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スターレイル用

猛犬の誤算と龍の甘さ


前:有無相通ずる

鳴潮の猛犬傭兵と龍の将軍様

・R18
・恋愛感情あるような、ないような
・捏造しかありません
・やる事やってます
・モブカカの直接の行為はないけど、描写はちょっとあります


 突如現れた漂泊者と言う起爆剤により、奇跡のような終わりを迎えた戦争。
 知らせを聞いた誰もが勝ち鬨を上げながら諸手を掲げ、ある者は抱き合いながら歓喜を叫び、ある者は先に散った同胞を想って涙を流した。

 忌炎は長らく依拠した要塞の自室を離れ、今州へようやっと帰還出来る近しい未来に思いを馳せ、同時に戦争の終わりは幽霊猟犬との契約の終わり、要はカカロとの別れを意味している事に寂しさを感じていた。

 一歩扱い方を間違えれば暴徒と変わらない野鄙な追放者等を纏め上げ、類い希なる実力で忌炎を支えてくれた男だ。真偽の怪しい噂が跋扈し、任務を遂行するためであれば己を傷つけようとも、奇計を用いる事も是とするため信用こそ出来ないが仕事を任せるに信頼は置ける人物。
 正直な所、遊撃隊としての彼は実に優秀で機転が利き、夜帰軍が救われた局面は限りない。カカロが居なければ倍以上の戦死者が出ていただろう。手放し難い手駒だ。だが、傭兵としての性質から、戦いがない場で飼われる事までは是とはしないだろう。

 そして、己としても単純と呆れながら、たった一度の性的な接触で、カカロが気になって仕方がないのだ。
 愛想もなければ、愛嬌もない逞しい男。解っている。抱くなら柔らかな肉体を持った可愛らしい女性が良いとする男が大半だろうが、忌炎の脳はカカロの媚態を思い浮かべるばかり。
 動きを阻害しないよう、体の線がはっきりと解る設計で全身を隙間なく覆う戦闘服の下はどのようなものなのか。歴戦の傭兵ともなれば傷跡は多いだろう。人によってはそれを醜いとするだろうが、それこそがカカロが戦場で生き抜いた証と思えば愛おしめるような気もして、忌炎は物憂げに嘆息する。

 口淫の次は、己を抱かせてもいいと彼は言った。
 仕事の効率が良くなるのであれば身を差し出す事も厭わない姿勢は忌炎の悋気を擽る。
 互いに愛を囁いた訳でもなければ、情を深めるために体を繋いだ訳でもない。にも関わらず、余人が彼に接触した事実への悋気など笑い種だろう。しかし、忌炎は彼を惜しみ、求めている。

 その心は認めざるを得ない。

 我ながら。
 何度、反芻したか判らない自嘲を漏らし、忌炎は意気も抜け出そうな長い嘆息をする。
 これから契約の終了と報酬の話をしにカカロが部屋へと来る。これが最後。話が終われば彼は直ぐに踵を返し、去って行くだろう。その腕を掴んでも恐らくは振り払われるだけ。
「恋を知ったばかりの若造でもあるまいし……」
 忌炎が机にだらしなく頬杖を突く。
 医師の家系で育ち、軍医として、将として様々な経験を積んでいても、たった一人のために心を乱される己の未熟さにも忌炎は辟易していた。

 カカロが今から来るのだと知覚すれば柄にもなく緊張し、どこか息苦しさを感じる胸は溜息ばかり吐き出す。
 忌炎も決して若造ではなく、婚姻こそならずも相応の経験はしている。が、その経験は全く以て役に立ってくれない。あまりにも、状況が違いすぎるせいだ。
 該当する忌炎の経験は、互いに好意を持った者同士だった。カカロは忌炎を取引相手としか見ていない。互いの実力を認めてはいても、必要あらば体を提供するような真似をしても、飽くまで立ち位置は一線を画している。情を持って隣に立つような相手ではないのだから、必要がなくなれば縁が切れるのも致し方ないのだ。
「夜帰軍の将に取り立てて……、いや……」
 ぶつぶつと彼を引き留め、手元に置くための算段を考えるが、傭兵を将に取り立てるとなると、軍の内外から強い反発が起きる可能性の方が高かった。彼等に救われた者は賛同するだろう。しかし、幽霊猟犬にはあまりにも悪辣な評判が多過ぎる。まして、元々は『追放者』。犯罪者集団との先入観によって良い顔をするものは稀か。

 褒美と恐怖によって兵団を上手く統率しているカカロであれば、夜帰軍の将となっても統率は可能かとも思えたが、軍に入れば固定給。安定はしているが旨味も少ない。大きな危険を孕む任務を達成する代わりに多額の報酬を得る事に慣れた傭兵団には軍規と時間、場所に縛られる軍隊は苦痛とも成り得る。
「おい、聞こえないのか将軍様」
 何度目かも解らず、止まらない溜息を吐き出した瞬間、耳に馴染んだ声に飛び上がるほど驚いて顔を上げれば無表情だがどこか不機嫌そうなカカロが立っていた。
「あ、え、来ていたのか」
「扉は何度も叩いたし声もかけた。戦争が終わって急に腑抜けにでもなったのか?」
 常の防刃、耐衝撃が施された革帯だらけの厳めしい彩度の低い戦闘服ではなく、珍しく簡素な黒い長砲に身を包んだカカロが失望も露わに腕を組み、氷のような澄んだ青い瞳が忌炎を見据える。
 相当、思考に没頭していたようで、カカロの来訪に気がつかなかった己に動揺する。人の声、音、入ってきた気配にすら気づけないとは、将として失格と言ってもいいほどの失態だ。
「すまない、考え事をしていた……」
 今度ばかりは本当の事を告げているが、カカロには怠惰にしか見えなかっただろう。彼の前で醜態を晒してばかりの己に忌炎は溜息が出そうになったが寸での所で止める。
「まぁいい、それで契約していた期間が随分と縮まったが……」
「安心してくれ、契約通りの報酬を支払う、幽霊猟犬の助力があったからこそ我が軍は最前線を維持出来、今州を護れた。実に頼れる相棒で居てくれた君達には感謝しかない」
 この言葉にカカロは満足気に頷き、
「で、どうする?」
 などと忌炎に問う。
「どうする。とは?」
「処理はどうする?俺から口にした約束だからな。戦は終わったが、まだ処理が必要か訊いている」
 どく。と、忌炎の心臓が跳ね上がる。
 律儀と言おうか、取引相手である以上、一度でも口にした約束事は遂行する信条からなのか、よもやカカロから申し出てくれるとは思わず、ふしだらに上がりそうになった口元を手で覆い隠す。
「要らないのであれば、俺は……」
 俯き加減に口元を手で押さえたまま椅子から立ち上がった忌炎に、カカロは言葉を止めた。
「いい、のか?」
 これが最後と思えばこそ、我慢など出来るはずもなく忌炎がカカロの目の前に立って頬に手を伸ばせば振り払われる事なく触れられた。表情は変わらない。以前と同じく、心を乱されているのは忌炎ばかりだ。
「どこでやる?」
 カカロの言葉には情緒も何もなく、彼にとっては飽くまで『処理』『仕事の一環』であって、そこに寄せるべき情など存在せず、忌炎が求めれば床でも椅子の上でもどうでもいいのだと否が応にも知れた。
「こちらへ……」
 だが、幾許かでも心揺さぶられた相手との情交を雑に交わすなど有り得ない忌炎からすれば、せめての気持ちで併設された睡眠用の部屋にカカロの手を引いて誘う。『これから彼を抱くのだ』と、思えばこそ、扉を開くだけで心臓が血液を勢い良く全身へ送り込み、体温の上昇と共に興奮は昂ぶっていくばかり。
「お前は寝っ転がっているだけでいい」
 寝台を前にして手を引かれていたカカロが忌炎の肩を掴み、寝台の上へと押し倒して腰に跨がる。既に堅さを持ちだしている陰茎の感触を感じ取ったか、カカロは考える素振りを見せて腰を浮かせながら衣服の上から撫でた。

 軽装のカカロと軍装のままの忌炎。
 無表情で事務的に事を進めるカカロと興奮していく気を昂ぶらせる忌炎。
 どこまでも対照的で、これから交合しようとする二人の間に甘い雰囲気も何もあったものでない。
「動くなよ」
 忠告しながらカカロは腰帯を外し、褲を降ろすと忌炎の陰茎を取り出して支えながら、矢張り躊躇わずに自らの肉体の内側に誘い込んだ。長大な雄を容易く呑み込んだカカロが筋肉の張った腹に手を置きながら腰を艶めかしく揺らせば粘着質で淫猥な水音が鳴り、濡れた暖かな感触に包まれながら忌炎へと快楽が這い寄って追い込まれていく。
「カカロ……、最初から俺とするつもりで来たのか?」
「どう転んだとしても、準備はして置いた方が後が楽だからな」
 効率を重視するカカロらしい科白。
 戦闘時に纏っている厳めしい装備ではなく、脱ぎ易い長砲を纏って来た事も、後孔を濡らして挿入を速やかに行えるようにして来た事も、実に『効率的』ではあるのだが、これは不特定多数の為ではなく、『忌炎の為』に行われたもの。
 速やかに仕事を終えるためと捉えれば無情と成るも、己に抱かれるために自らの手で身を清め、後孔を解して油を塗布し、わざわざ軽装を選んで着替えたとなればいじらしくもあり、忌炎はカカロの手を引いて腕の中に抱き込むときつく抱き締め、重力によって流れてくる長い髪をすくうように撫でる。
「おい、何をしている。動くなと言っただろう」
「戦争が終わったばかりだ。少しくらい休憩してもいいとは思わないか?」
 忌炎が体を反転させ、カカロに覆い被さりながら口づけようと、したが、力強い手によって阻まれる。
「止めろ、要らん真似をするな」
「カカロ、今日だけでもいい、俺の恋人に成ってくれ」
 如何にも不可解と言いたげに、珍しくカカロの表情が歪む。
 ただ、戦闘に支障が出ないように欲の処理を手伝うだけ。立場としては処理用の道具と変わらない相手に向かって『恋人』などと、勝利の美酒に酔いすぎて頭が可笑しくなったのか疑ってしまいたくなる科白であった。
「馬鹿な、どこぞの生娘ならば兎も角、俺を恋人だと?気でも狂ったか、相当な悪食としか思えん」
「気狂いでも悪食でも何でも結構、俺がお前を可愛がってやりたいんだ」
 カカロの手を硬い寝台に押さえつけ、何をか言う前に忌炎は唇を覆うように口づける。
 体の下で抵抗を感じはすれど、忌炎も共鳴者であり、実力で将軍へとのし上がった者なのだから、早々力負けはしない。

 うっかりすれば拳が飛んできそうな右手を封じながら忌炎は舌を押し込んでじっくりとカカロの唇と腔内を味わい、長砲の中に手を入れて体温の低い肌を愛撫する。
 首元の留め具を外して耳から首筋を撫でれば腰が浮き、脇腹を擽れば身を捩って逃げようとする。が、深い部分で繋がっているのだから容易には抜け出せず、カカロは押さえられていない左手で忌炎の肩を押し、結い上げた髪を引いて離れようと尽力していたが、徐々に抵抗が弱くなっていく様を肌で感じてようやっと息を吐いた。
「なんだ、そんな可愛い顔も出来るんじゃないか」
 口淫の際も、体内に忌炎を迎えた際も、あまりの無表情さに、もしや不感症か。とも考えていたが、今、体の下にあるカカロは愛撫に反応を見せ、口付けには慣れていないのか肌を赤らめさせた姿に口角を上げる。

 殊、将は戦場で快楽に耽溺するような真似は出来ない。
 いつ敵が襲いかかってくるとも知れず、常に冷静でいる必要性がある。
 故に、カカロのただ発散を目的とする効率的でどちらにも負担の少ない『処理』方法は正しいが、既に戦争は終わり、束の間でも平和を享受出来る時間だ。
「俺はお前の乱れる姿が見たい」
「ふざけっ……」
 自らが優位な状態での性交は良しとしても、相手に乱されるなど矜持が許さないのか忌炎を押し退けようとしたカカロだが、奥深くを穿たれて息を呑み、反応に薄ら笑いを浮かべる男を悔しげに睨み付けた。
「カカロ……」
 忌炎が名を呼び、抱き締めながら頬を寄せるように抱き締めて腰を揺する。
 その動きに激しさはなく、ゆるゆるとした焦れったくさえあるもの。快楽を求めるよりも体温を分け合いながら抱き合う事を目的とした、正に恋人同士のような様相で、忌炎が本気で一夜の恋人として扱おうとしている事にカカロは奥歯を噛み締めて与えられる熱に反抗しようとする。
「早く、終わらせろ。遊ぶな……」
「言っただろう。俺はお前を可愛がりたいんだ」
 微かに声を震わせながらも常態と変わらぬようにするカカロの頬を忌炎が撫で、速やかに終わらせる気など微塵も無い静かな拒絶に喉奥から唸る。情の深い男だとは知っていても、このような執着を己がされるなどとは考えていなかったカカロは、少々、この男の人間味を甘く見すぎていたようだった。
「俺に身を委ねてくれ。悪いようにはしない」
「わかった。俺が言い出した事だ……」
 素気ない態度を取っても忌炎が萎える様子はなく、寧ろ楽しんでいる様子すら在り、早々に諦めた方が賢明だとしてカカロは渋々身を投げ出した。
「では、お前の全てを見せてくれ」
「悪食め……」
「なんとでも」
 微笑みながら嫌味をあしらう忌炎。
 カカロの身が、敵である残像と殆ど変わらない事は研究者の診断によって知っているはずで、長頻歴もある。知りながらこうも興奮を見せ、あまつさえ愛でようとするなど、人の形をしていれば全てを寵愛する頭の可笑しい悪食の博愛主義者としか表しようがない。
 カカロを一個の人間として見ていたとしても、劣悪な環境で生きる為、仕事の為に数多の男に体を開いているのだ。己もその内の一人となる事を諾々と受け入れるばかりか、一時でも恋人にしようなどと矜持がないのか。戦勝の高揚感から誰でも良くなっているようにしか思えず、彼にとって忌炎の行動は不可解でしかない。
 対して、忌炎自身はカカロを愛しているか。と、問われれば言葉に詰まるだろう。だが、この男を知りたい、理解したい、暴きたい欲、傍らに置きたい心は誰よりもあった。
「服を脱がしても?」
「嫌だと言っても脱がすんだろう……」
 カカロの科白に笑みを深める忌炎に頬の一つでも張ってやりたくなったものの、何も言わずに褲を引かれるままに腰を浮かし、長砲から頭や腕を抜く。
「思ったより傷は少ないな」
 隙間のない装備に包まれて日焼けとは無縁の肌を忌炎はしみじみと撫で、唇や舌を用いて愛でていく傍らで、与えられる感覚にカカロは唇を引き結び、下腹部からせり上がってくるものに耐える。

 カカロの体は触れれば体温や鼓動は上がっているが、愛撫を丁寧にやればやるほど、体内に納められた陰茎を余り動かさず、良い所を探るようにすればするほど顔を背けて眉根が寄り、体は強ばる。
 行為には慣れている。それでも、行為自体は嫌っているように思え、理由を考えると忌炎は暗澹たる心地となった。ただの推測の域は出ないのだが。
「カカロ、俺を見てくれ」
 優しく頬を撫でればカカロの瞼が開き、色の薄い瞳が忌炎を映す。
 この瞳は、過去から現在までどれほど悪辣な表情をした相手を映してきたのか、考えるだけ詮無いことではあるが、忌炎は慰めるように目元に口付け、背中に手を回して抱き締める。
「おい、やらないのか……?」
 性交に集中せず、手遊びばかりをしている忌炎へカカロが問えば、口づけられて目を瞬かせる。
「言っているだろう、お前を可愛がりたいんだ。俺一人が気持ちよくなっても意味が無い。力を抜いて、俺に身を委ねてくれないか」
「何の意味がある……」
「恋人を可愛がって愛したいと思うのは当然だろう?ほら、息を吐け」
 忌炎の優しい声に促されながらカカロが詰めていた息を吐き、何度か呼吸をすると幾分、体の強ばりがとれ、抱き締める腕に返ってくる感触が堅さばかりではなくなる。
「うん、いい子だ」
「餓鬼じゃないんだぞ」
「そうだな」
 一々あやすような真似をする忌炎にカカロが不満を言っても結局、軽く切り替えされる。
 どこまでも優しく甘やかすように肌を撫で、反応を伺いながら進められる行為はカカロの意に反して長ったらしく、毎度、相手が満足すれば終わりだった彼にとって忌炎の行動は理解し難いものでしかない。
「ん、く……、ぅ……」
「それだと苦しいだろう」
 ゆったりと与えられる快楽にカカロが思わず声を漏らしそうになり咄嗟に唇を噛めば、忌炎が目敏く唇に指を這わせ、押し込んでこじ開ける。
「やめ……っ、あ、ぁ……ぅ」
 腔内に侵入してきた指を噛んでも抜こうとしない忌炎の為に、自分では聞きたくない声が鼓膜を震わせて神経が削れていく。より強く、指を噛み千切れそうなほど噛んでやるが、腔内に血の味と匂いが広がっても『痛い』及び『止めろ』と、忌炎から叱責する声も、首を絞める手も、殴りつける拳もなかった。
 寧ろ、宥めるように撫でたり、口づけたりしてくるものだからカカロは噛む力を弱め、傷ついた指に舌を這わせる。
「ふふ……」
「何が可笑しい……」
「いや、嬉しいだけさ」
 猛獣を手懐けたような達成感に浸りながら、忌炎はカカロの腔内から指を抜くと血の匂いのする唇に口付け、舌を押し込みながら体内の奥深くを穿てば陰茎を包む肉壁が収縮し、悦び受け入れるように舐めしゃぶってくる。

 時に呼吸をさせるように顔を離し、律動を繰り返せばカカロが背中を丸めながら忌炎へ全身でしがみつくように腕と足を絡ませ、何度も体を痙攣させた後、完全に脱力して倒れ込む。
 カカロは胸を上下させながら短い呼吸を繰り返し、目を開けてはいてもどこも見ないまま、彼の屹立すらしていない陰茎は白い体液を腹の上に勢い無く垂れ流していた。
「カカロ……」
「う……」
 呻くカカロは目も口も半開きで忌炎が呼びかけ、頬に手を当てて自身と向き合わせてもぼんやりとしている様子は変わらない。どうやら、体内の刺激だけで達したようで、過剰な脳内麻薬が分泌されてしまっているように思えた。
 忌炎が男性を抱いた経験はカカロが初めてであるが、戦場で同性の恋人ないし処理する為の相棒が出来る人間は珍しくなく軍医時代に知識としては知っていたが、目の当たりにしたのは初めてである。
「これは中々可愛いな」
 常ならば、一切の隙を見せない人間が、決して余人には見せない姿を露わにする特別感。
 呆けてしまっているカカロの額にある音痕に口付け、自らも達するために動けば、
「あっ、あっん、ん……」
 悶える淫声がカカロの口から零れ出て、忌炎の気分を高めていく。
 意識が半ば混濁しているせいで、抑えようという思考も湧かないのだろう。忌炎の動きに合わせてカカロの腰が跳ね、体をくねらせて快楽に溺れる姿は正に眼福、美景と呼べる。
「あぁ、本当に手放し難いな、お前は……」
 達しそうになった忌炎はカカロの腹の上に精を吐き出し、息を吐きながら本音を吐露する。
 カカロからの返事はないが。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 カカロが寝台から飛び起きた瞬間、周囲を見渡せば忌炎が仮眠室に椅子を持ち込んで傍に座り、視線が合うと微笑み返す。
「体はどうだ?随分、疲労が溜まっていたようだが」
「問題ない……。今は何時だ」
 要塞の仮眠室とは言え、将軍が眠る場所と合って野外の簡易的な寝台で眠った時よりも体調は良く、裸ではあるが軽く拭かれているのか体に汚れはなかったため問いながらカカロは枕元に畳まれていた長砲を手に取り纏う。
「そろそろ日が昇る」
「帰らせて貰う」
「もう暫く余韻を楽しんでもいいんじゃないか?茶くらいは淹れるぞ」
 愛想も何もない態度でカカロは忌炎を一瞥し、ふん。と、鼻を鳴らす。
 予定外の繰り返しではあったが、約束は果たしたのだ、これ以上付き合う義理も何もないのだから居座る必要も無い。忌炎も理解していると考えていたが、どうも、カカロの想像以上にこの男は甘いと今日初めて知った。
「また会えるか?」
「依頼があればな。だが、俺に砂糖菓子は必要ない」
 忌炎が再会の約束を欲して問えば、仕事は受ける確約は貰えても、後の科白が今一察せないもので、訊き直す暇もなくカカロは室から出て行ってしまった。

 自らの陣へ戻り、カカロは見張りに立っていた部下達の者言いたげな視線を受けながら水を浴びるために森の中へと入り、小さな瀧のある川へ行くと気怠い体を押して冷たい水を頭から浴び、体を冷やしていく。

 まだカカロの年齢が一桁の頃、僅かな食料を分けて貰う為、手を引かれるまま身を任せた。
 傭兵団の設立当初、汚れ仕事は数多ほどあれど金はなく、大勢の部下達を養う為、傭兵団への出資を代価に己を気に入ったらしい変態貴族へ体を差し出した。
 己の見目は良い道具になるらしいと学んだカカロは暗殺の仕事をする際にも、体を利用出来る時は利用した。
 その何れも、『可愛がってやる』と、する科白の大半には暴力が伴い、殆どが独りよがりな快楽を求めるばかりで、その時間を耐えるだけで良く楽なものだった。
 なのに、忌炎は今までの相手とは勝手が違いすぎた。

 忌炎は、深入りしてはいけない。
 あれは毒だ。長く一緒に居るべきではない。
 カカロは忌炎を厭うてはいないが、そう判断した。

 体を洗い終えたカカロが水を含んだ髪を絞っていれば、気の利く部下が体を拭くための布を持ってきてくれたが、視線がうろうろと彷徨い、如何にも挙動不審で嫌な予感を誘う。
「なんだ、俺が居ない間に何か遭ったのか?」
「いえ、何もなかったです!皆、戦勝祝いに酒呑んで馬鹿騒ぎしててゲロ吐いたり二日酔いになってる程度です!」
「酔って下らん真似をしたんじゃないだろうな?」
 酔余の戯れとして、今州の民へ良くない行動をしたのでは。と、カカロは訝しむが、部下は懸命に首を横に振って否定し、誤魔化すように笑いながら去って行く。
 裏取りも出来ていないものを言及するつもりはないが、部下の気持ち悪い言動にカカロは首を傾げつつ、渡された布で髪や肌の水滴を拭っていけば小さな朱い痣が体にぽつぽつと残っている事に気がつく。
 戦闘で受けた傷にしては小さく、どこかへ打ち付けた記憶もない。痛みも痒みも特にないが故にカカロは『まぁ、いいか』と、放置して自身の天幕で一眠りするために褲を履いただけで戻ったため、多くの部下を動揺させる結果になった事には気付いていなかった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「音痕も健康状態もどちらも良好です。忌炎さんお疲れ様でした」
 今州の研究所にて、体の状態を調べるためにモルトフィーから診察を受けていた忌炎が診察台から起き上がり、固まった体を解すように肩を回す。
「うん、ありがとう」
「それで忌炎さん、今後、絶対に野生動物を触るような真似は止してください。いいですね?噛み傷が浅かったから良かったようなものを、神経が傷ついてたらどうするんですか。人獣感染する危ない病気だって一杯在るんですよ?」
 忌炎の左手の指に残ったカカロによる噛み痕を、野生生物に噛まれた。としたため、ただでさえ潔癖なモルトフィーは、獣から感染する病気の危険性を散々ばらに解きながら丹念な健康診断をするべく忌炎を研究室に叩き込んだ。
 結果は、問題なし。実際は人間によるものなのだから、当然と言えば当然。しかし、最前線の要塞で、雇った傭兵団の頭目と睦み合っていたなどとは口が裂けても言えないため、忌炎は秘匿する。
「そうだ。モルトフィーは甘味が好きだったな?お前にとってそれはどういう存在だ?」
「何ですかそれは……。まぁ、好きですが、どんな存在か……」
 唐突な嗜好品に対する質問に生真面目に考え込むモルトフィー。
 カカロの捨て科白が考えても考えても解らず、肝心な部分を隠しての質問は大分意地悪と知りながら忌炎は黙って回答を待つ。
「あー、なくてはならない物ですね。美味しい菓子は気分転換にもなりますし、気に入った物は何度でも食べたくなりますから」
「なるほど……」
「誰かに贈り物を見繕うなら手伝いますが?」
「いや、それよりも、この傷はずっと残るかな?」
 左手の掌を見せながら質問を変え、忌炎はモルトフィーを困らせる。
 繋がりも、意図も分からない質問ばかりで、答えを出すために研究を重ねる者としては前提が意味不明すぎて困惑しか湧かないだろう。が、忌炎は説明する気が微塵も無い。
「皮が破れてそこそこ深く抉れてるので、目立たなくはなりますが蚯蚓腫れのように残るとは思います。気になるのでしたら、もっときちんとした治療をお勧めしますが……」
「いや、いい。これはこれでいいんだ。世話をかけたな」
 忌炎は機嫌良く施設を後にし、どうやってカカロを呼び戻そうか思案する。

 カカロにとっての忌炎は砂糖菓子。
 一度、味を覚えてしまえば何度でも欲しくなるもの。
 傭兵として殺伐とした環境で生きる彼は、そんな甘さに溺れてしまいたくない。

 ふ、ふ。と、今州の街を歩きながら思わず笑いが漏れ、視線の合った住民に誤魔化すような微笑みを返す。戦が終わったばかりなのだ。適当に良い解釈してくれるだろう。などと過信しながら忌炎はそのまま歩みを進め、橋の上で心地良い風に吹かれながら再びカカロの手を取れる日を思い描く。

 それが、いつになるかは判らないが。
 薬指に残った傷と同じ物を贈ってやろうとは考えていた。

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