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スターレイル用

神ではなく

・モブから見た楓応
・捏造しかない
・モブが出しゃばりまくる




 丹鼎司の一室にて民の診療も終了し、様々な症例の報告書を仕上げている飲月君へと事細かな報告を上申する日々。

 羅浮を守護する龍尊であり、忌まわしい健木を封じるだけでなく、忌み物との戦に於いては勇壮無比。雲吟の術にて戦いに傷ついた者達を癒やす慈悲深さに励まされた兵士は数知れず。
 今日も今日とて飲月君は麗しく、補佐官としてお仕え出来る幸福に酔いしれる。
「では、今日の報告は以上です」
「分かった。下がれ」
「はっ……」
 短く返事をして私が踵を返すと扉を叩く者があり、飲月君が許可を出す。
「失礼します」
 入ってきたのは飲月君と共に功績を上げ、雲上の五騎士として任命された殊俗の民、名前は応星だったか。確か、類い希なる才を有する朱明から来た職人だとか。聞くに工造司の長たる百冶の称号も得ているそうだが、幾ら仙舟元帥の命とは言え、短命種の分際で飲月君と肩を並べるなど、なんと図々しい。
「お邪魔だったかな?」
「この者の報告は済んでいる。こちらへ」
 私の睨め付ける視線をものともせず、応星は左の頬だけを上げて鼻で笑ってみせる。黙っていれば麗人であるが、表情の作り方が実に下品である。
「じゃあ、遠慮無く」
 応星は無遠慮に室へ入り、私の前を通り抜けて紙の束を飲月君の執務机に置く。
 丹鼎司へ請求する機巧整備と修理の請求内訳やら、今度納品する機巧の説明。殊俗の民如きでも、矢張り百冶を得るだけの知能と技術は有しているのか説明に淀みはなく、つけいる隙は無かった。
「じゃ、承認宜しく、龍尊様」
「相分かった」
 嘲るような調子で語尾を上げ、まるで私など存在しないかのように会話をしている。こんな無礼な人間は見た事がない。今、貴様が話しているお方は羅浮を鎮護する龍尊様だ。それをさも己の知己の如く対してる。
「まだ何ぞ用があるのか?」
「い、いえ……」
「では去ね」
 あまりにも飲月君に馴れ馴れしい応星に憤っていれば、何故か私の方が咎められてしまった。窘められては補佐官と雖も退室するしかなく、不承不承ながら背を向け、扉に手をかけて未練がましく振り返れば、目を疑うようなものが視界に入り、廊下に出た後も呆然としてしまった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 あのお方が微笑むなど、初めて見たのだが。

「へー、珍しいな?」
「見間違いではないと思う……」
 終業後、同じく持明族の友人を誘い、茶屋にて見たものの衝撃を語れば、飲月君の屋敷に勤めている彼でもあのお方が表情を変える様などほぼ見た事がないと言う。あの我の強いお方は龍師様達にも易々とは迎合せず、飲月君の尊さを理解しない不届き者へ多少眉を顰める事はあっても、下品に感情を露わになどされないのだ。

 故に、
 高潔。
 孤高。
 美しいお方なのだ。

「あんな短命種如きに……」
「んあ?もしや応星が来てたのか?」
「あぁ、そうだが?あの不遜な短命種の職人だ」
 私は白昼夢でも見たのだろうか。
 舟を鎮護する役を担う、飲月君と同じく気高き龍尊であるならばまだしも、あんな一介の短命種如きに表情を動かされるなど、あり得ない。
「まぁ、ほら、別に飲月君も感情がないって訳でも……」
「はっ⁉そんな俗人でもあるまいし!あの方は我々とは違う視点で全てを見ていらっしゃるのだ」
 私が声を荒げると、友は面倒そうに耳を下げ、口を曲げた。
 これは何かを知っているな。
「白状しろ、何を知っている。お前も先程、飲月君が表情を変えるなど滅多にない。と言っていたではないか」
「なんだよ急に尋問みたいな……、まぁね?でも、応星が来たら家人はほぼ人払いされるからあんまり見る事がないって言うかさ、俺達には見せないってだけでぇ……」
 友は居心地悪そうに口の中でもぞもぞと呟く。応星は飲月君の住まう宮にまで招かれているらしいと知れて目眩がした。どれだけ傲慢なのだあの短命種は。
 きっと、慈悲深い飲月君のお心につけ込んで土足で上がり込んでいるに違いない。なんと躾けのなっていない輩か。
「ふ……、ふん!所詮、命短き者への哀れみであろう。それに、あんなのでも百冶なのだから利用価値があって……」
「そういうこと言うなよ、俺も昔は殊俗の民なんてって思ってたけど、幸せそうなんだよ。飲月君、いや、丹楓様が……、だから邪魔したくないって言うか、こう、しがらみとか?役目とかとっぱらってさ、一個の存在として認めて、認められて、いいなぁ……、って……」
 言葉を遮ってまで友が声を潜めながらだが言葉を続けた。 
 だが、私が意味不明だと文句を言えば、友はどこか気不味そうに立ち上がる。
「あー、ちょっと場所変えるか」
 断る私を尻目に茶の代金を全て払い、背を押されて友の邸宅へと赴けば、『お帰りなさい』と、眠そうに目を擦りながら寝室から出てくる童子に驚く。
「引き取ったのか?」
「うん、まぁ、縁あって?戦争孤児で……、行く所がないって言うもんだから……」
 童子の耳を見れば持明族ではない。
 友の反応から仙舟人でもなさそうで、誇り高い持明族がわざわざ殊俗の民を引き取る奇行に唖然としてしまった。
「あの、お茶を用意しますね!」
「いいよ。寝てるとこ起こして悪いな。もうお休み」
 童子は健気にも家人の真似事をしようとしていたようだが、友が頭を撫で、肩に手を添えて寝室へと戻し、息を吐いた。
「縁があったと言っても……」
 所詮、子を成せない持明族に親の真似事など出来るのか。
 脱鱗したばかりの持明族の子供を養育する者は確かに存在するが、それは同族で勝手が分かっているから出来るのだ。数百年生きた中でも、殊俗の民の童子を引き取ろうとするような、わざわざ困難を引き寄せるような奇特な同族は居なかった。
「あの子の事はいいんだよ、で、さっきの続きだけど……」
 友は湯を沸かしながら何度も首を撫で付け、緊張しているようだった。
 曰く、かの応星は飲月君と同じ視点に立って肩を並べ、丹楓と呼び、情を交わしていると。驚きに硬直している私を余所に、友はぽつぽつ語る。
「応星が側に居る時の丹楓様は実に穏やかで、それで、応星の笑い方も声も実に柔らかくてなぁ。見てるこっちまで気持ちが温かくなると言うか……、使いで工造司に行った時は随分様子が違うんでびっくりしたくらいだ。でも、うん、解るよ。仙舟は命短き者には生きづらい、強い仮面でも被らねば……、潰れてしまう」

 あの傲慢で横柄な男が。
 全く想像が付かない。

 友が茶を淹れてくれてはいるが、それには目もくれず、私は食らいつく。
 こいつは何か幻覚でも見ているのではないかとすら思え、茶が冷えていくのも気付かずに詳しく訊けば、飲月君は尊き立場から日頃のお食事も毒味役を伴い、他者から直接、飲食物を渡されようと口にされるような事は無かったが、応星が持ってきた物は躊躇いなく口にして、共に楽しまれるらしい。酒でも甘味でも。
 それだけで、飲月君がどれほど応星に気を許しているのかが窺い知れてしまう。
「随分と、気に入られているのだな……」
「気に入ってるんじゃなくて、愛って奴だよ愛。俺だって飲月君にそんな俗な感情があると思ってなかったけど、飲月君としてではなく、一個の人としてあの方は応星を愛しておられるんだよ」
 飲月君を崇拝しているとしても過言ではない私が激高するとでも思ったのだろう、友は言葉を選びながらも腰が引けており、向き合って座りながらも視線を合わせようとせず、耳も萎れきっている。
 正直に言えば、激高したかった。が、腑に落ちてしまったのだから激高の仕様も無かった。一瞬だけでも、あのお方がどれほど応星を慈しんでいらっしゃるかが理解出来てしまったのだ。あの方を神の如く崇める己が、その理解を拒んだのだ。だが、飲月君としてではなく、一個の人として。とすれば、なんだか感情がすとんと上手い具合に嵌まって逆に落ち着いてしまった。
「それが羨ましくて殊俗の民を引き取ったのか?不埒者め」
「はっ、誰が不埒者だ⁉」
 予想していない方向から批判が飛んできた事に驚いた友が泡を食ったように事情を詳しく説明する。
 雲騎軍の知人が他の惑星に征伐に行った際、豊穣の民に両親を殺され、寄る辺もなく泣いていた子を拾ってしまったらしい。しかし、拾った本人は再び遠征に出なくてはならず、他に頼れる者もないとして預かったが、これがまた健気で愛らしく、あっという間に情が湧いて今に至るらしい。
「あの子が子供なりに気を遣ってるのは解ってるよ。でも、ありとあらゆる行動がいじらしくて……、何でもしてやりたくなると言うか、不敬ながらちょっとあの方のお気持ちも解るというか……」
「岡惚れでもしたか?あの者は応星の代わりには成らんぞ?」
「そういうつもりで引き取ったんじゃないって言ってるだろ!」
 友がむ。と、顔を歪ませて私を睨み付ける。
 慈しみ合う二人を見て、誰かに愛を与え、愛を与えられる行為が羨ましくて堪らなくなったんだろう。単純な奴め。他人を誰かの代わりにするのは実に無礼な行いだ。故に友として忠告してやる。

 それからの夜は、茶を飲む隙間もなく友が引き取った童子が如何に愛らしく、愛おしくて堪らないかを語り尽くされ、酒も呑んで居らぬのに、いつの間にやら卓に突っ伏して眠る醜態を晒してしまった。いつも話が長いのだあの痴れ者は。付き合ってしまった私も私であるが。
 このような事態を招いた友こと痴れ者をこれでもかと叱り飛ばし、『とと様を苛めないで』と涙を浮かべる童子に気圧され意気消沈の後、しかと眠気を払い、報告書を纏めて飲月君の執務室へと赴く。
 すると、中から密やかな歓談と笑う声が漏れ聞こえる。きちんと扉が閉められていないようだ。薄く開いた扉の隙間から、愛おしげに応星を見詰めながら微笑む飲月君ではない丹楓様と、執務机に寄りかかりながら甘えるように笑い、手を伸ばして戯れる応星が居た。

 私は小さく息を吐く。

「入らないんですか?」
 扉の前に突っ立っている私を訝しんだ同僚が声をかけてくるも、その者の肩を押して反転させ、ぐいぐいと押していく。
「まだお忙しいようだ。後、四半刻ほど間を置いてもよかろう」
「はぁ、貴方がそう仰るのでしたら?お食事でもされてるのですか?」
 私は上手く嘘が吐けない。
 故に、無言で背を押すという奇行に走ってしまった。

 友の事を嗤えない。

 飲月君を神の如く崇める私は未だ存在するも、『丹楓様』がお幸せなのであれば、それも善き哉。とは思えたのだ。

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