどの域には達してはいないにしろ居たたまれない。
「洗濯しておくから、脱いだら洗面台の下にある籠に入れてくれ」
 刃は脱衣所に入るや否や気持ち悪かったのか服を脱ぎだし、丹恒は直ぐ様、背を向けて扉を閉める。
「何をやってるんだあいつは……」
 ぼやいた所で仕様が無いとは言え、漏らさずにはおれなかった。
 小生命体達は賢く、悲しみ、怒り、喜ぶ感情がある。人の不安を和らげようと歌うなど優しい配慮も出来る存在だ。それが、気に入ったものには自らの匂いをつける動物的な本能が働いたのは驚きだった。それほどにもち団子は刃が気に入ったのか。
 あるいは、創造主の愛を求めて止まない健気な小生命体の特性故に刃からの愛を求め、一緒に居られないとする衝撃から独占欲なるものでも湧いたのか。

 ルアン・メェイと丹恒は、面識こそ無いが研究者ならば目の色を変えて研究を進める事態だろう。そうなると、星穹列車と星核ハンター、ヘルタを巻き込んだ大事になりかねない。羅浮以来の悪夢。面倒ごとは御免蒙る。穹にはルアン・メェイに余計な連絡しないよう伝えておかねばならない。
「丹恒、もち団子がやらかしたと聞いたんじゃが……」
「客人の服に小便を……」
「なんと……!」
 丹恒が浴室の前にしゃがみ込み、どう言えば穹が事態を重く見るか悩んでいれば、詳細は聞いていないようだが、パムが気にして駆けつけてくれた。良くもち団子を車掌室から出さずに出てこられたと感心する。
 丹恒が脱衣所を覗けば、刃が奥でシャワーを浴びており、頼んだ通りに脱いだ服は籠に入れてあった。
「洗わないとな……」
 異臭のする服を抱え、洗濯室にパムを伴っていく。
「血のついた包帯も入っておるな?これは服と別に洗った方がいいかもしれん」
「そうだな……、手間をかける」
 刃が常に包帯を巻いている事を思い出した丹恒は、服だけでなく新しい包帯も必要だと思い至り、救急箱の中にどの程度包帯が入っていたか頭を悩ませた。穹が包帯まで買って来てくれるとは考え難い。
「パム、俺は捜し物をするから頼んだ」
「解った。任せておけ」
 洗濯物はパムに任せ、丹恒は列車にある救急箱や、非常時に使う緊急用の鞄までも漁って包帯や滅菌ガーゼを探しだし、脱衣所に置いておこうと扉を開けると、既に上がって体を拭いていた刃と鉢合わせ、咄嗟に
「違うんだ……」
 との言葉がまろびでた。
「何がだ?その包帯はくれるのか?」
 刃は裸体を見られても特に気にしておらず、覗くつもりで扉を開けたのではない。とする言い訳は不要だった。
 それでも、丹恒はそこはかとない羞恥に襲われ、刃に背中を向けて包帯を渡し、後ろ手に扉を閉めた。刃は扉を隔てた向こう側、にも関わらず、今し方見た裸体や受け取る手の湿った感触を思い返し、刃が腹部や胸部、腕に包帯を巻いている妄想がまざまざと頭に浮んで丹恒の体温が上がっていく。

「おまたせぇ~」
 そこへ、穹が息を切らして帰ってきた。
 手には大きな紙袋を持っている。
「あぁ、戻ったか……」
「うん、でも本当に急いで買ってきたから、サイズとかデザインとか気にする余裕なくて、刃ちゃんでもだぼだぼかも……」
「大は小を兼ねると言うし、余程みっともない物で無ければいいんじゃないか?」
「刃ちゃん、服持ってきたよ。開けてもいい?」
 丹恒の言に穹が頷き、浴室の扉を叩く。
「早く寄越せ」
 脱衣所の扉を開いた刃の声は普段以上に沈んでおり、彼なりに落ち込んでいる、もしくは頗る不機嫌らしいと知れる。
「うん、んー、ん……?」
 穹が背を向けている丹恒と、気にせず肌を晒している刃を何度か見比べ、一瞬だけへら。と、笑うと刃に白いカッターシャツを渡す。
「はい、刃ちゃんこれ着て?んでさ、丹恒」
「なんだ?」
 紙袋ごと渡せばいい物を、一枚ずつ渡す面倒な事をし出した穹に眉を顰めて不審を抱く刃を余所に、声をかけられて戸惑う丹恒の耳元に顔を寄せ、
「丹恒ってさ、結構むっつりだよな。裸に靴下とか、一部が隠れてるのとか興奮する感じか?」
 などと茶化し出すのだから、この青年のある種肝の太さは感心するしか無い。
「はっ⁉」
 丹恒は穹の言っている意味は理解しても、何故、己に話題を振るのかが理解出来ず、思わず声を荒げてしまう。
「ほらほら、こう言うのとかさ」
「小僧、何を遊んでいるのか知らんが、さっさと穿く物を寄越せ」
 穹に腕を引かれ、体を半回転させられた丹恒が見たものは、刃の大柄な体躯ですらだぼつく程大きなカッターシャツだけを身につけ、生足を出した刃である。湯を浴びたお陰か、普段は血の気の薄い白い肌がほんのりと上気し、解かれた髪がしっとりと濡れている様に心臓が跳ねる。
「おい、小僧、聞いているのか?」
 穹の後ろにある紙袋が欲しいのか、刃は手を差し出す。
 刃は、穹が丹恒を盾にしているために押し退けていくのも面倒だと感じたのだろうが、丹恒には、まるで手を伸ばして請われているようにも見えて血液が逆流しているかのような感覚に頭がのぼせそうになった。
「やっぱりチラ見えみたいなのに興奮するんだ?丹恒も男の子だね」
 けらけら笑いながら穹が丹恒の肩を叩く。
「お、お前な!何を言ってるんだ⁉この、こ、このっ……!」
「丹恒ってお堅いから下ネタ嫌いだと思ってたけど、こんな趣味だったんだぁ。あ、大丈夫大丈夫、むっつりは悪い事じゃないし、無理に自分を抑えなくていいと思うんだ」
 己にとって喜ばしい出来事、そしていい事を言っているつもりなのだろうが、甚だしくずれている上に、刃も丹恒も玩具にしてしまっている状況に気付いていない。
「い、いい加減にしろ!」
 顔を真っ赤にした丹恒がいい音がするほど思い切り穹の頭を叩き、紙袋を奪うと脱衣所の中に入り、扉を閉めて紙袋を刃に押しつける。
「穹は……、お調子者で……、悪気は無い、本当に無いんだ……、だから」
 相当苛ついていると思われる刃を宥めようと、丹恒は背中を向けたままたどたどしいながらも擁護する。大分、苦しいとは知りながら。
「あいつの鬱陶しさは知っているが、貴様……」
「俺か……?」
 丹恒が振り向けば、刃は未だに服をきちんと纏っておらず、勢い良く正面の扉へ視線を戻す。
「貴様は、こんなものに興奮をするのか?」
 刃の手が丹恒の頭の横につけられ、耳元で囁かれる。
「は?いや、あれは穹が勝手に言ってるだけで…」
「ほう、その割にこちらが反応しているようだが?」
 押し殺した笑いが刃の喉奥から漏れ、背後から伸びてきた手が丹恒の股間を握る。
 丹恒は興奮が察知されていた事と、触られた事に驚き息を呑んだ。
「服装如きで股間が膨らむとは、節操の無い事だ。貴様の仲間は難儀だな」
 どこまでも嘲笑う声。
 下らない動揺から魔陰が発症する最悪の事態ではないが、これはこれで最悪の事態である。
 刃は、丹恒が服装や、雰囲気のみで興奮したと思い込んでいるのだ。仲間が際どい格好をしていたとしても、丹恒は性的興奮などした覚えは無い。こんな状況は初めてであり、己ですら動揺しているのに嗤われては今の感情が興奮なのか怒りなのかも判らなくなってくる。
「まぁ、精々仲間にそれを慰めて貰え」
 刃は散々煽っておいて丹恒から離れると服を着て、扉前を占拠する体を押し退けて客死車両の廊下に出た。

「あ、今上がったのか、丁度良かった」
 パムが畳んだコートや服をよたよたと運びながら刃に話しかけた。
 重なった服の厚みが視界を塞いでいるため、殆ど前は見えていないようで、壁にぶつかりそうになる前に刃が止める。
「すまなかったな」
 パム相手には素直に謝意を示し、丹恒を怒らせたと悄気ていた穹を一瞥だけして刃は列車を後にした。

「穹、お前という奴は……」
 今後、丹恒は刃と顔を合わせた際にどんな顔をすればいいのか、何を言えば誤解は解けるのか、いっそ無理矢理にでも抱いて『俺はお前に興奮しているのだ』と、解らせてやればいいのか、蕪雑になった感情が胸中に渦巻き、丹恒は刃に触られたせいで完全に屹立してしまったモノを手で隠しながら、唸るように低い声を発する。
「丹恒、ごめんなさい……、調子乗りすぎた」
「暫くは許さん……」
 とりあえず謝る穹を許さない姿勢を見せながら、丹恒は大きく深呼吸をする。
 何はともあれ、精神を落ち着けて鎮めるしか無いのだから。
「なんじゃ、喧嘩か?それとも具合が悪いのか?薬持って来た方が良いか?」
「パムは何も気にしなくていい……、そこに居てくれるだけでいいんだ……」
 丹恒が出来得る範囲で平静を保った声色を使い、不安がるパムを宥める。
「そうなのか?ならいいんじゃが」
 何も理解出来ていない純真なパムだけが、この場での唯一の緩衝材であり、癒やしであり、救いでもあった。

 穹には、前以上にきつい灸を据えてやらねばならない。が、この奇人にどこまで伝わるかは、据えて見なければ解らない。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 余談ではあるが、一目惚れの彼恋しさにもち団子が食欲不振になってしまい、刃の残していった包帯を上げる。穹がいつの間にか撮っていたもち団子と戯れる刃の写真を見せたりと尽力はしたが、一定以上の効果は無く、夜鳴きも酷くなる一方だった。
 皆で悩み抜いた末に、刃がモデルである胡麻パイを列車に連れて行くともち団子は飛び上がって喜び、一心に持てる愛を注いで見事に鬱陶しがられ、殴られ、蹴られ、避けられていた。しかし、その程度でめげるもち団子ではない。
 毎日、寄り添って求愛し続け、果ては小生命体同士での交尾と、仔を成す偉業を達成した話はルアン・メェイの誇りとなっている。

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